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第19話

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 騎士と冒険者らしい酔っ払いは口論していた。
 私がちらと見てみると、エリックが私の前に立った。

「……少し、助けに行ってもいいか?」
「え?」
「……ダメならいいんだが」

 意外だった。まさかそんな提案を受けるとは思っていなかった。

「どうぞ、自由にしてください」
「助かる」

 エリックは一礼をしてから、騎士のほうに向かっていく。
 本来、助けるのって普通騎士なんだけど……確かにちょっと放っておけないよね。
 と、冒険者らしい酔っ払いが拳を振り上げる。危ない! と思ったとき、エリックが騎士を守るように冒険者の手首をつかんだ。

「酔っぱらっているからって騎士相手に暴行を加えれば、罪が重くなるぞ?」
「……な、て、てめぇいきなり――ぐあ!?」

 エリックはそれから男の体を軽くひねり、その身柄を簡単に拘束する。
 肘を背中側にまわし、ぐっと押しこむと冒険者から悲鳴があがった。

「い、ででで!」
「酔いは冷めたか?」
「あ、ああ! 悪かったよ!」
「それなら良かった。酒は飲んでも飲まれるな。ほら、さっさといけ」

 冒険者の体から手を離すと、冒険者は慌てた様子で逃げていった。
 それから、エリックは騎士を見た。

「大丈夫か?」
「……す、すみません。騎士なのに」
「まったくだ。騎士なんだ、もっと胸を張れ。いざとなれば権力を使って止めればいいんだからな」
「……そ、そうなんですけど。ちょっとまだ慣れてなくて」
「新人……それに、平民出身の騎士だな?」
「……よ、よくわかりますね」

 ……それは私もわかった。
 だって、平民と貴族では所作と雰囲気が違うから。

「所作で平民と貴族の違いは分かるもんだ」

 うん、エリックの言う通りだ。

「そ、そうなんですね。一応、騎士になる前に指導は受けたんですけどね」
「生まれてからずっと貴族として生活してきた人とはやっぱり違うもんだ。ま、騎士は大変だろうけど、頑張れよ」
「……はい! ありがとうございました!」

 ぺこり、と頭を下げ、騎士は去っていた。きらきらとした明るい笑みを浮かべていて、見ている私も少し元気を分けてもらえた気がした。
 戻ってきたエリックに私は問いかけた?

「どうして助けたのですか?」
「……別にいいだろ?」
「そうですが、一時的に私は無防備になっていましたし、少しくらい事情を話してくれても良いのではありませんか?」
「きちんとアーニャのほうも警戒していた。何かあればすぐにそっちに向かうつもりだった」

 事情が知りたかった私は少し意地悪をする。

「それでも、ちょっと不安でしたよ?」
「アーニャが許可を出してくれたんじゃないか」
「あれ、そうでしたっけ?」
「……意地悪だな、アーニャは」

 小さくため息をついてから、彼は歩き出した。
 え、教えてくれないの!? と思った時、エリックがぽつりとツブ板。

「昔、騎士に助けてもらったことがある。だから、そのお返しみたいなものだ」
「……なるほど、そうなんですね」

 彼はどこか遠くを見て、寂し気に目を細めていた。
 エリックはどうやら、騎士に対して私が考えている以上の想いを抱いているようだった。

 どうしてなんだろう? ちょっとだけ気になっていたけど、私はそれ以上の追及はできなかった。
 歩き出したエリックに並ぶように私は隣に立つ。

 ……エリックに護衛を頼んだのは正解だったと思う。
 彼の横顔を見ながら、私はそう思った。

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