上 下
43 / 57

第43話

しおりを挟む

 ラツィはぴしっと背筋を伸ばし、がたがたと震えながらアレアとともに歩いていく。

 私も二人の後を追うようにして孤児院を歩いていく。
 スティーナたちには街を任せ、私たちは孤児院を見る。結果的にうまく戦力を分断できた。
 しかし……それから孤児院全体を見て回ったけど、特に何か証拠が残っているという様子はない。

「ティルガ、何か分かった?」
「……いや、分からない」
『僕たちも今調べてるところ! ちょっと待っててね!』

 ティルガはともかくとして、微精霊たちなら何かわかるかもしれない。
 街中を自由に移動できるのだから、敵が街のどこかに潜んでいれば見つけ出せるだろう。
 それまでは、孤児院での被害をなくすことを優先するべきだ。
 とはいえ、孤児院自体ができる対策は十分に取られている。
 今は、人の死角になりやすい場所には訪れないようにしているみたいだし、騎士たちも見張りとして配置されている。

 子どもたちの生活空間は一定の範囲に区切っているし、外で遊ぶ場合も騎士、あるいは精霊術師がいる状況でのみだった。
 そんな風にラツィとアリアとともに孤児院を歩いていったときだった。
 夜というのに一人の子どもが私たちの方へとやってきた。

「ねぇ、お姉ちゃんって、宮廷からきた精霊術師の人なの?」

 今にも泣き出しそうな声をあげ、少女は私の服の裾を掴んだ。
 私たちは顔を見合わせた後、私が声をかけた。
 視線を合わせるように、膝をつき出来る限りの笑顔を向けた。
 ティルガも少女を慰めるような調子で、鳴いている。
 少女は犬が好きなのか、ティルガを見て少し表情を緩める。その背中を撫でると、さらに多少表情が柔らかなものになった。

「そうだよ。こんな時間にどうしたの?」
「私の友達……みんな……みんな、戻ってくるよね?」

 嗚咽まじりの声を上げた少女の頭を、私は撫でる。
 犯人の目的は……なんだろうか。
 奴隷として売るため? それとも、自分の奴隷にでもして働かせるため?
 ……それとも、もっと何か残虐な理由があって?
 
 分からないが、最悪の可能性としては……すでに子どもたちが死んでいるということだった。
 そう思ってしまったが、私は彼女に嘘をつこうと思って口を開こうとしたときだった。

「最悪は、死んでいるわ。犯人の目的が分からない以上、生きている、なんて断言できないわ」
「……」

 ラツィが厳しい視線とともに子どもを見た。
 その言葉に、子どもはこらえていた涙が抑えきれず、声をあげてしまう。

「ラツィさん!」

 アレアがその両頬を叩くように挟みこんだ。
 私は少女の頭を撫でていると、院長がこちらへとやってきて、子どもを引き取ってくれた。
 さっきの少女がいなくなったところで、私たちはラツィを睨む。
 さっきの言い方はあんまりだ。確かに、ラツィの言う通りだけど。

「もう、ラツィさん! あんな言い方駄目ですよ!」
「……悲しい現実だけど、知らないとダメよ。何も知らずに、馬鹿みたいに信じて……そっちの方が苦しいわよ」

 ラツィの言い方は、まるで実体験でもあるかのようだった。

「……ラツィもそういう経験があるの?」
「あたし、孤児院の出身なの。……捨てられた、なんて知らなかったわ。子どもの頃は、いい子にしてればお母さんとお父さんが迎えに来てくれるって信じていたわ。あとで、そんなの嘘だって知ったわよ。優しい嘘、なんてつかれるくらいなら真実を教えてもらった方が、辛いのは一瞬なんだから」

 ラツィはふんとそっぽを向いてそれだけを言った。
 ……ラツィ。
 その体がいつも以上に小さく見えて、私はぎゅっと抱きしめた

「ちょっ! 何よ!」
「うんうん。ラツィも辛いことがあった」
「あんたあたしを子ども扱いしてるわね!? あたしの方が年上のお姉さまよ!」
「はいはい、お姉さま」
「その言い方やめなさいよ! む、か、つ、くー!」

 ラツィが暴れだしたので、私はぱっと彼女の体を解放した。

「でも、いじわるで言ったわけじゃないって分かって良かった」
「あ、当たり前よ……! ……期待して、裏切られるのと、最初から諦めているのだったら、あたしは……諦めている方が断然いいわ」

 ラツィがそういうと、アレアがびしっと人差し指をたてた。

「で、でもですね! 言い方というのもありましてね……。あんなはっきりとじゃなくてやんわりと……言う方法もあったわけですよ! ラツィさんの考えも分かりますけど、もうちょっと配慮してあげてください!」

 アレアがむすーっと頬を膨らませて叫ぶ。
 ていうか、意外とアレアって強気だ。
 ……人見知りなだけで、親しくなった相手には堂々と接することができるのかもしれない。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

婚約者様。現在社交界で広まっている噂について、大事なお話があります

柚木ゆず
恋愛
 婚約者様へ。  昨夜参加したリーベニア侯爵家主催の夜会で、私に関するとある噂が広まりつつあると知りました。  そちらについて、とても大事なお話がありますので――。これから伺いますね?

婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~

岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。 「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」 開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私を棄てて選んだその妹ですが、継母の私生児なので持参金ないんです。今更ぐだぐだ言われても、私、他人なので。

百谷シカ
恋愛
「やったわ! 私がお姉様に勝てるなんて奇跡よ!!」 妹のパンジーに悪気はない。この子は継母の連れ子。父親が誰かはわからない。 でも、父はそれでいいと思っていた。 母は早くに病死してしまったし、今ここに愛があれば、パンジーの出自は問わないと。 同等の教育、平等の愛。私たちは、血は繋がらずとも、まあ悪くない姉妹だった。 この日までは。 「すまないね、ラモーナ。僕はパンジーを愛してしまったんだ」 婚約者ジェフリーに棄てられた。 父はパンジーの結婚を許した。但し、心を凍らせて。 「どういう事だい!? なぜ持参金が出ないんだよ!!」 「その子はお父様の実子ではないと、あなたも承知の上でしょう?」 「なんて無礼なんだ! 君たち親子は破滅だ!!」 2ヶ月後、私は王立図書館でひとりの男性と出会った。 王様より科学の研究を任された侯爵令息シオドリック・ダッシュウッド博士。 「ラモーナ・スコールズ。私の妻になってほしい」 運命の恋だった。 ================================= (他エブリスタ様に投稿・エブリスタ様にて佳作受賞作品)

婚約破棄をしてくれた王太子殿下、ありがとうございました

hikari
恋愛
オイフィア王国の王太子グラニオン4世に婚約破棄された公爵令嬢アーデルヘイトは王国の聖女の任務も解かれる。 家に戻るも、父であり、オルウェン公爵家当主のカリオンに勘当され家から追い出される。行き場の無い中、豪商に助けられ、聖女として平民の生活を送る。 ざまぁ要素あり。

私のことを追い出したいらしいので、お望み通り出て行って差し上げますわ

榎夜
恋愛
私の婚約も勉強も、常に邪魔をしてくるおバカさんたちにはもうウンザリですの! 私は私で好き勝手やらせてもらうので、そちらもどうぞ自滅してくださいませ。

毒殺されそうになりました

夜桜
恋愛
 令嬢イリスは毒の入ったお菓子を食べかけていた。  それは妹のルーナが贈ったものだった。  ルーナは、イリスに好きな恋人を奪われ嫌がらせをしていた。婚約破棄させるためだったが、やがて殺意に変わっていたのだ。

処理中です...