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第37話

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 ……新しいチーム名を提案しようと思った時だった。
 こちらに一人の女性が走ってきた。

「あっ、ルクスさーん!」

 声に振り返ると、ぶんぶんと手を振りながらこちらへと駆けてくるアレアの姿があった。
 私の前で足を止めた彼女は嬉しそうに微笑んだ。
 相変わらずでかい。ティルガを撫でるような感覚で撫でてみても問題ないかな?

「ルクスさんも仕事終わったんですか?」
「うん、そっちも?」
「そうですよ! ど、どうでした?」
「どう、と言われても……まだ業務内容を教えてもらったようなものだから」
「そ、そうですよね。でも、特に事件がないのなら何もしないっていうのは驚きました」
「逆に事件があればそれこそ忙しいみたいだけど。私の師団の人は今二人とも任務中みたいでまだ会えてないし」
「そ、そうなんですね……でもでも、旅とかもできるってことですから楽しそうですよね!」
「旅、好きなの?」
「はい! 私食事が好きなので、あちこちで色々なものを食べて歩くの、大好きなんですよ!」

 嬉しそうにそういったアレアとともに宿へと入ろうとしたときだった。

「ちょっとあんた!!」

 私の前に、勝気な視線とともに一人の女子が睨みつけて来た。
 少し釣り目がちな、ツインテ―ルの可愛らしい子、

 でも、初めて見る子だ。
 私よりも小柄で、背が低い。私は170㎝ほどはあるんだけど、彼女は145㎝ほどだろうか?
 私が普通の女性よりも背が高いのはあるとしても、彼女を見下ろす形となる。

 私が首を傾げた時だった。
 隣にいたアレアが目元を緩めた。

「ラツィさん、久しぶり」
「ええ、久しぶりねアレア! ま、今はいいわ。用事があるのはあんたよ!」

 私はなんとなく面倒そうな空気を察したので、きょろきょろと私の背後を見ることにした。
 そうすると、ラツィと呼ばれた人は指を私の眼前につきつけて来た。

「あんたよあんた! 第三師団のルクス!」
「……そうだけど、どうしたの?」
「あたし、あんたには負けないから!」
「何の話?」
「だから! あんたが新人精霊術師の中で一番目立っているから、宣戦布告に来たのよ!」

 どやっ、と胸を張る彼女。

「……勝ち負けってどうやって決めるの?」
「……え? そ、それは……ど、どっちがより有名になるかよ!」

 考えていなかったようだ。咄嗟に思いついた様子のラツィが声を張りあげた。

「まあ私はどっちでもいいけど……」
「何!? あんたあたしに負けるの怖いの!?」
「別にそんなことはないけど」
「へえ! やる気満々ね!」
「そんなこともない」
「な、なによぉぉぉ! 生意気ねぇぇ!」

 わなわなとラツィが震えている。
 心なしか、髪が逆立っているように見える。

「あたしは将来、総師団長になるのよ! だから、あんたにだって負けないわ! 今回の試験は、あんたが最高成績みたいだったけど、次は負けないんだからね!」
「成績なんて出てたの?」
「なぬ!? それすら知らないの!?」
「うん、初耳」
「眼中にないってことね!?」
「そこまでは言ってないけど」
「じゃあ、どの辺よ!? 眼下くらいには入っていたのかしら!?」

 そういう問題ではないと思うけど。
 私が助けを求めるように微精霊やティルガを見ると、そこに割りこんでくれたのはアレアだった。

「ま、まあまあラツィさん落ち着いてください。周りに変に注目されちゃってますから」
 
 ラツィさんを宥めるようにアレアがその背中にぎゅっと抱きついた。
 もにゅんと形を歪めるアレアの胸を見て、ラツィさんのものをみた。
 ぺったんこだった。
 私は一応膨らみ程度はあるので、それ以下のように見える。
 私は少し気になったので、彼女に問いかけてみた。

「……今、何歳なの?」
「ふんっ! まったく何よ! あたしは17歳よ! あんたは今年16歳だっけ!?」
「なんで知っているの……?」
「あんたのこと、調べつくしてやったんだから! ふふ、あたしはもうあんたのことなら何でも知っているわよ! そこのワンちゃんの名前はティルガ! 顎の下を撫でられるのが好きなのよね! あー、よちよち……なにこのモフモフ!? 柔らかっ! 可愛い!」

 ラツィはティルガに抱きつくようにして顎の下を撫でまわしている。
 ティルガは、「ワンちゃんじゃない……」と嘆くように言っているが、撫でられることは嫌ではないようだ。

 ひとしきり撫でたあと、ラツィは私にびしっと指を突きつけてきた。

「とにかく負けないわよ、ルクス!」

 ラツィはそう宣言してから、くるりと振り返り走り出す。
 しかし、彼女の走り出した先は寮の入口近くにあった花壇であり――思いきり足をつまづいて、頭から転んだ。

「はぎゃ!?」

 私はすかさず近づき、花壇を見る。

「大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
「良かった……お花たち、無事みたい」
「そ、そう? それは良かったわ……。あ、あたしの心配もしてほしいんだけど……?」
「それは自業自得」
「む、むむむ……そ、そうだけど……! と、とにかく、まけないんだからね!」

 最後にそう叫びを残し、ラツィは服についた土を払いながら建物へと入っていった。

「ラツィ……なんだか変な人」
「で、でも悪い人ではないですよ……?」
「うん、そうだと思う」

 良い意味でも悪い意味でも素直な子だと思う。

「……それにしても、変な人ばっかり。宮廷精霊術師たちはみんなどこかねじが吹き飛んでる人たちばかり」
「……ルクスがここにいる理由がよくわかるな」

 ティルガがぼそりとそんなことを言っている。
 私は比較的常識がある方だから、この人たちをまとめる立場って意味だと思う。

「私たちも中に入ろう」
「そ、そうですね!」
 
 アレアとともに寮へと入り、食堂へと向かう。
 食堂にはすでに人で溢れていた。この寮には、精霊術師だけではなく騎士たちもいる。
 そのため、思っていた以上に混雑していた。
 
 ラツィが一人用の席に座り、食事を始めていた。
 ……速い。
 こちらに気付いた彼女はじっと私の方を見て来た。

「席座りたいの!? なら、椅子引っ張って来なさい。狭いけど使わせてあげるわよ!」

 見れば、壁の方に椅子はいくつか立てかけられていた。
 人が多い時間帯などに使うんだと思う。

「優しい……ありがと」
「優しいとかそういうわけじゃないわよ! ライバルが空腹で倒れてそのままお亡くなりになられても困るのよ! あたしは実力でもぎ取りたいんだから!」

 私は椅子を運びながら、二人を観察した。
 この人たちが、同期で仲間なんだよね。
 ティルガや微精霊のことを思って私はここに来たけど……。
 でも、なんだか凄い楽しくやれそうだ。
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