上 下
22 / 57

第22話

しおりを挟む

 
 
 控え室でしばらく待機していると、試験が開始の時間となった。

「それではみなさん、私についてきてださい! 会場にご案内します!」

 案内人の声に従い、私たちは部屋から出ていく。
 廊下に出ると、他の部屋にいただろう人たちがぞろぞろと出てくる。

 そのまま案内人の指示に従って廊下を進み、外へと出る。
 案内人に連れていかれた場所は開けた場所だ。
 冒険者ギルドの中庭が訓練場として解放されているのだが、それに並ぶかそれ以上の広さだった。

 恐らくここは訓練場かそれに近しい場所なんだと思う。
 訓練場の中央には仮面をつけた二人の男女が立っていた。
 
 ……一人は、恐らくファイランだ。あのセンスの良くない仮面だったし、何より彼女の近くにいる微精霊も知っている顔だったので断定できた。
 もう一人の男性はまったく知らない人だった。

『こんにちはー、ルクスさん! 他の子たちから話は聞いていますよ! 手加減はしませんからね!』

 男性についていた微精霊が近づいてきて気さくに声をかけてきたので、私はこくりと頷いて返した。
 案内人たちが足を止める。
 それから代表するように、一人の案内人が仮面の二人を指さした。

「今日の試験は簡単です。こちらの二名の宮廷精霊術師と戦っていただきます」

 ……へぇ、楽しそう。
 現役の宮廷精霊術師ならば、かなりの腕前のはずだ。
 魔人とファイランの戦闘を思い出し、口元が緩んでしまう。
 しかし、私の反応とは裏腹に周りの人たちからは絶望的な声が上がっていく。

「げ、現役の宮廷精霊術師!?」
「そんなの勝てるわけないじゃない!」
「そうだそうだ! こんな試験、不合格確定じゃないか!!」

 不満の声があちこちから上がる。
 ……えぇ、なんでそんな後ろ向きなんだろう?
 ていうか、現役に勝てないんじゃ宮廷精霊術師になる意味ないのでは?
 私がそんなことを考えチエルと仮面をつけていた男性が一歩前に出る。

「おまえたち! これからおまえたちは宮廷で仕事をするんだ! 見習いだろうが、ベテランだろうが、周りからみれば宮廷精霊術師なんだ! 勝てるはずがない!? そんな程度のやる気ならばさっさと帰れ!」

 男性が怒鳴りつけると、皆も静かになった。
 ……男性の言う通りだ。
 
 一年目だろうが、十年目だろうが……一般人からすれば同じ宮廷精霊術師だ。
 相手が強いから、相手が怖いからで戦いを放棄するなんて、宮廷精霊術師失格だろう。

 嘆いている暇があったら喜んだ方がいい
 ていうか、早く戦いたい……!
 
 命の危険に晒されることなく、自分の実力を試せる。
 こんな最高の状況、中々ないんだしね。

 試験が開始となる。
 試験の順番は渡された番号札によって決まっていた。
 女性は仮面の女性と、男性は仮面の男性と戦う、というわけだ。

 使用可能な武器はそれぞれ身に着けているものになる。
 つまり、ファイランも真剣を使っていて。
 ……ちょうど試験開始となったんだけど。

「……っ」

 ファイランと向かい合った女性は、がたがたと震えてしまっている。
 相手が現役の宮廷精霊術師、という肩書に惑わされているのだろう。

 相手が誰であろうと、戦うしかない。男性の宮廷精霊術師が言っていたように、宮廷の肩書を持って仕事をするのなら、例え無謀ともいえる戦いだろうと全力で戦うしかないんだ。

 外の任務中に魔人と対面して、怖くて逃げました、というのは許されない。
 そういう仕事に就こうとここに来たんだから、覚悟しないと。

「さあ、かかってきなさい」

 ファイランがそう言うと、女性は剣を握った。
 しかし、決断できたわけではないようだ。彼女の剣先は、今も迷いを示すように震えていた。
 ファイランはそれを見てか、魔力を解放していく。
 同時に、彼女から凄まじい殺気が放たれた。

 ファイランが放った殺気は、対戦相手の女性だけではなく周囲までも巻き込んだ。
 他の受験者たちは息をのんでいた。
 それだけではない。対面していないにも関わらず、体ががたがたと震えている人々もいた。

「て、手加減とかは……しないの?」
「げ、現役の宮廷精霊術師が相手なんて……合格させる気ないだろ……!」 
 
 絶望しきった声を上げる受験者たち。
 これでは、やる前から結果が分かり切っている。
 そしてそれは、ファイランと対面していた受験者にも言えたことだ。
 
「う、うわああ!」

 女性のそれは、気合を入れるための雄たけびではない。
 ただの悲鳴だ。
 叫びながら女性が駆けだす。
 精霊魔法を使ってさえもいない。

 その突進は、短く呟いたファイランの精霊魔法によって吹き飛ばされた。
 ファイランは風属性の精霊魔法を得意としているようだ。
 精霊魔法には多くの属性があり、人によって得意とするものは違う。
 私の場合は、微精霊に直接語り掛けられてどんな魔法でも使用可能だけど、普通はそうじゃないらしい。

 その理由は簡単だ。
 微精霊ごとに、好む魔力というのがある。風の微精霊は甘い魔力が、水の微精霊は塩味の魔力が……とかとか。
 私の魔力はどの子にとっても美味しいらしい。
 
 魔力の味なんてさすがに分からないけどね。
 女性は剣を手からこぼし、尻もちをついていた。
 ファイランはそんな彼女に剣先を向け、

「終わりで、いいのかしら?」

 その問いかけに、女性は首を縦にぶんぶんと振る。
 両目に涙をため、体はがくがくと震えていた。

「む、無理です! こんなの、私は精一杯頑張ったけど……こんなの無理……!!」

 彼女は自身に言い訳するように叫び、顔を両手で覆い涙を流した。
 その様子を見た他の人たちは絶望しきった顔で乾いた笑いを浮かべていた。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。

婚約者様。現在社交界で広まっている噂について、大事なお話があります

柚木ゆず
恋愛
 婚約者様へ。  昨夜参加したリーベニア侯爵家主催の夜会で、私に関するとある噂が広まりつつあると知りました。  そちらについて、とても大事なお話がありますので――。これから伺いますね?

婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~

岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。 「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」 開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私を棄てて選んだその妹ですが、継母の私生児なので持参金ないんです。今更ぐだぐだ言われても、私、他人なので。

百谷シカ
恋愛
「やったわ! 私がお姉様に勝てるなんて奇跡よ!!」 妹のパンジーに悪気はない。この子は継母の連れ子。父親が誰かはわからない。 でも、父はそれでいいと思っていた。 母は早くに病死してしまったし、今ここに愛があれば、パンジーの出自は問わないと。 同等の教育、平等の愛。私たちは、血は繋がらずとも、まあ悪くない姉妹だった。 この日までは。 「すまないね、ラモーナ。僕はパンジーを愛してしまったんだ」 婚約者ジェフリーに棄てられた。 父はパンジーの結婚を許した。但し、心を凍らせて。 「どういう事だい!? なぜ持参金が出ないんだよ!!」 「その子はお父様の実子ではないと、あなたも承知の上でしょう?」 「なんて無礼なんだ! 君たち親子は破滅だ!!」 2ヶ月後、私は王立図書館でひとりの男性と出会った。 王様より科学の研究を任された侯爵令息シオドリック・ダッシュウッド博士。 「ラモーナ・スコールズ。私の妻になってほしい」 運命の恋だった。 ================================= (他エブリスタ様に投稿・エブリスタ様にて佳作受賞作品)

婚約破棄をしてくれた王太子殿下、ありがとうございました

hikari
恋愛
オイフィア王国の王太子グラニオン4世に婚約破棄された公爵令嬢アーデルヘイトは王国の聖女の任務も解かれる。 家に戻るも、父であり、オルウェン公爵家当主のカリオンに勘当され家から追い出される。行き場の無い中、豪商に助けられ、聖女として平民の生活を送る。 ざまぁ要素あり。

処理中です...