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第22話
しおりを挟む控え室でしばらく待機していると、試験が開始の時間となった。
「それではみなさん、私についてきてださい! 会場にご案内します!」
案内人の声に従い、私たちは部屋から出ていく。
廊下に出ると、他の部屋にいただろう人たちがぞろぞろと出てくる。
そのまま案内人の指示に従って廊下を進み、外へと出る。
案内人に連れていかれた場所は開けた場所だ。
冒険者ギルドの中庭が訓練場として解放されているのだが、それに並ぶかそれ以上の広さだった。
恐らくここは訓練場かそれに近しい場所なんだと思う。
訓練場の中央には仮面をつけた二人の男女が立っていた。
……一人は、恐らくファイランだ。あのセンスの良くない仮面だったし、何より彼女の近くにいる微精霊も知っている顔だったので断定できた。
もう一人の男性はまったく知らない人だった。
『こんにちはー、ルクスさん! 他の子たちから話は聞いていますよ! 手加減はしませんからね!』
男性についていた微精霊が近づいてきて気さくに声をかけてきたので、私はこくりと頷いて返した。
案内人たちが足を止める。
それから代表するように、一人の案内人が仮面の二人を指さした。
「今日の試験は簡単です。こちらの二名の宮廷精霊術師と戦っていただきます」
……へぇ、楽しそう。
現役の宮廷精霊術師ならば、かなりの腕前のはずだ。
魔人とファイランの戦闘を思い出し、口元が緩んでしまう。
しかし、私の反応とは裏腹に周りの人たちからは絶望的な声が上がっていく。
「げ、現役の宮廷精霊術師!?」
「そんなの勝てるわけないじゃない!」
「そうだそうだ! こんな試験、不合格確定じゃないか!!」
不満の声があちこちから上がる。
……えぇ、なんでそんな後ろ向きなんだろう?
ていうか、現役に勝てないんじゃ宮廷精霊術師になる意味ないのでは?
私がそんなことを考えチエルと仮面をつけていた男性が一歩前に出る。
「おまえたち! これからおまえたちは宮廷で仕事をするんだ! 見習いだろうが、ベテランだろうが、周りからみれば宮廷精霊術師なんだ! 勝てるはずがない!? そんな程度のやる気ならばさっさと帰れ!」
男性が怒鳴りつけると、皆も静かになった。
……男性の言う通りだ。
一年目だろうが、十年目だろうが……一般人からすれば同じ宮廷精霊術師だ。
相手が強いから、相手が怖いからで戦いを放棄するなんて、宮廷精霊術師失格だろう。
嘆いている暇があったら喜んだ方がいい
ていうか、早く戦いたい……!
命の危険に晒されることなく、自分の実力を試せる。
こんな最高の状況、中々ないんだしね。
試験が開始となる。
試験の順番は渡された番号札によって決まっていた。
女性は仮面の女性と、男性は仮面の男性と戦う、というわけだ。
使用可能な武器はそれぞれ身に着けているものになる。
つまり、ファイランも真剣を使っていて。
……ちょうど試験開始となったんだけど。
「……っ」
ファイランと向かい合った女性は、がたがたと震えてしまっている。
相手が現役の宮廷精霊術師、という肩書に惑わされているのだろう。
相手が誰であろうと、戦うしかない。男性の宮廷精霊術師が言っていたように、宮廷の肩書を持って仕事をするのなら、例え無謀ともいえる戦いだろうと全力で戦うしかないんだ。
外の任務中に魔人と対面して、怖くて逃げました、というのは許されない。
そういう仕事に就こうとここに来たんだから、覚悟しないと。
「さあ、かかってきなさい」
ファイランがそう言うと、女性は剣を握った。
しかし、決断できたわけではないようだ。彼女の剣先は、今も迷いを示すように震えていた。
ファイランはそれを見てか、魔力を解放していく。
同時に、彼女から凄まじい殺気が放たれた。
ファイランが放った殺気は、対戦相手の女性だけではなく周囲までも巻き込んだ。
他の受験者たちは息をのんでいた。
それだけではない。対面していないにも関わらず、体ががたがたと震えている人々もいた。
「て、手加減とかは……しないの?」
「げ、現役の宮廷精霊術師が相手なんて……合格させる気ないだろ……!」
絶望しきった声を上げる受験者たち。
これでは、やる前から結果が分かり切っている。
そしてそれは、ファイランと対面していた受験者にも言えたことだ。
「う、うわああ!」
女性のそれは、気合を入れるための雄たけびではない。
ただの悲鳴だ。
叫びながら女性が駆けだす。
精霊魔法を使ってさえもいない。
その突進は、短く呟いたファイランの精霊魔法によって吹き飛ばされた。
ファイランは風属性の精霊魔法を得意としているようだ。
精霊魔法には多くの属性があり、人によって得意とするものは違う。
私の場合は、微精霊に直接語り掛けられてどんな魔法でも使用可能だけど、普通はそうじゃないらしい。
その理由は簡単だ。
微精霊ごとに、好む魔力というのがある。風の微精霊は甘い魔力が、水の微精霊は塩味の魔力が……とかとか。
私の魔力はどの子にとっても美味しいらしい。
魔力の味なんてさすがに分からないけどね。
女性は剣を手からこぼし、尻もちをついていた。
ファイランはそんな彼女に剣先を向け、
「終わりで、いいのかしら?」
その問いかけに、女性は首を縦にぶんぶんと振る。
両目に涙をため、体はがくがくと震えていた。
「む、無理です! こんなの、私は精一杯頑張ったけど……こんなの無理……!!」
彼女は自身に言い訳するように叫び、顔を両手で覆い涙を流した。
その様子を見た他の人たちは絶望しきった顔で乾いた笑いを浮かべていた。
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