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第十三章 代表戦

祝勝会

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 闘技場周辺にいくつか建てられている貴族用の宿、そのうちのひとむねをイーダスハイム龍王国が借り切っている。
 代表戦見物に訪れている、周辺国家の王侯貴族からの挨拶をひと通り捌いたあと、この宿の大広間でささやかな祝勝会が開かれていた。まだ2戦を残してはいるが、緩衝地帯の帰属は既に定まった。その立役者たちの労をねぎらう祝いの席である。
 広いテーブルには様々な料理やデザートが並べられており、立食形式の無礼講であった。参加しているのは代表戦の選手と王、王妃、クラウス将軍、チームレジオナの面々である。給仕は侍女長アヤメとメイドたちが行っていた。
 手にした麦酒を飲み干したロジーナ王妃(イーダスハイム龍王国においては合法である)が上機嫌で笑う。
「わははははははは! 愉快愉快! ロックめの悔しがる顔が目に浮かぶわ! 酒が旨いのう!」
 そして、スイーツを頬張る人化した黒龍へ近寄ると、がっしりと肩を組む。
「明日はナナシとノワ先生で完勝じゃ! ルビオナ王国にゴリッゴリの不平等条約を押し付けてやろうぞ! 彼奴等の富を根こそぎ吸い尽くしてくれるわ! うわははははははははは!」
 もはや完全に悪役の台詞であった。そんなロジーナ王妃の空になった炻器せっき製のマグカップに、カレンが麦酒を注ぐ。
「さすがは王妃殿下! これで海洋貿易の権益を掌握すれば、周辺国家への影響力も爆増ですね!」
「クックックッ、半魚人サハギン魚人マーマンまもられた通商船団……いったいどれほどの富を運んでくれるか、夢が広がるのう……」
 取らぬ狸の皮算用で、うっとり虚空を見つめるロジーナ王妃。その様子に流石の黒龍もドン引きである。
 そんな黒龍の雰囲気を察したか、ロジーナ王妃がニヤニヤと笑いながら、酒臭い息で囁く。
「ノワ先生、知っとるか? なんでも九頭竜諸島には春画なるエロ絵が山ほど出回っておるらしいぞ。内容は男女逆転から異種姦までなんでもアリじゃ。他にもデルガー帝国には3大性典と呼ばれる書物もあるらしいのう。貿易ついでに世界中の素晴らしい書物を集めてみとうないか?」
 書物と聞けば黒龍の目の色も変わる。
「えっ、でもそれなら自分で飛んでいけば早いんじゃ……」
「かーっ! わかっとらんのう! 言葉はともかく、文化も風習も違う土地で欲しいものがサクッと買えるわけなかろう。仕入れは仕入れに長けた者に任せるのが、結局は早道じゃ!」
「むぅ……一理ある! じゃあさ、ツアー組んで現地ガイド雇えばいいのでは?」
「そうさのう、大将戦で勝ったら、パーッと大陸横断爆買いツアーを開催してもよいぞ!」
「やったー! 姫ちゃん大好き!」
「うわはははははは! くるしゅうないくるしゅうない! そーれ乾杯じゃ!」
 再び麦酒をあおるロジーナ王妃。黒龍もそれに合わせて、手にした炭酸飲料をいっきに飲み干した。


「いやはやキーラ卿の戦い、実にお見事! やはり代表を替わってもらって正解でしたな!」
 クラウス将軍が満面の笑みでキーラを称える。
「いやハハ、お恥ずかしいものを見せちまって……」
 屈託のないクラウス将軍のまぶしい笑顔に、キーラは顔を赤らめて目線をそらしてしまう。
「何を仰る。古代では肉体美こそ至高と、競技は全裸で行っていたとも伝わっておりますぞ。戦士として鍛え上げられた肉体、何を恥じる事がありましょうや! そも相手方のゴガーフシュルも全裸ではありませんか!」
「そう言われりゃあそうだけど、蜥蜴人リザードマンの裸と一緒にされんのもなあ……」
 いまひとつ納得しかねるキーラ。
「ま~ね~、人化した龍種なんかもホント~はハダカんぼだかんね~。人魚マーマンなんかも下半身は丸出しでしょ~」
 ふにゃふにゃとレジオナが会話に加わって来た。興味深い話題に、モニカが眼鏡を光らせる。
「知的種族が全裸を気にするか否かは、気候、表皮の防御性能、性器の露出度、被服の調達難易度等々、様々な要因があるわ。男性器が完全に体内に収納される種族は全裸傾向が見られるけれど、そういう種族はたいてい鱗や固い皮膚、毛皮なんかで全身が覆われていて、防御としての服を必要としない事が多いの。実際には様々な要因が複合した結果と言えるわね。龍種なんかは本来のサイズの服は現実問題として用意できるわけがないし。人化する時に、服を着ているかのように存在を折りたたむのは、人間の文化に合わせているのと、龍種としての美的感覚によるものでしょうね。人間も地域や時代によっては裸で過ごす場合も見受けられるし、むしろ服で隠す事によって裸体の価値が上昇しているとも言えるわ。地域によっては髪や素足を見せる事が、裸を見せるに等しい行為だったりするし。とはいえ現代の西方諸国において、衆人環視の中で全裸になるのは、ヒューマンの女性としては中々大胆よね。しかも全身にキスマークまでつけてたら、もうそういうプレイなんじゃないかと思われても仕方ないでしょう」
「うるせーな! 長々とご高説を垂れて結局はそこかよ! キスマークの文句はナナシに言えっての!」
 矛先を向けられたナナシは、頭を掻きながら顔を赤黒くして照れた。
「まあほら、やっぱそういう時って盛り上がっちゃうとさ、あんまり後先考えずにやっちゃうよね。自分なんかは再生力のおかげか跡が残んないけど」
「ほお~、するとキーラちんもナナシたんの全身をちゅっちゅしてるってことなん~?」
 レジオナがニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら問う。
「知るか! おいナナシ! ふたりの秘密をあんまぺらぺら喋んじゃねえよ! もう色々してやんねえぞ!」
「あっ! ごめんごめん! もう言わないから!」
 キーラに怒られ、ナナシは唇に人差し指を立てて謝る。しかしそう言うキーラ自身、ナナシ相手に色々していると口を滑らせていた。迂闊さに関しては似た者同士である。
「ふふっ、ナナシの巨大な生殖器をどうやって受け入れるのか興味深かったけど、巨大化が使えて良かったわねえ。ところで時間制限とかは大丈夫なの?」
 モニカがここぞとばかり、ふたりの夜の生活に鋭く切り込んで来た。
「あたいの中はよっぽど気持ちいいんだろうぜ。いっつも瞬殺だもんなァナナシ!」
「最近は持つようになって来たってば! それに回数なら自信あるし!」
 酒が入っているせいか、あけすけにナナシをからかうキーラ。慌てて言いつくろうナナシの様子に、クラウス将軍が同情の苦笑いを向ける。
「へえ、やっぱり巨大化頼りだったわけね。どうやってあの巨大な生殖器を攻略してるのか興味があったけど、つまらない方法よねえ」
「なっ! てめー、カマかけやがったな! こちとらおめーらみてえなテクニシャンじゃねえんだよ! サイズ以外は普通の夫婦……じゃねえ婚約者なんだからな!」
 モニカの誘導にまんまと乗せられてしまったキーラが憤るも、もはや夜の生活の様子はダダ洩れであった。


 代表戦の余韻で賑わう闘技場周辺の歓楽街は、魔法具による街灯で月明りすら霞む眩さである。しかし、見上げる者もいない月のすぐそばでは、ひっそりと何者かの策略がめぐらされていた。
 宇宙空間を進んでいる巨大な物体は、第3惑星の衛星を通り過ぎた頃には、既に推進機関と卵型のふたつのユニットを分離していた。卵型ユニットは慣性を保ったまま第3惑星へと進み、推進機関部分はさらに減速を続ける。
 やがて推進機関部分は、第3惑星とその衛星の間にあるラグランジュポイントで、噴射口を第3惑星に向けた状態で(相対的に)静止した。
 次に、長さ1キロメートルにも及ぶ推進機関は、噴射口から膨らんだ先端に向かって縦に裂け始める。そして先端部分を中心に、まるで花が咲くかのごとく放射状に展開し、直径2キロメートルの巨大な放射状の円形となった。
 すると、今度は放射状に延びる構造物の間に、ケーブルのようなものが張り巡らされてゆく。ケーブルは構造物を繋いで複雑に絡み合い、ある種文様のようなものを形成した。
 おお、読者諸兄よご覧あれ。それはまさしく魔法陣そのものであった。
 厳密に見れば、ナナシたちの暮らす世界で使用されている魔法陣とは、書式や文法が違っている。しかしどのような効果を得ようとしているかは明らかであった。
 そう、これは転移用のアンカーであり、また転移の入り口でもある。何者かがこの第3惑星への道を開いたのだ。
 宇宙に咲いた大輪の花は、今はまだ静かに浮かぶのみであった。
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