オークに転生! フィジカル全振りは失敗ですか?

kazgok

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第十二章 建国

叙勲

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 黒龍とカレンの模擬戦が終わると、クラウス将軍がキーラに声をかけて来た。
「キーラ殿、ひとつそれがしと手合わせ願えるかな?」
「おっ、将軍サマ直々の申し出とあっちゃあ断れねえな。あいにく真剣しか持ってねえから、木剣でも貸してもらえりゃあ……」
「いいや、真剣でかまわんよ。勝敗を競うわけでもなし、致命傷になりそうなら寸止めでよかろう」
「さすが将軍サマ、肝が据わってんな。それじゃこっちも気合い入れねえとな!」
 ふたりは修練場の中央へ進み出ると、5メートル程離れて対峙した。普通の稽古ならば遠い間合いだが、魔力による身体強化を行う実戦においては一足一刀の間合いである。この距離を取った事で、ふたりは暗黙の了解として最大限の身体強化を行う。
 キーラはエルフ銀ミスリル製の両手剣を上段に構え、クラウス将軍は直径1メートルの盾を前面に、ロングソードを体の後ろへと隠す構えである。
 緊迫した空気の中、最初にキーラが動いた。5メートルの距離をまさしく一足で飛び込みつつ、両手剣を振り下ろす。
 クラウス将軍も距離を詰めながら、この斬撃を力が乗る前に封じようと盾を掲げる。しかしこれはキーラの誘いであった。
 キーラは剣を振り下ろすと見せかけ、スッとを引いて体の正面へ引き付ける。そして柄頭つかがしらを使った体当たりチャージを繰り出した。
 クラウス将軍はこの攻撃を読んでおり、キーラのチャージを冷静に盾で受け止める。そして同時に側面からロングソードをキーラの脇腹へと突き入れた。
 だがこの突きは、キーラが両手剣の柄と交差するように添えた義手の拳によって阻まれてしまう。魔力で強化された金剛鋼アダマンタイト製の義手は、盾としての使用にも十分に耐えうるのだ。
 両者の激突は、盾と剣による鍔迫り合いの状態で拮抗する。身長197センチメートルのキーラに対し、クラウス将軍は191センチメートル。体重ではクラウス将軍の方に分がある。
 盾に全体重をかけながら、クラウス将軍は剣を再び突き込もうとした。鎧の隙間がある脇の下か首筋、膝裏あたりを連続して狙う算段だ。押し合いの支えも兼ねている義手では、広範囲を守れないだろう。
 しかし次の瞬間、クラウス将軍の体は数メートル後ろへと跳ね飛ばされていた。キーラがほんの一瞬、それとわからない程度の『巨大化』を発動したのだ。
 身長にすればほんの1センチメートルであるが、その狙いは『巨大化』の副次的な恩恵である筋力の激増にあった。これにより体重差をものともせずに、密着状態からクラウス将軍を跳ね飛ばしたのだ。
 思わぬ衝撃により体勢を崩したクラウス将軍へ、剣を肩にかついだキーラが追撃する。クラウス将軍は体勢を立て直しつつ、盾を構え直そうとした。
 その時である。クラウス将軍の目がキラキラと光る糸のようなものを捉えた。よく見ればキーラの義手の拳が盾の端を掴んでおり、そこから義手へと延びる糸が空中を舞っているのだ。
 その糸は、キーラの突進に合わせて、ふわりと輪を作ってクラウス将軍の首元へと降りて来る。糸の上では、細かな魔力の刃が高速で振動していた。鎧の形状的に首の切断には至るまいが、動きを大幅に制限されてしまうだろう。
 クラウス将軍はキーラの奇策に対し、盾を投げ上げる事で対処する。首元を狙った糸は、盾を掴んだ拳に引っ張られてクラウス将軍から引き離されてしまう。
 キーラは拳を巻き戻しつつ、掴んだ盾を遠方へ放り投げる。それと同時に両手剣を片手で振るって、クラウス将軍へと斬りかかった。
 クラウス将軍はこの斬撃をロングソードで受け流す。キーラは受け流された両手剣を、流れるような軌道で再び打ち込む。しかしクラウス将軍の手には、既に内部拡張収納袋マジックバッグから取り出した新しい盾が握られていた。
 そして、義手の拳を再装着したキーラと、再び剣と盾を構えたクラウス将軍の、目にもとまらぬ剣戟が繰り広げられる。常人には捉えきれぬ速度で振るわれる剣が、時おり弾き合って火花を散らす。
 両者の攻防の拮抗が崩れたのは、キーラの一撃からであった。密着状態から、キーラが右手の義手でクラウス将軍の盾へと打撃を放つ。その瞬間、エネルギー体と化したキーラの右手が、神域に達する腕力を発揮したのだ。
 クラウス将軍はその一撃で大きく弾き飛ばされ、地面を転がる。キーラは追撃する事も忘れ、自分の義手を見つめていた。
「なんだ今の……あたいの右手、どうしちまったんだ?」
 よろよろと起き上がったクラウス将軍の盾はひしゃげ、腕は上がらなくなっていた。おそらく前腕の骨折か、あるいは肘を脱臼したのだろう。
「いやはや、今の一撃は効きましたぞ。オーカイザー閣下に勝るとも劣らぬ威力。さすがに銀剣のふたつ名をお持ちの事だけはある」
 クラウス将軍の賛辞に、キーラは曖昧な笑顔でぺこりと会釈を返す。これはどう考えてもナナシのエネルギー体と何度も握手をした影響だろう。後でとことん追及せねばなるまい。
 キーラがナナシへと詰め寄るのを横目に、クラウス将軍は納刀して転がった盾を回収する。そして視察用のテントへと歩み寄ると、ヴォルフガング龍人王の前にひざまずいた。
「畏れながら申し上げまする。このクラウス、此度こたびの代表を辞退させていただきたく。それがしの代わりには、キーラ殿を推挙いたします」
 この申し出に、ヴォルフガング龍人王は思案顔で問いかける。
「ふむ、先程の模擬戦を見た限りでは実力的には問題ないだろうが、代表戦となればある程度の格も必要となる。ましてやイーダスハイム生え抜きの其方そなたを差し置いてまで、彼の者を推す意味はあるのか」
「ははっ、まずは此度の代表戦ですが、そもそもただ勝てば良いというものではありますまい。単純な勝ち負けよりも、周辺諸国への示威行為という側面が大きいかと」
「確かに、我が国の戦力を西方諸国に知らしめる意味合いは大きい。特に我が妃シューグオとオーカイザー卿は、代表戦において存分にその強さを見せつけてくれるだろう。また、獣王丸は我が国の技術力の高さを、シュヴェールト卿は……」
 ヴォルフガング龍人王は、横に座るロジーナ王妃をちらりと見て、続ける。
「そのロジーナ浪漫流をもって、観戦者の目を大いに楽しませてくれる事だろう」
「そこです。その戦いにおける華というものが、某には不足しておるかと。その点キーラ殿は、王妃殿下との巨大化しての組手といい、義手を使った工夫といい、幅広い戦い方が出来るお方だ。これまでの功績も、オーカイザー公との活躍を見れば、格が足りぬという事もなかろうと存じまする」
「功績としては確かに十分だろう。しかし元特級冒険者とはいえ所詮は平民。国家の代表とするには、やはり格が足りぬと言わざるを得ないな」
「身分に関しては、オーカイザー公のもとで爵位を賜ればよいのでは。これだけの功績を持つ者を、いつまでも平民に留め置いてはむしろ国家の恥と愚考いたします。まずは騎士爵を与え、オーカイザー公が領地を得た暁にはさらに爵位を上げればよろしいかと」
「確かに、それならば格としても申し分ないだろう。此度の代表戦がオーカイザー卿の領地を獲得するためのいくさである事を考慮すれば、その配下の騎士が代表となる事にも説得力がある」
 ヴォルフガング龍人王はそこで言葉を切ると、ナナシと話し込んでいたキーラに呼びかける。
「そういうわけだ、キーラ君! 早速この場でオーカイザー卿から騎士爵を授与してもらいたまえ!」
「へっ!? どういうわけですって? 全く聞いてねえんですけど!」
 いきなり話を振られて驚くキーラ。突然の事に、ナナシもきょとんとした表情で戸惑うばかり。そんなふたりに、ロジーナ王妃が告げる。
「ええい、国王陛下に何度も説明させるでない! キーラを代表戦に出すから、とりあえず騎士に叙任せよという事じゃ。国家の代表が平民では格好がつかぬからの!」
「まったまった王妃殿下! なんであたいが代表戦に!? そんな大役とてもじゃねえけど……」
 慌てるキーラの言葉を、クラウス将軍の豪快な笑い声が遮った。
「わっはっはっは! 心配めさるな、キーラ殿の実力は某が保証しようぞ! イーダスハイム龍王国代表として、存分に暴れてくだされ!」
「ええ……おいナナシ、何とか言ってやってくれねえか」
 困り果ててナナシを見るキーラ。しかし、当のナナシは満面の笑みでキーラの顔を見返す。
「凄いよキーラ! クラウス将軍のお墨付きだって! そっか、いっしょに代表戦に出るんだ。これは自分も頑張らないと!」
「ナナシ……まあ、おめーがいいってんならしょうがねえか。あたいがを勝利をプレゼントしてやるよ」
 我が事のように喜ぶナナシに、やれやれと肩をすくめるキーラ。
「しっかし、あたいが騎士ねえ……おいナナシ、あたいを召し抱えるってんなら、半端な領主じゃ許さねーかんな! ガッツリ気合い入れてけよ!」
「まかせて! なんか俄然やる気出て来たかも!」
 わいわいと盛り上がるふたりに、レジオナがふにゃふにゃと声をかける。
「チームレジオナからま~たひとり出世するとは、感慨深いんよ~。ところでキーラちん、騎士になんなら姓はど~すんの~? いっそナナシたんのお嫁にしてもらって、キーラ・フォン・オーカイザーになっちゃう~?」
「ばっ! 馬っ鹿じゃねーの!? 嫁とか、ウチらはそういうんじゃねーって言ってんだろ! なあ、ナナシ!」
 レジオナの言葉を全力で否定するキーラに、ナナシはしょんぼりと肩を落とす。
「うん……まあ、そういう仲じゃないけど……そこまで必死にならなくてもいいんじゃないかな……」
「ちょ、ナナシ! いや、別におめーの事が嫌いってわけじゃねえから!」
「あはは、わかってるから大丈夫だよ……」
 そう言って力なく笑うナナシ。それを見たキーラは、左手でガシガシと頭を掻いてひとしきりうなった後、レジオナを睨み付けた。
「レジオナ、てめー覚えてろよ!」
 そして右手の義手を外すと、エネルギー体の右手で落ち込むナナシの右手を握る。
「おいナナシ! あたいがおめーの事をどう思ってるかなんてなあ、こうやって何度も触れ合っちまってんだからわかってんだろうが! いちいち外野がどうこう言ったって気にしてんじゃねえよ!」
「いや、外野の声を気にしてんのキーラだし……」
「うるせえな! 悪かったよ! つーか、あたいを嫁にしてえんならはっきりそう言えっての!」
「わかった。結婚してください、キーラ」
「おうよ!」
 勢いのままプロポーズを受けるキーラ。怒涛の展開に周囲があっけにとられる中、ロジーナ王妃が呵々大笑した。
「うははははははは! めでたい! これはめでたいのぅ! 公爵ともなれば世継ぎの事も考えねばならんと思うとったが、これで安泰じゃ! 婚礼は領土をぶんどった後、盛大に国を挙げて執り行おうぞ! 此度の代表戦、ふたりとも心してかかるがよい!」
 ロジーナ王妃の言葉を皮切りに、ふたりを祝う拍手が沸き起こる。こうなっては最早後には引けない。ナナシとキーラは顔を見合わせ困った様に笑う。
 そんなふたりを祝福の輪が取り囲む。集まって来たチームレジオナの面々も、ふたりに声をかける。
「その場の勢いとはいえ思い切ったわね、あんたたち。ふたりはさあ、絶対、もっとこうグッダグダな付き合い始めになると思ってたのに」
 フリーダがあきれ顔で言う。その横からレジオナが下品な笑みを浮かべてふにゃふにゃと聞く。
「ねえねえ、夜の方はどうすんの~? いくらキーラちんがデカくてもさ~、ナナシたんのはさすがに無理でしょ~?」
「確かに! あのサイズをどう攻略するのか、これは興味深い!」
 モニカも眼鏡をきらりと光らせて参戦する。
「ホントおめーら馬っ鹿じゃねえの!? いきなりシモの話かよ! 大体なあ、童貞のアレなんざ、あたいにかかりゃ瞬殺だっつーの!」
「瞬殺! それはぜひ録画を……」
「させるわけねーだろ! 死ね!」
 いつもの仲間とのやり取りに、キーラは段々と普段の調子を取り戻してゆく。そんなキーラを微笑ましく見つめながら、ナナシはキーラの肩に優しく手を添える。
 キーラはその手の温かさを感じながら、ナナシの体へそっと身を寄せた。その巨大で頑強な体躯は、キーラの胸に不思議な安心感を与える。
 キーラにとって、これまでのナナシは死線を共に潜り抜けた仲間であり、かけがえのない友であった。そして、これからは伴侶としての愛を育むことになるのだろう。
 ナナシと行動を共にすると決めた日から、いずれこうなる気はしていた。世界の命運を左右する皇帝陛下と一緒に歩いていくのも悪くはない。キーラはナナシの顔を見上げ、にっこりと微笑んだ。


 ナナシとキーラの正式な挙式は代表選後と決まった。そのため、とりあえずは代表としてキーラを騎士に叙任する事となった。
 キーラの姓に関しては、チームレジオナはもとより、黒龍とロジーナ王妃も嬉々として案を出し合った。しかし結果としては、ふたつ名の銀剣をそのまま使うという無難な線に落ち着く。
 こうして、元特級冒険者キーラは正式にナナシ公爵の騎士となり、その名をキーラ・フォン・ジルバーンシュヴェールトと改めた。この姓が使われたのはほんの短い期間であるが、のちの世に分家筋として再び日の目を見る事になろうとは、この時のキーラには知る由もない。
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