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第十二章 建国

治安部隊

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 イーダスハイムの首都、城塞都市ゴーザシルト。
 城の広い会議室に、ロジーナ姫の声が響き渡る。
「はぁ? ダミアンがシャルルめを討ち取ったじゃと!?」
 王都で国営魔導放送局を切り盛りしているマクシミリアンからの報告書に、会議室に集った面々も色めき立つ。『反物質アンチマター召喚爆破エクスプロージョン』の後始末を終え、今後の方針を話し合うために、ナナシたちとロジーナ姫、ヴォルフガング侯爵、クラウス中将らが集まっていた矢先の出来事であった。
「王都からの情報によれば、フォートマルシャン城の城門前にシャルル13世と剣聖ゴーモンの首がさらされたようです。また魔導放送で、フレッチーリ王国全土に勇者ダミアンの即位が報じられたとの事」
 アヤメが送られてきた報告書の残りを読み上げた。それに続いてモニカも状況を補足する。
「確かに、『動空録ドクロ』もその話題で持ち切りね。どうやら勇者はフレッチーリの諸侯に、ひと月以内の登城を申し付けたらしいわ。逆らう者は粛清するつもりかしら」
 開戦初日の、あまりにも目まぐるしい展開であった。混迷する状況に、ヴォルフガング侯爵が疑問を口にする。
「リュテスが陥落した時にも勇者ダミアンが魔王軍に協力したらしいが、魔王と勇者は通じていたという事なのか?」
 勇者の裏切りから王位簒奪までたった1日である。誰がどう見ても、最初から勇者と魔王が結託していたとしか考えられない。これには、実際に勇者と魔王の会談を取り持ったナナシですら、あの後密談でもあったのかと勘ぐってしまう。
「話し合いの時には全然そんな感じしなかったけど、素人にはわからない高度な駆け引きとかあったのかな……?」
 首をひねるナナシの言葉を、キーラが笑い飛ばす。
「ははッ、あの勇者が高度な駆け引きィ? ありえねーって。どうせ行き当たりばったりで王と敵対しちまって、しょうがねえからブッ殺したとかじゃねーの?」
「いやいや、いくらなんでもありえんじゃろ。行き当たりばったりで王位簒奪なんぞ……」
 言いかけたロジーナ姫の脳裏に、危うくフレッチーリ王国を滅ぼしかけた聖龍連峰での一件が浮かぶ。あの勇者ならばありえないとは言い難い。
 そこへふにゃふにゃとレジオナが割って入る。
「ん~、キーラちん惜しい! ま~、やらかしたのがクソ勇者ゆ~しゃなのか馬鹿お~なのかはむずかし~とこだけど~」
 そしてレジオナは、獣人奴隷への攻撃からダミアンの裏切り、シャルルの指示による孤児院への襲撃までの顛末を擬音多めでふにゃふにゃと語った。その内容に、ヴォルフガング侯爵が思わずため息を吐く。
「それはまた……盛大に勇者の宝物庫を踏み荒らしたものだな。いや、そうなるように仕向けた魔王が狡猾だったと言うべきか。勇者の心理をシャルルよりも魔王の方が理解していたとは皮肉なものだ」
「ふうむ、こうなってはフレッチーリ王国もリュテス奪還どころの話ではないじゃろ。勇者も魔王にいいように使われてしもうたのう。結局は魔王のひとり勝ちじゃな」
 ロジーナ姫もやれやれと肩をすくめる。それを受けて、クラウス中将が口を開く。
「魔王軍の戦力が温存されたとすれば、あるいはジルバラント王国との緩衝地帯へ食指が動くやも知れませぬな。フレッチーリ王国が動けぬとなればなおさらでしょう」
 しかし、クラウス中将の見立てにキーラが異を唱えた。
「いや、魔王もそこまで勇者を信用してねえと思うぜ。勇者にしてみりゃあ、まんまと利用されたわけだしな。龍種の翼ならフォートマルシャンからリュテスまで半時間とかからねえんだし、油断してたら勇者連中だけでリュテス奪還もあんじゃねえか? そう考えりゃ簡単にゃあ動けねえだろ」
 これらの意見を踏まえ、ヴォルフガング侯爵が所見を述べる。
「諸侯をまとめるために、勇者が目に見える功績を欲する可能性はありうるか。魔王と勇者が結託していないのなら、魔王も軽々に警戒は解けまい。とはいえ、こちらも油断は出来ぬ。我らとしては、婚礼の準備として早急に西方諸国の使者を領内へ招いて、盾とするべきであろう」
 その言葉に、ロジーナ姫もうなずく。
「とにかく婚礼と独立を急がんとな! 国家としての体裁ていさいが整えば、取れる選択肢も増えよう。魔王め、我らの戦略に腰を抜かすがよいわ!」
 広い会議室に、ロジーナ姫の高笑いが響き渡った。


 城塞都市リュテス市街陥落から2週間後。
 貴族街を含むリュテス城では、まだ数万の貴族や兵士が籠城を続けているものの、市街はすでに日常を取り戻しつつあった。
 魔王ロックによる、略奪禁止、土地財産の没収もしないという宣言に、市民も最初は半信半疑であった。しかし、リュテスから逃げ出す市民が全財産をそのまま持ち出せているのを見て、大多数の市民はリュテスに残る事を選んだ。
 さらに、勇者ダミアンによる王位簒奪の報も相まって、再びリュテスに戻る者まで現れる。どの道、援軍が来ないとなれば、この都市で生きて行くしかないのだ。下手に他の土地へ逃げて、勇者と貴族たちの争いに巻き込まれでもしたら、たまったものではない。
 ただし、奴隷業者だけは徹底的な解体を迫られた。救済措置として、魔王が奴隷を本来価格の1割で買い上げるという条件が出されたものの、支払いはリュテス城陥落後という理不尽なものであった。
 資金や財産までは取り上げられなかったため、奴隷業者のほとんどは奴隷を放棄し、それ以外の全ての財産を持ってリュテスを出る事となった。残ったのは、事前に魔王と通じていた業者や、人材派遣業に商機を見出した奴隷商たちだけである。
 リュテス総人口の約2割、10万に迫る獣人たちの半数は、焼かれた緩衝地帯の村を再建するために魔王軍が雇う事となった。村が再建された暁には、そのまま獣人たちを定住させる予定である。そして残った半数を、元奴隷業者たちが雇用し、派遣事業を行う事となった。
 占領下の不安な日々でも、人は食べなければ生きてはいけない。そして日々の食事が満たされていれば、たいていの事は慣れてしまうものである。
 魔王軍の統治のもと、リュテス市街は新たな秩序を獲得してゆく。


 夜のリュテス市街を、獣人たちのグループが談笑しながら歩いている。今日の仕事を終え、食堂で軽く飲んだ帰り道であった。
 薄給ではあるものの、食事と派遣業者の寝床の料金を引いても、大銅貨数枚は手元に残る。何より、食堂で飯を自由に食えるというのは、実に気分が良かった。
 特に魔族が経営する食堂は、ヒューマンが寄り付かない分、気楽で良い。恐ろし気なオークやオーガも、食事時は気のいい連中であった。たまに酒や飯をおごってくれたりもする。普段は何を考えているのか解らぬリザードマンですら、酒の席では凶悪な牙をむき出しにして笑っているのだ。
 しかし、いまだ市民の間には獣人に対する蔑視が根強く残っている。夜道で襲われたという話も多く聞く。こうして大人数で移動しているのも用心のためであった。
 今夜は少し飲みすぎてしまい、大通りも人影は無い。空はどんよりと曇り、点在する魔道具の街灯がぼんやりと光るのみ。手元の明かりが無ければ足元もおぼつかない。
 ひゅうと吹き抜けた夜風に、何やら嫌なものを感じた獣人たちは、誰ともなく足を速める。その時、前方の路地からわらわらと人影があふれ出して来た。
 驚いた獣人たちはその場で足を止めてしまう。すると今度は後方の路地からも人影があふれ出す。あっという間に獣人たちは怪しげな人影に挟まれてしまった。
 獣人たちの倍以上の人数に膨れ上がったその人影は、顔を布や覆面で覆い、手に手に棍棒などを持っている。どう見ても強盗などではない。獣人たちを私刑にかけようという過激な市民であろう。
 武器も持たぬ獣人たちは、固まったまま動けずにいた。長年にわたる支配構造は、そもそも獣人たちから反抗心を奪っている。この状況で獣人たちが考えているのは、だけであった。
 武装集団のリーダーらしき人物が、襲撃の合図とばかりに棒を持った手を振り上げた、その時。
 暗い大通りに、美しい笛の音が響き渡った。
 虚を突かれた武装集団は、何事かとあたりを見まわす。すると見計らったかのように雲が晴れ、一条の月光が屋上の人影を浮かび上がらせた。その手元には横笛がきらりと光っている。
 それは3人の女性であった。それぞれ水色と金色、そして緑色のドレスに装甲をあしらった戦闘服に身を包み、目元は仮面に覆われている。
「なっ、何者だ!」
 自分たちよりも怪しげな相手の出現に、思わず襲撃者のリーダーが叫んだ。その声に、水色の戦闘服の女性がふにゃふにゃと名乗りを上げながら見得を切る。
「逆巻く波濤はと~、スライムぶる~うぇ~ぶ!」
 金色の戦闘服の女性がそれに続く。
「輝く太陽、ドラゴンサンシャイン!」
 さらに緑色の戦闘服の女性が続ける。
いにしえの大森林、エルフフォレスト!」
「やみよにうごめく~じゃあくなかげを~」
「照らす正義の光あり!」
「愛の拳で叩いて砕く」
「「「我ら魔王特捜隊!」」」
 3人が揃ってポーズを決めると、その背後で3色の爆炎が上がった。その音を聞いて、何事かと驚いた大通りの家々に明かりがともってゆく。
 3人は、大きく腕を回して襲撃者たちを指さすと、決め台詞を口上する。
「「「魔王にかわって、成敗よ!」」」
 名乗りを聞いた襲撃者たちの間に、どよめきが起こった。魔王特捜隊と言えば、ちまたでも噂になっている。犯罪者を捕縛して魔王軍に突き出す治安部隊という話であった。
「くそっ、逃げるぞ!」
 相手はたった3人とはいえ、魔王軍の関係者に手を出すのはまずい。襲撃者のリーダーの判断は早かった。しかし、それを黙って見逃がす魔王特捜隊ではない。
「ぶる~うぇ~ぶしゃわ~!」
 スライムブルーウェーブがふにゃふにゃと叫んだ瞬間、その胸元から水流が噴き出し、シャワーの様に襲撃者へと降り注ぐ。水滴に見えるそれらは、実は微小なスライムであった。襲撃者たちの衣服に付着したスライムは、あっという間にその隙間から素肌へと忍び込む。
「とうっ!」
 掛け声とともにエルフフォレストが飛び降りた。空中で華麗に回転すると、逃げる襲撃者のひとりに飛び蹴りをかます。そして横を走り抜けようとした襲撃者の腕を取ると、関節を折りながらの投げを打つ。
 夜空に響く絶叫に、走り抜けようとした襲撃者たちの足が止まった。エルフフォレストは幽鬼のようにゆらりと立ち上がり、にこりと笑う。襲撃者たちの目には、その笑顔が耳まで裂けたかのように見えた。
 エルフフォレストは何気ない足取りで襲撃者たちに近づいてゆく。進退窮まった襲撃者たちは、ままよと手にした武器でエルフフォレストへと襲い掛かった。人は恐怖の絶頂において、往々にして判断を誤るものである。
 鼻歌交じりで襲撃者たちの間を歩くエルフフォレスト。目にもとまらぬ速さで仕掛けられる関節技により、ぽきりごきりと乾いた音と、折られた者の絶叫がハーモニーを奏でる。折れる瞬間には緑色に光る派手なエフェクトのおまけつきだ。
 やがて絶叫が収まると、後には複雑に絡み合った数人の襲撃者の塊が点々と残されていた。エルフフォレストは両手を胸元から振り下ろすように広げ、叫ぶ。
「フォレストフラワーアレンジメント!」
 技名と共に、色とりどりの花びらがどこからともなく舞い散った。人体による生け花のごときオブジェは、残酷さの中に退廃的な美が潜み、野次馬たちの目を引き付けて離さない。
 そして聞こえるだろうか、あのうめき声が。これほど複雑に折りたたまれていても、襲撃者たちは誰ひとり死んではいない。神域に至る、器用さ150の技前わざまえであった。
 いっぽう、屋根から遠ざかる方向の襲撃者たちへは、ドラゴンサンシャインが大きく跳躍していた。
 キラキラと光の軌跡を描きながら、まるで滑空するかのように空中を移動するドラゴンサンシャイン。そうして襲撃者たちを追い越すと、空中で体をひねり、ふわりと優雅に着地する。
「ここから先は通行止めですわ。サンシャインデュプリケーション!」
 ドラゴンサンシャインの言葉と共に、その姿が10体に増えて道をふさいだ。しかしよく見れば、増えた分身らしき者の体は半透明に透けており、心なしか揺らめいて見える。
「けっ、コケ脅しが! どけ!」
 襲撃者のひとりが、分身へと棍棒で殴りかかった。分身は棍棒を避けようともせず、両手を腰に当てたままである。そして棍棒が分身に触れた瞬間、その棍棒は真っ赤に燃え上がった。
 襲撃者はあまりの熱量に驚いて手を離す。ほんの一瞬で、その手のひらは真っ赤に焼けただれていた。
わたくしこぶしは少々熱くてよ。さあ、お覚悟!」
 並んだドラゴンサンシャインが一斉にファイティングポーズを取る。あっという間に灰となった棍棒を見て、襲撃者たちは我先にと元来た方へ走り出した。
「んも~、クーちんったら~、やりすぎだってば~」
 踵を返した襲撃者たちの前に、今度はスライムブルーウェーブが立ちはだかる。
「ええ~、マイスラ様だってあれだけやってるのに? レジオナちゃんったら、ちょっと私に判定厳しくないかしら!」
「治癒魔法まほ~での治しやすさってもんがあんでしょ~。ぶる~うぇ~ぶうぉ~た~ぷりず~ん!」
 スライムブルーウェーブのふにゃふにゃとした技名とともに、その両手から無数の水球が発射された。それらの水球は襲撃者たちの頭部を包み込んで窒息させる。
 襲撃者の中には冒険者も混じっていたが、この水球に対しては抵抗レジストも無駄であった。なぜならこれは水の塊に見えて、その実すべて透明なスライムなのだから。
 水球はいい塩梅に襲撃者たちを窒息させて意識を奪うと、ご丁寧にも呼吸を回復させてから離れてゆく。こうしてほとんどの襲撃者たちが無力化される事となった。
 やがて、騒ぎを聞きつけた衛兵たちがやって来た。オークとゴブリン、そしてヒューマンも数人混じっている。寝返った兵士だけでなく、早々に降伏した兵たちも、希望する者は魔王軍で受け入れているのだ。
 家族の存在など、生活基盤がこの町にある兵士も多い。給料さえ出るならば、やるべき仕事はそう変わらないのだ。その結果、相当数の兵士が魔王軍に組み込まれる事となった。
 捕まった襲撃者たちも、今回は未遂という事もあり、鞭打ち3回程度で終わるだろう。払う金があるなら、罰金を払って鞭打ち回数を減らす事も出来る。
 また、捕縛時の骨折や火傷、怪我などは治癒魔法で治してもらえた。これは無償なので、多ければ多いほど魔王軍の治癒部隊から魔王特捜隊への苦情が増える。
「こりゃあまた派手にやりましたな」
 人間生け花を見たオークの衛兵隊長が笑う。ドヤ顔を決めるエルフフォレストの横で、スライムブルーウェーブがふにゃふにゃと愚痴る。
「も~、おせっきょ~はマイちんひとりでくらってよね~。私たちは知んないから~」
「何言ってんのレジオナ! 特捜隊は一体でしょ! 一緒に燃える火の鳥でしょ!」
「燃えんのはクーちんだけにしてよね~。とにかく私たちはし~らな~いっ!」
「そんな事言っていいの? だったらもう新衣装とか作んないんだから!」
 エルフフォレストの発言に、ドラゴンサンシャインが慌てて取り成す。
「まっ! 待ってくださいまし! お説教は私が一緒に受けますから! マイスラ様の衣装が楽しみでこのお仕事引き受けましたのに、それが無ければもうわたくし……」
 こうなってしまうとスライムブルーウェーブことレジオナも分が悪い。いちど引き受けた任務とはいえ、自分たちだけでやるのはつまらないからと、マイスラと黄金龍を巻き込んだのである。
 さらに、ゆくゆくは知り合いをどんどん追加戦士として参入させる予定であった。ここでマイスラと黄金龍に抜けられる訳にはいかない。
「わ~かったわかった~、わ~か~り~ま~し~た~。私たちもいっしょにおせっきょ~うけるからさ~。い~い、おわったら~技のみ~てぃんぐみっちりやるかんね~!」
「おけまる~!」
「承知いたしましたわ!」
「ほんとも~たのむんよ~? マジでマジで~」
 人類を屁とも思っていない長命種ふたりを相手に、レジオナの苦労は続くのであった。
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