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第八章 勇者襲来
必殺剣
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64メートルに巨大化したナナシは『反物質召喚爆破』を投げ飛ばすと、そのまま城壁外へと跳躍を続けた。
ナナシは襲って来たであろう敵を探すものの、眼下にそれらしい軍勢は全く見当たらない。目を凝らすと魔王軍8万と対峙するように、巨大なエネルギーを秘めた何者かが『絶対防御圏』を展開しているのが見て取れた。
魔王軍を飛び越えたあたりで巨大化が解けたナナシは、片膝をつき片方の拳を地面に打ちつけた、皆様お馴染みのポーズで着地する。睨みつける視線の先では、襲撃者が『絶対防御圏』を解除して再び戦闘態勢をとっていた。
ゆっくりと立ち上がったナナシは、襲撃者に向かって吼える。
「あの魔法を撃ったのは誰だ!」
空間すら震わせるその声を受けて、勇者ダミアンは顔をしかめた。
ダミアンにとっては、ジルバラント王国の協力者だと思っていたナナシ・オーカイザーが魔王領にいること自体が全くの想定外であった。ただでさえ厄介なこのオークが魔王についたとなれば、最悪の場合ジルバラント王国と魔王の間に何らかの密約がある可能性まで出てくる。
そもそも戦略級殲滅魔法に巻き込みかけた以上、もはや敵対する事は免れまい。ダミアンはそう判断し、ナナシをここで倒しておく事にした。後からジルバラント王国が文句をつけた所で、魔王領にいた事が発覚して困るのはあちらの方であろう。
ダミアンはエルフ銀製のロングソードを抜き放ちながらナナシに向かって駆け出した。同時に特級魔術師オルガの『魔力誘導弾』が10発、ナナシを襲う。
ナナシは無造作に腕と鬼切玉宿を振るい『魔力誘導弾』を迎撃する。さらにオルガの『雷撃』がナナシに向かって放たれるものの、エルヴィーラとの戦いで『雷撃』に対して完全耐性を獲得しているナナシには何の痛痒も与えられない。
「けえええええええええっ!」
ダミアンはロングソードを高く掲げると、鋭い叫び声を上げてナナシへ打ちかかる。特徴的なその叫びは、次元流のそれであった。
恐るべき速度の斬撃に対し、ナナシは思わず鬼切玉宿で防御する。しかし空間そのものを切り裂く次元流の斬撃は、何の抵抗もなく鬼切玉宿を切断してしまう。ナナシは咄嗟に体を引くものの、腹部に浅い裂傷を負ってしまった。
通常ならば瞬時に治るはずのその傷は、しかし全くふさがる気配が無い。死と冬の女神ソブランの加護、死の刃の効果であった。ナナシの神域に達する再生力も、神の権能によって相殺されてしまったのだ。
勇者特性『世界の愛し子』により、ダミアンは信仰に関係なくあらゆる神の加護を得る事が出来る。次元流の防御不可能な斬撃と死の刃の組み合わせ。それはどれほど防御が硬かろうが再生力に秀でていようが、あるいは死霊であろうが殺す事が可能な必殺の斬撃であった。
ダミアンはさらに踏み込みながら斬撃を見舞う。防御不可能な斬撃に対し、ナナシは側面から刃を叩き折ろうと拳を繰り出す。
しかしその動きはすでに見切られていた。ダミアンの斬撃は軌道を変え、ナナシの拳を切り裂く。その斬撃は深くナナシの前腕まで達する。
ダミアンの攻撃はさらに続き、返す刀でナナシの左膝から下を切断した。体勢を崩したナナシは、後方へ転がって距離を取る。しかしダミアンはあっという間に距離を詰め、立ち上がれないナナシの首を狙う。
必殺の斬撃がナナシの首へと迫るその瞬間、上空から金色に輝く刃が突き込まれ、ダミアンの攻撃を弾いた。
防御不可能なはずの斬撃を弾かれ、驚愕の表情で飛び退るダミアン。その目に映ったのは、輝く幅広の諸刃剣を携えた、一糸まとわぬ赤髪の少女であった。
時はほんの少し前。ナナシに切りかかった勇者の斬撃が、鬼切玉宿を切断したその時の事である。戦いを見ていた赤髪のレジオナの腹部から、赤い物体が射出された。
それはどう見てもレジオナの体内には収まりきらない、長さ1メートル程のミサイルであった。赤いボディからは2本の腕が生えており、先端では吊り上がった三白眼が前方を睨み、ギザギザの歯を生やした大きな口が笑っている。
そのミサイルはナナシの体に隠れるような軌道で、ダミアンの攻勢に押されるナナシの元へと飛んで行く。
いっぽう城下町では、レジオナがフリーダに向かって叫んでいた。
「ナナシたんがヤバい! 剣貸して!」
口調が変わる程のレジオナの様子に、フリーダは躊躇なく突剣キシフォイドを逆手に抜くと、そのままレジオナの方へと投げる。
「10分金貨10枚だからね!」
さすがは守銭奴、しっかり料金の提示も忘れない。
レジオナは飛んできた剣をそのまま無限収納へと受け入れた。無限収納の内部で待機していたレジオナが剣を受け取ると同時に、自分たちの足下へ無限収納の出口を形成する。
その開口部はナナシへと飛翔するミサイルの胴体下部に、まるでウェポンベイの様に形成された。レジオナミサイルは座り込んだナナシの頭上へと飛び上がり、開口部から飛び出したレジオナが突剣キシフォイドで勇者の斬撃を受け止める。
空間そのものを切り裂く次元流の斬撃といえど、あまねく次元に存在する神骨金を切断する事は不可能である。この剣があれば勇者の必殺剣にも対抗出来るだろう。
「ナナシたん! これ!」
全くふにゃふにゃ感無く叫ぶと、着地したレジオナは突剣キシフォイドをナナシへと差し出した。
突如現れた少女を警戒して距離を取ったダミアンだったが、それが先ほどのスライム少女の同類だと察するや、一気に距離を詰め斬撃を見舞う。
この世界では見た目から脅威度は測れない。故にダミアンは躊躇なく目前の少女へと攻撃を加えた。希少な神骨金製の武器を携え、恐るべき巨大なオークと勇者の戦闘の真っただ中へ乗り込んで来る存在が、見た目通りのか弱い少女であるはずがない。
この時、レジオナは勇者の斬撃を甘く見ていた。個々のレジオナは、たとえ切断面にいたとしても核さえ破壊されなければ死ぬ事はない。運悪く核を破壊されたとしても、もはや個体の死についての感傷は超越している。必要ならば犠牲はやむを得ない。
レジオナはナナシへの攻撃を一手遅らせる為、あえてダミアンの攻撃を受けながらナナシへ剣を手渡した。剣を受け取りつつも必死の形相でレジオナを庇おうと手を伸ばすナナシを見て、レジオナの総意に「ほんと、ナナシたんそういうとこだにょ~」と暖かな感情がよぎる。
しかし、斬撃を受けた瞬間、レジオナたちのつながりがふっつりと途切れた。両断されたレジオナたちはパニックに陥り、擬態が解けてピンク色の塊へと変化してしまう。反転して魔王軍の方へと飛んでいたレジオナミサイルも制御を失い、地面に激突して数回バウンドする。
それはダミアンが持つ転生恩寵のひとつ、『恩寵殺し』によるものであった。レジオナの転生恩寵である『無限収納』が『恩寵殺し』によって封じられてしまったのだ。
全レジオナが共有しているひとつの『無限収納』という特殊性が、この場合裏目に出た。無限収納の内部にいたレジオナたちは、ダミアンの剣が無限収納内部へと侵入するのを目撃した次の瞬間、外部とのつながりを遮断されてしまう。
『恩寵殺し』はその名の通り、傷を負わせた相手の恩寵を一定の時間封じる事が出来る、まさに転生者の天敵とも言える転生恩寵である。しかしこの場合は通常の効果とは少し様相が違っていた。
直接切られたレジオナたちの『無限収納』が封じられた事により、いちどは無限収納そのものの機能が封じられてしまった。しかし斬撃を受けていないレジオナたちはすぐに無限収納へと接続し直す事が出来たのだ。
これにより、レジオナたちが完全に孤立していたのはほんの一瞬であった。だがその一瞬は、世界各地で活動していた数百を超えるレジオナたちをショックで無防備にしてしまう。
直接攻撃を受けたわけでは無いレジオナたちは擬態こそ解けなかったものの、危険な状況にあったレジオナの中には深刻な痛手を負ってしまう者もいた。それらの被害を合わせると、ざっと数百億の、群体を構成する微小なレジオナたちが命を落としてしまったのだ。
そして再び統合したレジオナたちは、全ての状況を共有する事となる。数千兆を超える全レジオナの怒りが爆発した。
ダミアンはスライムに戻ったレジオナが地面に落下するのを見届けると、無防備にスライムへと手を伸ばすナナシへ攻撃しようと歩を進める。しかし、その足は恐ろしい程の殺気によってその場に縫い留められた。
ピンク色の塊から少女の上半身が現れ、その唇から呪詛を込めた声がまるで地の底から響くかの様に流れ出す。
「よくも私たちの大切な場所を侵したな」
次の瞬間、少女の体が爆発し、ピンク色の霧が周囲を覆った。その霧は恐るべき魔力によって周囲全ての魔法と身体強化を『解呪』しながら広がってゆく。神域150の精神力を誇る数千兆のレジオナたちの魔力を集結した『解呪』に耐えきれる魔法は存在しなかった。
ダミアンは強化を解除されながらも、鍛え上げた身体能力によりかろうじて霧から脱出し、仲間の方へと走る。ダミアンの様子に危機を感じ取った仲間たちもダミアンへと駆け寄ろうとした。
しかし、走るダミアンの内側からあの少女の声が響く。
「吸ったな。私たちを」
無限の魔力により常に体表を覆う『力場形成』と、あらゆる毒や疫病への耐性を得る医薬神の加護により、ダミアンにも油断があった。怪しげな霧の中、ほんのひと呼吸の油断。
しかしそれが無かったとしても、霧状に広がったレジオナはあらゆる場所からの侵入が可能であった。この言葉は、お前の失策だと強調するためだけの、レジオナの怒りの言葉だった。
互いに駆け寄る事数秒、オルガたちの目の前でダミアンの胸部が倍に膨れ上がり、体中の穴から体液と汚物と内臓を噴出させながら上半身が弾け飛んだ。
「いやああああああああああああ」
もはや可聴域を超えるかのような悲鳴が、勇者の眷属たちから上がる。ただひとり、ラビだけが片手剣でダミアンの足首を切断し、それを回収しながら叫ぶ。
「死体に触らないで! 汚染されてる! この場は引くわよ!」
ダミアンの足首を掲げ転移魔法を展開するラビを見て、眷属たちも我に返った。動揺しているとはいえ何度も死地を潜った勇者の眷属たちである。死体の一部さえあればラビの『蘇生』でダミアンを復活させる事が出来るのだ。この場は何としても逃げ延びねばならない。
万が一にも魔王軍に『蘇生』を使われぬよう、オルガが悲壮な表情でダミアンの死体に『崩壊』を放つ。そしてラビの周囲に集まった一同を、獣人シモーヌの『絶対防御圏』が覆った。闘争神グラーコンの加護である。
「ナナシたん、逃がさないで!」
下半身の塊から全身を復元したレジオナが『絶対防御圏』を指差す。ナナシは片足で跳躍すると突剣キシフォイドで切りつけた。
あまねく次元に存在する、神の骨たる神骨金の前では、『絶対防御圏』もただの『防御壁』のようなものである。ナナシの膂力による斬撃は、神の真なる奇蹟、神聖干渉『絶対防御圏』をも粉々に打ち砕いた。
しかし、『絶対防御圏』によって大幅に威力を殺された斬撃は、オルガが咄嗟に展開した十数枚の『防御壁』によって止められてしまう。静止した突剣キシフォイドの刀身を、獣人シモーヌが真剣白刃取りのように両掌で挟み込む。
「ふんんんんにゃああああああああああっ!」
シモーヌが絶叫と共にハンマー投げのごとく剣を振り回し、剣を掴んだナナシ諸共空中へと投げ上げる。闘神グラーコンの加護による筋力強化と、自身の身体強化による筋力の上昇の相乗効果により、体重1トンを超えるナナシをも軽々と投げ飛ばしたのだ。
ナナシは慌てて空中で体勢を立て直すと、残った片足で空間を踏みしめて移動エネルギーを相殺する。再び攻撃を加えるべく跳躍しようとするナナシを尻目に、ラビの転移魔法が発動し、勇者の亡骸とその仲間たちは戦場から消えていった。
ナナシは襲って来たであろう敵を探すものの、眼下にそれらしい軍勢は全く見当たらない。目を凝らすと魔王軍8万と対峙するように、巨大なエネルギーを秘めた何者かが『絶対防御圏』を展開しているのが見て取れた。
魔王軍を飛び越えたあたりで巨大化が解けたナナシは、片膝をつき片方の拳を地面に打ちつけた、皆様お馴染みのポーズで着地する。睨みつける視線の先では、襲撃者が『絶対防御圏』を解除して再び戦闘態勢をとっていた。
ゆっくりと立ち上がったナナシは、襲撃者に向かって吼える。
「あの魔法を撃ったのは誰だ!」
空間すら震わせるその声を受けて、勇者ダミアンは顔をしかめた。
ダミアンにとっては、ジルバラント王国の協力者だと思っていたナナシ・オーカイザーが魔王領にいること自体が全くの想定外であった。ただでさえ厄介なこのオークが魔王についたとなれば、最悪の場合ジルバラント王国と魔王の間に何らかの密約がある可能性まで出てくる。
そもそも戦略級殲滅魔法に巻き込みかけた以上、もはや敵対する事は免れまい。ダミアンはそう判断し、ナナシをここで倒しておく事にした。後からジルバラント王国が文句をつけた所で、魔王領にいた事が発覚して困るのはあちらの方であろう。
ダミアンはエルフ銀製のロングソードを抜き放ちながらナナシに向かって駆け出した。同時に特級魔術師オルガの『魔力誘導弾』が10発、ナナシを襲う。
ナナシは無造作に腕と鬼切玉宿を振るい『魔力誘導弾』を迎撃する。さらにオルガの『雷撃』がナナシに向かって放たれるものの、エルヴィーラとの戦いで『雷撃』に対して完全耐性を獲得しているナナシには何の痛痒も与えられない。
「けえええええええええっ!」
ダミアンはロングソードを高く掲げると、鋭い叫び声を上げてナナシへ打ちかかる。特徴的なその叫びは、次元流のそれであった。
恐るべき速度の斬撃に対し、ナナシは思わず鬼切玉宿で防御する。しかし空間そのものを切り裂く次元流の斬撃は、何の抵抗もなく鬼切玉宿を切断してしまう。ナナシは咄嗟に体を引くものの、腹部に浅い裂傷を負ってしまった。
通常ならば瞬時に治るはずのその傷は、しかし全くふさがる気配が無い。死と冬の女神ソブランの加護、死の刃の効果であった。ナナシの神域に達する再生力も、神の権能によって相殺されてしまったのだ。
勇者特性『世界の愛し子』により、ダミアンは信仰に関係なくあらゆる神の加護を得る事が出来る。次元流の防御不可能な斬撃と死の刃の組み合わせ。それはどれほど防御が硬かろうが再生力に秀でていようが、あるいは死霊であろうが殺す事が可能な必殺の斬撃であった。
ダミアンはさらに踏み込みながら斬撃を見舞う。防御不可能な斬撃に対し、ナナシは側面から刃を叩き折ろうと拳を繰り出す。
しかしその動きはすでに見切られていた。ダミアンの斬撃は軌道を変え、ナナシの拳を切り裂く。その斬撃は深くナナシの前腕まで達する。
ダミアンの攻撃はさらに続き、返す刀でナナシの左膝から下を切断した。体勢を崩したナナシは、後方へ転がって距離を取る。しかしダミアンはあっという間に距離を詰め、立ち上がれないナナシの首を狙う。
必殺の斬撃がナナシの首へと迫るその瞬間、上空から金色に輝く刃が突き込まれ、ダミアンの攻撃を弾いた。
防御不可能なはずの斬撃を弾かれ、驚愕の表情で飛び退るダミアン。その目に映ったのは、輝く幅広の諸刃剣を携えた、一糸まとわぬ赤髪の少女であった。
時はほんの少し前。ナナシに切りかかった勇者の斬撃が、鬼切玉宿を切断したその時の事である。戦いを見ていた赤髪のレジオナの腹部から、赤い物体が射出された。
それはどう見てもレジオナの体内には収まりきらない、長さ1メートル程のミサイルであった。赤いボディからは2本の腕が生えており、先端では吊り上がった三白眼が前方を睨み、ギザギザの歯を生やした大きな口が笑っている。
そのミサイルはナナシの体に隠れるような軌道で、ダミアンの攻勢に押されるナナシの元へと飛んで行く。
いっぽう城下町では、レジオナがフリーダに向かって叫んでいた。
「ナナシたんがヤバい! 剣貸して!」
口調が変わる程のレジオナの様子に、フリーダは躊躇なく突剣キシフォイドを逆手に抜くと、そのままレジオナの方へと投げる。
「10分金貨10枚だからね!」
さすがは守銭奴、しっかり料金の提示も忘れない。
レジオナは飛んできた剣をそのまま無限収納へと受け入れた。無限収納の内部で待機していたレジオナが剣を受け取ると同時に、自分たちの足下へ無限収納の出口を形成する。
その開口部はナナシへと飛翔するミサイルの胴体下部に、まるでウェポンベイの様に形成された。レジオナミサイルは座り込んだナナシの頭上へと飛び上がり、開口部から飛び出したレジオナが突剣キシフォイドで勇者の斬撃を受け止める。
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「ナナシたん! これ!」
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突如現れた少女を警戒して距離を取ったダミアンだったが、それが先ほどのスライム少女の同類だと察するや、一気に距離を詰め斬撃を見舞う。
この世界では見た目から脅威度は測れない。故にダミアンは躊躇なく目前の少女へと攻撃を加えた。希少な神骨金製の武器を携え、恐るべき巨大なオークと勇者の戦闘の真っただ中へ乗り込んで来る存在が、見た目通りのか弱い少女であるはずがない。
この時、レジオナは勇者の斬撃を甘く見ていた。個々のレジオナは、たとえ切断面にいたとしても核さえ破壊されなければ死ぬ事はない。運悪く核を破壊されたとしても、もはや個体の死についての感傷は超越している。必要ならば犠牲はやむを得ない。
レジオナはナナシへの攻撃を一手遅らせる為、あえてダミアンの攻撃を受けながらナナシへ剣を手渡した。剣を受け取りつつも必死の形相でレジオナを庇おうと手を伸ばすナナシを見て、レジオナの総意に「ほんと、ナナシたんそういうとこだにょ~」と暖かな感情がよぎる。
しかし、斬撃を受けた瞬間、レジオナたちのつながりがふっつりと途切れた。両断されたレジオナたちはパニックに陥り、擬態が解けてピンク色の塊へと変化してしまう。反転して魔王軍の方へと飛んでいたレジオナミサイルも制御を失い、地面に激突して数回バウンドする。
それはダミアンが持つ転生恩寵のひとつ、『恩寵殺し』によるものであった。レジオナの転生恩寵である『無限収納』が『恩寵殺し』によって封じられてしまったのだ。
全レジオナが共有しているひとつの『無限収納』という特殊性が、この場合裏目に出た。無限収納の内部にいたレジオナたちは、ダミアンの剣が無限収納内部へと侵入するのを目撃した次の瞬間、外部とのつながりを遮断されてしまう。
『恩寵殺し』はその名の通り、傷を負わせた相手の恩寵を一定の時間封じる事が出来る、まさに転生者の天敵とも言える転生恩寵である。しかしこの場合は通常の効果とは少し様相が違っていた。
直接切られたレジオナたちの『無限収納』が封じられた事により、いちどは無限収納そのものの機能が封じられてしまった。しかし斬撃を受けていないレジオナたちはすぐに無限収納へと接続し直す事が出来たのだ。
これにより、レジオナたちが完全に孤立していたのはほんの一瞬であった。だがその一瞬は、世界各地で活動していた数百を超えるレジオナたちをショックで無防備にしてしまう。
直接攻撃を受けたわけでは無いレジオナたちは擬態こそ解けなかったものの、危険な状況にあったレジオナの中には深刻な痛手を負ってしまう者もいた。それらの被害を合わせると、ざっと数百億の、群体を構成する微小なレジオナたちが命を落としてしまったのだ。
そして再び統合したレジオナたちは、全ての状況を共有する事となる。数千兆を超える全レジオナの怒りが爆発した。
ダミアンはスライムに戻ったレジオナが地面に落下するのを見届けると、無防備にスライムへと手を伸ばすナナシへ攻撃しようと歩を進める。しかし、その足は恐ろしい程の殺気によってその場に縫い留められた。
ピンク色の塊から少女の上半身が現れ、その唇から呪詛を込めた声がまるで地の底から響くかの様に流れ出す。
「よくも私たちの大切な場所を侵したな」
次の瞬間、少女の体が爆発し、ピンク色の霧が周囲を覆った。その霧は恐るべき魔力によって周囲全ての魔法と身体強化を『解呪』しながら広がってゆく。神域150の精神力を誇る数千兆のレジオナたちの魔力を集結した『解呪』に耐えきれる魔法は存在しなかった。
ダミアンは強化を解除されながらも、鍛え上げた身体能力によりかろうじて霧から脱出し、仲間の方へと走る。ダミアンの様子に危機を感じ取った仲間たちもダミアンへと駆け寄ろうとした。
しかし、走るダミアンの内側からあの少女の声が響く。
「吸ったな。私たちを」
無限の魔力により常に体表を覆う『力場形成』と、あらゆる毒や疫病への耐性を得る医薬神の加護により、ダミアンにも油断があった。怪しげな霧の中、ほんのひと呼吸の油断。
しかしそれが無かったとしても、霧状に広がったレジオナはあらゆる場所からの侵入が可能であった。この言葉は、お前の失策だと強調するためだけの、レジオナの怒りの言葉だった。
互いに駆け寄る事数秒、オルガたちの目の前でダミアンの胸部が倍に膨れ上がり、体中の穴から体液と汚物と内臓を噴出させながら上半身が弾け飛んだ。
「いやああああああああああああ」
もはや可聴域を超えるかのような悲鳴が、勇者の眷属たちから上がる。ただひとり、ラビだけが片手剣でダミアンの足首を切断し、それを回収しながら叫ぶ。
「死体に触らないで! 汚染されてる! この場は引くわよ!」
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あまねく次元に存在する、神の骨たる神骨金の前では、『絶対防御圏』もただの『防御壁』のようなものである。ナナシの膂力による斬撃は、神の真なる奇蹟、神聖干渉『絶対防御圏』をも粉々に打ち砕いた。
しかし、『絶対防御圏』によって大幅に威力を殺された斬撃は、オルガが咄嗟に展開した十数枚の『防御壁』によって止められてしまう。静止した突剣キシフォイドの刀身を、獣人シモーヌが真剣白刃取りのように両掌で挟み込む。
「ふんんんんにゃああああああああああっ!」
シモーヌが絶叫と共にハンマー投げのごとく剣を振り回し、剣を掴んだナナシ諸共空中へと投げ上げる。闘神グラーコンの加護による筋力強化と、自身の身体強化による筋力の上昇の相乗効果により、体重1トンを超えるナナシをも軽々と投げ飛ばしたのだ。
ナナシは慌てて空中で体勢を立て直すと、残った片足で空間を踏みしめて移動エネルギーを相殺する。再び攻撃を加えるべく跳躍しようとするナナシを尻目に、ラビの転移魔法が発動し、勇者の亡骸とその仲間たちは戦場から消えていった。
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特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
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貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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