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第六章 魔獣暴走

救出

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 レッツテドルフは王都クリンゲルから徒歩5日、聖龍連峰から徒歩2日の距離にある、小麦栽培が中心の村である。この村から先、聖龍連峰までは人間の居住地が存在しない。そのため最後の村と呼ばれてはいるが、名前の印象に反して村の人口は500人を超える。
 集落では、魔導放送による避難命令を受けて、荷造りにおおわらわであった。地震により倒壊した家屋も多く、また死傷者も相当数出ており、避難の準備もままならない。
 ゆえに、に気づくのが遅れたのは必然だったのであろう。
 村人が気付いた時には、すでに魔獣暴走スタンピードの第1波であるワイバーンや魔鳥の群れが、逃れようもない距離まで迫っていた。
 動ける村人たちは大慌てで避難壕へと殺到するも、大半の壕の入り口は倒壊した建物の瓦礫に埋もれてしまっていた。とても瓦礫を掘り返している暇はない。
 少しでも身を隠そうと、崩れた小屋の裏に身を隠す者、瓦礫の下に潜り込む者、動けない我が子の上に覆いかぶさりうずくまる者、そしてなすすべなくその場に立ち尽くす者。皆一様に絶望の眼差しで、空を覆い迫り来る魔獣の群れを見つめている。
 やがて、羽音と咆哮を不気味に響かせながら進む魔獣の群れから数頭のワイバーンが飛び出し、加速しながら村へと降下を始めた。いずれも全長15メートルを超える巨大な飛竜である。
 そのうちの1頭が空中で両脚を前に突き出し、うずくまる母娘へとそのかぎ爪を伸ばす。もはや逃れられぬ運命に、村人たちはただ呆然と見守る事しかできない。次にああなるのは自分たちなのだ。
 しかし次の瞬間、高速で飛来した緑色の物体が、轟音と共にワイバーンの巨大な頭部を粉砕した。ワイバーンはその衝撃でもんどりうって後方へと跳ね飛ばされる。首から大量の血をまき散らしながら、後方から迫っていた別の1頭に激突し、諸共に地面へと叩きつけられた。
 ワイバーンの頭部を粉砕した緑色の物体は空中で1回転すると、驚愕に目を見開く母娘の前へ、片膝をつき、片方の拳を地面に打ち付けた皆様お馴染みのポーズで着地する。母親に抱きしめられている女の子が、その姿を見て叫ぶ。
「オーカイザー! お母さん、見て見て! オーカイザーだよ!」
 ゆっくりと立ち上がる4メートルの威容、その名も雄々しきナナシ・オーカイザーである。娯楽の少ない村人にとって、週に1度の『姫様うきうき半生放送』は、実に視聴率99パーセントを誇る大人気コンテンツであった。ゆえに、放送直後でもあるナナシの知名度は、本人が思いもよらぬほどジルバラント王国民の間へ浸透していた。
 突然現れた脅威を前に、ワイバーンたちは距離を取って次々と炎を吐く。しかしナナシの背後から迫るその炎は、突風によって吹き散らされてしまう。精霊魔法『風の守りウインドウォール』である。魔法に近い龍種の息吹ブレスと異なり、可燃性の体液によるワイバーンの炎は風の精霊に何の痛痒も与えない。
 モニカの降下制御フォーリングコントロールによって、上空からフリーダとレジオナがナナシの横に降り立つ。フリーダは『風の守りウインドウォール』を維持したまま、村人に避難を促す。
「魔獣は私たちが引き受けるから、落ち着いて避難の準備を! 怪我人や子供たちは広い場所に集まって!」
 レジオナも母娘の手を引き、ふにゃふにゃと声を上げて走り出す。
「ほらほら~、みんなこっちに集合してちょ~。も~すぐ運送業者が来るかんね~」
 炎を吐き続けるワイバーンの上空から、銀色の光をまといながら人影が落下してくる。197センチの長身をエルフ銀ミスリルで補強された皮鎧で包んだ、褐色の女剣士“銀剣”キーラ。体にまといつく銀髪を煌めかせながら、両手剣でワイバーンの首をすれ違いざまに両断する。
 続けてキーラは右手の義手から拳を発射し、近くにいた別のワイバーンの足首を掴む。そして拳につながる紐を利用し、振り子のように再び上空へと飛び上がると、紐を巻き取る勢いを利用してワイバーンの翼を肩口から切断した。
 片翼を失ったワイバーンはバランスを失い落下を始める。キーラはそのワイバーンを踏み台に跳躍し、さらに別のワイバーンへと迫る。そこへ横合いからグリフォンがキーラに襲い掛かった。しかしグリフォンはナナシの投げた瓦礫の直撃によって胴体を真っぷたつに引き裂かれる。
 とっさに回避を試みるワイバーンに対し、キーラは再び拳を発射してその足首を掴む。振り切れぬと悟ったワイバーンはキーラに向かって炎を吐くものの、振り子のように揺れるキーラを捉え切れない。
 キーラはそのままワイバーンの胴体を回り込みながら、義手から延びる紐の上に細かい魔力の刃を形成する。
「くらえええ! 大切断!」
 キーラの叫びと同時に、紐上の刃が高速で振動を始める。それはさながらチェンソーのごとく、紐の触れた部位を易々と切断してゆく。キーラが勢いのままくるりとワイバーンを1周すると、その胴体はきれいに輪切りとなってしまった。
 拳を巻き戻し、自由落下を始めるキーラに向かって、数頭のワイバーンが炎を浴びせようと集まってくる。しかしそのワイバーンの群れを、さらに上空から青白い炎が薙ぎ払う。ワイバーンの炎とは比べ物にならぬその威力、焦熱の息吹ヘルファイアを放つのは、頭胴長30メートル、全長60メートルの赤き龍灼熱カーグルである。
 灼熱カーグルはそのまま魔獣の群れへ突っ込むと、その中を縦横無尽に飛び回る。翼開長70メートルに達する巨大な龍の体当たりに、空飛ぶ魔獣たちはなすすべなく叩き落されてゆく。慌てて回避を始める魔獣たちも、飛行速度において遥かに上回る龍種の追撃をかわしきれない。
 実に楽しそうな咆哮を上げながら、思うさまに魔獣の群れを蹂躙する赤龍。その様子を半ば呆れ顔で見ながら落下してゆくキーラを、跳躍したナナシが優しく抱きとめる。
「ありゃあ、ずいぶんストレスが溜まってやがったな。それにしてもちょっとはしゃぎすぎだろ」
 ため息交じりのキーラの言葉に、苦笑いで返すナナシ。ストレスの一端を担っている身としては、灼熱カーグルに多少なりとも同情の念が湧く。
 いっぽう地上は大惨事であった。赤龍の息吹ブレスの余波で、青々と茂る麦の若葉が盛大に燃え上がっている。またそこかしこに絶命したワイバーンやグリフォン、その他雑多な魔獣の死骸が散乱している。ワイバーンの可燃性の体液や尾の毒腺などは、土壌に染み込めば深刻な汚染を引き起こすだろう。
 着地したナナシは慌てて極寒の息吹アークティックブレスで消火を試みる。フリーダも水の精霊を操り消火を手伝う。モニカは嬉々として赤龍の空中戦を録画しながら、『並列思考』を使い『水の生成クリエイトウォーター』で空中に水の塊を出現させる。地上数メートルの高さから、1立方メートル、重さにして1トンもの水が地面に叩きつけられ、問答無用に燃え盛る炎を鎮火してゆく。
「ちょっと~! も~、モニカちん! やる事が雑なんよ~!」
 ふにゃふにゃと文句を言いながら、降りかかる泥水を器用に避けつつ、レジオナが散乱する死骸を次々にポケットへと放り込んでゆく。
 そして村の広場へと集まった村人たちは、呆然とその様子を見守るしかなかった。全くもって、もはや自分たちの手に負える状況ではない。
 やがて、魔獣相手にたっぷりとストレスを発散して満足した赤龍は、大きく旋回して村の上空に陣取ると、威圧を込めてひときわ大きく咆哮する。狩られる側の恐怖を叩き込まれた魔獣たちは、すっかりパニックに陥り、我先に反転して聖龍連峰へと逃げ出した。
 赤龍はその様子を見て呵々大笑すると、大仰なしぐさで羽ばたきながらゆっくりと村の中央に降り立つ。そして淡い光に包まれながら、身長2メートル半の龍人へと変化した。
 半人半龍に変化した灼熱カーグルの姿は、人型の頭部に装飾のような鱗と角が生えており、脚は獣のようにつま先から踵が長く伸び、逆関節のように見える。赤地に金色の装飾が施された龍鱗の鎧を身にまとい、腰からは太い尻尾が身長と同じくらいの長さに伸びている。四肢も鱗に覆われ、手足の先には黒光りする鋭い爪が生えていた。そして龍種の特徴的な翼がこれ見よがしに背中へと折りたたまれている。
 死骸の回収作業から戻ってきたレジオナが、そんな赤龍の姿を見て、からかう様な声を上げる。
「ちょっと~カーグル、あんたさ~昨夜はちゃんとヒューマンっぽい人化してたのにさ~、なんでいきなり厨二っぽいカッコしてんの~? 村人相手にイキってんの~?」
 ニヤニヤと話しかけてくるレジオナを赤龍はじろりと睨む。
「厨二……? 言葉の意味は分からんが馬鹿にしてるのはわかるぞ、この腐れスライム」
「いやいや~、馬鹿になんてしてないにょ~。い~じゃないの厨二デザインさ~。わかるよ~、わかるわかる~。私たちもめっちゃ好きだかんね~そういうのさ~」
 ふにゃふにゃとそう言いながら、顎に手を当てじろじろと舐め回すように見てくるレジオナへ、少し引きながら赤龍が答える。
「いいか、龍種たる者いついかなる時でも人間ごときに舐められるわけにはいかんのだ。見るだけで圧倒的強者とわかる姿でいるのも、まかり間違って龍種に失礼な態度を取らぬようにという温情の表れなのだ」
「ほ~ん。ま~そういうのいいからさ~、ちゃっちゃと村人運ぶじゅんびしてちょ~。今日は運送業がメインでしょ~」
 尊大に腕組みをする赤龍に飽きたか、レジオナはポケットから巨大な箱を取り出す。全長15メートルを超えるその鉄の箱は、一見すると鉄道の客車のように見えた。それもそのはず、これは世界中のドワーフ地下工房をつなぐ長大な地下鉄道の車両である。型落ちや基部の故障などで解体を待つ車両を、ロジーナ姫が格安で借り受けたのだ。
 詰め込めば200人は収容可能なこの車両を使いピストン輸送を行えば、各地に点在する村の避難も相当円滑になるはずである。なんといっても、防衛ラインともいえる王都クリンゲルより北にある村の数だけでも軽く千を超えるのだ。徒歩で避難可能な村を差し引いても、十数体の龍種でカバーするにはまさに「馬車馬のように」働いてもらわねばならない。
 2両目を取り出すレジオナに、赤龍が慌てて声をかける。
「まっ、待て。2両も抱えて飛ぶのか?」
「カーグル~、あんたさ~仮にも龍種たる者がさ~、たった2両に400人乗せたくらいで弱音はいちゃうんでしゅか~? まだまだくちばしの黄色いひよっこちゃんでしゅか~? あ~あ、ノワ先生てんてーなら10両は軽いんだけどにゃ~」
 ふにゃふにゃと煽るレジオナに、言葉を詰まらせる赤龍。全長120メートルの黒龍と比べられては赤龍も可哀想というものである。しかしそこは若いとはいえ龍種の雄、力強く尻尾を地面に叩きつけると、再び腕組みをして笑う。
「ふははは、舐めた口をきくなよ腐れスライム! 我が膂力の前では2両程度軽いものよ! むしろ我が速度に車両が耐えられるか心配するがよいわ!」
「いっとくけどね~、輸送中に怪我人の手当てすんだからさ~、揺らしたらしょうちしないかんね~! わかってんの~?」
 じっとりとした目で釘を刺すレジオナに、ふんと顔をそむける赤龍。速度以外の事など全く頭になかったようである。
 ふたりのやりとりをよそに、そこそこ知名度の高い元特級冒険者の“銀剣”キーラや、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで好感度上昇中のナナシ・オーカイザーの誘導で、村人たちは続々と車両に乗り込む。瓦礫に埋もれた怪我人や遺体も、ナナシの腕力で次々に救出されてゆく。
 遺体は都市に運んだところでどうしようもないため、この後地上を襲い来るであろう魔獣の群れに食い荒らされぬよう、ナナシが深く掘った穴にまとめて埋葬する事となった。
 モニカが知識の女神の大司教として簡易な祈りを捧げ、魂を大いなる流れへと還す。それを見届けると、身に着けられるだけの財産を手に、村人たちは赤龍が抱える車両によって近くの城塞都市へと運ばれてゆくのであった。
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