上 下
23 / 90
第四章 魔破衆

剣狼

しおりを挟む
 ロジーナ姫と護衛騎士カレン、侍女長アヤメ、そして“剣狼”羽生獣兵衛はにゅうじゅうべえ美強みつよは昼食をとったあと、魔破の里の修練場でオークキャプテン戦の録画を見返していた。
「いかがでしょうかお師匠様……」
 簡素なテーブルに置かれた魔導放送受像機テレビジョンへと映し出される映像を見ながら、消え入りそうな声でたずねるカレンに、美強は顎を掻きながら答える。
「雑だな、雑。技の入りも組み立ても雑すぎて話にならん」
 バッサリと切り捨てる美強に「あうう……」と縮こまるカレン。
「まず最初に使うべきはスピンの方だろ。少々かわされても片目ぐらいは奪えたはずだし、反撃を食らう事も無かった。振り向きざまに死角の方からシューティングスターとやらを叩き込めば勝てていた勝負だな」
 美強の解説にふむふむとうなずくロジーナ姫。この手の話は大好物である。
「しかしとっさの事じゃし、後から言うのは簡単じゃろ」
「そこで最適な技を出せるのが一流ってもんなのさ、お嬢。だから組み立てが雑だって話だ」
「なるほどのう」
「それと技の雑さってのは、今から実演するからよく見てな」
 美強はそう言ってカレンを立たせると、5メートルほど離れて対峙した。そしてカレンから借り受けた両手剣を下段に構え技の解説を始める。
「シューティングスターって技は術理としては面白いが、如何せん構えを見られると技の軌道が読まれやすいのが欠点だな。そこでこう、構えを体で隠す」
 そう言いつつ美強は半身に構え腕を引き肩をぐっと前へ入れる。カレンの視点からは両手剣が完全に見えなくなった。
 ちなみにカレンは録画用魔道具をはめ込んだ兜を被り、さらに側面から録画用魔道具を背負った蜘蛛たちが万全の態勢で記録を取っている。ロジーナ姫は剣豪の実演に両目をキラキラと輝かせて大興奮である。
 理屈としては全く正しい美強の指導にカレンは大胆にも反論する。
「しかしそれではせっかくの構えが隠れてしまうではありませんか。その構えこそがシューティングスターの真骨頂だというのに」
 普通ならば阿呆か馬鹿かと罵られそうな屁理屈に、しかし美強はにっこり笑って優しく諭す。
「いいかカレン。構えってのは見物人に魅せりゃいいんであって、今から殺す相手に見せたって何の得にもなりゃあしない。死んだ相手があの世であの構えは凄かったなぁんて、ふれて回ると思うか?」
「なるほど、そう言われてみれば確かに」
「こう構えりゃ相手には見えねえが、配信とやらで横から見る分にゃあ見栄えもいいだろうよ」
「さすがはお師匠様! このカレン目から鱗が落ちる思いです!」
 カレンを手玉に取る美強に、さすが“剣狼”羽生獣兵衛と感心するロジーナ姫。
 美強はさらに数歩下がると、今度は正面を向いて構える。
「それから馬鹿正直に最初からシューティングスターで入らずに、こういう使い方もある」
 下段から逆袈裟に切り上げると見えた瞬間、カレンの目前を袈裟切りで振り下ろされた両手剣が通過し地面に食い込む。一拍を置いてカレンの全身に鳥肌が立ち冷や汗が噴き出した。
 全く剣筋を認識できなかったロジーナ姫が美強に技の解説を急かす。
「なんじゃ今のは! 下段から切り上げたと思ったら剣が消えよった!」
 美強が最初の位置へと戻り、今度はゆっくりと同じ剣の動きを再現する。下段からの逆袈裟の軌道は、刀身が美強の横を通過する前に片方の指で止められていた。
「ここでシューティングスターの構えになるわけだ。相手も観客も実際には逆袈裟に切り上げたように錯覚する。もし牽制に引っかからなくてもまあシューティングスターの構えを取った時点で五分って感じだな」
 そして今度は手首を返し上段からシューティングスターを放つ。剣の軌道の大胆な変更に対し、腕の位置の変更はほんの10センチ少々であり、先の実演ではカレンの目をもってしても切り替えに気づいた時には剣が眼前を通過していたほどである。
「これだと構えからそのまま打つか軌道を変えるか相手に選択を迫れる。まあたいていの相手は牽制に引っかかってるから上段か中段で振り抜くのがお勧めだな」
 その解説を聞きながら、ロジーナ姫は木刀を持ち出して「こうか? こうじゃな!」と楽しそうに再現を試みている。その可愛らしさに表情を蕩けさせていたカレンだったが、美強のじっとりとした視線にハッと我に返ると、今の技に対しての感想を返す。
「さすがですお師匠様。雑魚に使うにはもったいない技ですが、強敵用に『真・シューティングスター』として採用したいと思います!」
「おまっ、なんで上から目線なんだよ! ホントお嬢の部下じゃなかったら10回くらい死んでるからな。まあいい、こいつは結構使えそうな感じだからうちの羽生心影流にも取り入れてみるか」
「ほほう、ロジーナ浪漫流の有用さに気付いていただけましたか」
「言っとくけど技を改良したのは俺だからな!?」
 すっかりカレンの手玉に取られている美強。お似合いの師弟である。
 そこへトコトコと、木刀を片手に持ったままのロジーナ姫が近寄って来た。
「美強殿、技の名前はどうするのじゃ? 九頭竜風に変えるんじゃろ?」
「そうさなあ、まァ直訳で『流れ星』にするか」
 美強の言葉に慌てて待ったをかけるロジーナ姫。あまりにも原典に忠実すぎるのは考えものである。たとえここが異世界であったとしても。
「いや、いやいやいや、その名前はやめておいた方がいいのう。もそっとこう手心というか、ちょっとひねった名前にするのがイイと思うんじゃが」
「お嬢……何言ってんのかわかんねえよ。とにかくこの名前は気に入らないんだな? じゃあ良さそうな名前を考えてくれよ」
「ううむ……ならば『流星剣』でどうじゃ。ちょっと硬い感じも風格が出て良かろ」
「ほう、『流星剣』ねえ……いいね、いいよ。さすがお嬢、中々渋い名前つけるじゃねえか」
「フハハハハ、そうじゃろそうじゃろ! 命名に関してはちょっと自信があるからの!」
「やっぱ命名ってワクワクするよなあ。それじゃ、元々の『シューティングスター』を『流星剣』にして、『真・シューティングスター』を『流星剣・乱れ』でどうだ?」
「おおっ! さすがは美強殿! この硬い響きからのほどける感じが絶妙じゃの!」
「だろ! わかってくれるかお嬢!」
 そう言ってキャッキャと盛り上がるふたり。その後もひとしきり技の名前で盛り上がった後、美強が思い出したようにロジーナ姫に尋ねる。
「そういえばお嬢、カレンをしごくのはいいけど魔破の里にはどのくらい居るんだ?」
「ふむ、大体1週間くらいは滞在する予定じゃ。アヤメも色々とやることがあるからのう」
 ロジーナ姫の言葉に、アヤメを見やる美強。
「アヤメ、もしかして蜘蛛神様にお参りするのか?」
 アヤメは軽く会釈し、答える。
龍河洞りゅうがどうに籠り、眷属としての位階を上げようかと思っています」
 聖龍連峰の中腹にある龍河洞は、聖龍連峰を走る霊脈マナラインと呼ばれる魔素の流れの上にある洞窟を利用して建立されたやしろである。
 一種の魔素溜まりとなっているこの洞窟は、聖龍連峰に住まう龍種との盟約により魔破衆の立ち入りが許可されており、精霊や神祖との交感が可能な場所として利用されている。
 美強はアヤメを値踏みするように見つめると、にやりと笑って言う。
「お前さんも里を出てからしばらく経つからなァ。もうそろそろ蜘蛛神様のお眼鏡にもかなうだろうよ」
 そしてカレンを振り返ると美強は満面の笑みで告げる。
「さあて、こっちは不詳の弟子にみっちり稽古をつけてやるとするか。晩飯までにはまだまだ時間があるからな!」
 その体から発せられる、とても初老の女性のものとは思えぬ覇気にも、カレンは全く臆することなく答える。
「はいっ! よろしくお願いしますお師匠様!」


 そして翌日、ナナシとレジオナが魔破の里に到着する事となる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

処理中です...