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第三章 長い道程
別れ
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王都への道中、キーラは失った生命エネルギーを取り戻すかのように、3日3晩のあいだ夢うつつのまま食っちゃ寝を繰り返した。
食事の匂いが漂ってくるともぞもぞと目を覚まし、用を足して腹いっぱい食べると、またすやすやと眠りにつく。
その際、ぼんやりしたままふらふらとナナシへすり寄ると、その腕の中に丸まって寝てしまうのだ。それはまるで子供がお気に入りの毛布にくるまって寝るかのようであった。
最初のうちは荷馬車にそっと寝かせていたナナシだったが、食事が終わるたびにキーラが腕に潜り込んで来るので、やがて諦めてキーラを抱きかかえたまま旅を続ける事にした。
王都が近づいてくると、街道にも人の往来が増えてきたため、ナナシは一行から1キロメートルほど離れた街道沿いを歩くことになった。腕にはキーラを抱え、肩にモニカとマドレーヌ、頭にレジオナを乗せての5人旅である。フリーダはキーラが寝ているのを幸いと荷馬車の方で旅を満喫していた。
マドレーヌは旅の間、様々な料理やお菓子をナナシ用のサイズで作る事に挑戦していた。ただ量を増やすだけでなく、食感や大きさをヒューマンが食べる時の感覚と同じように味わえる事を目標に、様々な工夫を凝らしてゆく。
時に料理神の祝福まで使いながら再現されてゆく巨大料理に、ナナシも大満足であった。ちなみに材料は完全にレジオナ頼りとなっており、最終的にはちょっと涙目になったレジオナが「用意はするからさ~、おかねちょ~だい」と訴える事態に。
ナナシのふんどしの残骸に群がりスパイダーシルクの切れ端を回収してウハウハ喜んでいた女たちから、ナナシの食事代が徴収され、怪盗レジオナは商人レジオナへとクラスチェンジするのであった。
そして4日目の朝、ようやくぱっちりと目覚めたキーラは、見張り番をしていたナナシの腕の中でむくりと起き上がる。その肩からはらりと毛布が落ちた。
キーラは目尻をこすりながら大きく伸びをすると、きょろきょろとあたりを見回し、ぴょんとナナシの腕から飛び降りる。
197センチの長身をくるりとひるがえしナナシに向き合ったキーラは満面の笑みで言う。
「よっ、皇帝! おっはよっ!」
その体からは生命エネルギーが満ち溢れ、朝日に輝く銀髪が褐色の肌を神秘的に縁取り、まるで生まれたての女神が降臨したかのようであった。ちなみに全裸である。
ナナシは呆けたように見惚れていたが、はっと我に返ると慌てて顔をそむけ、腕に残っていた毛布をキーラに放り投げた。
「おっ、おはよっ! それからこれっ、ハダカだからっ!」
「おわっ! なんであたいハダカなんだよっ! 思いっきり見せびらかしちまったじゃねえか!」
裸族らしからぬ仕草で毛布を体に巻き付け、顔を上気させるキーラに、ふにゃふにゃとレジオナが答える。
「だって~、おねむでぐにゃぐにゃになってる2メートルのでっかい女をきれいに拭いてさ~、また服を着せるのめんどうじゃん! だから毛布でスマキにして~ナナシたんにポイッとね~」
「ありがてえけど、最後まで頑張ろうぜ! そこはよォ!」
「なんだいなんだい、今朝はえらく元気じゃないか」
カレーのいい匂いを漂わせて、マドレーヌが朝食の用意を整える。昨夜の残り物だが、異世界においてもひと晩寝かせたカレーは美味しいものである。ナナシの分は具の野菜が丸ごと入った特別性だ。
食卓に着きながらキーラは夢で見た光景を話し始める。
「それがさー、夢ん中であたい子犬になってたんだよなぁ。お気に入りの寝床かなんかで気持ち良く寝てたらよ、時々恰幅のいい飼い主が餌を持ってきてくれるんだ」
恰幅のいいという単語にマドレーヌがピクリと反応するものの、特に突っ込みもせずそのまま配膳を続ける。
「そんで、あたいも段々育っていっちょまえの成犬になったんだよ。そしたらいつの間にか寝床がでっけえ手の平になってて、目の前に優しそうな顔があったんだよな。あっこれは秋の女神様だ! って思ったら、頭の中に声が聞こえてくんだ」
その内容にモニカがメガネをきらりと光らせて反応する。
「ほう、このタイミングで神託とは興味深い!」
「んで、女神さまが言うには『よくぞ混沌の浸食を退けた。その功績に報い、そなたに恩寵を授けよう。これからは巨大化を思いのままに使うがよい』だとさ。それからふわっと落ちてく感覚があって、スッキリ目覚めたら素っ裸だったんだよ! おいレジオナ!」
ビシッとキーラに指さされたレジオナは、ふにゃふにゃと抗議の声を上げる。
「えぇ~、キーラちんばっかりずるくない~? 私たちだって斥候……じゃなかった情報ていきょうでがんばったのに~。ナナシたんとモニカちんも何かもらってんじゃないの~?」
レジオナの言葉に、ナナシは顎に手を当て思い出そうとする。
「そういえば、夢で色んな声がごちゃ混ぜになって聞こえてて……『言語能力も取ってないとは』ってのは聞きとれたような。それで『恩寵は魂の歌声でよかろう』って最後に言われて」
夢の内容を聞いて、モニカが言う。
「恩寵が『魂の歌声』なら、もう翻訳魔道具なしでも言葉が通じるはずよ。外してみて」
左耳の魔道具を外して口を開くナナシ。その言葉はオーク語を知らないマドレーヌにも伝わる。
「へえ、確かに喋ってるのはオーク語だけど、意味は伝わって来るね。こりゃあ面白い感覚だ」
ナナシの方も、マドレーヌの西方共通語が理解できる。翻訳魔道具とはまた違った感覚である。
「でも、恩寵ってこんな簡単に貰えるもんなの?」
ナナシの疑問にモニカが答える。
「ナナシはアレを殴って何とか出来たから実感がないかもしれないけれど、今回の混沌浸食は控えめに言ってジルバラント王国が地図から消えるレベルの危機だったのよ。アレは扉がある限り剣でも魔法でも完全に滅する事は出来ないし、扉を破壊しようにも20メートルの化け物のすぐそばでそんな事をやろうとしたらどれだけの犠牲が出る事か。そもそもあそこで撃退できず浸食範囲が広がってたら、アレにたどり着く事すら困難になってたから。たぶん1週間以内にジルバラント王国の国民は全て魂を抜かれてたでしょうね」
「そんなにヤバい相手だったんだ……」
「でもこれだけの功績に対して恩寵が『魂の歌声』ひとつというのは少なすぎるように思えるわね。理由があるとしたら……たぶんアレを呼び出せた原因の一端がナナシにあるという事かも。死霊王がナナシから奪った馬鹿みたいな量の生命エネルギーが無かったら、あの混沌浸食は発動できなかったはずよ」
「そんなのナナシたんの責任じゃないでしょ~。神様もケツのあなちっちゃいよね~。ほんでモニカちんは何もらったの~?」
「私も神託は授かったけど、『そなたの知識に対する貪欲さは称賛に値するが、知識の扱いについては少々思慮が足りぬ。よって知識の座の容量を無制限にするかわりに虚空録への直接書き込みを禁ずる事とする。知識の座を教皇のものと同期させる故、虚空録への書き込みは教皇に一任せよ。虚空録に書き込めず命を落としたとしても、知識の座の内容は教皇が保存しているから安心するがよい』って、なんかお説教みたいな感じよね」
「みたいじゃなくて完全に説教じゃねーか」
キーラがカレーのおかわりをしながら突っ込む。
「う~、それでもいちおうごほうびもらってるよね~。ずるい! 私たちにもなんかちょ~だいよ! ず~る~い~!」
ふにゃふにゃと駄々をこねるレジオナの前に、銅貨が3枚落ちる。その場にいた全員が虚空から銅貨が現れるのを目撃した。なんという奇蹟か。まさに神からの贈り物である。
3枚の銅貨を手に取ったレジオナは、それを茫然と見つめた後、食卓に座る皆を見渡す。誰もレジオナと目を合わせない。
レジオナは無言で銅貨をそっとポケットにしまう。食卓に静寂が広がり、恩寵の話はそれでおしまいとなった。
その日の昼過ぎ、ついに一行は王都へと到着した。
ナナシは王都の手前3キロメートルのあたりで一行と別れる事にする。街道を進む荷馬車組はもう王都についているはずである。これでロジーナ姫との約束も果たせただろう。
キーラが名残惜しそうに聞く。
「なあ、ナナシ。これからどうすんだ? 行く当てが無いんなら、あたいが何とか口きいてやるぜ。こう見えて特級冒険者サマだからな」
どう考えても波乱の予感しかないその申し出に、ナナシは笑って答える。
「あはは、ありがとうキーラ。まあ、とりあえずイーダスハイムに行ってみるよ。ロジーナ姫に会えるかどうか試してみて、それからまた考えようと思う。いざとなったら魔王領に行ってもいいし」
「おめーが魔族に付くとか考えただけでゾッとするぜ。頼むから人類と敵対するのはカンベンしてくれよ。あっエルフはどうでもいい、つーかいっぺんシメてやった方がいいけどな」
「先の事は分からないけど……いきなり戦場で出会うなんて事はしない……したくないな」
「確かにまあ、先の事なんてわかんねーよな」
そこで会話は途切れ、気まずげな沈黙が漂う。その雰囲気にレジオナがふにゃふにゃと笑って入り込む。
「うふふ~、ナナシたんの事は私たちにまかせときな~。おはようからおやすみまでしっかり面倒みてあげるからさ~」
「はァ!? おめーナナシについてく気かよ!」
「だって~、私たちべつに王都に用事ないもん。ナナシたんひとりぼっちじゃさびしいでしょ~」
レジオナの発言になにやら考え込むキーラ。珍しく察したモニカが注意する。
「キーラ、貴女もついていきたいのは分かるけど、ギルドに報告とか色々やる事があるでしょう。当面の行先ははっきりしてるんだから、一旦王都へ戻った方がいいわよ」
その指摘にキーラがあたふたと答える。
「ばっ、ちがっ、そんなんじゃねえよ! ただちょっとナナシのヤローが心配だっただけだって!」
「うひゃひゃ、キーラちんざんねんだったね~。ちなみにナナシたん、ガチで急いだらいーだすはいむまでどのくらいで行けるの~?」
「うーん、多分2時間」
ナナシの言葉に絶句する一同。川越えの時などにナナシの本気の速度は見ていたが、まさかあれを持続できるとまでは考えが及んでいなかった。ひとりレジオナだけがふにゃふにゃと笑っている。
「ま~、そういうわけだからさ~。ナナシたんの方が会いたくなったら、き~っとすぐ飛んできてくれるでしょ~。会いに来てくれるといいね~」
ニヤニヤとこちらを見るレジオナに、キーラは腕を組んで宣言する。
「あたいは待つのは性分じゃねーからな。会いたくなったらこっちから行ってやるぜ! 元気でやれよナナシ。それと、ありがとな! おめーに受けた恩は忘れねえから!」
ナナシは少し涙目になりながら、うなずいて答える。
「キーラも、モニカもマドレーヌさんもお元気で。色々とありがとう」
マドレーヌが進み出て、大きな麻袋いっぱいのクッキーを渡してくれる。ナナシ用に大きめに焼いた特別製だ。
「皇帝も元気でやんなさい。好き嫌いせず野菜もちゃんとお食べよ。健康が一番だからね」
「みんなにもよろしく伝えてください。お料理最高でした」
「あんたのおかげで、あたしもいい修行になったよ。巨大種族専用のレシピ集でも作って料理神様に奉納するかね」
最後にモニカがメガネをきらりと光らせてナナシに告げる。
「諸々が片付いたらすぐ追いかけるから。『原初のオーク生態録』が完成するまではよろしくね」
ナナシがうんざりした顔で答える。
「いやそれ完成させなくていいから」
「あら、それってずっと一緒にいて欲しいって事?」
「どう考えてもそーいう意味じゃねーだろ! そういうトコだぞおめーは!」
耐えきれず突っ込むキーラ。その場が笑いに包まれ、別れの寂しさを払拭してゆく。
ナナシはレジオナを抱き上げると、皆に笑顔で別れを告げる。
「それじゃ、みんな、またいつか!」
そう言って手を振ると、ナナシは大空へと跳躍した。目指すはイーダスハイム侯爵領。
まだ冒険の旅は始まったばかりである。
食事の匂いが漂ってくるともぞもぞと目を覚まし、用を足して腹いっぱい食べると、またすやすやと眠りにつく。
その際、ぼんやりしたままふらふらとナナシへすり寄ると、その腕の中に丸まって寝てしまうのだ。それはまるで子供がお気に入りの毛布にくるまって寝るかのようであった。
最初のうちは荷馬車にそっと寝かせていたナナシだったが、食事が終わるたびにキーラが腕に潜り込んで来るので、やがて諦めてキーラを抱きかかえたまま旅を続ける事にした。
王都が近づいてくると、街道にも人の往来が増えてきたため、ナナシは一行から1キロメートルほど離れた街道沿いを歩くことになった。腕にはキーラを抱え、肩にモニカとマドレーヌ、頭にレジオナを乗せての5人旅である。フリーダはキーラが寝ているのを幸いと荷馬車の方で旅を満喫していた。
マドレーヌは旅の間、様々な料理やお菓子をナナシ用のサイズで作る事に挑戦していた。ただ量を増やすだけでなく、食感や大きさをヒューマンが食べる時の感覚と同じように味わえる事を目標に、様々な工夫を凝らしてゆく。
時に料理神の祝福まで使いながら再現されてゆく巨大料理に、ナナシも大満足であった。ちなみに材料は完全にレジオナ頼りとなっており、最終的にはちょっと涙目になったレジオナが「用意はするからさ~、おかねちょ~だい」と訴える事態に。
ナナシのふんどしの残骸に群がりスパイダーシルクの切れ端を回収してウハウハ喜んでいた女たちから、ナナシの食事代が徴収され、怪盗レジオナは商人レジオナへとクラスチェンジするのであった。
そして4日目の朝、ようやくぱっちりと目覚めたキーラは、見張り番をしていたナナシの腕の中でむくりと起き上がる。その肩からはらりと毛布が落ちた。
キーラは目尻をこすりながら大きく伸びをすると、きょろきょろとあたりを見回し、ぴょんとナナシの腕から飛び降りる。
197センチの長身をくるりとひるがえしナナシに向き合ったキーラは満面の笑みで言う。
「よっ、皇帝! おっはよっ!」
その体からは生命エネルギーが満ち溢れ、朝日に輝く銀髪が褐色の肌を神秘的に縁取り、まるで生まれたての女神が降臨したかのようであった。ちなみに全裸である。
ナナシは呆けたように見惚れていたが、はっと我に返ると慌てて顔をそむけ、腕に残っていた毛布をキーラに放り投げた。
「おっ、おはよっ! それからこれっ、ハダカだからっ!」
「おわっ! なんであたいハダカなんだよっ! 思いっきり見せびらかしちまったじゃねえか!」
裸族らしからぬ仕草で毛布を体に巻き付け、顔を上気させるキーラに、ふにゃふにゃとレジオナが答える。
「だって~、おねむでぐにゃぐにゃになってる2メートルのでっかい女をきれいに拭いてさ~、また服を着せるのめんどうじゃん! だから毛布でスマキにして~ナナシたんにポイッとね~」
「ありがてえけど、最後まで頑張ろうぜ! そこはよォ!」
「なんだいなんだい、今朝はえらく元気じゃないか」
カレーのいい匂いを漂わせて、マドレーヌが朝食の用意を整える。昨夜の残り物だが、異世界においてもひと晩寝かせたカレーは美味しいものである。ナナシの分は具の野菜が丸ごと入った特別性だ。
食卓に着きながらキーラは夢で見た光景を話し始める。
「それがさー、夢ん中であたい子犬になってたんだよなぁ。お気に入りの寝床かなんかで気持ち良く寝てたらよ、時々恰幅のいい飼い主が餌を持ってきてくれるんだ」
恰幅のいいという単語にマドレーヌがピクリと反応するものの、特に突っ込みもせずそのまま配膳を続ける。
「そんで、あたいも段々育っていっちょまえの成犬になったんだよ。そしたらいつの間にか寝床がでっけえ手の平になってて、目の前に優しそうな顔があったんだよな。あっこれは秋の女神様だ! って思ったら、頭の中に声が聞こえてくんだ」
その内容にモニカがメガネをきらりと光らせて反応する。
「ほう、このタイミングで神託とは興味深い!」
「んで、女神さまが言うには『よくぞ混沌の浸食を退けた。その功績に報い、そなたに恩寵を授けよう。これからは巨大化を思いのままに使うがよい』だとさ。それからふわっと落ちてく感覚があって、スッキリ目覚めたら素っ裸だったんだよ! おいレジオナ!」
ビシッとキーラに指さされたレジオナは、ふにゃふにゃと抗議の声を上げる。
「えぇ~、キーラちんばっかりずるくない~? 私たちだって斥候……じゃなかった情報ていきょうでがんばったのに~。ナナシたんとモニカちんも何かもらってんじゃないの~?」
レジオナの言葉に、ナナシは顎に手を当て思い出そうとする。
「そういえば、夢で色んな声がごちゃ混ぜになって聞こえてて……『言語能力も取ってないとは』ってのは聞きとれたような。それで『恩寵は魂の歌声でよかろう』って最後に言われて」
夢の内容を聞いて、モニカが言う。
「恩寵が『魂の歌声』なら、もう翻訳魔道具なしでも言葉が通じるはずよ。外してみて」
左耳の魔道具を外して口を開くナナシ。その言葉はオーク語を知らないマドレーヌにも伝わる。
「へえ、確かに喋ってるのはオーク語だけど、意味は伝わって来るね。こりゃあ面白い感覚だ」
ナナシの方も、マドレーヌの西方共通語が理解できる。翻訳魔道具とはまた違った感覚である。
「でも、恩寵ってこんな簡単に貰えるもんなの?」
ナナシの疑問にモニカが答える。
「ナナシはアレを殴って何とか出来たから実感がないかもしれないけれど、今回の混沌浸食は控えめに言ってジルバラント王国が地図から消えるレベルの危機だったのよ。アレは扉がある限り剣でも魔法でも完全に滅する事は出来ないし、扉を破壊しようにも20メートルの化け物のすぐそばでそんな事をやろうとしたらどれだけの犠牲が出る事か。そもそもあそこで撃退できず浸食範囲が広がってたら、アレにたどり着く事すら困難になってたから。たぶん1週間以内にジルバラント王国の国民は全て魂を抜かれてたでしょうね」
「そんなにヤバい相手だったんだ……」
「でもこれだけの功績に対して恩寵が『魂の歌声』ひとつというのは少なすぎるように思えるわね。理由があるとしたら……たぶんアレを呼び出せた原因の一端がナナシにあるという事かも。死霊王がナナシから奪った馬鹿みたいな量の生命エネルギーが無かったら、あの混沌浸食は発動できなかったはずよ」
「そんなのナナシたんの責任じゃないでしょ~。神様もケツのあなちっちゃいよね~。ほんでモニカちんは何もらったの~?」
「私も神託は授かったけど、『そなたの知識に対する貪欲さは称賛に値するが、知識の扱いについては少々思慮が足りぬ。よって知識の座の容量を無制限にするかわりに虚空録への直接書き込みを禁ずる事とする。知識の座を教皇のものと同期させる故、虚空録への書き込みは教皇に一任せよ。虚空録に書き込めず命を落としたとしても、知識の座の内容は教皇が保存しているから安心するがよい』って、なんかお説教みたいな感じよね」
「みたいじゃなくて完全に説教じゃねーか」
キーラがカレーのおかわりをしながら突っ込む。
「う~、それでもいちおうごほうびもらってるよね~。ずるい! 私たちにもなんかちょ~だいよ! ず~る~い~!」
ふにゃふにゃと駄々をこねるレジオナの前に、銅貨が3枚落ちる。その場にいた全員が虚空から銅貨が現れるのを目撃した。なんという奇蹟か。まさに神からの贈り物である。
3枚の銅貨を手に取ったレジオナは、それを茫然と見つめた後、食卓に座る皆を見渡す。誰もレジオナと目を合わせない。
レジオナは無言で銅貨をそっとポケットにしまう。食卓に静寂が広がり、恩寵の話はそれでおしまいとなった。
その日の昼過ぎ、ついに一行は王都へと到着した。
ナナシは王都の手前3キロメートルのあたりで一行と別れる事にする。街道を進む荷馬車組はもう王都についているはずである。これでロジーナ姫との約束も果たせただろう。
キーラが名残惜しそうに聞く。
「なあ、ナナシ。これからどうすんだ? 行く当てが無いんなら、あたいが何とか口きいてやるぜ。こう見えて特級冒険者サマだからな」
どう考えても波乱の予感しかないその申し出に、ナナシは笑って答える。
「あはは、ありがとうキーラ。まあ、とりあえずイーダスハイムに行ってみるよ。ロジーナ姫に会えるかどうか試してみて、それからまた考えようと思う。いざとなったら魔王領に行ってもいいし」
「おめーが魔族に付くとか考えただけでゾッとするぜ。頼むから人類と敵対するのはカンベンしてくれよ。あっエルフはどうでもいい、つーかいっぺんシメてやった方がいいけどな」
「先の事は分からないけど……いきなり戦場で出会うなんて事はしない……したくないな」
「確かにまあ、先の事なんてわかんねーよな」
そこで会話は途切れ、気まずげな沈黙が漂う。その雰囲気にレジオナがふにゃふにゃと笑って入り込む。
「うふふ~、ナナシたんの事は私たちにまかせときな~。おはようからおやすみまでしっかり面倒みてあげるからさ~」
「はァ!? おめーナナシについてく気かよ!」
「だって~、私たちべつに王都に用事ないもん。ナナシたんひとりぼっちじゃさびしいでしょ~」
レジオナの発言になにやら考え込むキーラ。珍しく察したモニカが注意する。
「キーラ、貴女もついていきたいのは分かるけど、ギルドに報告とか色々やる事があるでしょう。当面の行先ははっきりしてるんだから、一旦王都へ戻った方がいいわよ」
その指摘にキーラがあたふたと答える。
「ばっ、ちがっ、そんなんじゃねえよ! ただちょっとナナシのヤローが心配だっただけだって!」
「うひゃひゃ、キーラちんざんねんだったね~。ちなみにナナシたん、ガチで急いだらいーだすはいむまでどのくらいで行けるの~?」
「うーん、多分2時間」
ナナシの言葉に絶句する一同。川越えの時などにナナシの本気の速度は見ていたが、まさかあれを持続できるとまでは考えが及んでいなかった。ひとりレジオナだけがふにゃふにゃと笑っている。
「ま~、そういうわけだからさ~。ナナシたんの方が会いたくなったら、き~っとすぐ飛んできてくれるでしょ~。会いに来てくれるといいね~」
ニヤニヤとこちらを見るレジオナに、キーラは腕を組んで宣言する。
「あたいは待つのは性分じゃねーからな。会いたくなったらこっちから行ってやるぜ! 元気でやれよナナシ。それと、ありがとな! おめーに受けた恩は忘れねえから!」
ナナシは少し涙目になりながら、うなずいて答える。
「キーラも、モニカもマドレーヌさんもお元気で。色々とありがとう」
マドレーヌが進み出て、大きな麻袋いっぱいのクッキーを渡してくれる。ナナシ用に大きめに焼いた特別製だ。
「皇帝も元気でやんなさい。好き嫌いせず野菜もちゃんとお食べよ。健康が一番だからね」
「みんなにもよろしく伝えてください。お料理最高でした」
「あんたのおかげで、あたしもいい修行になったよ。巨大種族専用のレシピ集でも作って料理神様に奉納するかね」
最後にモニカがメガネをきらりと光らせてナナシに告げる。
「諸々が片付いたらすぐ追いかけるから。『原初のオーク生態録』が完成するまではよろしくね」
ナナシがうんざりした顔で答える。
「いやそれ完成させなくていいから」
「あら、それってずっと一緒にいて欲しいって事?」
「どう考えてもそーいう意味じゃねーだろ! そういうトコだぞおめーは!」
耐えきれず突っ込むキーラ。その場が笑いに包まれ、別れの寂しさを払拭してゆく。
ナナシはレジオナを抱き上げると、皆に笑顔で別れを告げる。
「それじゃ、みんな、またいつか!」
そう言って手を振ると、ナナシは大空へと跳躍した。目指すはイーダスハイム侯爵領。
まだ冒険の旅は始まったばかりである。
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