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第三章 長い道程
六極魔王
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森の中から断続的に漏れる閃光に、最初に気付いたのはフリーダだった。
「なにあれ、『雷撃』にしては強すぎる……」
その声に森を見やったキーラが叫ぶ。
「あんのクソエルフ! ナナシがひとりになるのを狙ってやがったな!」
モニカも悔しそうに頭を抱える。
「原初のオークの対魔法戦! 興味深い! なんで目の前でやってくれないの!」
「おめーはそういうトコだぞ! しかし今からじゃどっちみち間に合わねえか……まあナナシなら大丈夫とは思うけどよ」
モニカに突っ込みつつ、森の方を心配そうに見つめるキーラ。
光がやみ、しばらくすると森の上空に奇妙な球が浮かび上がった。上空1000メートルに浮かぶその球は、肉眼ではほんの点にしか見えないが、強烈な存在感を放っている。
その球をメガネの望遠機能で観察していたモニカは驚愕の声を上げる。
「あれはまさか『反物質召喚爆破』! ろっ録画録画!」
不穏な呪文名にキーラが聞き返す。
「なんだそりゃ、ヤバい魔法なのか?」
青ざめた表情で振り返ったフリーダが、録画に集中して周りが見えなくなっているモニカに代わって答える。
「半径10キロが吹っ飛ぶ魔法よ。今すぐ逃げないと」
「ぶっ!? マジかよ!」
思わず鼻水を吹き出したキーラがフリーダの顔を見つめる。
「私、転移魔法は使えないの。誰か神聖干渉の『絶対防御圏』使えない?」
「ありゃあ戦闘系の神じゃねえと使えないだろ。ここにいるのは知識の女神の大司教と料理の女神の司祭様だけだしな」
「じゃあもう『飛行』で少しでも距離を稼ぐしか……」
フリーダが今すぐ『飛行』を使い風の精霊の助けを借りれば、自分ひとりなら助かるかもしれない。しかし確実に寝覚めは悪くなるだろう。
フリーダはそこにいる3人の女を見渡し逡巡する。
転移魔法は予めアンカーとなる転移先を設定しておかなければならない。さらに魔法陣が完全な状態で保存され、魔法陣の上に邪魔物が置かれない状態でなければ、転移が受け入れられなかったり「石の中にいる!」状態に陥る可能性が出てしまう。ゆえに転移先は厳重に秘匿され、維持管理にも相応の手間がかかってしまう。
風来坊のフリーダはそんな面倒なものを設置する気にはなれなかったが、保険とはこういう時のためにかけるのだという事を今こそ実感していた。私エルフの里に帰ったらアンカー設置するんだ。そんな台詞がフリーダの頭に去来する。
一方モニカは、人類初となる『反物質召喚爆破』の発動を何とかして『虚空録』に保存すべく、通常は禁忌とされている『虚空録』への直接録画を試みる。
直接録画は閲覧設定ができないため、この映像は後々大きな問題を引き起こす事になるだろう。だが知った事か。知識の女神の信徒として死ぬ前にこの映像を残すのは義務である。『高速演算』を使いメガネの最大望遠で拡大した映像を、メガネの視覚拡張機能でエネルギーの流れまで録画しつつ『虚空録』へと記録してゆく。
『並列思考』も使用して右目の映像は通常録画、左目の映像はエネルギーの流れ付きと、知識の女神の大司教の面目躍如といえる至れり尽くせりの記録映像である。
「ま~、戦ってんのがナナシなら、なんとかするんじゃねえの。ものすごい『雷撃』で倒せなかったからあんなの使うんだろうしな」
キーラはそう言っておやつの細切り揚げ芋を食べながら、遠すぎて点にしか見えないその魔法を凝視する。
「ほら、みろ」
森から飛び出した緑色の点が魔法球に近づいてゆくのを見て、キーラが嬉しそうに言う。
4人が見守る中、ナナシは跳躍した勢いのまま魔法球を引っ掴むと、それを太陽めがけて全力で投げ飛ばすのであった。
中央大陸の最西端には龍が座った形の半島が伸びている。ここがいわゆる魔王領と呼ばれる地域である。
この半島、元々は独立した島だった。3千年前に中央大陸の西端に住んでいた魔族が人間による侵攻を受けた際、当時の魔王種一族の大規模な魔法(一説には集団神聖干渉とも言われている)によって大陸と地続きになり、魔族はその平原を通って現在の魔王領へと逃げ込んだ。
そして平原と半島となった島の境に魔王城を築き、辛うじて人間の進行を食い止める事に成功する。以来この半島は魔王領と呼ばれ、人間が踏み入る事の出来ない魔界と認識され現在に至る。
5百年ほど前、魔王領の中央に新たな魔王城が建築された。しかし3千年の間魔族の領域を守り続けてきた最初の魔王城は、今でも魔族から魔王城と言えばここであると認識されている。そのため新しい魔王城は魔王城別館とか魔王城(仮)とか呼ばれる始末である。
その魔王城(仮)に併設されている演習場を魔王ロック・エンドローザーが視察していた。18歳にして身長190センチ、筋骨隆々のその肉体には6つの魔力門が宿っており、魔族からは畏怖を込めて六極魔王と呼ばれている。
見た目はヒューマンの男性とそう変わらないが、魔王種の特徴として少し尖った耳と縦に裂けた瞳孔を持っている。
その後ろに付き従うのは宰相アビゲイル。青い肌に黒い眼球、金の虹彩、そして尖った耳が特徴のダークエルフである。彼女は、演習場で訓練を行っているゴブリン突撃歩兵の状況を魔王に説明していた。
ゴブリン突撃歩兵はその名の通り、ゴブリンに軽魔装弾式小銃を装備させた突撃部隊である。
魔装弾式の銃は、確かに強化魔法のかかった金属鎧や盾によって防御されるが、装甲のない場所に当たれば怪我もするし死ぬこともある。ヒューマンの軍はすべての構成員が金属製の全身鎧や盾を装備しているわけではないし、魔術師は『防御壁』や『風の守り』に頼りがちで防具は薄い事が多い。
なにより、ヒューマンに比べるとやや小型で非力なゴブリンが、相手と同等の殺傷能力と長いリーチを手に入れられるのは大きい。勇者あたりに切り込まれれば成す術もないだろうが、勇者には勇者用の駒を当てるのが用兵であり、ゴブリン突撃歩兵にはゴブリン突撃歩兵の有効な使い道がある。
土魔法『落とし穴』によって作られた塹壕から、仲間の援護射撃を受けつつ飛び出してゆくゴブリンの動きを見て、満足そうにうなずく魔王。その耳元にふわりと1個の眼球が飛来する。情報官カゲマル・ドドメキの忍法『遠見眼』である。
眼球は自身を振動させ、ささやくような音で魔王に何事かを告げた。それを聞いた魔王は宰相アビゲイルに振り向くと、険しい表情で言う。
「厄介事だ。城の小会議室に行くぞ」
魔王は素早く『飛行』の呪文を唱えると城に向かい飛び立つ。同時に宰相アビゲイルも『飛行』で追随する。演習場ではゴブリンサージャントの怒声が響き渡っていた。
魔王城(仮)の2階にある12メートル四方の小会議室には中央に長方形の大きな机が置かれ、数脚の椅子が並べられている。
机上に広げられたジルバラント王国の地図上を忍者装束の情報官カゲマルが紐で丸く囲っている。その隣では美しい金髪のエルフと黒髪の人間の少女が30センチほどのゴーレムを使って遊んでいた。机の上や床にはパーツや工具らしきものが散乱している。
「いけ~椿姫~! 魔王めっさつおっぱい砲弾しゅ~てぃん!」
フードつきの青いだぶっとしたツナギを着た黒髪の少女が、ふにゃふにゃと叫びながら精巧な造形の女性型ゴーレムを操作すると、その胸部装甲が上下に開いて内部からおもちゃの砲弾が飛び出した。
その瞬間、小会議室の扉を開き魔王が現れた。顔に向かって飛来するその砲弾を掴みとると、魔王は少女に向かってそれを投げる。
「遊ぶなら他の部屋でやれ、レジオナ」
レジオナと呼ばれたその少女は、見かけによらぬ俊敏な動作で投げられた砲弾をキャッチすると部屋の隅を指差しふにゃふにゃと文句を言う。
「なによ~、いいじゃないの~。ディーちんなんかそこで1時間もしゅぎょうしてるじゃん~」
レジオナの指し示す先では、魔王七本槍のひとりである参ノ槍ディー=ソニアが真っ赤な肌を上気させながら、やや膝を落し内股に足を構え、肘を曲げた両腕を体の前で垂直に立てる三戦の型で気を練っている。
身長288センチ、大型種族であるオーガの中でもひときわ大柄なその女性の存在感は部屋の隅とはいえ尋常ではない。
「あいつは静かにしてるだろう。これから会議でここを使うから邪魔をするな」
魔王の言葉に男性型のゴーレムをいじっていたエルフが反論する。
「だってもうすぐGファイの地区予選だから最終調整で忙しいのよね、レジオナ」
「そだにょ~。なんせ今年は『Gファイ! ドライフィーア』の作者として参加するからね~。ぶざまな試合はできないんよ!」
Gファイ! ドライフィーアとは月刊スラスラコミックに連載中の、Gファイことゴーレムファイトを扱った漫画のタイトルである。約30センチのゴーレムを使った競技であるゴーレムファイトについては、本編が進めばやがて触れる機会もあるかもしれない。
「遊びじゃないなら訓練場でやればいい。とにかく他の場所でやれ」
「そんなこと言っていいのかにゃ~? どうやら私たちがヤバいエルフを捕まえたようなんだけど~」
レジオナがニヤニヤしながら魔王にそう言うと、カゲマルが地図上の円を指し示しながら魔王に告げる。
「魔王陛下、先ほど『虚空録』に書き込まれた情報ですが、どうやらブリュッケシュタット付近で『反物質召喚爆破』を発動した者がいるようです。幸い起爆は阻止されたようですが」
「なんだと、どこの馬鹿だそいつは! あんな場所で戦略級殲滅魔法を使う意味がどこにある? 穀倉地帯を焼き払うのが目的か?」
「じゃじゃ~ん、そいつはこんなバカで~す! え~る~ヴぃ~ら~」
レジオナがドヤ顔で青いツナギの前面についた半月型の大きなポケットから気絶したエルヴィーラを取り出す。それを見た魔王が、レジオナの隣でゴーレムをいじっているエルフをにらみつける。
「エルフだと! おい大長老、エルフはヒューマンに戦争を仕掛ける気なのか!」
エルフの大長老マイスラ・ラ・リルルは、ゴーレムを机に置くとため息をつき首を振る。
「知らないわよ。エルフなんて長生きしてればしてるほどバカの確率が上がるんだから、そいつも単なるバカなんじゃないの?」
「長生きなほど馬鹿ならば、自称1億5千万歳の大長老様はどうなる」
「もちろん、バカのホームラン王に決まってるでしょ!」
マイスラは腰に手を当て得意げにそう答えると、レジオナと顔を見合わせ爆笑する。ちなみにエルフの国技は野球である。それには深い理由があるのだが、今は置いておく事とする。
実際、大長老の言う「エルフは長生きしているほど馬鹿」というのはある意味で真実である。エルフはエネルギー生命体という特性上、本能的にこの世界は大いなるエネルギーの流れの影に過ぎないという事に気付いている。そして聡明なエルフは300年から500年も生きれば世界の真理を悟り、大いなるエネルギーの流れに還り自然消滅するのだ。
つまり長生きしているエルフは煩悩にまみれこの世に執着し続けている馬鹿であり、長生きしていればしているほどいつまでたっても悟りを開けない大馬鹿者と言える。
自称1億5千万歳のエルフであるマイスラの目元、頬骨のあたりには左右にそれぞれ3枚ずつの鱗があるのだが、本人いわくこれは自分がまだ恐竜エルフだった頃の名残らしい。マイスラの記した『エルフ進化論』は『虚空録』において最初から閲覧制限が教皇のみとなってしまい、憤慨したマイスラはいずれ自費出版で世に出してやろうと目論んでいる。
エルフの大長老があてにならないとわかった魔王はレジオナに問う。
「それで、このエルヴィーラとやらはどこの里のエルフなのだ、レジオナ」
「ん~、ちょっとまっててね~」
レジオナがそう言うと、伸ばした左手の先がどろりと溶け、床にどんどん流れだし溜まり始める。やがて人間一人分ほど溜まったそれがプルプルと震えると、ぴょこんと飛び跳ね赤い髪のレジオナになった。当然の事ながら全裸である。
「お前は確かシャンプーだかブロウだかいうレジオナだな。オークキングが死んだあとは例のオークカイザーを監視していたと思ったが」
「オークカイザーじゃなくてオーカイザーだってば~。剛腕爆裂オーカイザー」
魔王の発言をレジオナがふにゃふにゃと訂正する。
「まあ、今はそのオークはいい。こっちのエルフの話だ」
「それが無関係じゃないんだにゃ~。あんちまたーえくすぷろーじょんを止めたのはオーカイザーだよん」
「ほう? 強いとは聞いていたが魔法にも精通しているのか」
「うんにゃ。これがなんと腕力でねじふせたんだよね~。なんせ驚異の筋力151だから!」
それを聞いて魔王の目が見開かれる。
「まさか……そうか、そいつが最後の転生者か。いったいどこに隠れているのかと思っていたが」
「隠れるっていうか~、生まれたのがほんの5日くらい前なんだよねえ」
「くわしく」
レジオナはナナシから聞いた生まれの話からエルヴィーラとの戦いまでを、擬音多めで楽しそうに説明する。途中で何度も「端折れ」との魔王の突っ込みを受けつつ、30分ほどレジオナ劇場が展開した。
「そして筋力151のナナシたんはあんちまたーえくすぷろーじょんをぐわしっと引っ掴んで、ばびゅーんと宇宙に投げ飛ばしたのでした~めでたしめでたし!」
レジオナの説明が終わると同時に、マイスラが挙手をする。
「はいはいっ! 能力値の上限って150だったと思うんですけど、どうやって151に上げたんですか!?」
「それがね~、転生恩寵の筋力プラス1だって~!」
「転生恩寵! 汚ったな! チートじゃんチートー! 私なんか2千万年かけて器用さ150まで上げたのにさ~! その後5千万年かけてもそれ以上は上がんなかったんだよ! ご・せ・ん・ま・ん・ね・ん!!」
マイスラが床をゴロゴロ転がりながら悔しがる。1億5千万歳の駄々である。
部屋の隅で鍛錬を続けていたディーが汗を拭きながら近寄り、会話に加わった。
「転生恩寵が筋力プラス1か……偶然だと思う?」
その問いに魔王が答える。
「いや、偶然ではないだろう。転生者はそれぞれ長所を伸ばすような恩寵を賜る事が多い。俺の『いちど限りの超幸運』もそれほど強力な転生恩寵とは言えないが、結果としてみれば歴史上初の魔力門6つを備える魔王種の誕生となったわけだしな」
魔力門とは魔王種のみに存在する、魔力の湧き出る異界への門である。
魔王種は体内に魔素節とそれをつなぎ全身をめぐる魔素管という、リンパ系によく似た器官を持っている。この魔素循環系により魔王種はヒューマンの約5倍から10倍の魔力を保持する事が出来る。
さらに魔王種はごく稀に魔力門を体内に持って生まれて来る事がある。この魔力門からは水道の蛇口をひねるように一定量の魔力を永続的に引き出す事が出来る。さらにこの魔力門は、1代限りではあるが子供に移動する事があるのだ。
現在までに確認されている自然発生の最大数は3門。両親が自然発生で3門ずつ持っていたとして、生まれて来る子供が3門持ちの場合、理論上9門までひとりの魔王種に集約される可能性がある。
とはいえそれはまさに天文学的な確率であり、魔王ロック・エンドローザーが生まれるまでは5門持ちが最大数であった。魔王ロックは自身が3門、父の先代魔王から2門、母から1門を受け継ぎ6門持ちの魔王種となった。
この6門こそ、魔王ロック・エンドルーザーが六極魔王と呼ばれる所以である。
6つの魔力門から同時に引き出せる魔力の合計値は実に毎秒ヒューマンの上級魔術師ひとり分であり、エルフとは違う形態で無限の魔力を持っていると言える。
「魔力門がむっつだからロックって~、ネーミングセンス凄いよねえ王太后陛下も~。ロジーナ姫とどっこいだよ!」
レジオナの言葉に、魔王も顎に手を当てて遠い目になる。
「何でも当時九頭竜諸島から来た食客が人気者で、九頭竜の言葉で名前を付けるのが流行ってたらしい。まあ文句があるなら母上に直接言ってもかまわんぞ」
「やだよ! ぜったいころされるから~!」
「ふん、お前たちを殺しきれる生物が世界中のどこにいる」
「ひっど~! 私たちだってしぬの平~気ってわけじゃないんだかんね~!」
レジオナがぷりぷりと憤慨していると、宰相アビゲイルが声をかける。
「レジオナ、『重症治癒』はかけておいたけれど、このエルフもうすぐ目を覚ましそうですよ。どうしますか?」
床に転がされたままのエルヴィーラの横に座って脈を取っていたアビゲイルに、レジオナがふにゃふにゃとお礼を言う。
「さっすが~アビーちん! できる女はちがうにゃ~。あんがとね~」
「レジオナの接合も見事でしたよ。これなら傷跡もほとんど残らないでしょう。なぜ敵対していたエルフにここまで?」
「だってさ~、このエルフがあとでナナシたんと出会った時に、もしす~んごい傷あとが残ってたら、ナナシたんめっちゃ落ち込みそうだからさ~」
それを聞いて魔王が怪訝な顔になる。
「オーク相手には躊躇が無かったようだが、女相手だとそこまで繊細なのか? まあ転生者らしいと言えばらしいとも言えるが」
「やるときはやるけど~、ふだんはやさしい皇帝なんよナナシたんは~。女の子の扱いはまだまだだけどね~」
「ふむ、こちらにとっては弱点があるに越した事は無いか。オークの軍団を壊滅させられたのは想定外だったが、仕方あるまい。元から捨て駒として放逐した連中だしな」
魔王はそう言いながら床に転がるエルヴィーラに近づき、額に手をかざすと『魔素攪乱紋』を施す。エルヴィーラの魔法抵抗障壁を無尽蔵の魔力で強引に突破し、本体であるエネルギー体そのものに紋を焼き付けると、常時展開されていたエルヴィーラの様々な防御魔法が全て解除されてしまう。
「これで目覚めても脅威にはなるまい。こいつを連れてエルフの里へ交渉に行くとするか」
魔王がエルヴィーラを横抱きに持ち上げると、カゲマルが地図を指し示す。
「レジオナ殿のお話からすると、イーダスハイム近辺の大森林にある世界樹の里で間違いないでしょう」
地図を確認した魔王がアビゲイルを見る。
「留守は任せるぞアビゲイル。本気で飛べば3時間もあれば着くだろう。後は交渉の展開次第だな」
アビゲイルがちらりとディーを見ながら魔王に尋ねる。
「護衛はいかがいたしますか? 御身の危険が無かったとしても、ある程度の体裁というものは必要かと存じますが」
「確かに、単身乗り込むのも悪くはないが、こちらの総合力を示すのも意味があるな。七本槍からディーと、他にすぐ動ける者をふたり連れて行こう。荷物もある事だしパンケーキ号にするか。第3格納庫に集合させろ」
フライングパンケーキ号は、丸いパンケーキ型の金属製の円盤に天窓を付け、内部に快適な居住空間を備えた直径20メートルの空飛ぶくつろぎの空間である。
動力などは特になく、魔王の無尽蔵の魔力による『飛行』で飛ばすという馬鹿馬鹿しい運用ながら、時速200キロメートルの巡航速度を誇る。まさに六極魔王の無駄遣い極まれりという贅沢な移動スイートルームなのである。
「拙者はいかがいたしましょうか陛下」
「エルフに関する情報が必要になるかもしれんな。カゲマル、お前も同行しろ」
「御意」
「私たちもいく~!」
赤髪のレジオナが手を挙げる。
「お前たちはまず服を着ろ」
魔王はそう指摘するがついて来るなとまでは言わない。レジオナをエルフがどう判断するか見ておきたい気持ちもあった。
素肌の上にタンクトップと膝の破けたオーバーオールを浮かび上がらせたレジオナは、ふと思い出したような口調で魔王に聞く。
「あっそ~だ! そういえば~、死霊王がぶりゅっけしゅたっと襲う気まんまんなんだけど~。邪魔してい~い?」
魔王はため息をつくと答える。
「なんだ、情のわいたヒューマンでもいるのか?」
「まあね~。せ~っかくオークキングから解放されたのに、すぐ死霊にされちゃうとかかわいそうでしょ~」
「ならば好きにしろ。どうせ奴とは共存できん。滅ぼすのも早いか遅いかの違いだけだ。それに……」
魔王はそこで言葉を切ってレジオナを見る。レジオナはちょっと照れ臭そうに言う。
「だってさ~、もしあとで襲撃を知ってたのにスルーしたってナナシたんにばれたらさぁ~嫌われちゃうかもしれないでしょ~」
「そっちが本音か。まあ奴との信頼関係は俺にとっても利用価値がある。死霊王との戦いぶりは報告してもらうぞ」
レジオナにそう告げると、目覚めかけたエルヴィーラに『睡眠』をかけ、会議室を後にする魔王。部屋を出る直前に振り向くと、肩越しにレジオナに釘をさす。
「言っておくが、擬音は少なめにな」
「なにあれ、『雷撃』にしては強すぎる……」
その声に森を見やったキーラが叫ぶ。
「あんのクソエルフ! ナナシがひとりになるのを狙ってやがったな!」
モニカも悔しそうに頭を抱える。
「原初のオークの対魔法戦! 興味深い! なんで目の前でやってくれないの!」
「おめーはそういうトコだぞ! しかし今からじゃどっちみち間に合わねえか……まあナナシなら大丈夫とは思うけどよ」
モニカに突っ込みつつ、森の方を心配そうに見つめるキーラ。
光がやみ、しばらくすると森の上空に奇妙な球が浮かび上がった。上空1000メートルに浮かぶその球は、肉眼ではほんの点にしか見えないが、強烈な存在感を放っている。
その球をメガネの望遠機能で観察していたモニカは驚愕の声を上げる。
「あれはまさか『反物質召喚爆破』! ろっ録画録画!」
不穏な呪文名にキーラが聞き返す。
「なんだそりゃ、ヤバい魔法なのか?」
青ざめた表情で振り返ったフリーダが、録画に集中して周りが見えなくなっているモニカに代わって答える。
「半径10キロが吹っ飛ぶ魔法よ。今すぐ逃げないと」
「ぶっ!? マジかよ!」
思わず鼻水を吹き出したキーラがフリーダの顔を見つめる。
「私、転移魔法は使えないの。誰か神聖干渉の『絶対防御圏』使えない?」
「ありゃあ戦闘系の神じゃねえと使えないだろ。ここにいるのは知識の女神の大司教と料理の女神の司祭様だけだしな」
「じゃあもう『飛行』で少しでも距離を稼ぐしか……」
フリーダが今すぐ『飛行』を使い風の精霊の助けを借りれば、自分ひとりなら助かるかもしれない。しかし確実に寝覚めは悪くなるだろう。
フリーダはそこにいる3人の女を見渡し逡巡する。
転移魔法は予めアンカーとなる転移先を設定しておかなければならない。さらに魔法陣が完全な状態で保存され、魔法陣の上に邪魔物が置かれない状態でなければ、転移が受け入れられなかったり「石の中にいる!」状態に陥る可能性が出てしまう。ゆえに転移先は厳重に秘匿され、維持管理にも相応の手間がかかってしまう。
風来坊のフリーダはそんな面倒なものを設置する気にはなれなかったが、保険とはこういう時のためにかけるのだという事を今こそ実感していた。私エルフの里に帰ったらアンカー設置するんだ。そんな台詞がフリーダの頭に去来する。
一方モニカは、人類初となる『反物質召喚爆破』の発動を何とかして『虚空録』に保存すべく、通常は禁忌とされている『虚空録』への直接録画を試みる。
直接録画は閲覧設定ができないため、この映像は後々大きな問題を引き起こす事になるだろう。だが知った事か。知識の女神の信徒として死ぬ前にこの映像を残すのは義務である。『高速演算』を使いメガネの最大望遠で拡大した映像を、メガネの視覚拡張機能でエネルギーの流れまで録画しつつ『虚空録』へと記録してゆく。
『並列思考』も使用して右目の映像は通常録画、左目の映像はエネルギーの流れ付きと、知識の女神の大司教の面目躍如といえる至れり尽くせりの記録映像である。
「ま~、戦ってんのがナナシなら、なんとかするんじゃねえの。ものすごい『雷撃』で倒せなかったからあんなの使うんだろうしな」
キーラはそう言っておやつの細切り揚げ芋を食べながら、遠すぎて点にしか見えないその魔法を凝視する。
「ほら、みろ」
森から飛び出した緑色の点が魔法球に近づいてゆくのを見て、キーラが嬉しそうに言う。
4人が見守る中、ナナシは跳躍した勢いのまま魔法球を引っ掴むと、それを太陽めがけて全力で投げ飛ばすのであった。
中央大陸の最西端には龍が座った形の半島が伸びている。ここがいわゆる魔王領と呼ばれる地域である。
この半島、元々は独立した島だった。3千年前に中央大陸の西端に住んでいた魔族が人間による侵攻を受けた際、当時の魔王種一族の大規模な魔法(一説には集団神聖干渉とも言われている)によって大陸と地続きになり、魔族はその平原を通って現在の魔王領へと逃げ込んだ。
そして平原と半島となった島の境に魔王城を築き、辛うじて人間の進行を食い止める事に成功する。以来この半島は魔王領と呼ばれ、人間が踏み入る事の出来ない魔界と認識され現在に至る。
5百年ほど前、魔王領の中央に新たな魔王城が建築された。しかし3千年の間魔族の領域を守り続けてきた最初の魔王城は、今でも魔族から魔王城と言えばここであると認識されている。そのため新しい魔王城は魔王城別館とか魔王城(仮)とか呼ばれる始末である。
その魔王城(仮)に併設されている演習場を魔王ロック・エンドローザーが視察していた。18歳にして身長190センチ、筋骨隆々のその肉体には6つの魔力門が宿っており、魔族からは畏怖を込めて六極魔王と呼ばれている。
見た目はヒューマンの男性とそう変わらないが、魔王種の特徴として少し尖った耳と縦に裂けた瞳孔を持っている。
その後ろに付き従うのは宰相アビゲイル。青い肌に黒い眼球、金の虹彩、そして尖った耳が特徴のダークエルフである。彼女は、演習場で訓練を行っているゴブリン突撃歩兵の状況を魔王に説明していた。
ゴブリン突撃歩兵はその名の通り、ゴブリンに軽魔装弾式小銃を装備させた突撃部隊である。
魔装弾式の銃は、確かに強化魔法のかかった金属鎧や盾によって防御されるが、装甲のない場所に当たれば怪我もするし死ぬこともある。ヒューマンの軍はすべての構成員が金属製の全身鎧や盾を装備しているわけではないし、魔術師は『防御壁』や『風の守り』に頼りがちで防具は薄い事が多い。
なにより、ヒューマンに比べるとやや小型で非力なゴブリンが、相手と同等の殺傷能力と長いリーチを手に入れられるのは大きい。勇者あたりに切り込まれれば成す術もないだろうが、勇者には勇者用の駒を当てるのが用兵であり、ゴブリン突撃歩兵にはゴブリン突撃歩兵の有効な使い道がある。
土魔法『落とし穴』によって作られた塹壕から、仲間の援護射撃を受けつつ飛び出してゆくゴブリンの動きを見て、満足そうにうなずく魔王。その耳元にふわりと1個の眼球が飛来する。情報官カゲマル・ドドメキの忍法『遠見眼』である。
眼球は自身を振動させ、ささやくような音で魔王に何事かを告げた。それを聞いた魔王は宰相アビゲイルに振り向くと、険しい表情で言う。
「厄介事だ。城の小会議室に行くぞ」
魔王は素早く『飛行』の呪文を唱えると城に向かい飛び立つ。同時に宰相アビゲイルも『飛行』で追随する。演習場ではゴブリンサージャントの怒声が響き渡っていた。
魔王城(仮)の2階にある12メートル四方の小会議室には中央に長方形の大きな机が置かれ、数脚の椅子が並べられている。
机上に広げられたジルバラント王国の地図上を忍者装束の情報官カゲマルが紐で丸く囲っている。その隣では美しい金髪のエルフと黒髪の人間の少女が30センチほどのゴーレムを使って遊んでいた。机の上や床にはパーツや工具らしきものが散乱している。
「いけ~椿姫~! 魔王めっさつおっぱい砲弾しゅ~てぃん!」
フードつきの青いだぶっとしたツナギを着た黒髪の少女が、ふにゃふにゃと叫びながら精巧な造形の女性型ゴーレムを操作すると、その胸部装甲が上下に開いて内部からおもちゃの砲弾が飛び出した。
その瞬間、小会議室の扉を開き魔王が現れた。顔に向かって飛来するその砲弾を掴みとると、魔王は少女に向かってそれを投げる。
「遊ぶなら他の部屋でやれ、レジオナ」
レジオナと呼ばれたその少女は、見かけによらぬ俊敏な動作で投げられた砲弾をキャッチすると部屋の隅を指差しふにゃふにゃと文句を言う。
「なによ~、いいじゃないの~。ディーちんなんかそこで1時間もしゅぎょうしてるじゃん~」
レジオナの指し示す先では、魔王七本槍のひとりである参ノ槍ディー=ソニアが真っ赤な肌を上気させながら、やや膝を落し内股に足を構え、肘を曲げた両腕を体の前で垂直に立てる三戦の型で気を練っている。
身長288センチ、大型種族であるオーガの中でもひときわ大柄なその女性の存在感は部屋の隅とはいえ尋常ではない。
「あいつは静かにしてるだろう。これから会議でここを使うから邪魔をするな」
魔王の言葉に男性型のゴーレムをいじっていたエルフが反論する。
「だってもうすぐGファイの地区予選だから最終調整で忙しいのよね、レジオナ」
「そだにょ~。なんせ今年は『Gファイ! ドライフィーア』の作者として参加するからね~。ぶざまな試合はできないんよ!」
Gファイ! ドライフィーアとは月刊スラスラコミックに連載中の、Gファイことゴーレムファイトを扱った漫画のタイトルである。約30センチのゴーレムを使った競技であるゴーレムファイトについては、本編が進めばやがて触れる機会もあるかもしれない。
「遊びじゃないなら訓練場でやればいい。とにかく他の場所でやれ」
「そんなこと言っていいのかにゃ~? どうやら私たちがヤバいエルフを捕まえたようなんだけど~」
レジオナがニヤニヤしながら魔王にそう言うと、カゲマルが地図上の円を指し示しながら魔王に告げる。
「魔王陛下、先ほど『虚空録』に書き込まれた情報ですが、どうやらブリュッケシュタット付近で『反物質召喚爆破』を発動した者がいるようです。幸い起爆は阻止されたようですが」
「なんだと、どこの馬鹿だそいつは! あんな場所で戦略級殲滅魔法を使う意味がどこにある? 穀倉地帯を焼き払うのが目的か?」
「じゃじゃ~ん、そいつはこんなバカで~す! え~る~ヴぃ~ら~」
レジオナがドヤ顔で青いツナギの前面についた半月型の大きなポケットから気絶したエルヴィーラを取り出す。それを見た魔王が、レジオナの隣でゴーレムをいじっているエルフをにらみつける。
「エルフだと! おい大長老、エルフはヒューマンに戦争を仕掛ける気なのか!」
エルフの大長老マイスラ・ラ・リルルは、ゴーレムを机に置くとため息をつき首を振る。
「知らないわよ。エルフなんて長生きしてればしてるほどバカの確率が上がるんだから、そいつも単なるバカなんじゃないの?」
「長生きなほど馬鹿ならば、自称1億5千万歳の大長老様はどうなる」
「もちろん、バカのホームラン王に決まってるでしょ!」
マイスラは腰に手を当て得意げにそう答えると、レジオナと顔を見合わせ爆笑する。ちなみにエルフの国技は野球である。それには深い理由があるのだが、今は置いておく事とする。
実際、大長老の言う「エルフは長生きしているほど馬鹿」というのはある意味で真実である。エルフはエネルギー生命体という特性上、本能的にこの世界は大いなるエネルギーの流れの影に過ぎないという事に気付いている。そして聡明なエルフは300年から500年も生きれば世界の真理を悟り、大いなるエネルギーの流れに還り自然消滅するのだ。
つまり長生きしているエルフは煩悩にまみれこの世に執着し続けている馬鹿であり、長生きしていればしているほどいつまでたっても悟りを開けない大馬鹿者と言える。
自称1億5千万歳のエルフであるマイスラの目元、頬骨のあたりには左右にそれぞれ3枚ずつの鱗があるのだが、本人いわくこれは自分がまだ恐竜エルフだった頃の名残らしい。マイスラの記した『エルフ進化論』は『虚空録』において最初から閲覧制限が教皇のみとなってしまい、憤慨したマイスラはいずれ自費出版で世に出してやろうと目論んでいる。
エルフの大長老があてにならないとわかった魔王はレジオナに問う。
「それで、このエルヴィーラとやらはどこの里のエルフなのだ、レジオナ」
「ん~、ちょっとまっててね~」
レジオナがそう言うと、伸ばした左手の先がどろりと溶け、床にどんどん流れだし溜まり始める。やがて人間一人分ほど溜まったそれがプルプルと震えると、ぴょこんと飛び跳ね赤い髪のレジオナになった。当然の事ながら全裸である。
「お前は確かシャンプーだかブロウだかいうレジオナだな。オークキングが死んだあとは例のオークカイザーを監視していたと思ったが」
「オークカイザーじゃなくてオーカイザーだってば~。剛腕爆裂オーカイザー」
魔王の発言をレジオナがふにゃふにゃと訂正する。
「まあ、今はそのオークはいい。こっちのエルフの話だ」
「それが無関係じゃないんだにゃ~。あんちまたーえくすぷろーじょんを止めたのはオーカイザーだよん」
「ほう? 強いとは聞いていたが魔法にも精通しているのか」
「うんにゃ。これがなんと腕力でねじふせたんだよね~。なんせ驚異の筋力151だから!」
それを聞いて魔王の目が見開かれる。
「まさか……そうか、そいつが最後の転生者か。いったいどこに隠れているのかと思っていたが」
「隠れるっていうか~、生まれたのがほんの5日くらい前なんだよねえ」
「くわしく」
レジオナはナナシから聞いた生まれの話からエルヴィーラとの戦いまでを、擬音多めで楽しそうに説明する。途中で何度も「端折れ」との魔王の突っ込みを受けつつ、30分ほどレジオナ劇場が展開した。
「そして筋力151のナナシたんはあんちまたーえくすぷろーじょんをぐわしっと引っ掴んで、ばびゅーんと宇宙に投げ飛ばしたのでした~めでたしめでたし!」
レジオナの説明が終わると同時に、マイスラが挙手をする。
「はいはいっ! 能力値の上限って150だったと思うんですけど、どうやって151に上げたんですか!?」
「それがね~、転生恩寵の筋力プラス1だって~!」
「転生恩寵! 汚ったな! チートじゃんチートー! 私なんか2千万年かけて器用さ150まで上げたのにさ~! その後5千万年かけてもそれ以上は上がんなかったんだよ! ご・せ・ん・ま・ん・ね・ん!!」
マイスラが床をゴロゴロ転がりながら悔しがる。1億5千万歳の駄々である。
部屋の隅で鍛錬を続けていたディーが汗を拭きながら近寄り、会話に加わった。
「転生恩寵が筋力プラス1か……偶然だと思う?」
その問いに魔王が答える。
「いや、偶然ではないだろう。転生者はそれぞれ長所を伸ばすような恩寵を賜る事が多い。俺の『いちど限りの超幸運』もそれほど強力な転生恩寵とは言えないが、結果としてみれば歴史上初の魔力門6つを備える魔王種の誕生となったわけだしな」
魔力門とは魔王種のみに存在する、魔力の湧き出る異界への門である。
魔王種は体内に魔素節とそれをつなぎ全身をめぐる魔素管という、リンパ系によく似た器官を持っている。この魔素循環系により魔王種はヒューマンの約5倍から10倍の魔力を保持する事が出来る。
さらに魔王種はごく稀に魔力門を体内に持って生まれて来る事がある。この魔力門からは水道の蛇口をひねるように一定量の魔力を永続的に引き出す事が出来る。さらにこの魔力門は、1代限りではあるが子供に移動する事があるのだ。
現在までに確認されている自然発生の最大数は3門。両親が自然発生で3門ずつ持っていたとして、生まれて来る子供が3門持ちの場合、理論上9門までひとりの魔王種に集約される可能性がある。
とはいえそれはまさに天文学的な確率であり、魔王ロック・エンドローザーが生まれるまでは5門持ちが最大数であった。魔王ロックは自身が3門、父の先代魔王から2門、母から1門を受け継ぎ6門持ちの魔王種となった。
この6門こそ、魔王ロック・エンドルーザーが六極魔王と呼ばれる所以である。
6つの魔力門から同時に引き出せる魔力の合計値は実に毎秒ヒューマンの上級魔術師ひとり分であり、エルフとは違う形態で無限の魔力を持っていると言える。
「魔力門がむっつだからロックって~、ネーミングセンス凄いよねえ王太后陛下も~。ロジーナ姫とどっこいだよ!」
レジオナの言葉に、魔王も顎に手を当てて遠い目になる。
「何でも当時九頭竜諸島から来た食客が人気者で、九頭竜の言葉で名前を付けるのが流行ってたらしい。まあ文句があるなら母上に直接言ってもかまわんぞ」
「やだよ! ぜったいころされるから~!」
「ふん、お前たちを殺しきれる生物が世界中のどこにいる」
「ひっど~! 私たちだってしぬの平~気ってわけじゃないんだかんね~!」
レジオナがぷりぷりと憤慨していると、宰相アビゲイルが声をかける。
「レジオナ、『重症治癒』はかけておいたけれど、このエルフもうすぐ目を覚ましそうですよ。どうしますか?」
床に転がされたままのエルヴィーラの横に座って脈を取っていたアビゲイルに、レジオナがふにゃふにゃとお礼を言う。
「さっすが~アビーちん! できる女はちがうにゃ~。あんがとね~」
「レジオナの接合も見事でしたよ。これなら傷跡もほとんど残らないでしょう。なぜ敵対していたエルフにここまで?」
「だってさ~、このエルフがあとでナナシたんと出会った時に、もしす~んごい傷あとが残ってたら、ナナシたんめっちゃ落ち込みそうだからさ~」
それを聞いて魔王が怪訝な顔になる。
「オーク相手には躊躇が無かったようだが、女相手だとそこまで繊細なのか? まあ転生者らしいと言えばらしいとも言えるが」
「やるときはやるけど~、ふだんはやさしい皇帝なんよナナシたんは~。女の子の扱いはまだまだだけどね~」
「ふむ、こちらにとっては弱点があるに越した事は無いか。オークの軍団を壊滅させられたのは想定外だったが、仕方あるまい。元から捨て駒として放逐した連中だしな」
魔王はそう言いながら床に転がるエルヴィーラに近づき、額に手をかざすと『魔素攪乱紋』を施す。エルヴィーラの魔法抵抗障壁を無尽蔵の魔力で強引に突破し、本体であるエネルギー体そのものに紋を焼き付けると、常時展開されていたエルヴィーラの様々な防御魔法が全て解除されてしまう。
「これで目覚めても脅威にはなるまい。こいつを連れてエルフの里へ交渉に行くとするか」
魔王がエルヴィーラを横抱きに持ち上げると、カゲマルが地図を指し示す。
「レジオナ殿のお話からすると、イーダスハイム近辺の大森林にある世界樹の里で間違いないでしょう」
地図を確認した魔王がアビゲイルを見る。
「留守は任せるぞアビゲイル。本気で飛べば3時間もあれば着くだろう。後は交渉の展開次第だな」
アビゲイルがちらりとディーを見ながら魔王に尋ねる。
「護衛はいかがいたしますか? 御身の危険が無かったとしても、ある程度の体裁というものは必要かと存じますが」
「確かに、単身乗り込むのも悪くはないが、こちらの総合力を示すのも意味があるな。七本槍からディーと、他にすぐ動ける者をふたり連れて行こう。荷物もある事だしパンケーキ号にするか。第3格納庫に集合させろ」
フライングパンケーキ号は、丸いパンケーキ型の金属製の円盤に天窓を付け、内部に快適な居住空間を備えた直径20メートルの空飛ぶくつろぎの空間である。
動力などは特になく、魔王の無尽蔵の魔力による『飛行』で飛ばすという馬鹿馬鹿しい運用ながら、時速200キロメートルの巡航速度を誇る。まさに六極魔王の無駄遣い極まれりという贅沢な移動スイートルームなのである。
「拙者はいかがいたしましょうか陛下」
「エルフに関する情報が必要になるかもしれんな。カゲマル、お前も同行しろ」
「御意」
「私たちもいく~!」
赤髪のレジオナが手を挙げる。
「お前たちはまず服を着ろ」
魔王はそう指摘するがついて来るなとまでは言わない。レジオナをエルフがどう判断するか見ておきたい気持ちもあった。
素肌の上にタンクトップと膝の破けたオーバーオールを浮かび上がらせたレジオナは、ふと思い出したような口調で魔王に聞く。
「あっそ~だ! そういえば~、死霊王がぶりゅっけしゅたっと襲う気まんまんなんだけど~。邪魔してい~い?」
魔王はため息をつくと答える。
「なんだ、情のわいたヒューマンでもいるのか?」
「まあね~。せ~っかくオークキングから解放されたのに、すぐ死霊にされちゃうとかかわいそうでしょ~」
「ならば好きにしろ。どうせ奴とは共存できん。滅ぼすのも早いか遅いかの違いだけだ。それに……」
魔王はそこで言葉を切ってレジオナを見る。レジオナはちょっと照れ臭そうに言う。
「だってさ~、もしあとで襲撃を知ってたのにスルーしたってナナシたんにばれたらさぁ~嫌われちゃうかもしれないでしょ~」
「そっちが本音か。まあ奴との信頼関係は俺にとっても利用価値がある。死霊王との戦いぶりは報告してもらうぞ」
レジオナにそう告げると、目覚めかけたエルヴィーラに『睡眠』をかけ、会議室を後にする魔王。部屋を出る直前に振り向くと、肩越しにレジオナに釘をさす。
「言っておくが、擬音は少なめにな」
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