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第三章 長い道程
神域
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ブリュッケシュタットはダーヌビウス川にかかる橋の周りに広がる、宿場町と穀倉地帯の合わさった大規模な都市である。近年の街道整備と魔法による土壌・河川管理により発展し、王都とイーダスハイムをつなぐ街道の中でも都市としては最大規模を誇る。
最近のオークによる襲撃の影響で街道を往来する隊商や旅人は激減しており、ナナシたち一行はここまで誰とも行き会う事無く来たものの、さすがにナナシを引き連れて都市に入る事は不可能である。
女たちの間からは『姫様うきうき半生放送』に出てたし大丈夫なのではという意見も出たが、無用のトラブルを避けるためナナシは一行と別れて町を迂回する事になった。
討伐隊以前から囚われていた女の中にはブリュッケシュタット在住の少女がおり、ここで別れる事になる。その少女はオークへの恐怖から最後までナナシに近寄る事はなかったが、レジオナに抱擁され別れを惜しんだ後、ナナシの方を見て少しだけ手を振ってくれた。ナナシは少女を怖がらせないよう、それとわかる程度に少しだけうなずいて別れの挨拶にする。
川を渡る関係上、荷馬車はすべて町を通るしかない。ナナシと共に迂回するのはキーラ、モニカ、レジオナ、そしてしれっと町へ行こうとして「おめーはこっちに決まってんだろ! 監視はどうした!」とキーラに捕まった若干涙目のフリーダ、いつも隙あらばお菓子を作ってくれる討伐隊兵站係だった料理神の司祭であるちょっと小太りマドレーヌ嬢の5人となった。エルヴィーラはいつの間にか姿を消している。
この辺りの川幅は約400メートル程である。先に川を渡る事にしたナナシたちは、モニカとレジオナ、マドレーヌがナナシに抱えられて川を飛び越え、フリーダは空を飛ぶ。
ひとり対岸に残ったキーラは準備運動に余念がない。自力で400メートルを飛び越えようというつもりだ。失敗して川に落ちても大丈夫なように当然のごとく全裸である。服を着たまま泳ぐのは危険だからであって、決してキーラが裸族であるという訳ではない。
オークジェネラルとの戦いの後、再起不能になるかと覚悟していたキーラだったが、レジオナの怪しい、もとい特別性の湿布により劇的な回復を見た。以前よりはるかに体が軽い上、あの戦いでの過剰なまでの強化による知覚向上が今では自然と身についている感じなのだ。
実際、エルヴィーラの抜き打ちはオークジェネラルよりも早かった。しかしキーラの動体視力はその軌道をはっきりと捉える事が出来ていた。以前のキーラなら抜いた事すら気づかなかっただろう。
レジオナの怪しい湿布に全く不安が無いわけでもないが、キーラは基本的に仲間と認めた相手はわりと無条件に信頼する性質である。前より数段強くなれたのならば感謝しかない。
軽くその場で2、3回跳躍し感触を確かめたキーラは、対岸を睨み魔力による身体強化を始める。体中に力が漲ってくるのが感じられ、心拍数が上がる。
キーラは脱力を心掛けつつ、ぬるりと助走を開始した。ほんの3歩でスピードに乗ると、そのまま川岸まで加速し跳躍する。踏切時の速度は実に時速200キロメートルに達していた。強化魔法がかかっている事を考慮しても、もはや特級冒険者どころか人類の限界を超えている。
しかし悲しいかな300メートル時点で川面に接触してしまい、その後は水切りをする小石のごとく水面を跳ねながら進んで行き、対岸寸前で水中に沈んでしまう。
あわててナナシが川からすくい上げると、キーラはその腕の中で盛大に咳込み、よだれと鼻水を垂らしながら「ヴええええぇ」と奇妙な鳴き声を上げ、ぐったりとナナシの腕にもたれ込んだ。
「ちょっ、これ、これ!」
キーラの生乳の感触にナナシが慌ててモニカとレジオナにキーラを差し出そうとするも、ふたりはニヤニヤとその様子を見守るだけで手を貸そうともしない。モニカに至っては『知識の座』に録画までしている始末である。
見かねたフリーダが毛布をもってナナシに駆け寄る。
「あんたたちいい性格してるわね~。このデカいオークの方が可哀想に思えてくるんだけど」
その言葉にモニカとレジオナは顔を見合わせ答える。
「だってねえ」
「ね~。ナナシたんはもっとこうおっぱいくらいじゃ動じない立派な童貞、じゃなかった皇帝になってほしいんだにょ~。私たちの族長として!」
フリーダが同情の目でナナシを見ながら腕の中のキーラに毛布をかぶせようとしていると、マドレーヌが横から毛布を奪い地面にふわりと広げる。
「ほらほら、皇帝をからかってないでさっさと今夜の野営地決めるよ。童貞、キーラをここに転がしな」
どう考えても童貞と皇帝を言い間違えているマドレーヌの言葉に素直に従うナナシ。お菓子という絶大な権力を持つマドレーヌの群れにおける序列はナナシより高い。
ナナシがそっとキーラを毛布に横たえると、マドレーヌはコロコロとキーラを転がし簀巻きにして、お姫様抱っこの要領で再びナナシに渡す。身長197センチのキーラを軽々と横抱きにするあたり、マドレーヌの身体能力もただ者ではない。料理は体力である。
ダーヌビウス川の手前で大森林は途切れており、渡った王都側には穀倉地帯が大きく広がる。
正式な取り決めがある訳ではないが、大森林はエルフの領域とされており、森を切り開く事は禁忌とされていた。そのため開墾は主に王都側の流域へと広がる事になったのだ。
宿場町として賑わうブリュッケシュタットでわざわざ野宿をするのは、当然訳ありの者たちであり住民には歓迎されない。ナナシたちはまだ開墾が及んでいない森の方へとナナシの機動力を生かして進んで行く。
広い肩と頭の上に3人の女を乗せたナナシは体をなるべく上下させないように走る。横を飛ぶフリーダから見ればまるでふざけた修行のようだ。腕に抱えられた簀巻きのキーラなどはすやすやと寝息を立てている始末である。
一行が王都側の森の近くで適当に野営地を決めると、マドレーヌが土魔法でかまどを形成しながらナナシに指示を出す。
「荷物が無いんだから、今夜の飯は自分たちで獲ってきな。大物だと捌く時間が必要だから早めに帰って来るんだよ」
現在の時刻は午後3時を過ぎたあたり。初夏にあたる今の季節は日没までまだ5時間はある。ナナシは頭の上に乗ったままのレジオナと共にふたりで森へと入って行く。
森の中で獲物の足跡を求めて30分ほど歩きまわり、4メートルのオークが罠を仕掛けるでもなく歩いて獲物を探すとか無理なんじゃないだろうかとナナシが気付き始めた頃、ふいに後ろから声がかかる。
「ここなら邪魔も入るまい。うるさい取り巻きがいないうちに貴様を駆除してやろう」
ナナシが驚いて振り向くと、木陰から抜刀しつつエルヴィーラが現れる。ナナシの鋭敏な知覚をもってしても全く気配を感じなかった。赤外線やエネルギーの流れが見えるのは世界樹から生まれるエルフも同じ。ゆえにその隠密能力はナナシの感覚すら容易く欺いて見せたのだ。
「ナナシたん、あいつとんでもなく強いよ~、ゆだんしないでね~」
レジオナはナナシの耳元でふにゃふにゃと囁きながら素早く翻訳魔道具を外し、肩からぴょんと飛び降りると木陰へ消える。
対峙するエルヴィーラとナナシの距離は10メートルもない。ナナシはすでに自分がエルヴィーラの必殺の間合いにいる事を肌で感じ、とっさに両腕を上げてガードの態勢を取る。
次の瞬間、エルヴィーラの口から圧縮言語による『雷撃』の呪文が紡がれ、ナナシの体に電撃が迸った。
魔力を過剰供給された『雷撃』は通常の10倍の熱量を発しナナシを襲う。ナナシの内臓は2発3発と続けざまに放たれる『雷撃』により焼かれ、血液は沸騰し皮膚は炭化してゆく。
電流により神経伝達が阻害され筋肉は痙攣し魔法から逃れる事も出来ない。計10発、通常の魔法ならば100発分に相当する『雷撃』が終わる頃には、ナナシの4メートルの巨体は直立したまま完全に黒焦げになっていた。
「ふん、何が原初のオークだ。くだらん」
エルヴィーラは鼻で笑って納刀すると、背を向けて歩き出す。
「ぶぇっくしょおいいいい!」
その歩みは背後で起こった盛大なくしゃみによって止まる。振り向いたエルヴィーラの目に映ったのは、くしゃみ1発でナナシの体表から弾け飛ぶ炭の粉と股間でぶるんと揺れる凶悪な一物だった。
「なん……だと」
エルヴィーラは驚愕の表情でナナシを見つめる。ろくに抵抗もせずにあれだけの『雷撃』を受けて体表が焦げただけで済むものか。脳まで沸騰して完全に息の根が止まるはずである。
「こんな……こんな再生力はありえん! 貴様いったい何なんだ!?」
鼻の奥がまだムズムズするナナシは豪快に手鼻をかむ。煤で真っ黒な鼻水が派手な音を立てて地面へ飛び散った。
「うぇ~、頭がクラクラする~」
ナナシは目を瞬かせながらエルヴィーラを見た。確かに自分でも生きているのが不思議な感じである。オークキングとの戦いで傷を負った時には再生により傷口が塞がる感覚があったが、今回は治るというよりも再構築される感じというか、瞬時に新品と置き換えられるような感覚だった。
それはナナシには実体験がないため比較できなかったものの、神聖干渉『蘇生』に近い修復である。現世の理を超えた神域の再生力。これこそがナナシのフィジカル全振りがもたらした奇蹟の能力、『不滅の肉体』だった。
しかしエルヴィーラも2千年の経験は伊達ではない。すぐさま立ち直りナナシに抜き打ちを放つ。狙うは眼前で不快に揺れる巨大な一物。抜刀と同時に『雷撃』も放ち、倒せぬまでも回避の阻害を狙う。
ナナシは光速で飛来する『雷撃』の直撃を受けつつも、腰を引き股間を守る。いくら硬さに自信があっても刃物相手に打ち合う気はなかった。ましてや今は柔らかく揺れている状態である。
エルヴィーラは返す刀で続けざまに斬撃を放つが、ナナシは周囲の木をへし折りながら辛うじて回避する。斬撃の合間にもういちど『雷撃』を受けるものの、もはや真冬の静電気ほどの痛痒もない。
「馬鹿な……『雷撃』が全く効かなくなっているだと」
エルヴィーラが驚愕の表情でナナシから距離を取る。最初の1発は牽制のために通常威力で撃ったが、2発目は魔力を過剰供給し威力は10倍になっていたはずである。
「なんか慣れちゃったみたいで」
ナナシがエルフ語で答える。イントネーションや語尾変化を真似たなんちゃって方言ならぬなんちゃってエルフ語だったが、エルヴィーラには通じてしまった。
「下賤なオークごときが高貴なる我らが言葉を穢すなッ!」
エルヴィーラは完全にキレた。世界樹から生まれたという事実だけでも不快だというのに、エルフ語まで喋ってはまるでエルフではないか。そんなことは許されぬ。そんなことは許されぬのだ。
「切り刻んですり潰して獣の餌にしてくれるわ! クソからでも再生できるか試してやるぞ!」
エルヴィーラが圧縮言語で『氷の棺』を発動させ、ナナシの体が氷に閉じ込められる。氷漬けのナナシにエルヴィーラが迫るが、ナナシの怪力によって砕かれた氷塊が逆にエルヴィーラを襲い、その剣は防御に回さざるを得ない。
その隙に再び距離を取ったナナシの頭上の枝から、レジオナがひょいと逆さに顔を出す。
「ナナシたん、これこれ。お~に~き~り~だ~ま~す~く~」
レジオナは若干早口で名前を呼びながら、ポケットからナナシに向けて鬼切玉宿を落下させる。刃渡り2メートル、積層鍛造の紋様も美しい巨大な剣がするりとナナシの手に滑り込む。
「邪魔をするなゴミ虫めがァ!」
激高したエルヴィーラの手から『雷撃』がレジオナに迸る。
「あばばばばばばばばばば」
直撃を受けたレジオナは全身を放電で発光させながら激しく痙攣し、ヨレヨレの上着は恐るべき熱量にいとも容易く燃え上がる。
「やめろおおお!」
ナナシは無我夢中で鬼切玉宿をエルヴィーラの伸ばした腕に叩き込んだ。力任せに振り下ろされた刃はエルヴィーラの左腕を切り飛ばし地面に深く食い込む。
鬼切玉宿をその場に残し、ナナシは木から落下したレジオナに駆け寄る。ヨレヨレの服は無残に焼け落ち、電流の残滓がパチパチと体表面を走っている。ナナシがおろおろと手を差し伸べようとすると、レジオナの両目がぱっちりと見開かれた。
「うひゃひゃ、ビックリした~」
レジオナはそう言ってひょいと立ち上がると、パンパンと服の残骸をはたき落とす。白い肌には火傷の跡ひとつ見当たらない。
「うあ~サイアク。あのオバサン見境なさすぎでしょ~。この服イイ感じのヨレヨレに育てるの1年くらいかかったのに~」
そう言ってぷりぷりと怒るレジオナは、両手を広げると体の内側から服を着た。水中から水面に服が浮かび上がるかのように、レジオナの体内から肌の上に服が浮かび上がってきたのだ。
新品の『ヨレヨレな服』を身に着けたレジオナは、ナナシにウインクしながら人差し指を唇に当ててささやく。
「みんなにはナイ」
だがその言葉はナナシの背後で起こった甲高い金属音によって遮られる。エルヴィーラの斬撃がレジオナの展開していた『防御壁』と激突した音である。
「ショだよ……って、も~オバサン! ちょっとは空気読んでよ~、ホントにさ~」
レジオナが憤慨する。ナナシが振り返ると、そこには無い方の左腕で切り飛ばされた左腕を持ったエルヴィーラが血走った目でふたりを睨んでいた。
エルヴィーラの左腕があったはずの場所には、うっすらと半透明な左腕のようなものが見え隠れしている。ナナシの目にはエネルギーの塊が左腕の形としてそこに存在して見えていた。そのエネルギーの腕が、切り飛ばされた左腕を握っているのだ。
「その腕……」
ナナシの言葉にエルヴィーラが答える。
「これか? これが我らエルフの本当の体だ。ヒューマンどものような肉塊に魂が宿っただけの獣とは違う。我らは世界のエネルギーから世界樹によって集約され結実したエネルギー生命体なのだ。肉体は我らと世界のエネルギーを隔てる境界にすぎん。我らこそは、より世界の真実に近い真の人類なのだ」
「ふ~ん、真のじんるいね~。じゃあナナシたんもそうって事だよねぇ~。ヨッ真のじんるいオーカイザー! かっちょい~!」
レジオナがパチパチと手を叩いて囃し立てる。しかしナナシはそれどころではない。もはやエルヴィーラの様子が尋常ではないのだ。周囲の魔素が際限なくエルヴィーラに流れ込み、その内部でエネルギーがどんどんと濃密に凝縮されてゆく。
「そんな事は許されぬ」
エルヴィーラは昏い声でそう断言すると、切断された左腕を投げ捨ててエネルギー体の左腕を天に向かって伸ばす。体内に凝縮された魔素が魔力となり左腕から放出され、エルヴィーラの圧縮言語によって魔法として構築されてゆく。
その魔法は、防御壁で構成される内部が真空の球として、エルヴィーラの頭上1000メートルの場所に浮かび上がった。そして、注ぎ込まれる魔力によって内部に反物質を召喚し、磁場によって固定する。本来ならば上級魔術師が数十人がかりで発動させる、戦略級殲滅魔法『反物質召喚爆破』をひとりで発動させようというのである。
70年ほど前、転生者によってもたらされた理論を基に開発されたこの戦略級魔法は、爆風による殺傷半径10キロメートル、放射される熱線の効果範囲は20キロメートルに及ぶと言われている大規模殲滅魔法である。
そもそも術者自体が安全圏にいられないため、発動直後に神聖干渉『絶対防御圏』により身を守る、あるいは転移魔法で離脱するという運用も考えられたものの、結局は机上の魔法として記録されるにとどまり、現在まで使用された事はいちども無い。
エルヴィーラひとりでは周囲の魔素を総動員してもそこまでの威力は望めないが、それでも半径5キロメートルは爆風で壊滅、熱線による被害はブリュッケシュタットを完全に巻き込むだろう。
「ナナシたん、時間が無いからよく聞いて。あの馬鹿エルフを今すぐ殺すか、上空の魔法をブッ飛ばすかしないと私たちだけじゃなくて町まで吹っ飛ぶ事になる」
レジオナが真剣な顔でナナシに告げる。口調までふにゃふにゃではなくなってしまっている。
「その威力ってまさかアレ……」
「核爆弾じゃなくて反物質爆弾よ。ナナシたん筋力のパラメーターいくつにしたか覚えてる?」
「確か上限まで上げたから150だったと思うけど」
「転生恩寵は何もらった?」
「筋力プラス1」
レジオナは拳を握り腰だめでガッツポーズを取る。筋力プラス1、転生恩寵としてはゴミもゴミ、大外れの転生恩寵である。
しかしフィジカル極振りのナナシによって、それは大化けした。本来、生物のパラメーターは全て100が上限である。パラメーターが100を超えた能力値は神域と呼ばれる領域に突入し、世の理を超えた能力を発揮することができる。しかし神域にも上限が存在し、それこそが転生時のボーナスポイントをつぎ込みでもしない限り到達しえない150なのである。
そして、転生恩寵によるプラス1は神域だろうが限界だろうが純粋にプラス1される。つまり、ナナシの筋力は現在151。神の理すら超えた絶対能力となっているのだ。
「ナナシたん、敵とはいえ女を殺す事に抵抗があるなら上空の魔法をブッ飛ばして。あの距離ならジャンプで届くでしょ。できるだけ上へ向って威力を逃がすイメージで殴れば、ナナシたんの筋力ならイメージ通りに世界の方が追従するから」
ナナシは上空の魔法を仰ぎ見た。もはや猶予はなさそうだ。エルヴィーラが哄笑して告げる。
「ふははははは! もはや私を殺しても魔法は止まらんぞ。術式は完成した。反物質の召喚が終われば自動的に起爆する。愚かな獣の浅知恵でもたらされた魔法で町ごと滅びるがいい!」
ナナシはレジオナと視線をかわすと軽くうなずき、上空の魔法へと跳躍した。
「無駄だ無駄だ! もはや何をしようと無駄なのだ! 防御壁を破壊した時点で反物質が空気に触れて起爆するのだからな!」
叫び続けるエルヴィーラにレジオナがふにゃふにゃと語りかける。
「これが無駄じゃないんだにゃ~。そんなことよりさすがに私たちもムカついてるんだけど~?」
「ゴミどもがムカついたからどうした? 全てがあと数秒で消え去るというのに」
エルヴィーラの足元に転移の魔法陣が浮き上がる。しかしその魔法陣は完成することなく崩壊する。
「にがすわけないでしょ~。ごめんなさいじゃすまさないんだからね~! この馬鹿エルフ、かくごしろよ~!」
「馬鹿な! この私の術式に干渉したというのか! 貴様いったい何者ぐっ」
エルヴィーラの言葉は後ろからまわされた手によって遮られる。口と鼻を覆われたエルヴィーラは抵抗する間もなく意識を奪われ、その場に崩れ落ちた。
「あんれ~? 結構肉体にしばられてるんじゃないの~。体の性能を過信しすぎてんのかにゃ~?」
ふにゃふにゃと疑問を口にしながら、エルヴィーラの後ろからもうひとりのレジオナが現れる。その全裸のレジオナは、エルヴィーラの左腕を拾いながら新品の服を着たレジオナに問いかける。
「私たちはもう行くけどどうする~? いっしょに避難する~?」
「もう大丈夫でしょ~。ほら、ナナシたんが」
そう言って上空を見上げる服を着たレジオナ。つられて全裸のレジオナもナナシを仰ぎ見る。
そこでは、ナナシが魔法を防御壁ごと引っ掴み、全力投球で宇宙へと放り投げた所であった。第2宇宙速度を突破した魔法球は宇宙空間で防御壁が消滅し、内部の反物質が空間中のごく微量に存在する原子とゆるやかに対消滅を繰り返す。太陽に向けて投げられた反物質は爆発によって加減速しながら、やがて重力に引かれ太陽へと落下してゆくだろう。
その様はまるで宇宙を漂う線香花火のようであった。
本来ならば秒速11キロメートル以上で投げられた物体など空気抵抗により原形をとどめていられないはずであるが、絶対筋力を持つナナシの「投げた球がそのままの速度でまっすぐ飛んでいく」というイメージによって空気抵抗そのものが無視され、魔法球は失速することもなく惑星重力圏の脱出に成功したのだ。
こうしてこの世界に、神の理をも超えた新たなる奇蹟の能力『剛腕爆裂』が誕生する事となった。
最近のオークによる襲撃の影響で街道を往来する隊商や旅人は激減しており、ナナシたち一行はここまで誰とも行き会う事無く来たものの、さすがにナナシを引き連れて都市に入る事は不可能である。
女たちの間からは『姫様うきうき半生放送』に出てたし大丈夫なのではという意見も出たが、無用のトラブルを避けるためナナシは一行と別れて町を迂回する事になった。
討伐隊以前から囚われていた女の中にはブリュッケシュタット在住の少女がおり、ここで別れる事になる。その少女はオークへの恐怖から最後までナナシに近寄る事はなかったが、レジオナに抱擁され別れを惜しんだ後、ナナシの方を見て少しだけ手を振ってくれた。ナナシは少女を怖がらせないよう、それとわかる程度に少しだけうなずいて別れの挨拶にする。
川を渡る関係上、荷馬車はすべて町を通るしかない。ナナシと共に迂回するのはキーラ、モニカ、レジオナ、そしてしれっと町へ行こうとして「おめーはこっちに決まってんだろ! 監視はどうした!」とキーラに捕まった若干涙目のフリーダ、いつも隙あらばお菓子を作ってくれる討伐隊兵站係だった料理神の司祭であるちょっと小太りマドレーヌ嬢の5人となった。エルヴィーラはいつの間にか姿を消している。
この辺りの川幅は約400メートル程である。先に川を渡る事にしたナナシたちは、モニカとレジオナ、マドレーヌがナナシに抱えられて川を飛び越え、フリーダは空を飛ぶ。
ひとり対岸に残ったキーラは準備運動に余念がない。自力で400メートルを飛び越えようというつもりだ。失敗して川に落ちても大丈夫なように当然のごとく全裸である。服を着たまま泳ぐのは危険だからであって、決してキーラが裸族であるという訳ではない。
オークジェネラルとの戦いの後、再起不能になるかと覚悟していたキーラだったが、レジオナの怪しい、もとい特別性の湿布により劇的な回復を見た。以前よりはるかに体が軽い上、あの戦いでの過剰なまでの強化による知覚向上が今では自然と身についている感じなのだ。
実際、エルヴィーラの抜き打ちはオークジェネラルよりも早かった。しかしキーラの動体視力はその軌道をはっきりと捉える事が出来ていた。以前のキーラなら抜いた事すら気づかなかっただろう。
レジオナの怪しい湿布に全く不安が無いわけでもないが、キーラは基本的に仲間と認めた相手はわりと無条件に信頼する性質である。前より数段強くなれたのならば感謝しかない。
軽くその場で2、3回跳躍し感触を確かめたキーラは、対岸を睨み魔力による身体強化を始める。体中に力が漲ってくるのが感じられ、心拍数が上がる。
キーラは脱力を心掛けつつ、ぬるりと助走を開始した。ほんの3歩でスピードに乗ると、そのまま川岸まで加速し跳躍する。踏切時の速度は実に時速200キロメートルに達していた。強化魔法がかかっている事を考慮しても、もはや特級冒険者どころか人類の限界を超えている。
しかし悲しいかな300メートル時点で川面に接触してしまい、その後は水切りをする小石のごとく水面を跳ねながら進んで行き、対岸寸前で水中に沈んでしまう。
あわててナナシが川からすくい上げると、キーラはその腕の中で盛大に咳込み、よだれと鼻水を垂らしながら「ヴええええぇ」と奇妙な鳴き声を上げ、ぐったりとナナシの腕にもたれ込んだ。
「ちょっ、これ、これ!」
キーラの生乳の感触にナナシが慌ててモニカとレジオナにキーラを差し出そうとするも、ふたりはニヤニヤとその様子を見守るだけで手を貸そうともしない。モニカに至っては『知識の座』に録画までしている始末である。
見かねたフリーダが毛布をもってナナシに駆け寄る。
「あんたたちいい性格してるわね~。このデカいオークの方が可哀想に思えてくるんだけど」
その言葉にモニカとレジオナは顔を見合わせ答える。
「だってねえ」
「ね~。ナナシたんはもっとこうおっぱいくらいじゃ動じない立派な童貞、じゃなかった皇帝になってほしいんだにょ~。私たちの族長として!」
フリーダが同情の目でナナシを見ながら腕の中のキーラに毛布をかぶせようとしていると、マドレーヌが横から毛布を奪い地面にふわりと広げる。
「ほらほら、皇帝をからかってないでさっさと今夜の野営地決めるよ。童貞、キーラをここに転がしな」
どう考えても童貞と皇帝を言い間違えているマドレーヌの言葉に素直に従うナナシ。お菓子という絶大な権力を持つマドレーヌの群れにおける序列はナナシより高い。
ナナシがそっとキーラを毛布に横たえると、マドレーヌはコロコロとキーラを転がし簀巻きにして、お姫様抱っこの要領で再びナナシに渡す。身長197センチのキーラを軽々と横抱きにするあたり、マドレーヌの身体能力もただ者ではない。料理は体力である。
ダーヌビウス川の手前で大森林は途切れており、渡った王都側には穀倉地帯が大きく広がる。
正式な取り決めがある訳ではないが、大森林はエルフの領域とされており、森を切り開く事は禁忌とされていた。そのため開墾は主に王都側の流域へと広がる事になったのだ。
宿場町として賑わうブリュッケシュタットでわざわざ野宿をするのは、当然訳ありの者たちであり住民には歓迎されない。ナナシたちはまだ開墾が及んでいない森の方へとナナシの機動力を生かして進んで行く。
広い肩と頭の上に3人の女を乗せたナナシは体をなるべく上下させないように走る。横を飛ぶフリーダから見ればまるでふざけた修行のようだ。腕に抱えられた簀巻きのキーラなどはすやすやと寝息を立てている始末である。
一行が王都側の森の近くで適当に野営地を決めると、マドレーヌが土魔法でかまどを形成しながらナナシに指示を出す。
「荷物が無いんだから、今夜の飯は自分たちで獲ってきな。大物だと捌く時間が必要だから早めに帰って来るんだよ」
現在の時刻は午後3時を過ぎたあたり。初夏にあたる今の季節は日没までまだ5時間はある。ナナシは頭の上に乗ったままのレジオナと共にふたりで森へと入って行く。
森の中で獲物の足跡を求めて30分ほど歩きまわり、4メートルのオークが罠を仕掛けるでもなく歩いて獲物を探すとか無理なんじゃないだろうかとナナシが気付き始めた頃、ふいに後ろから声がかかる。
「ここなら邪魔も入るまい。うるさい取り巻きがいないうちに貴様を駆除してやろう」
ナナシが驚いて振り向くと、木陰から抜刀しつつエルヴィーラが現れる。ナナシの鋭敏な知覚をもってしても全く気配を感じなかった。赤外線やエネルギーの流れが見えるのは世界樹から生まれるエルフも同じ。ゆえにその隠密能力はナナシの感覚すら容易く欺いて見せたのだ。
「ナナシたん、あいつとんでもなく強いよ~、ゆだんしないでね~」
レジオナはナナシの耳元でふにゃふにゃと囁きながら素早く翻訳魔道具を外し、肩からぴょんと飛び降りると木陰へ消える。
対峙するエルヴィーラとナナシの距離は10メートルもない。ナナシはすでに自分がエルヴィーラの必殺の間合いにいる事を肌で感じ、とっさに両腕を上げてガードの態勢を取る。
次の瞬間、エルヴィーラの口から圧縮言語による『雷撃』の呪文が紡がれ、ナナシの体に電撃が迸った。
魔力を過剰供給された『雷撃』は通常の10倍の熱量を発しナナシを襲う。ナナシの内臓は2発3発と続けざまに放たれる『雷撃』により焼かれ、血液は沸騰し皮膚は炭化してゆく。
電流により神経伝達が阻害され筋肉は痙攣し魔法から逃れる事も出来ない。計10発、通常の魔法ならば100発分に相当する『雷撃』が終わる頃には、ナナシの4メートルの巨体は直立したまま完全に黒焦げになっていた。
「ふん、何が原初のオークだ。くだらん」
エルヴィーラは鼻で笑って納刀すると、背を向けて歩き出す。
「ぶぇっくしょおいいいい!」
その歩みは背後で起こった盛大なくしゃみによって止まる。振り向いたエルヴィーラの目に映ったのは、くしゃみ1発でナナシの体表から弾け飛ぶ炭の粉と股間でぶるんと揺れる凶悪な一物だった。
「なん……だと」
エルヴィーラは驚愕の表情でナナシを見つめる。ろくに抵抗もせずにあれだけの『雷撃』を受けて体表が焦げただけで済むものか。脳まで沸騰して完全に息の根が止まるはずである。
「こんな……こんな再生力はありえん! 貴様いったい何なんだ!?」
鼻の奥がまだムズムズするナナシは豪快に手鼻をかむ。煤で真っ黒な鼻水が派手な音を立てて地面へ飛び散った。
「うぇ~、頭がクラクラする~」
ナナシは目を瞬かせながらエルヴィーラを見た。確かに自分でも生きているのが不思議な感じである。オークキングとの戦いで傷を負った時には再生により傷口が塞がる感覚があったが、今回は治るというよりも再構築される感じというか、瞬時に新品と置き換えられるような感覚だった。
それはナナシには実体験がないため比較できなかったものの、神聖干渉『蘇生』に近い修復である。現世の理を超えた神域の再生力。これこそがナナシのフィジカル全振りがもたらした奇蹟の能力、『不滅の肉体』だった。
しかしエルヴィーラも2千年の経験は伊達ではない。すぐさま立ち直りナナシに抜き打ちを放つ。狙うは眼前で不快に揺れる巨大な一物。抜刀と同時に『雷撃』も放ち、倒せぬまでも回避の阻害を狙う。
ナナシは光速で飛来する『雷撃』の直撃を受けつつも、腰を引き股間を守る。いくら硬さに自信があっても刃物相手に打ち合う気はなかった。ましてや今は柔らかく揺れている状態である。
エルヴィーラは返す刀で続けざまに斬撃を放つが、ナナシは周囲の木をへし折りながら辛うじて回避する。斬撃の合間にもういちど『雷撃』を受けるものの、もはや真冬の静電気ほどの痛痒もない。
「馬鹿な……『雷撃』が全く効かなくなっているだと」
エルヴィーラが驚愕の表情でナナシから距離を取る。最初の1発は牽制のために通常威力で撃ったが、2発目は魔力を過剰供給し威力は10倍になっていたはずである。
「なんか慣れちゃったみたいで」
ナナシがエルフ語で答える。イントネーションや語尾変化を真似たなんちゃって方言ならぬなんちゃってエルフ語だったが、エルヴィーラには通じてしまった。
「下賤なオークごときが高貴なる我らが言葉を穢すなッ!」
エルヴィーラは完全にキレた。世界樹から生まれたという事実だけでも不快だというのに、エルフ語まで喋ってはまるでエルフではないか。そんなことは許されぬ。そんなことは許されぬのだ。
「切り刻んですり潰して獣の餌にしてくれるわ! クソからでも再生できるか試してやるぞ!」
エルヴィーラが圧縮言語で『氷の棺』を発動させ、ナナシの体が氷に閉じ込められる。氷漬けのナナシにエルヴィーラが迫るが、ナナシの怪力によって砕かれた氷塊が逆にエルヴィーラを襲い、その剣は防御に回さざるを得ない。
その隙に再び距離を取ったナナシの頭上の枝から、レジオナがひょいと逆さに顔を出す。
「ナナシたん、これこれ。お~に~き~り~だ~ま~す~く~」
レジオナは若干早口で名前を呼びながら、ポケットからナナシに向けて鬼切玉宿を落下させる。刃渡り2メートル、積層鍛造の紋様も美しい巨大な剣がするりとナナシの手に滑り込む。
「邪魔をするなゴミ虫めがァ!」
激高したエルヴィーラの手から『雷撃』がレジオナに迸る。
「あばばばばばばばばばば」
直撃を受けたレジオナは全身を放電で発光させながら激しく痙攣し、ヨレヨレの上着は恐るべき熱量にいとも容易く燃え上がる。
「やめろおおお!」
ナナシは無我夢中で鬼切玉宿をエルヴィーラの伸ばした腕に叩き込んだ。力任せに振り下ろされた刃はエルヴィーラの左腕を切り飛ばし地面に深く食い込む。
鬼切玉宿をその場に残し、ナナシは木から落下したレジオナに駆け寄る。ヨレヨレの服は無残に焼け落ち、電流の残滓がパチパチと体表面を走っている。ナナシがおろおろと手を差し伸べようとすると、レジオナの両目がぱっちりと見開かれた。
「うひゃひゃ、ビックリした~」
レジオナはそう言ってひょいと立ち上がると、パンパンと服の残骸をはたき落とす。白い肌には火傷の跡ひとつ見当たらない。
「うあ~サイアク。あのオバサン見境なさすぎでしょ~。この服イイ感じのヨレヨレに育てるの1年くらいかかったのに~」
そう言ってぷりぷりと怒るレジオナは、両手を広げると体の内側から服を着た。水中から水面に服が浮かび上がるかのように、レジオナの体内から肌の上に服が浮かび上がってきたのだ。
新品の『ヨレヨレな服』を身に着けたレジオナは、ナナシにウインクしながら人差し指を唇に当ててささやく。
「みんなにはナイ」
だがその言葉はナナシの背後で起こった甲高い金属音によって遮られる。エルヴィーラの斬撃がレジオナの展開していた『防御壁』と激突した音である。
「ショだよ……って、も~オバサン! ちょっとは空気読んでよ~、ホントにさ~」
レジオナが憤慨する。ナナシが振り返ると、そこには無い方の左腕で切り飛ばされた左腕を持ったエルヴィーラが血走った目でふたりを睨んでいた。
エルヴィーラの左腕があったはずの場所には、うっすらと半透明な左腕のようなものが見え隠れしている。ナナシの目にはエネルギーの塊が左腕の形としてそこに存在して見えていた。そのエネルギーの腕が、切り飛ばされた左腕を握っているのだ。
「その腕……」
ナナシの言葉にエルヴィーラが答える。
「これか? これが我らエルフの本当の体だ。ヒューマンどものような肉塊に魂が宿っただけの獣とは違う。我らは世界のエネルギーから世界樹によって集約され結実したエネルギー生命体なのだ。肉体は我らと世界のエネルギーを隔てる境界にすぎん。我らこそは、より世界の真実に近い真の人類なのだ」
「ふ~ん、真のじんるいね~。じゃあナナシたんもそうって事だよねぇ~。ヨッ真のじんるいオーカイザー! かっちょい~!」
レジオナがパチパチと手を叩いて囃し立てる。しかしナナシはそれどころではない。もはやエルヴィーラの様子が尋常ではないのだ。周囲の魔素が際限なくエルヴィーラに流れ込み、その内部でエネルギーがどんどんと濃密に凝縮されてゆく。
「そんな事は許されぬ」
エルヴィーラは昏い声でそう断言すると、切断された左腕を投げ捨ててエネルギー体の左腕を天に向かって伸ばす。体内に凝縮された魔素が魔力となり左腕から放出され、エルヴィーラの圧縮言語によって魔法として構築されてゆく。
その魔法は、防御壁で構成される内部が真空の球として、エルヴィーラの頭上1000メートルの場所に浮かび上がった。そして、注ぎ込まれる魔力によって内部に反物質を召喚し、磁場によって固定する。本来ならば上級魔術師が数十人がかりで発動させる、戦略級殲滅魔法『反物質召喚爆破』をひとりで発動させようというのである。
70年ほど前、転生者によってもたらされた理論を基に開発されたこの戦略級魔法は、爆風による殺傷半径10キロメートル、放射される熱線の効果範囲は20キロメートルに及ぶと言われている大規模殲滅魔法である。
そもそも術者自体が安全圏にいられないため、発動直後に神聖干渉『絶対防御圏』により身を守る、あるいは転移魔法で離脱するという運用も考えられたものの、結局は机上の魔法として記録されるにとどまり、現在まで使用された事はいちども無い。
エルヴィーラひとりでは周囲の魔素を総動員してもそこまでの威力は望めないが、それでも半径5キロメートルは爆風で壊滅、熱線による被害はブリュッケシュタットを完全に巻き込むだろう。
「ナナシたん、時間が無いからよく聞いて。あの馬鹿エルフを今すぐ殺すか、上空の魔法をブッ飛ばすかしないと私たちだけじゃなくて町まで吹っ飛ぶ事になる」
レジオナが真剣な顔でナナシに告げる。口調までふにゃふにゃではなくなってしまっている。
「その威力ってまさかアレ……」
「核爆弾じゃなくて反物質爆弾よ。ナナシたん筋力のパラメーターいくつにしたか覚えてる?」
「確か上限まで上げたから150だったと思うけど」
「転生恩寵は何もらった?」
「筋力プラス1」
レジオナは拳を握り腰だめでガッツポーズを取る。筋力プラス1、転生恩寵としてはゴミもゴミ、大外れの転生恩寵である。
しかしフィジカル極振りのナナシによって、それは大化けした。本来、生物のパラメーターは全て100が上限である。パラメーターが100を超えた能力値は神域と呼ばれる領域に突入し、世の理を超えた能力を発揮することができる。しかし神域にも上限が存在し、それこそが転生時のボーナスポイントをつぎ込みでもしない限り到達しえない150なのである。
そして、転生恩寵によるプラス1は神域だろうが限界だろうが純粋にプラス1される。つまり、ナナシの筋力は現在151。神の理すら超えた絶対能力となっているのだ。
「ナナシたん、敵とはいえ女を殺す事に抵抗があるなら上空の魔法をブッ飛ばして。あの距離ならジャンプで届くでしょ。できるだけ上へ向って威力を逃がすイメージで殴れば、ナナシたんの筋力ならイメージ通りに世界の方が追従するから」
ナナシは上空の魔法を仰ぎ見た。もはや猶予はなさそうだ。エルヴィーラが哄笑して告げる。
「ふははははは! もはや私を殺しても魔法は止まらんぞ。術式は完成した。反物質の召喚が終われば自動的に起爆する。愚かな獣の浅知恵でもたらされた魔法で町ごと滅びるがいい!」
ナナシはレジオナと視線をかわすと軽くうなずき、上空の魔法へと跳躍した。
「無駄だ無駄だ! もはや何をしようと無駄なのだ! 防御壁を破壊した時点で反物質が空気に触れて起爆するのだからな!」
叫び続けるエルヴィーラにレジオナがふにゃふにゃと語りかける。
「これが無駄じゃないんだにゃ~。そんなことよりさすがに私たちもムカついてるんだけど~?」
「ゴミどもがムカついたからどうした? 全てがあと数秒で消え去るというのに」
エルヴィーラの足元に転移の魔法陣が浮き上がる。しかしその魔法陣は完成することなく崩壊する。
「にがすわけないでしょ~。ごめんなさいじゃすまさないんだからね~! この馬鹿エルフ、かくごしろよ~!」
「馬鹿な! この私の術式に干渉したというのか! 貴様いったい何者ぐっ」
エルヴィーラの言葉は後ろからまわされた手によって遮られる。口と鼻を覆われたエルヴィーラは抵抗する間もなく意識を奪われ、その場に崩れ落ちた。
「あんれ~? 結構肉体にしばられてるんじゃないの~。体の性能を過信しすぎてんのかにゃ~?」
ふにゃふにゃと疑問を口にしながら、エルヴィーラの後ろからもうひとりのレジオナが現れる。その全裸のレジオナは、エルヴィーラの左腕を拾いながら新品の服を着たレジオナに問いかける。
「私たちはもう行くけどどうする~? いっしょに避難する~?」
「もう大丈夫でしょ~。ほら、ナナシたんが」
そう言って上空を見上げる服を着たレジオナ。つられて全裸のレジオナもナナシを仰ぎ見る。
そこでは、ナナシが魔法を防御壁ごと引っ掴み、全力投球で宇宙へと放り投げた所であった。第2宇宙速度を突破した魔法球は宇宙空間で防御壁が消滅し、内部の反物質が空間中のごく微量に存在する原子とゆるやかに対消滅を繰り返す。太陽に向けて投げられた反物質は爆発によって加減速しながら、やがて重力に引かれ太陽へと落下してゆくだろう。
その様はまるで宇宙を漂う線香花火のようであった。
本来ならば秒速11キロメートル以上で投げられた物体など空気抵抗により原形をとどめていられないはずであるが、絶対筋力を持つナナシの「投げた球がそのままの速度でまっすぐ飛んでいく」というイメージによって空気抵抗そのものが無視され、魔法球は失速することもなく惑星重力圏の脱出に成功したのだ。
こうしてこの世界に、神の理をも超えた新たなる奇蹟の能力『剛腕爆裂』が誕生する事となった。
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