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第一章 転生
ロジーナ姫
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大森林を横目に見ながら、王都からイーダスハイム侯爵領へ続く街道を、隊商が移動していた。
荷馬車30台、隊列500メートル超にも及ぶ一団の前後を、冒険者の護衛が守っている。装備の整った冒険者の数は、騎乗と馬車合わせて50名。商人達も魔弾式小銃で武装しているため、大規模な盗賊団や魔獣の群れにも十分対処が可能な戦力である。
その隊商の50メートル程後を、1台の豪華な馬車と2台の荷馬車、そして軽装の騎士が10騎進む。
王家の紋章の入った馬車の中では、3人の女性が談笑していた。
金髪碧眼の美女、ジルバラント王国第二王女であるロジーナ・フォン・ルートヴィヒはため息をつくと、何度となく繰り返した愚痴をまた口にしてしまう。
「それにしても兄上方の器の小ささには困ったもんじゃのう。わらわがどれほど王座に興味が無いか懇々と説明しても、全く信用せん」
向かいに座る、黒髪をシニヨンにまとめた侍女長のアヤメ・ツチグモが、黒い瞳を伏し目がちにしながら言う。
「姫様が転生時に授かった、『王の器』という恩寵に比べれば、器の大きな者などこの世に存在しないかと」
ロジーナ姫の、絹糸のような金髪をうっとりと撫でながら、長身の護衛騎士カレン・フォン・シュヴェールトが同意する。
「かわいいお顔にあふれ出るカリスマと古風な物言いがギャップ萌えでたまりませんわ~」
小柄で一見華奢な体と控えめな胸のせいで、美しさの中にも小動物的可愛さを兼ね備えたロジーナ姫は、実年齢18歳に対し、見た目ではまだ十代前半といった所である。
「ふふ、そうじゃろうそうじゃろう。のじゃロリ好きにはたまらんじゃろうとも。とはいえカレンよ、お主はちとわらわに耽溺しすぎじゃ。わらわの転生前の姿を知ったら憤死しかねんぞよ。なにせ中年のむさいおっさんじゃからの」
「うああ、やめて! やめてください姫様! 私の姫様ビジョンにむさいおっさんのイメージがチラついてしまいます!」
「それもまた、のじゃロリをやりたいがためだけに転生先を高貴で美しい女性に設定した、元おっさんを愛するための試練じゃと心得るがよい」
「ううっ、しかし心が男性ならば、私を性的に愛していただける可能性が出てWIN-WINの関係では!?」
「いやそこは性的を心の声でとどめておくべきじゃろ! そういうとこじゃぞ!」
癖のあるブルネットヘアを揺らしながら全力で頬ずりしてくるカレンを細腕で押しのけながら、ロジーナ姫が続ける。
「そもそもお主も属性盛り過ぎなのじゃ! 高身長筋肉質シックスパックで巨乳な上、バリバリ武闘派の可愛い物好きエロ女騎士とか、アピールしたい層がピンポイント過ぎるじゃろ!」
「そんな! 姫様はこういうの好きでしょう!」
「大好きじゃ!」
いつものじゃれあいを見ながら、アヤメが少し遠い目をしながら言う。
「まあ、姫様ももはやロリなどという年齢ではございませんけれど。18歳といえばもはや行き遅れ寸前。殿下の疑念を晴らしたいのであれば、早急に嫁ぎ先をお決めになるのも良い手かと」
「それよの~。政略結婚もまあロールプレイの一環と思えばやぶさかではないが、子作りがなぁ」
「姫様の子供なら産んで見せますとも! 愛で!」
「わらわとしても、此度の訪問先であるイーダスハイム候ならば、まだ年も若く、男から見ても危ういほどの美形と来ておるし、ちょっと頑張ってみようという気分が無い事も無いのじゃが」
「それとも私が孕ませましょうか! 愛で! あとなんか気合で!」
「イーダスハイム候は美形で線が細く見える上に性格も温厚故、諸侯からは侮られがちです。しかしその領地はジルバラント王国において魔王領に最も近く、国防の重要拠点である事を鑑みれば、姫様の嫁ぎ先の格としては申し分ないかと。幸い、未だ婚約者もおられぬご様子。ぜひともこの機会をご活用くださいますよう」
「ふふふ、ステータスとスキルかわいさ全振り、のじゃロリ王女の実力を存分に見せつけてくれようかの!」
「その意気でございます、姫様」
完全無視され、ロジーナ姫の髪の匂いを無心で堪能するマシーンと化したカレンを横目に、姫と侍女長の話し合いは続いてゆく。
一方、街道を整然と進む隊商の最後尾で周囲を警戒しながら馬を進めるのは、特級冒険者のマーティン。艶消しの黒いブリガンダインに、籠手と脛当て、オープンフェイスの兜の奥に光る目は、過去の冒険で左側が赤い宝石の義眼になっている。腰に佩くのは金剛鋼製の片手剣、背中に直径1メートル程の丸盾を背負い、騎馬には魔装弾式の小銃が吊るされている。
30代後半に差し掛かった彼は、冒険者からの信頼も厚く、今回の隊商全体を実質的に指揮する立場だった。
そこへ、ローブをまとった初老の男、マーティンの相棒である魔術師のフレディが馬を寄せ話しかける。
「マーティン、件のオークの群れ、出てくるとすればそろそろか?」
「先だって王都より派遣された討伐隊が、首尾よく退治してくれた事を願うよ。もしこの付近に現れるとしたら、相当厄介だからな」マーティンが答える。
「それはつまり、別働隊がいるほど規模が大きいか、討伐隊が敗北するほど強力な可能性が高いと」
「別働隊ならいいんだがな……」マーティンは渋面を作り、続ける。「討伐隊は王都冒険者ギルドの精鋭を含む、100人規模の傭兵部隊だと聞いた。特級冒険者の“鉄腕”バンゲルや“銀剣”キーラ、“鉄壁”ゲレオン、“万象”グンター、“風読み”アロイス、“残念ホルスタイン”モニカと、名だたる面々が参加しているらしい」
「ひとり残念なのがいるな」
「もしも連中が敗北するようなら、単なるオークの群れではないという事だ。魔王の側近、将軍クラスが率いている軍団の可能性もある。そんな奴らの相手は、この戦力ではとてもとても」
「しかし相手も無傷とはいくまい。負けたとしても相当数を減らしてくれているんじゃないか?」
「それを期待しよう」
その時、隊列の先頭で赤い信号弾が1発、黄の信号弾が1発撃ちあがった。隊商にざわめきが広がり、護衛の間を伝令が走る。信号弾を確認したフレディが言う。
「前方に敵50騎! 微妙な数だな!」
マーティンが、目の前の幌馬車に叫ぶ。
「こっちも来たぞ! 青3発黄1発上げろ! オーク30匹騎乗有り!」
街道横に広がる大森林から、オークの一団が現れる。隊商最後尾までの距離は約1200メートル、すべてのオークが騎乗か戦闘用馬車に乗り込んでいる。
「なんだありゃ……ただのオークじゃないぞ」
魔弾式小銃を構え、狙撃用のスコープを覗いていたマーティンがつぶやく。
オークは大型の種族とはいえ、通常種は身長180センチ~220センチ程度である。しかしそこに見えたのは、最低でも250センチを優に超え、3メートルに迫る個体も混じる巨大なオーク達だった。
さらにそのオークが、体高3メートルを超える、サイのような獣に騎乗しているのだ。
この獣はギフルといい、見た目はインドサイに酷似しているが、毒草を好んで食べ、紫色の角にその毒を蓄積している。皮膚は固く板金鎧並みの防御を誇り、10トンを超える巨体で時速60キロメートル以上の突進が可能である。
その上、このギフル達は前面に簡易な鎧を装備し、完全に軍馬ならぬ軍犀として運用されていた。
またオーク達も革鎧を金属で補強した鎧を着用しており、携える武器や盾も使い込まれてはいるが、きちんと手入れされている。
マーティンは先頭のひときわ大きなオークに照準を合わせながら、伝令の冒険者に指示を出す。
「無色3発の後に黒1発! 防御陣を敷いて対騎馬戦! 敵はオークナイト級、射程内に入りしだい射撃開始!」
信号弾の音を聞きながら、マーティンは700メートル先のオークに向け、立て続けに2発銃弾を撃ち込んだ。爆発の魔法によって撃ち出された銃弾は、オークの胴体に命中するものの、鎧の金属部分に弾かれる。
「防御強化の魔法がかかってるな。戦車組の中にオークメイジがいるか」
隊商は統率のとれた動きで停止、その周囲へ半円を描くように冒険者の布陣が始まる。前後から迫るオークとの距離はもはや500メートルもない。
布陣の時間を稼ぐように、配置についた者から順次射撃が開始され、矢弾がオークの騎犀隊に降り注ぐ。しかしそれらはギフルの鎧や皮にはじかれ、魔法により強化されたオークの盾と鎧による防御に阻まれる。たまに腕や革鎧の薄い部分に当たるものの、オークナイトの恐るべき治癒能力によってほとんど痛痒を与えない。
一部の馬車に搭載されていた手動回転式機関銃も、ばらまかれた弾では足止めにならず、一体に集中して弾を浴びせる事でかろうじて進軍を遅らせる程度である。
冒険者の中に配置された魔法使いによる精神攻撃も、それを察知した、先頭を走るオークの雄叫びによって無効化される。
「ウォークライで集団鼓舞効果を出すだと!? あのデカ物、最低でもオークキャプテン級か!」
マーティンが驚愕の声を上げる。オークキャプテンはオークの中でもキング、ジェネラルに次ぐ上位種であり、特級冒険者が複数パーティで挑むべき相手である。ましてや部隊を率いるオークキャプテンなど、通常ならば国家が軍隊を動かして対処する規模の脅威なのだ。
雄叫びは両方の部隊から起こり、キャプテンは最低でも2体いる。率いる部隊が100体に満たないとはいえ、オークメイジや騎乗しているギフルの戦闘力も考えれば、最悪の展開である「討伐隊を壊滅させる強さの集団」の可能性が高い。
このまま接敵してしまえば、ギフルの突破力の前には槍衾も効果は薄く、陣形は蹂躙されてしまうだろう。騎馬による迎撃も、体格による打撃力の差によって一方的に撃破されるだけである。
大地を揺らす進撃の轟きを前に、マーティンは覚悟を決めると、信号弾の赤を立て続けに打ち上げた。
「騎馬突撃は阻止できるとして、何人逃がせるか……早急に対処しないと国が滅びかねんぞ」
信号弾の破裂音を聞いた護衛騎士カレンは、ロジーナ姫への頬ずりから流れるような動作で籠手と兜を引っ掴み馬車の外へ飛び出すと、信号弾の色を確認した。
馬車に随伴していた騎士たちも、事前の打ち合わせ通り、防御陣形を取り始めた隊商に合流すべく馬車を誘導してゆく。
カレンは馬車を騎士たちに任せ、敵の姿を探す。ロジーナ姫の転生恩寵『王の器』の効果の一つである、『王の下に集いし者は傑物也』の成長補正により、20歳にして特級冒険者を凌ぐ実力を獲得したカレンの視力は、1000メートル離れたオークの姿をはっきりと捉えた。
先頭を走るギフルに騎乗した、ひときわ巨体のオークを見た瞬間、カレンは呪文と加護で身体強化をしつつ、護衛のリーダーであるマーティンの元へ駈け出していた。その背後で、これだけの距離をものともしないオークの雄叫びが響き、直後に赤の信号弾が数発撃ちあがる。信号の意味は「全滅の危機」だ。
「マーティン殿! あの先頭のオークを見ましたか?」
「シュヴェールト卿か。これから敵を半円陣形で受け止める。オークキャプテン相手でも死に物狂いなら5分は持つだろう。馬車を捨てて馬で姫を逃がせ。逃げ切れることを祈ってるぜ」
カレンはマーティンの表情から、彼我の絶望的な戦力差を悟る。護衛団も特級冒険者2人に上級冒険者12人、残りもすべて中級以上と、オークナイト数頭相手ならば耐えきれるかもしれないが、キャプテン率いる100頭の部隊の前では風前の灯である。
「ご武運を!」
マーティンにそう言い残すと、カレンはロジーナ姫の馬車に向け駈け出した。
次の瞬間、隊商を中心とした半径200メートルの円周上の地面に次々と魔方陣が浮かび、隊商を囲む半円状に距離600メートル、幅10メートル、深さ5メートルの空堀が出現した。同時に空堀の隊商側が5メートル隆起し、高さ5メートルの壁を形作る。
速度に乗ったギフルは、その体重もあいまって簡単には止まらない。オークナイトを背に乗せたまま次々に堀へと突っ込み、さらにその後へ戦車を引いたギフルが突っ込んで、戦車に乗ったオークウォリアーを轟音と共に壁へと激突させる。
「見事!」隆起する壁の際に陣取り、オーク騎乗部隊が壊滅してゆく様を見下ろしながらフレディが称賛の声を上げる。
「十秒砦をこの状況で構築してみせるとは、普段の訓練の成果が出たな、マーティンよ」
騎兵相手には絶大な防御力を誇る十秒砦であるが、原理自体は単なる土壁と落とし穴の応用に過ぎない。どちらも初級に分類される土魔法だが、これを大規模に展開するには、複数の術者による同時発動が必要となってくる。当然、そこで最も重要なのが練度である。
実際には構築に20秒程かかる十秒砦を、10秒で作るも1分かかるのも全て練度によって決まってくる。まして、今回のように敵が目前に迫る中、訓練通りの速度で陣地構築を行うのは並大抵の事ではない。
壁の頂点から隊商の中心に向かっては、なだらかな斜面になっている。冒険者と騎士たちは、協力して壁の頂点から堀の中へ油や火のついた松明を投げ込み、矢弾や投石でオークに追い打ちをかける。
堀の中では炎が燃え盛り、肉を焼く臭いとオーク達の叫び声が充満する。
その間に隊商は馬車を放棄し、身に着けられるだけの単価の高い品を持って、馬にまたがり逃走を開始した。イーダスハイム領まで約60キロメートル。運が良ければ何人かは逃げ切れるかもしれない。
カレンは十秒砦が構築されるのを横目で見ながら、ロジーナ姫の馬車へ駆け寄る。
ロジーナ姫とアヤメはすでに馬車から降り、2人の騎士に護衛されながら戦況を見守っていた。
「姫様、ここに留まれば死を待つばかりです。我らが時間を稼いでるうちにお逃げください」
真剣な顔でそう告げながら、頭のてっぺんの匂いを嗅いでくるカレンに、ロジーナ姫は思案顔で答える。
「いや、お主が勝てぬと判断するような敵ならば、逃げても無駄じゃろう。むしろこの場で時間を稼いだ方が、生き残りの目があると思うぞ」
アヤメがハッとした表情で聞く。
「それはもしやこの状況が『王に至る試練』であるとお考えですか!?」
「兄上からの暗殺を警戒して身を寄せた隊商で、さらに絶体絶命の状況に陥るというのは、中々出来すぎな感があるからのう。であれば、選択を間違わねば助かる可能性があるはずという事じゃ」
ロジーナ姫の転生恩寵『王の器』は、授かった者がどれほど身分の低い者であっても、王に至るための道筋を用意する。それが『王に至る試練』と呼ばれる、劇的な運命である。
試練である以上、対応を誤れば命を落とす事もある。しかしそれを乗り越えた時、様々な力や人脈、希少な物品等を手に入れ、王へと近づくことが出来るのだ。
「逃げた先でイーダスハイムからの救援が間に合う可能性は?」
カレンが身体強化で鋭敏になった嗅覚により、ロジーナ姫の頭の匂いを堪能しながら聞く。
「お主が勝てん相手に、その辺の騎士が勝てるわけがなかろう。それにお主をここで失うつもりもない。時間稼ぎの捨て駒など言語道断じゃ。となれば、おそらくここで何かが起こるはず」
「私は姫様が生きていてくれさえすればそれで本望ですけれど」
カレンがロジーナ姫を抱きしめる手に力を込める。
「お主とアヤメは今のわらわにとって最も重要な駒じゃ。みすみす失っては王になどなれまい。たとえわらわになる気がなくとも『王の器』がそれを許すとは思えん。もしもここで死ぬなら、わらわの器もそれまでという事よ」
ロジーナ姫はそう言って、なおも抱き着くカレンを押しのけると、仁王立ちして呵呵大笑する。
「わらわを誰と心得る。ジルバラント王国の至宝、のじゃロリ姫ロジーナ・フォン・ルートヴィヒなるぞ! さあ戦いの準備と来週の『姫様うきうき半生放送』用の素材録画の準備を始めよ! 見事生き残ればかつてない取れ高が期待できよう! 今から放送が楽しみじゃ! うははははははははは!」
荷馬車30台、隊列500メートル超にも及ぶ一団の前後を、冒険者の護衛が守っている。装備の整った冒険者の数は、騎乗と馬車合わせて50名。商人達も魔弾式小銃で武装しているため、大規模な盗賊団や魔獣の群れにも十分対処が可能な戦力である。
その隊商の50メートル程後を、1台の豪華な馬車と2台の荷馬車、そして軽装の騎士が10騎進む。
王家の紋章の入った馬車の中では、3人の女性が談笑していた。
金髪碧眼の美女、ジルバラント王国第二王女であるロジーナ・フォン・ルートヴィヒはため息をつくと、何度となく繰り返した愚痴をまた口にしてしまう。
「それにしても兄上方の器の小ささには困ったもんじゃのう。わらわがどれほど王座に興味が無いか懇々と説明しても、全く信用せん」
向かいに座る、黒髪をシニヨンにまとめた侍女長のアヤメ・ツチグモが、黒い瞳を伏し目がちにしながら言う。
「姫様が転生時に授かった、『王の器』という恩寵に比べれば、器の大きな者などこの世に存在しないかと」
ロジーナ姫の、絹糸のような金髪をうっとりと撫でながら、長身の護衛騎士カレン・フォン・シュヴェールトが同意する。
「かわいいお顔にあふれ出るカリスマと古風な物言いがギャップ萌えでたまりませんわ~」
小柄で一見華奢な体と控えめな胸のせいで、美しさの中にも小動物的可愛さを兼ね備えたロジーナ姫は、実年齢18歳に対し、見た目ではまだ十代前半といった所である。
「ふふ、そうじゃろうそうじゃろう。のじゃロリ好きにはたまらんじゃろうとも。とはいえカレンよ、お主はちとわらわに耽溺しすぎじゃ。わらわの転生前の姿を知ったら憤死しかねんぞよ。なにせ中年のむさいおっさんじゃからの」
「うああ、やめて! やめてください姫様! 私の姫様ビジョンにむさいおっさんのイメージがチラついてしまいます!」
「それもまた、のじゃロリをやりたいがためだけに転生先を高貴で美しい女性に設定した、元おっさんを愛するための試練じゃと心得るがよい」
「ううっ、しかし心が男性ならば、私を性的に愛していただける可能性が出てWIN-WINの関係では!?」
「いやそこは性的を心の声でとどめておくべきじゃろ! そういうとこじゃぞ!」
癖のあるブルネットヘアを揺らしながら全力で頬ずりしてくるカレンを細腕で押しのけながら、ロジーナ姫が続ける。
「そもそもお主も属性盛り過ぎなのじゃ! 高身長筋肉質シックスパックで巨乳な上、バリバリ武闘派の可愛い物好きエロ女騎士とか、アピールしたい層がピンポイント過ぎるじゃろ!」
「そんな! 姫様はこういうの好きでしょう!」
「大好きじゃ!」
いつものじゃれあいを見ながら、アヤメが少し遠い目をしながら言う。
「まあ、姫様ももはやロリなどという年齢ではございませんけれど。18歳といえばもはや行き遅れ寸前。殿下の疑念を晴らしたいのであれば、早急に嫁ぎ先をお決めになるのも良い手かと」
「それよの~。政略結婚もまあロールプレイの一環と思えばやぶさかではないが、子作りがなぁ」
「姫様の子供なら産んで見せますとも! 愛で!」
「わらわとしても、此度の訪問先であるイーダスハイム候ならば、まだ年も若く、男から見ても危ういほどの美形と来ておるし、ちょっと頑張ってみようという気分が無い事も無いのじゃが」
「それとも私が孕ませましょうか! 愛で! あとなんか気合で!」
「イーダスハイム候は美形で線が細く見える上に性格も温厚故、諸侯からは侮られがちです。しかしその領地はジルバラント王国において魔王領に最も近く、国防の重要拠点である事を鑑みれば、姫様の嫁ぎ先の格としては申し分ないかと。幸い、未だ婚約者もおられぬご様子。ぜひともこの機会をご活用くださいますよう」
「ふふふ、ステータスとスキルかわいさ全振り、のじゃロリ王女の実力を存分に見せつけてくれようかの!」
「その意気でございます、姫様」
完全無視され、ロジーナ姫の髪の匂いを無心で堪能するマシーンと化したカレンを横目に、姫と侍女長の話し合いは続いてゆく。
一方、街道を整然と進む隊商の最後尾で周囲を警戒しながら馬を進めるのは、特級冒険者のマーティン。艶消しの黒いブリガンダインに、籠手と脛当て、オープンフェイスの兜の奥に光る目は、過去の冒険で左側が赤い宝石の義眼になっている。腰に佩くのは金剛鋼製の片手剣、背中に直径1メートル程の丸盾を背負い、騎馬には魔装弾式の小銃が吊るされている。
30代後半に差し掛かった彼は、冒険者からの信頼も厚く、今回の隊商全体を実質的に指揮する立場だった。
そこへ、ローブをまとった初老の男、マーティンの相棒である魔術師のフレディが馬を寄せ話しかける。
「マーティン、件のオークの群れ、出てくるとすればそろそろか?」
「先だって王都より派遣された討伐隊が、首尾よく退治してくれた事を願うよ。もしこの付近に現れるとしたら、相当厄介だからな」マーティンが答える。
「それはつまり、別働隊がいるほど規模が大きいか、討伐隊が敗北するほど強力な可能性が高いと」
「別働隊ならいいんだがな……」マーティンは渋面を作り、続ける。「討伐隊は王都冒険者ギルドの精鋭を含む、100人規模の傭兵部隊だと聞いた。特級冒険者の“鉄腕”バンゲルや“銀剣”キーラ、“鉄壁”ゲレオン、“万象”グンター、“風読み”アロイス、“残念ホルスタイン”モニカと、名だたる面々が参加しているらしい」
「ひとり残念なのがいるな」
「もしも連中が敗北するようなら、単なるオークの群れではないという事だ。魔王の側近、将軍クラスが率いている軍団の可能性もある。そんな奴らの相手は、この戦力ではとてもとても」
「しかし相手も無傷とはいくまい。負けたとしても相当数を減らしてくれているんじゃないか?」
「それを期待しよう」
その時、隊列の先頭で赤い信号弾が1発、黄の信号弾が1発撃ちあがった。隊商にざわめきが広がり、護衛の間を伝令が走る。信号弾を確認したフレディが言う。
「前方に敵50騎! 微妙な数だな!」
マーティンが、目の前の幌馬車に叫ぶ。
「こっちも来たぞ! 青3発黄1発上げろ! オーク30匹騎乗有り!」
街道横に広がる大森林から、オークの一団が現れる。隊商最後尾までの距離は約1200メートル、すべてのオークが騎乗か戦闘用馬車に乗り込んでいる。
「なんだありゃ……ただのオークじゃないぞ」
魔弾式小銃を構え、狙撃用のスコープを覗いていたマーティンがつぶやく。
オークは大型の種族とはいえ、通常種は身長180センチ~220センチ程度である。しかしそこに見えたのは、最低でも250センチを優に超え、3メートルに迫る個体も混じる巨大なオーク達だった。
さらにそのオークが、体高3メートルを超える、サイのような獣に騎乗しているのだ。
この獣はギフルといい、見た目はインドサイに酷似しているが、毒草を好んで食べ、紫色の角にその毒を蓄積している。皮膚は固く板金鎧並みの防御を誇り、10トンを超える巨体で時速60キロメートル以上の突進が可能である。
その上、このギフル達は前面に簡易な鎧を装備し、完全に軍馬ならぬ軍犀として運用されていた。
またオーク達も革鎧を金属で補強した鎧を着用しており、携える武器や盾も使い込まれてはいるが、きちんと手入れされている。
マーティンは先頭のひときわ大きなオークに照準を合わせながら、伝令の冒険者に指示を出す。
「無色3発の後に黒1発! 防御陣を敷いて対騎馬戦! 敵はオークナイト級、射程内に入りしだい射撃開始!」
信号弾の音を聞きながら、マーティンは700メートル先のオークに向け、立て続けに2発銃弾を撃ち込んだ。爆発の魔法によって撃ち出された銃弾は、オークの胴体に命中するものの、鎧の金属部分に弾かれる。
「防御強化の魔法がかかってるな。戦車組の中にオークメイジがいるか」
隊商は統率のとれた動きで停止、その周囲へ半円を描くように冒険者の布陣が始まる。前後から迫るオークとの距離はもはや500メートルもない。
布陣の時間を稼ぐように、配置についた者から順次射撃が開始され、矢弾がオークの騎犀隊に降り注ぐ。しかしそれらはギフルの鎧や皮にはじかれ、魔法により強化されたオークの盾と鎧による防御に阻まれる。たまに腕や革鎧の薄い部分に当たるものの、オークナイトの恐るべき治癒能力によってほとんど痛痒を与えない。
一部の馬車に搭載されていた手動回転式機関銃も、ばらまかれた弾では足止めにならず、一体に集中して弾を浴びせる事でかろうじて進軍を遅らせる程度である。
冒険者の中に配置された魔法使いによる精神攻撃も、それを察知した、先頭を走るオークの雄叫びによって無効化される。
「ウォークライで集団鼓舞効果を出すだと!? あのデカ物、最低でもオークキャプテン級か!」
マーティンが驚愕の声を上げる。オークキャプテンはオークの中でもキング、ジェネラルに次ぐ上位種であり、特級冒険者が複数パーティで挑むべき相手である。ましてや部隊を率いるオークキャプテンなど、通常ならば国家が軍隊を動かして対処する規模の脅威なのだ。
雄叫びは両方の部隊から起こり、キャプテンは最低でも2体いる。率いる部隊が100体に満たないとはいえ、オークメイジや騎乗しているギフルの戦闘力も考えれば、最悪の展開である「討伐隊を壊滅させる強さの集団」の可能性が高い。
このまま接敵してしまえば、ギフルの突破力の前には槍衾も効果は薄く、陣形は蹂躙されてしまうだろう。騎馬による迎撃も、体格による打撃力の差によって一方的に撃破されるだけである。
大地を揺らす進撃の轟きを前に、マーティンは覚悟を決めると、信号弾の赤を立て続けに打ち上げた。
「騎馬突撃は阻止できるとして、何人逃がせるか……早急に対処しないと国が滅びかねんぞ」
信号弾の破裂音を聞いた護衛騎士カレンは、ロジーナ姫への頬ずりから流れるような動作で籠手と兜を引っ掴み馬車の外へ飛び出すと、信号弾の色を確認した。
馬車に随伴していた騎士たちも、事前の打ち合わせ通り、防御陣形を取り始めた隊商に合流すべく馬車を誘導してゆく。
カレンは馬車を騎士たちに任せ、敵の姿を探す。ロジーナ姫の転生恩寵『王の器』の効果の一つである、『王の下に集いし者は傑物也』の成長補正により、20歳にして特級冒険者を凌ぐ実力を獲得したカレンの視力は、1000メートル離れたオークの姿をはっきりと捉えた。
先頭を走るギフルに騎乗した、ひときわ巨体のオークを見た瞬間、カレンは呪文と加護で身体強化をしつつ、護衛のリーダーであるマーティンの元へ駈け出していた。その背後で、これだけの距離をものともしないオークの雄叫びが響き、直後に赤の信号弾が数発撃ちあがる。信号の意味は「全滅の危機」だ。
「マーティン殿! あの先頭のオークを見ましたか?」
「シュヴェールト卿か。これから敵を半円陣形で受け止める。オークキャプテン相手でも死に物狂いなら5分は持つだろう。馬車を捨てて馬で姫を逃がせ。逃げ切れることを祈ってるぜ」
カレンはマーティンの表情から、彼我の絶望的な戦力差を悟る。護衛団も特級冒険者2人に上級冒険者12人、残りもすべて中級以上と、オークナイト数頭相手ならば耐えきれるかもしれないが、キャプテン率いる100頭の部隊の前では風前の灯である。
「ご武運を!」
マーティンにそう言い残すと、カレンはロジーナ姫の馬車に向け駈け出した。
次の瞬間、隊商を中心とした半径200メートルの円周上の地面に次々と魔方陣が浮かび、隊商を囲む半円状に距離600メートル、幅10メートル、深さ5メートルの空堀が出現した。同時に空堀の隊商側が5メートル隆起し、高さ5メートルの壁を形作る。
速度に乗ったギフルは、その体重もあいまって簡単には止まらない。オークナイトを背に乗せたまま次々に堀へと突っ込み、さらにその後へ戦車を引いたギフルが突っ込んで、戦車に乗ったオークウォリアーを轟音と共に壁へと激突させる。
「見事!」隆起する壁の際に陣取り、オーク騎乗部隊が壊滅してゆく様を見下ろしながらフレディが称賛の声を上げる。
「十秒砦をこの状況で構築してみせるとは、普段の訓練の成果が出たな、マーティンよ」
騎兵相手には絶大な防御力を誇る十秒砦であるが、原理自体は単なる土壁と落とし穴の応用に過ぎない。どちらも初級に分類される土魔法だが、これを大規模に展開するには、複数の術者による同時発動が必要となってくる。当然、そこで最も重要なのが練度である。
実際には構築に20秒程かかる十秒砦を、10秒で作るも1分かかるのも全て練度によって決まってくる。まして、今回のように敵が目前に迫る中、訓練通りの速度で陣地構築を行うのは並大抵の事ではない。
壁の頂点から隊商の中心に向かっては、なだらかな斜面になっている。冒険者と騎士たちは、協力して壁の頂点から堀の中へ油や火のついた松明を投げ込み、矢弾や投石でオークに追い打ちをかける。
堀の中では炎が燃え盛り、肉を焼く臭いとオーク達の叫び声が充満する。
その間に隊商は馬車を放棄し、身に着けられるだけの単価の高い品を持って、馬にまたがり逃走を開始した。イーダスハイム領まで約60キロメートル。運が良ければ何人かは逃げ切れるかもしれない。
カレンは十秒砦が構築されるのを横目で見ながら、ロジーナ姫の馬車へ駆け寄る。
ロジーナ姫とアヤメはすでに馬車から降り、2人の騎士に護衛されながら戦況を見守っていた。
「姫様、ここに留まれば死を待つばかりです。我らが時間を稼いでるうちにお逃げください」
真剣な顔でそう告げながら、頭のてっぺんの匂いを嗅いでくるカレンに、ロジーナ姫は思案顔で答える。
「いや、お主が勝てぬと判断するような敵ならば、逃げても無駄じゃろう。むしろこの場で時間を稼いだ方が、生き残りの目があると思うぞ」
アヤメがハッとした表情で聞く。
「それはもしやこの状況が『王に至る試練』であるとお考えですか!?」
「兄上からの暗殺を警戒して身を寄せた隊商で、さらに絶体絶命の状況に陥るというのは、中々出来すぎな感があるからのう。であれば、選択を間違わねば助かる可能性があるはずという事じゃ」
ロジーナ姫の転生恩寵『王の器』は、授かった者がどれほど身分の低い者であっても、王に至るための道筋を用意する。それが『王に至る試練』と呼ばれる、劇的な運命である。
試練である以上、対応を誤れば命を落とす事もある。しかしそれを乗り越えた時、様々な力や人脈、希少な物品等を手に入れ、王へと近づくことが出来るのだ。
「逃げた先でイーダスハイムからの救援が間に合う可能性は?」
カレンが身体強化で鋭敏になった嗅覚により、ロジーナ姫の頭の匂いを堪能しながら聞く。
「お主が勝てん相手に、その辺の騎士が勝てるわけがなかろう。それにお主をここで失うつもりもない。時間稼ぎの捨て駒など言語道断じゃ。となれば、おそらくここで何かが起こるはず」
「私は姫様が生きていてくれさえすればそれで本望ですけれど」
カレンがロジーナ姫を抱きしめる手に力を込める。
「お主とアヤメは今のわらわにとって最も重要な駒じゃ。みすみす失っては王になどなれまい。たとえわらわになる気がなくとも『王の器』がそれを許すとは思えん。もしもここで死ぬなら、わらわの器もそれまでという事よ」
ロジーナ姫はそう言って、なおも抱き着くカレンを押しのけると、仁王立ちして呵呵大笑する。
「わらわを誰と心得る。ジルバラント王国の至宝、のじゃロリ姫ロジーナ・フォン・ルートヴィヒなるぞ! さあ戦いの準備と来週の『姫様うきうき半生放送』用の素材録画の準備を始めよ! 見事生き残ればかつてない取れ高が期待できよう! 今から放送が楽しみじゃ! うははははははははは!」
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