ある満月の日、俺はあいつに抱かれた

ミルクルミ

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8 奇跡

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「何があった?」
「……何が、って?」
「さっきの授業遅れて来ただろ。何をされた?」
「あ、あれは忘れ物したからで……何もされてない」
「今更、そんな嘘を見破れない間抜けだと思ってるわけじゃないよな? 何で今更あいつらを庇う?」

 ギロリと鋭い視線がサディを貫く。
 タンザナイトのような瞳が影を作り、その目に囚われそうになる前に慌ててサディは視線を逸らした。

「か、庇ったわけじゃ……」
「じゃあ何だ? 誰かを傷つける事は校則違反、規則を破ったのはあいつらなのに、何でいつもお前は黙っている?」
「それは……」

 天使は黒い感情を抱いてはいけない。
 黒い感情を抱き続けたら、悪魔に心を持っていかれる。
 なので当然、サディが受けた三人からの暴力も校則違反である。
 教師に言えば咎められるのはラック達の方だ。地力も用いたのだ、最悪停学をくらうだろう。
 それでも、サディが教師に報告しないのは――。

(お前のせいだろ)

 どうしようもない怒りを込めた視線でユージェからの視線を睨み返す。
 サディは一年生の頃から目を付けられていた。
 あんな事は日常茶飯事、いじめを受け始めた頃、報告しなかったのは面倒だと思ったのと保身のためだ。
 教師からも訝し気な視線で見られているのだ、報告はしても根本的な解決にはならないし、罰則を受けた事により逆恨みされより姑息な手段を用いてくるのは明らか、改善よりも改悪するのなら言わない方がマシである。
 だと言うのに、ユージェはサディよりも言われた事、された事に苦しみ改善を願う。
 サディに羽が生えない限り、サディへの態度が改善される事はない。
 それを知っているはずなのに、ユージェは何かある度に行動を起こそうとする、抗議しようとする。
 非難の視線を浴びるのはユージェのほうだ。誰もが黙認しているいじめをなくそうと、一人空回りしこちらが居たたまれなくなる。
 ユージェの優しさは嬉しいけれど、これは仕方のない事なのだ。
 だからサディの受ける痛みに共感して苦しまないで欲しい、された事を想像して唇を噛みしめないで欲しい。
 そうされると余計……『隠そう』という気持ちが、大きくなるのだから。

「分かった、もう良い」
「……ユージェ?」

 サディが譲る気がないと表情から読み取ったのか、まるでサディの事を見離したかのように冷たい声音でそう呟くと、顔の横についていた手を離し、首筋に置いた。そのまま屈み、鎖骨に唇を押し付けてくる。

「な、なにして……っ」
「お前にあげた、地力を補える天具を使わないのなら、強行突破だ」
「……何か、嫌な予感がするんだけど……」
「お前が心の中で、俺の事を強く思うと俺に聞こえるようにした。これなら隠せないだろ」
「なっ」

 してやったり、とにやけ顔をするユージェを、どういう事だと唖然と見つめる。

「これでお前が、俺の事をどう思っているのか分かるな?」
「…っ…ああ、そうだな。どんだけ文句を言ってるのかがバレるな」
「文句だけか?」
「当然だろ」

 内心焦っているのを隠し、バクバクと大きく鳴る心臓を抑えにやつく瞳を負けじと見つめ返す。
 すると何を思ったのか、ただでさえ近い距離をもっと縮め、おでこをコツンと合わせて来た。

「さっきから、『恥ずかしい』って聞こえてるけどな?」
「……っ!」

 奇跡は正しく発動されているらしい。
 指摘される事で必死に抑えようとしていた事をより自覚し、体に熱が籠る。
 けれどもここで目を逸らしたら負ける、と間近に迫った瞳を見つめ返すと、ふっと視線を緩められ頭に手が置かれた。

「俺の名前、絶対に呼べよ」

 そしてポンポンと叩くと、満足したのかそのまま立ち去ろうとする。
 離れようとする手に思わず伸ばし掛けた手は、何を求めていたのか。
 サディにすら分からない感情に戸惑いながらも、離れ行く背中を見送った。
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