ある満月の日、俺はあいつに抱かれた

ミルクルミ

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6 天使か否か

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「俺は天使だ。マークだってちゃんとある」
「出せないのにか?」
「でもこれは、天使であるという証拠になるだろ?」

 そう言いつつサディが指さしたのは、背中だ。ローブで覆われているその下には、白い羽のマークがある。
 それは天使の証。天使の羽を、持っている証。
 サディが持っている唯一の、自身が天使であるという印。

「それでもお前は、この学園に通う資格はないんだ。さっさとやめちまいな」

 サディの髪を鷲掴んだレックは、そのままサディを地面に投げた。それが合図だとでも言うように、サディとレックの様子を見守っていた二人が近づき、手に地力を宿しサディに放つ。

「グッ」

 地力が扱えないサディは、身を守るため地力を纏わせる事も出来ない。なのでまともに受けたそれは、放たれた場所に拳で殴られた以上の衝撃を与える。
 サディにとって、こんな事は日常茶飯事だ。
『お前は本当に天使なのか』と、『何でこんな奴がこの学園に通う事を許されているのか』と、入学当初からそんな陰口に曝され、時にこうして暴力を振るわれる。
 抵抗していたのは最初だけ、口では抵抗じみたものをするものの、それも力はなく、成すがまま今ではその行為を受け入れていた。
 だって、言われた事は全て事実だ。天使としての証拠が背中に刻まれた羽のマークしかない、そんな自分がこの学園にいる資格なんてない。
 そう思っていても、通い続けなければならない。何が何でも、卒業しなければならない。

――だって、それは約束なのだから。

「おい、何やってんだ!?」

 いつものように心を無にしその行為を受け入れていたサディの耳に、そんな声が聞こえて来た。

「フィーラ」

 ラックが割り込んできた第三者の名前を呼び、サディもその声が聞こえた先に目を向ける。
 高くもなく低くもない身長、切れ長ではあるものの常に浮かべられている穏やかな笑みが鋭い雰囲気を緩和し、空色の髪を揺らしながら近づいてきたのは、サディのクラスの委員長だ。

「またお前かよ」

 その姿を見て顔を歪めたラックは、駆け寄って来たフィーラと対峙する。

「何でいつも庇う? こんな出来損ない、早く退学してくれた方が楽だろ」
「そんな事を言うな、クラスメイトだろ?」
「どうだか。俺はこんな奴、クラスメイトだと認めたくもないね」

 射抜くように床に転がっているサディを睨みつけ、ラックはそう吐き捨てる。

「あーあ、興が冷めちまった。今日はここまでだな」

 彼が指示を出すと、他の二人も下卑た笑みのままラックの後に続いた。
 誰かが横やりを入れるとすぐに去る、それがいつものラック達だ。そしてその第三者はフィーラである事が多い。
 彼はクラス委員長としてサディを助けてくれる。常に気にかけ、サディに挨拶を投げてくるのはフィーラくらいだ。
 今も「大丈夫か?」と心配そうにサディを見やり、体を起こすのを手伝ってくれる。

「悪いな、ありがと」
「……俺こそ、悪い。また防げなかった」
「フィーラのせいじゃないって。言われた事は事実なんだし、こうして助けてくれるだけで俺は嬉しいよ」
「でも……地力を使う事、ないだろ」

 歯を軋ませ、ボロボロの肌にそっと手を添える。
 そこから漏れた光は、サディを傷つけるためのものではない。癒す光に、痛みが引いていきサディの顔から苦渋の色が消えていく。

「ありがと、助かった。もう授業始まるだろ? 俺もすぐ行くから……ちょっと教科書、取ってくるな」
「……ああ」

 周りを見渡し、それからサディの教科書が窓から投げ捨てられた事を悟ったらしいフィーラは、地力を用いて教科書を浮かび上がらせた。
 手に戻って来たそれに再び礼を言ったサディは、一緒に行こうとするフィーラを先に行かせ、「ふう」とため息を漏らす。

「俺は、天使だ」

 自身に言い聞かせるようにそう零すと、フィーラの姿が見えなくなったあたりで足を動かす。
 背中のマークに力を入れ、そこから羽が具現化するのをイメージする。
 誰もが幼少の頃より当たり前に出来ている事をやり、全く反応のないそれにまた出来なかったと悔やみ、ギリリと歯を噛みしめる。
 一体、いつになったら出てきてくれるのだろうか。
 羽が生えたなら、最低でも天使なのかと詰られはしないだろう。血筋から色々と言われることは変わらないが、少なくとも疑われる事はないはずだ。
 けれども羽が出てくる気配は、全くなくて。
 サディはため息を吐きながら、次の授業へと向かった。
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