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学校生活編1
学校生活編1・エピローグ(上)
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「柊さん、ごめんなさい!」
朝のホームルームの予鈴十分前。
大体のクラスメイトが揃っている教室内で、河野橋さんは頭を下げていた。
雑談に花を咲かせていた生徒たちも、突然の出来事に目を丸くしている。
女子の半数くらいは、口をポカンと開けているくらいだ。
ただ、残りの半数の更に半数の女子と数名の男子だけは、『涼香は何をやっているの!?』といった趣旨の応酬をしていた。
驚きと戸惑いの空気が強い二年生の教室。
居合わせている生徒の中でも一際驚きも戸惑いも大きかったであろう、当事者のひーちゃんは、無表情ながらにも汗をタラリと流している。
表情変化に乏しいのがひーちゃん、柊陽彩さんの特徴だが、代わりにそれ以外の部分で感情が分かりやすく、今も視線を私と河野橋さんを行ったり来たりで、混乱が非常に強く伝わってきた。
河野橋さんは彼女の反応をある程度予測していたので、頭をゆっくり上げると、次の台詞に取り掛かろうとしている。きちんと目の前の瞳に視線を当てる辺り流石だ。
『うっ……』と思わず目をそらしそうになったひーちゃんであるが、辛うじて思い直したのか、二人の視線は真っすぐに向かい合う。
柊さんなりの意地なのか、単なる礼儀かは分からなかったけど、相手の気持ちを窺い知るには瞳を重ねるのが最も適当な形と言えるので、これで河野橋さんの気持ちも少しは伝わるかもしれない。
その河野橋さんは、これ以上ないくらいに申し訳ない顔を浮かべ、暗い表情に真剣さを乗せているところだった。
カースト上位というのは謝罪の時でも完璧を目指すものなのか……。
少しだけ感心してしまった私の横で、彼女は続きの言葉を述べた。
「あなたを避けるような空気を作っていたのは私なの。……許して欲しいなんて図々しいことは言えないし……私の自己満足であることは理解しています。でも……どうか私に謝らせてください!」
彼女はもう一度「ごめんなさい」と繰り返して、先ほどよりも更に深く頭を下げる。
謝罪の形としては申し分なく、誰が見ても自分の非を認めて心の底から謝っているように見えるだろう。
だけど。
無表情で『なにこれ?』みたいな色をひーちゃんが浮かべてしまうのは、仕方のないことだった。
昨日まで居ない人扱いをされていたのに、今日になったら突然、それを行っていた代表格みたいな人に謝られている──これが、彼女から見た素直な現状の姿に違いない。
何らかの感情が浮かぶよりも先に、『なにこれ?』と私でも同じ立場なら思ってしまう。
その辺のことは私も想定していたので、事前に『どうするの?』と河野橋さんに訊ねてあった。
細々としたやり取りはあったが、結局は、根気よく行っていくという答えだったのが中々に印象深い。
自らの返答を証明するかのように、
「言い訳にもならない本当に身勝手な理由になるのだけど……最初の頃、柊さんと話していた時期に、私のちょっとした言葉にも柊さんに同意してもらえなくて……別の子にも『それは違うんじゃない?』みたいな返答しているのを何回か耳にしてしまったの。……私はそれに凄くイライラしていて、自分でも抑えが効かなかった。……それで気付けば、気持ちの発散のように、柊さんを……避けるような態度を取り続けていて……皆にもいつの間にかそれが広まっていて……。──こんな仕様もないことが、柊さんを苦しめていた理由です。……ごめんなさい。これしか言葉が浮かばないことも合わせて、本当に……ごめんなさい……」
涙は流していないが、泣き声に似た声で彼女は告げ切る。
クラスのいたる所で空気がざわついていた。
教室の暗黙の了解だったことが、今はっきりと河野橋さんの口から述べられてしまったのだから当然の反応だろう。
そして、ひーちゃんを避けていた人たちにとっては、とても痛い我が事であることも事実で……露骨にこちらへ向けられていた視線が激減したのを感じる。
……この段階で、河野橋さんの思惑自体は、成功したと言っても良いのかもしれない。
彼女の目的は、"ひーちゃんに謝ること"と"今後柊さんがクラスで居ない者扱いされないようにすること"。
計画した手段として、カースト最上位がひーちゃんに頭を下げ、そのポーズをクラス中の人間に目撃させる。
河野橋さんのクラスでのポジションを踏まえると、目的の両立にはこの手段がベストだと結論づけていた。
事実、手段を実行後の現状の雰囲気だけでも、後者は改善に向かっていくことは予測される。
前者も『謝る』と言う行為自体は既に満たされていた。
これで万事目的が果たされたと言いたいところだが、全然そう言うわけじゃなくて。
後は、ひーちゃんがどう思い、どう対応するかに前者の全ては掛かっていた。
そう、河野橋さんの謝罪の成否は彼女に委ねられている。
『謝る』と言うことは一方的であればただの自己満足で、相手に受け入れてもらって初めて謝罪は成るのだから。
そんなわけで、手番は必然的にひーちゃんへと移る。
ひーちゃんは、無表情に深く深呼吸していた。
汗も流れ続けているし、顔色もあまり良くない。
だけど、その場しのぎでやり過ごしたり、逃げる素振りも見せることなく、私の友達は、自身の気持ちを正直に吐き出していった。
「……最初謝られている意味がよく分からなかったよ。でも、さっき言われたことで、私が今クラスで置かれている状況のことだとようやく理解できた感じなんだよね。……これはさ、結局、あたしの自業自得だと思うのさ。空気を読むことってすっごく大事で、特に女子だと意見を求められているようでもまずは同意しないといけないって、そんな暗黙の了解があるって、昔から分かっていたはずなのにね……。でも、分かっていてもあたしは上手く出来なかった……。だからさ、無視されたきっかけに関しては……うん、全面的にあたしが悪い。ずっと前から自分の中で出ていた答えではあったんだよ……」
ひーちゃんがたくさんの気持ちを抱えていることは、友達になった時から知っている。
今の連ねた言葉さえもそのほんの一部になるかどうかの欠片に過ぎないのだろう。
それでも、そうであったとしても、目の前の事実として、彼女の顔は少しだけスッキリしていた。
相変わらずの無表情だけどそれだけはよく分かった。
「柊さんがそう言ってくれても私がしたことは──!」
互いに自分が悪いと結論付けていたので、河野橋さんは当然反論しようとした。
でも、反論者の言葉が完成する前に、ひーちゃんは声を平常に変えて、
「だね。きっかけとしては普段のあたしが悪かったけど、無視し続けてきたことや、別の人たちから色々されたことに関しては──やっぱりそっちが悪いよ。でもさ、さっきしっかり謝ってくれたからあたしは、うん! もう許した!」
そして、続くひーちゃんの台詞に、私が彼女に何となく惹かれていた理由を理解する。
「……でもね、『はい、これで全部がチャラです。今日から私たちお友達になりましょう!』……なんて展開には絶対にならないから。自業自得であっても、ほら、やっぱり傷つくところはあったし……そっちはそっちで無視していて少なからず楽しかったって気持ちもあるでしょう? ……ね? 否定できないでしょ? だから、ここから先の部分って時間とかそういうものが解決していく部分になっていくって思うんよね。で、とりあえずだけど、あたしは河野橋さんに謝って貰えたことに間違いなく満足している。……それで今は十分じゃないかな? お互いに、さ」
恨み言では決してない。
だけど、有耶無耶にもしないという厳しい……ではないな、現実的な考えによる妥協点がひーちゃんから示される。
河野橋さんも言われていることが十二分に分かっていたのだろう。
「……うん、ありがとう柊さん。……これは、私が言えた台詞ではないと思うけど、何かあったらすぐ言って。私に出来ることがもしかしたらあるかもしれないから」
「……本当に言えた台詞じゃないね。それでさ、そんな風に言ってしまうのがあたしの悪いところ。……でも、分かったよ。その時は頼りにしているから」
河野橋さんは笑顔を浮かべて、ひーちゃんへの返答とした。
──これが河野橋涼香さんと柊陽彩さんの仲直り……とは少し違う妥協点の顛末。
漫画とかだと親友同士になるようなシチュエーションだったけど、生身の人間はそうなると限らない。個人的には、これで良い、これが良いと私は感じていた。
これから先のことはひーちゃんが言ったように、時間が経っていかなければ何ともならない部分なので、二人の現状が今における最適解だったのだろうから。
二人が形式上は仲直りを果たしたところで、予鈴は鳴り、緊張感漂っていた教室内には通常の空気が戻ってくる。
未だにざわついている箇所もあるにはあるが、クラスの顔である河野橋さんが笑顔で会話を終えたので何かを言ってくる愚か者は居なかった。
大抵の生徒は気にしないフリをして、いつも通りの朝のホームルーム直前の行動を取っている。
一時間目の準備をするもの、学級日誌を仕舞う者、昨日のテレビの話をする者、ただ黙って担任教師が来るのを待っている者。様々ではあるが、一様に河野橋さんとひーちゃんの会話で止めていた十分の時間を補うような早送り感があった。
暫くは色々とぎこちない教室となるだろうが、それも束の間の話でそう遠くない時に収束は迎えられるだろう。
「ライラっちさぁ? 後で詳しい話とかしてくれるんだよね?」
綺麗に自身の中でまとめかけたところで、座していた友達に訊ねられてしまう。
私は彼女の目前に相変わらず立っているわけで、逃げられるわけもなく観念して、自席に座りながら、
「……うぃっす。まぁ、そうだよね……はい、後でしっかり説明します」
「……本当お人好しさんだよね~ライラっちもさ」
ひーちゃんとの短い会話はそれで終了してしまった。
何やら最後で勘違いをされたようで、彼女は満足げにしているが……せめて心の中だけでも否定しておこうかな。
……そうなのである。今回の河野橋さんの謝罪の件は、私の差し金では決してなかった。
実のところを言うと──
「ライラさん、どうでしたか? 後で、二人きりの時に是非教えてくださいね♪」
この場から去って行ったはずの河野橋さんがわざわざ戻って来て、それは私の耳元でささやかれる。
……語尾に音符かハートマークが付いているようなネットリ感だったけど、多分気のせいじゃないと思う。
今度は本当に自分の席へと戻って行く彼女。
まるで人の変わったような態度を垣間見せるのは、どうやら私にだけらしい。
後ろの席で河野橋さんがハテナマークを浮かべている気配があったけど、あえて気付かないフリをする。
ああ……
本当にどうしてこうなった……!
昨日から私は、"そのこと"についてずっと頭を抱えていたのである。
──事の発端は昨日の結界内、カムイ様から告げられた『罪人ライク=私』の説明部分まで遡る。
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