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チュートリアル編(過去)
第二十二話『話し合い』
しおりを挟む「まぁ、本人が嬢ちゃんのことをライラって認めているならそれで良いんじゃねぇか? 面倒もないだろ?」
「そう、ですね」
オヤジさんの言う通りではある。
私自身もミナが笑ってくれるならそれで良いと思っていた。
「それより話を戻しましょう。あなたがこうして自身の秘密を打ち明けてくれたのです。余程のことがこれから起こってしまう、そうですね?」
聴きに回っていたカムイ様が久方ぶりに口を開き、一番の本題を斬り込んでくる。
澄んだ青緑の瞳にはある種の確信が灯っていた。
「……はい。先ほども申し上げましたが、多分私は何回か同じ時間を繰り返しています。そのいずれの周回においても、自分がループしている自覚はなくて……いえ、仮にあったとしてもデジャブ程度だったのだと思います」
一息つき、思考をなるべくまとめる。
口を開くと、これまで内に秘めていたものが一気に吐き出されていった。
「何故今回に限って不完全であっても覚えているのかは分かりません。ですが、私はこれをまたとない機会だと捉えました。……毎回ミナとカムイ様がこちらの世界に現れたところからライラとしての私は始まって……終わりは、その……ミナが……絶望したような顔で、こちらを見ていた……そんな気がします。……本音を言ってしまえば、後者に関しては記憶として全く覚えていません。……でも、心が言っているんです。私は確かにその悲惨な表情を見てしまった、と。あんな光景をもう二度と繰り返さないように、何としてでも回避しなさいって……心のどこかが訴えていました。……確証はありません。妄想かもしれません。私の勘違いかもしれません。あまりにも曖昧が過ぎるのも、もちろん理解しています。けれど……だけど! 私は自分の心に突き動かされて今、こうして皆さんの前で話しています。自分自身が心に刻んだ誓いを必ず果たす、そのために。それが前の私たちとの約束なんです……。……ご、ごめんなさい……支離滅裂なことばかり言っていますよね。自覚はあります……」
この長台詞は胸に抱えていたものの表現だった。
そして、自分の言葉のあまりの現実味のなさに血の気が引く。
妄言でさえもっとマシなことを言えていただろうに……。
でも、私の幼稚な発言に、カムイ様は優しい声をかけてくださった。
「違いますよ、ライラ。それともコトコとお呼びすれば良いのでしょうか?」
「ら、ライラで大丈夫です……」
自滅して心にダメージを負った私は、何も考えずに返答していた。
少ししおらしい自分に我ながらこんなキャラじゃないのに……と思いながらも、一瞬の琴子呼びでドキドキが止まらなくなる。
同時にそんな浮かれた自分に自己嫌悪した。
一人勝手にシュンとする。
「では、ライラ。先ほども述べましたが、今と前のライラでは印象がまるで違っています。これでも人の顔色を覗うのは得意なのです。その僕の目が言っています、あなたに偽りはないと。増してや、ライラの真っすぐで真摯な態度を見ていれば、それだけで信じるに足る人だと判断が出来ますよ」
「兄さまは相変わらずだねぇ……。オレは正直現時点じゃ真偽の判断までは出来ちゃいねぇさ。だがな、結局のところ、どちらでも良いんだよ。嬢ちゃんが言っているような事態が起こるとすれば対策を講じるのは当たり前だろうし、実は嘘だったとしても、そこで無駄になるのは何だ? 精々対策に使った時間くらいだろう? 後で笑い話になるんだったらプラマイゼロ、むしろプラスになる。ほら、無駄はねぇ。これが合理的な考えってやつだな」
「お、お姉様がわたくしのことを案じてくださっている!? その事実だけでわたくし……わたくし!!」
三者三様に言葉が続く。
そこに共通していたのは私を信じてくれていること。
どこまでも雲を掴むような話しかしていないのに……皆の懐の深さを改めて知る。私は無言で頭を下げていた。
口を開くと情けない声しか出そうにない。
ポンと私の頭に何かが乗せられた。
女性とは違う大きな手である。
「よしよし……辛かったな、嬢ちゃん」
軽く、本当に軽くオヤジさんが私の頭を撫でてくれた。
あまりにも反則的な優しさを思いがけず掛けられて……私の瞳は急速に潤んでしまう。
ズルいです……オヤジさん……そういうのはほんとズルいです……。
「おっとっと。あー……話を戻すが──おいミナ! 親の仇を見るような目でこっちを見んな! ……ともかくだ、ミナがこの世の終わりだって顔をするんだったら、やっぱよぅ嬢ちゃんの身に何かがあったんだろうよ。それがループの引き金になったとか如何にもSFでよくありそうな話じゃねぇか?」
「僕もその仮定がまず浮かびましたね。先入観を持って断定するのは危険ですが、ミナの性格を考えるのであれば正解に近い推論の一つになってくれると思います。ミナ、当事者となっているあなた自身はどう考えますか?」
「……そうですわね、カムイ様のおっしゃる通りわたくしが絶望するのはお姉様に関わることしか考えられませんわね。むしろそれしかありえませんわ!」
ふぅ……やっと心が落ち着いてきた。
私が涙を引っ込めている間に三人での話し合いは進んでいるようだった。
聞こえてきた感じだと大体意見は一致している感じなのかな?
私自身もミナがあんな表情をする状況なんてライラ絡みしかないと思う。
こちらのミナと接してしまえば行き着く結論など皆一緒なんだろう。
ファンタジー組の声を聞いていただけで、現金にも私の気持ちはすっかり晴れ渡っていた。
「どうやらライラも同じ結論だったようですね。そうなりますと、論点はミナがそこまでの表情を浮かべてしまう事態とは何か、また、それを回避するためにどのような対策が必要なのか、この二点に大まかに絞られるでしょう」
「付け加えるとしたら、嬢ちゃんが記憶を失ってしまった理由もな。ループっつう異常事態に巻き込まれちまっている以上、記憶なんて曖昧になって当然かもしれねぇが、心因的ショックも原因になりかねねぇからな」
心因的ショック、心的外傷とか確かにありえそうな感じもする。
何だか凄いショックな目に遭ったことだけは確かだったから。
「お姉様がわたくしのせいで大きな衝撃を受けて仕舞われた……!? ──わたくし決めましたわ! わたくしがお姉様をお守りいたしますの! そうすれば全て解決ですのよ!」
ありがたいけど、それはそれで何か違うような……?
「……この娘っ子、実は何も考えていなかったりするんじゃねぇのか?」
「失礼ですわね! ……ところであなた誰ですの?」
「今更かよ!? ハイドだよ、ハイド! アケノカムイの弟の!」
何となくそのやり取りに覚えがある気がする。
「ハイドの事情は落ち着いてから説明してもらうことにして……ライラのお話からの推測になりますが、おそらくその時のミナはライラを助けることが出来なかったのだと判断します。呆然自失の表情でライラを見つめてしまう状況など、ミナの性質を考えればあまりにも不本意な結果でしょう。彼女なら真っ先にライラのために動いていたことは想像に容易いと思います」
「……カムイ様のおっしゃる通りですわね」
「具体的な証拠は何もねぇが、その線だけは何だか断言出来ちまう気がするな。姉大好きっ子が手をこまねくような状況となると……事故か自然災害のどっちかが起きちまったのか?」
「知識共有魔法だけではこの世界について把握しきれていませんが、日本で起こる不測の事態とはその二点に絞れるものなのですか?」
「治安の良い国だからな……大体どっちかしか起きねえよ。通り魔とかもありえないわけじゃないが、素人相手にミナが後れを取るとは思えねぇ。……だったよな、確か?」
「あら、よくご存じですわね?」
「今の今まですっかり忘れていたけどな!」
忘れがちになるけどミナはツミビトライクの黒幕、ラスボスなのである。
天賦の才に加えて、武芸と護身術の心得が彼女にはあった。
得物と状況にもよるが、作中最高戦力である主人公サヤをも凌駕する戦闘能力を割と頻繁に発揮している。
……得物……武器、か……。
「ねぇ、ミナ? あのネックレスって今持っているんだよね?」
「こちらですの? お姉さまから頂いた大切なご家宝ですのもの、もちろん肌身離さず身に着けておりますわ!」
くすんだ銀色のシンプルなデザインのネックレストップが、ミナの豊満な胸元から取り出される。
サヤの赤の魔道具に比類する力を持つ強力無比の魔道具であった。
「うん? お姉様から頂いたって、ミナのお母さんから貰ったわけではないんだ?」
ツミビだとリルレイラート婦人からネックレスは受け継がれていたはずだ。
……まぁ、ループしている今となってはその程度の差異は気にするまでもないことなんだけど。
「もう、お姉様お忘れになられましたの? こちらはお姉様がお母さまから頂戴したお品ですのよ? ……ですが、わたくしの身に危険が迫ったあの日、お姉様がお守りとしてわたくしに譲ってくれましたでしょう? それ以来お姉様の分身だと思って大切に、何よりも大切にしておりますのよ」
熱のこもった視線が灰色のネックレスに向けられて、私の背筋がブルりと震える。
やっぱりヤンデレ気質だよこの子!?
「リルレイラート家に古くから伝わる魔灰の首飾りですか……」
カムイ様がミナのネックレスを見て感慨深げに呟く。
国主の息子さんなのでこれが如何に強力な魔道具であるかを知っているからなのだろう。
「はいですの! ……でも残念ですのよ。わたくしもお姉様も適性がなかったのですもの。リルレイラートに伝わる伝承では伝説のドラゴンですら打ち滅ぼせる力を秘めているとのことでしたのに……。本当に残念ですわ」
あっさりと見せてくれたから何となく察していたけど、こっちのミナは魔灰の力を使えないっぽいのか……。
いや、あれを使うとラスボス確定になるからそれで良いんだけど、物凄く強力な魔道具であることも確かなわけで……この先何かが起こった場合の保険に使えるかもって少しだけ思っていたんだよね。
……ううん。使えないってことはミナの心が満たされているってことだもの。それで良いんだよ、きっと。
「伝承話はひとまず置いておくとしてよ、今後の方針はどうする? ……いや、その前にいい加減のどが渇いてきやがったな。いったん飲み物でも飲んで頭の中を整理する時間でも作っておくか」
オヤジさんの鶴の一声で、話し合いの場は一旦解散となる。
その後にオヤジさんが淹れてくれた紅茶と、フルーツタルトはさわやかな味は、心の奥まで染み渡り、緊張した身体の疲れを癒してくれるのだった。
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