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チュートリアル編(過去)
第二十話『乙女ゲームプレイヤー』
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「ライラ!? 何があったのですかミナ……ミナ!」
「なるほどな、結界さえ突破してこうして唐突に現れるわけかい。……兄さまや、緊急時だから要点だけ伝えるぞ。ライラが嘔吐して意識を失いやがった。医者に診てもらわねぇとマズいかもしれねぇ。ついでにこの通りミナが錯乱してライラから離れようとしやがらねぇ」
「おねえさま……おねえさま……」
「正気を失っている、と言うことですか。……分かりました、あなたの言葉に今は倣いましょう。ですが、この程度であれば僕の魔法で──」
「駄目さ。世界の理を理解していねえ今の兄さまじゃ不発に終わるだけだ。……だが、浄化の水か。試してみる価値はありそうだが……今のオレでも果たしていけるか? いや、救急に頼るのが本来なら一番なんだろうが……そもそもこれはこの世界起因の症状なのか……?」
「……確かに魔法が構築されませんね。──ハイド、あなたは魔法の発動が可能なのですか? いえ、僕たち以外に人の気配がないのはあなたが結界を張っている影響ですね?」
「ああ、目立っちまうから一応な。だが、使えるって言っても昔から変わらず知識共有と結界以外はからっきしさ。……なぁ、兄さま。例えばオレが浄化の水の術式を組むとして、発動した魔法を別の奴に託すことは可能だと思うか?」
「可能です。幼い頃の遊びの範疇ではありましたが、二人で実現させたことを覚えていませんか?」
「……そういやそうだったかもな。ったく、ほんと兄さまくらいだぜ? 変わり果てちまったオレからロクな説明もなく、ここまで話が通じる変人なんてよ」
「誉め言葉として受け取っておきましょう。時間がないのでしょう? 僕を頼ってください、ハイド」
「ほんと頼もしい兄さまなことで。──やるぞ、兄さま」
「はい。二人でライラとミナを救いましょう」
*****
──回線が繋がる。
「ここ、は……?」
「お姉様! 目を、目を覚まされたのですのね!?」
視界いっぱいに、喜びと涙を湛えた少女の姿。
「ミナ……?」
「はいですの! お姉様のミナですのよ!」
涙が後ろに流れ、少女の顔には歓喜だけが浮かぶ。
「うん、この台詞の重さは確かにミナだね……」
「良かったぁー、良かったですの!!」
ヒシッとミナが抱き着いてくる。
幸いにもベッドの上に横たわっていた私なので、衝撃のほとんどは布と綿が吸収してくれた。
でも相応程度には重いよ、ミナ!
あと、どれだけの力で抱き着いているのこの子!?
「ミ、ミナ……く、苦しい……!」
「だってだって! わたくしぃ!」
悪役令嬢の姉、妹によってトドメを刺されそうになる。
原作ツミビでならありえそうなエピソードだなぁって他人事のように思ってしまった。
「おい、ミナ。病人に無茶をさせるんじゃねぇよ。また意識を失ったらどうするつもりだ?」
「はっ!? ですの!」
バッとミナが私から離れていく。
ああ……空気ってこんなにも美味しかったのね。
スーハーと私は深呼吸した。
あ、何故か私ダボダボのワイシャツを着ている?
「ライラ。お身体の調子はいかがですか?」
「ふえっ!? か、カムイ様! あれ、いつの間に? というか普通にオヤジさんも居たし!」
「おう、オヤジだ」
枕元にツミビトライクの主要人物が三人も揃っていた。
まるで学校を休んだ私のお見舞いで彼らが放課後訪ねてくれたような図式である。
こんなにも幸せな光景があるなんて誰が予想していただろう──っと、いかんいかん。また私は"混線"してしまうところだった。
「ライラが倒れたその直後にちょうど僕はやって来たようなのです。……ところで、ライラとハイドはこちらでも面識があったのですか? 何やら知己に見受けられましたが」
ギクッ!
何も考えずにオヤジさんのことを呼んじゃっていたよね、私?
上手く説明出来るはずはないのだから黙っていれば良かったかも──
ううん、違う。それで良かったんだ。
再度引っ張られそうになったので、私は自分に言い聞かせる。
このままじゃ"前回"の二の舞にしかならないんだよ、私?
変化に……違和感に、もっと疑問を持つの。
切り替えるんだよ。頭を切り替えなさい、私!
あまりにも簡易な自己暗示だけど、今の私には特効扱いで頭の中がスーッと整理されていく。
目的を思い出し、告げようとしていた言葉を”今回用"に差し替えた。
気を抜けば前回のように意識を持っていかれるだろうから、意志は強く持ち続けることを心がける。
「あの! 信じられない話かもしれませんが……わ、私はオヤジさんのことを以前から知っていました!」
三人の目を順番に見て、私は告げる。
緊張感はもちろん強かったがそれでも言葉には出来た。
あまり認めたくなかったが黒歴史のおかげである。
私がミナになりツミビトライクを再構成していく妄想の中では、いつも自身の正体バレを冒頭に持ってきていた。
クライマックス辺りで明かすのが物語としてはセオリーなのだろうが、長期間に渡り隠し事が出来るほど器用な性格ではなかったので自然な流れと言えば自然な流れだろう。
致命的なタイミングでポロッと秘密を洩らしてしまう可能性を考えれば、最初から明かしたほうが何万倍もマシなのである。
数えきれない数の妄想と共に、私は人生の三分の一を歩んできた。
その経験は過度の予行練習となって、今初めて活きている。
カムイ様を目の前にしても比較的スラスラだった私の口がその証拠。
「ほぅ……。ってことは、嬢ちゃんもオレと同じく、今よりも前の時間にこの世界へと飛ばされてきた口ってわけかい?」
オヤジさんは疑うとかそういう無駄なやり取りを一切省いて、単刀直入に訊ねてくる。
きっと頭の回転が凄く良いのだろう。本当に助かる。
実を言うと切羽詰まっている現状のため、話が早いのは大歓迎だし、私の持っている情報を彼らに明かす覚悟もすでに出来ていた。
ここからが話の本題のスタートだ。
「いえ、少し違います。私がライラとしてこの世界……多分正確には、"今回"ここに来たのはこれが初めてになると思います。……ええと、上手く説明は出来ないんですが……乙女ゲームというもので、オヤジさんもカムイ様も、ミナのことも知ったんです」
口はそれなりに回ったが、上手い説明が出来ていないことは自覚していた。
証明するように目の前の二人は疑問の声を発している。
「オトメ・ゲーム、ですか?」
「お姉様、もしかしてまだ記憶の混乱が……? わたくしもカムイ様も生まれた時からお姉様とご一緒でしたのよ?」
カムイ様は耳慣れない言葉を、ミナは私の記憶の混濁を疑っているようだった。
当然の反応だと思う。
私だってこんな意味不明なことを言われたらまずはその人の正気を疑うに違いない。
しかし、予想もしていなかった人から援護が飛んでくる。
「乙女ゲームってあれか? ギャルゲーの女版みたいなやつ。詳しくはねぇが確かそんな感じのやつだったよな?」
「……は、博識ですねオヤジさん……。えと、大体そんな感じの認識で合っていますよ。あとギャルゲー知っているんですね……」
まさかオヤジさんが乙女ゲーについて多少なりとも知っている可能性は考えていなかった。
というかこの世界にも乙女ゲーがあるってことは、もしかして元々の私の戸籍も存在している可能性が……?
頭を振る。脇に逸れそうだった思考を元に戻した。
今必要なのはそんなことじゃなくて、
「オヤジさん。申し訳ないのですが、皆に知識共有魔法をかけてもらえますか?」
「わたくしを呼びましたか!? お姉様!」
「ミナじゃなくて皆だから! あと、心配してくれるのはありがたいけど、私は大丈夫だからね?」
「はいですの!」
カラッと良い笑顔を浮かべてくれるのは良いのだが、本当に分かってくれたのかな、この子?
返事が妙に良くて逆に心配だ。
……ツミビトライクをプレイしていた時には絶対に抱かなかった感想に、頬が少しだけ緩むのが分かる。
「……そういや色々あって忘れていたな。はいよ、──"コード・クラウド"」
カムイ様とミナにツミビ最重要魔法が掛けられた。ついでに私にも。
これで私の話している内容を多少は理解してもらえる可能性が高まった……はず。
こういう時すぐに欲しい答えを与えてくれるのがカムイ様で、
「……乙女ゲーム……プレイヤーが物語を変化させることの出来る映像媒体の一種、ですか……」
と知識共有魔法の効果を十二分に活用していた。
「あくまでもオレがそう捉えているだけで間違っている可能性もあるがな」
知識共有魔法は使用者であるオヤジさんに依存していることもあり、稀に間違った知識もあるらしいが、少なくともツミビ本編中でそう言った場面はなかったと思う。
さっきの知識も大分概要的だったけど間違っていなかったし。
「お姉様、ヒロインは全員妹であるべきではなくて!」
またこの子は知識共有魔法を変な感じに使って、もう……。
ミナ、それは乙女ゲーというより百合ゲーだからね?
妹にある種の片鱗を見た感じもするが、緩んだ表情を引き締めて私は事情の説明を再開した。
「私の本当の名前は琴子と言います。多分この世界か似たような世界の出身です。乙女ゲームをプレイしていて気が付くと、私はここに居て……理由は分からないのですが、こうしてライラになっていました」
「……ライラに琴子ときたか。こいつは皮肉が効いているねぇ」
オヤジさんが言いたいのは琴座=ライラという関係だろう。
あと今気付いたけど、どちらの名前も上から読んでも下から読んでも同じに読めるという共通点もあった。
「オヤジさんのおっしゃるように、もしかしたら琴座関係でライラになってしまった可能性はあるかもしれません。でも、とにかく今理解してもらいたいのは、私が本当のライラじゃないってことなんです。容姿とかは完全に元の私ですし、服もチェーン店のアレを着ていましたので、琴子がそのままここに来てしまった可能性は高いかと」
ここまで説明は拙いながらも、我ながら上手く出来たような気がする。
ただ、予行練習だった妄想との決定的な違いは、私がミナ役でなかったこと。
目の前にミナ本人が居るために、想定外が生じていた。
「お姉、様……? な、何をおっしゃって……何をおっしゃっているのです!? 意味が分かりませんの!!」
この反応……ミナも本当は理解しているのだろう。
ツミビの登場人物たちは皆、頭の回転が早い。
それは悪役令嬢であるミナにも該当し、必要以上に物事を理解してしまうのがファンタジー組の特徴でもあった。
だから、本当のライラを奪ってしまっただろう私は罪人であり……ミナに対して謝罪をするのが私の努めなのである。
そこに偶発とか故意とかは関係ない。
ライラが別人になってしまった事実を更にミナへと突き付けることは、ツミビのバッドエンドのような事態の引き金になる可能性があった。
だけど、私は知っている。この世界のミナが決定的にツミビと異なっていることを。
たった数日も過ごせていないだろうに、私の心は完全にミナへと傾いてしまっている。
もしかしたら三回ではなくもっとそれ以上の回数があって、その蓄積が親愛に繋がったのかもしれない
ともかくだ。
私はミナに向き直って深く頭を下げた。
「ごめんなさい! ミナ! 私はあなたの双子のお姉さんではないの。本当は琴子という別の──」
ガタッという大きい音がして思わず顔を上げてしまう。
ミナが床に座り込んでしまっていて、その表情は絶望に染まっていた。
……またそんな顔をさせたくなかった。前にも多分見たことのある表情で、自分の正体を明かしたのはそれを避けるためだったはずなのに。
覚悟していたこととは言え、やはり堪えるものがあった。
それでもケジメを付けなくてはならなくて、決定的な言葉を続けようとする私。
だけど、不意の告白によって遮られ、二の句が繋げなくなってしまう。
「──僕の知るライラは突拍子がなくて我の強い、正直に言うと苦手な人でした」
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