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チュートリアル編(過去)
第十七話『ライラとハイド』
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「よう、嬢ちゃん。眠れなかったか?」
深夜の時間帯、一階のリビングキッチンへと私は下りてきていた。
「あ、オヤジさん。……そういうわけでもないのですけど、とりあえず水を飲もうかなって思いまして」
「別にコークでも何でも好きなもん飲んじまって良いぜ?」
お店で使っているほうの冷蔵庫でなければ自由に飲食をして良いと、夕食時にもオヤジさんは言ってくれていた。
その時見せてもらった小さいほうの冷蔵庫には、コークと思わしき黒いボトルがあった記憶がある。
「流石に寝る前にコークは飲まない、かな?」
「そんなもんかい。……仕方がねぇな、ココアでも淹れてやるさ」
「あれ!? いつの間にそんな話に!? いえ、ありがたくはありますけど」
オヤジさんが台所に立ち、電気ポットのお湯をカップに注ぐ。
甘い香りがすぐに漂ってきた。
手際よく、湯気の立つ白いマグカップが私の前に差し出される。
「座ってりゃ良かっただろ? ほらよ、そこそこ熱いから気をつけな」
「は、はい。ありがとうございます」
オヤジさんに倣いテーブルに着く。
ただボーっと眺めているだけだった自分の女子力の低さに内心泣きつつ、感謝しながらカップに口をつけた。
少し熱いかも。でも、我慢出来ないほどでもなく、
そのまま一口。
「……甘い」
心が安らぐ甘みだった。
あまりにも色々あったばかりだから凄い効く。
「考え事がある時には糖分が必要だろ?」
うぅ、見抜かれていたっぽい。
「だがまぁ、嬢ちゃんも大変だったよな。まさか記憶喪失とは、なぁ」
「き、記憶喪失と言っても部分的なもの……だとは思うんですよ。皆のことを覚えていないわけでもないですし。だ、だから……そんなに大変でもない、かなって……思います個人的に!」
記憶喪失。
そういうことになっていた。
『あなたはこの世界のことをどれだけ知っているのですか?』
カムイ様に訊ねられたあの時、私は咄嗟に「よく分からない」と回答していたようなのである。
物凄くテンパっていたので、正直何を口走ったのかよく覚えていない。
元々アドリブの利く人間ではなかったので、その後も支離滅裂なことを言っていたような気がする。
それがかえって信憑性を高めてしまったのか、最終的には『日本でそれなりに生活していた形跡があるけど何らかの理由で記憶喪失になってしまったライラ』という、極めて怪しい人物像が完成してしまっていた。
本当に怪しい限りの私なのに、何故かカムイ様とミナはそれで納得していて……改めて「元のライラって何なのだろう……?」と、私を悩ませることになったのはひとまずの余談。
今考えてみればの話だが、乙女ゲーのことを説明出来るはずはなかったし、あの時のミナの瞳も何やらヤバ気だったので結果オーライであったのだとは思う。
嘘も上手くないしね、私。
場の流れに任せてしまった罪悪感と、これからに抱える憂鬱感がやってきたのはその後の話。
不眠に結び付いたその気分を変えるために、原作ミナ部屋で生ミナの寝息が聞こえ始めた頃合い、こうして階下へとやって来た流れである。
「一応医者にかかる手段は用意してあるから、念のため診てもらうか?」
「あ、いえいえ! 多分そこまでしていただかなくても大丈夫だと思います! ええ! それはもう! せ、生活に支障がない程度の記憶喪失じゃない、かな……なんて自分では思っていたり?」
お医者さんに掛かったら絶対にバレるので、ぶんぶん手を振りお断りの意思を伝えてみた。
不幸中の幸いだったのが、こんな下手な言い訳しか出来ないライラをオヤジさんも怪しんでいないこと。
どうも私の第一印象でパニックがデフォのキャラだと認識してもらえているようなのだ。
特に疑問を持つことなく会話を続けてくれるのは本当にありがたいけど、複雑な気分も感じてしまう繊細なライラ心よ。
「嬢ちゃんが良いなら無理にとは言わねぇさ。だが、選択肢があるってことだけは覚えておいてくれや」
「は、はい。ありがとうございます」
ざ、罪悪感が……再び罪悪感が!
優しそうな表情なのが尚のこと心に痛かった。
「にしても、嬢ちゃんは今までどこで生活してきたんだろうな? 行方不明者リストに入っていなかったし、身元を確認できるものも特別なかったわけだろ? 現代日本でそいつは些かありえない話なんだがな」
いえ……単に部屋着だったからポーチも何も身に着けていなかっただけなんです……。
室内で油断している冴えない女子大生なんてね……そんなもので……ふふっ……現代日本でも十分ありえる話なんですよ……ぐすっ……。
私のある意味泣きそうな表情を察してくれたのか、オヤジさんはそこで話題を変えて、
「間に合わせの寝具じゃ寝づらいだろうが、それを飲んだら少しだけでも寝ておいたほうが良いぜ? 明日、もう今日か、一通りのものを買いに行く予定だからな」
「お、お手数をおかけします……。その……お金とか、本当に大丈夫なんですか?」
既定路線ではあるのだけど、話の流れでカムイ様とミナ、私の三人はオヤジさんの家に住まわせてもらっている。
何しろ戸籍の存在しないカムイ様とミナなのだから、現状オヤジさんに頼る以外の術はなかった。
ライラに関してもミナの姉である以上同じ境遇だろうし、元々の私の戸籍だってこの世界には存在していない可能性が高い。家の内装とか完全に現代日本に見えはするものの、何しろツミビの登場人物が揃っている世界なわけで、最初の直感通り、ゲーム内に入り込んでしまったと考えるのが無難な気がする。
推測の正誤はともかく、現実としてオヤジさん宅に居候が三人増えてしまったことは確かで、当然ながら生活必需品が圧倒的に足りていなかった。
寝具は何とか足りても、着替えとかはサイズの関係で端からアウト。
元々着ていたファンタジー服を着回すことは、コスプレ以外の何ものでもないのでこれもアウト。
ついでに男性の一人暮らしに女性用品を求めるのは間違っているわけで……日用品の入手は早ければ早いほど助かるというのが一応の女としての本音だった
気遣いの出来る大人なオヤジさんだからこそ、即日翌日、買い物に行くと言ってくれたわけだけど、それには当然先立つものが必要となる。
実情はもちろん原作で把握していたけど、気にしてしまうのが小市民な私なのだ。
案の定と言えば案の定、オヤジさんからは予想していた言葉が返ってきた。
「金はそれなりに持っているから心配しなくても良いさ。どうしても気になるのなら、夕飯時にも言ったが、オレの店で働いてもらえればそれで十分だ」
やっぱりこう言ってくれるんだよね、オヤジさんは……。
「分かりました。レジ打ちなら任せておいてください!」
即答する。
せめてオヤジさんの厚意に全力で応えられるようにしよう。
売れない雑貨屋を彼が経営しているのは承知済みで、本来ならアルバイトなんて必要のないお店であることも知っている。
だからこそ、彼の提案には厚意しか存在していないのだ。
「おっ、レジ打ち経験ありかい? そりゃ心強えーや。もしかしたら嬢ちゃんは、学生バイトでもしていたのかもしれねぇな」
まさにその通りです。
乙女ゲーを買うためにコンビニでアルバイトをしていた経験があります。
「しっかし、あのライラがなぁ……。オレの記憶だとあいつは……っといけねぇな、オヤジは長話が過ぎて良くねぇや。オレはとっとと退散するが嬢ちゃんは好きにしてくれ。まぁ、睡眠だけはしっかりとな。──じゃあな、おやすみ」
「はい、おやすみなさい。あと、ココアありがとうございました」
後ろ手に手を振ってオヤジさんは自分の部屋へと戻って行った。
私もこのココアを飲んだら、いい加減寝ないといけない。
──気が付けば、心は少しだけ楽になっていた。
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