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チュートリアル編(過去)
第十六話『雑貨屋ハイドにて』
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「こんな小屋の中に入りますの!? わたくし嫌ですわよ!」とは、ミナの開口一番の台詞。
世間知らずな令嬢のお決まり文句を欠かさなかった辺り、悪役令嬢としての役目は一応忘れていなかったらしい。
ただ、私がオヤジさんの家に入って行くと文句も言わずについてきたので、半ばの確信を抱いてしまう場面でもあった。
さておき。
カムイ様、ミナ、私の三人はテーブルを挟んでオヤジさんと対面していた。
ここは雑貨屋兼食堂となっている長めのワンフロアの奥。
耳慣れた言葉で言えばイートインスペースに当たる部屋に居る。
「オレは今、この世界で雑貨屋みたいなものをやっていてな、ついでに軽い食事も出せるよう役所の許可も取ったんだよな」
オヤジさんはそう告げて一人一人に紅茶とアップルパイを出してくれた。
ラーメン屋をやっているおじ様にしか見えないのに、意外とこういったお菓子作りが得意なのが如何にも我らがオヤジさんである。
ツミビのスチルでとっても美味しそうだったことは思い出深く、一度は食べてみたいと密かに思っていたのだが……まさかその夢の叶う日が来るとは……。
「テーブルナプキンはありませんの?」
「この娘っ子は、よぅ……。ほら、紙ナプキンしかねぇがこれで我慢しろや」
「本来なら不敬罪で捕らえるところですが、わたくしの広い心で今日だけは許してさしあげましょう。……あら? このパイ……我が家のシェフには劣りますが、まぁまぁの評価を授けても良いかもしれませんわね。光栄に思いますの」
「そういやこういう嬢ちゃんだったな……はぁ。ありがとよ!」
この妹(仮)、モグモグと美味しそうに食べていたのにやたらと辛口である。
って、それ以前に失礼だよ!?
もちろんツミビで嫌っていうほど知ってはいたが、実際目にするとかなり酷い絵面だった。
親切心でごちそうしてくれている方に、こういう口の利き方は流石にないのではないだろうか?
例えるなら、コンビニとかで稀に現れる理不尽なクレーマーそっくりである。
バイト経験者だから悪質な客、お客さんとはいえない存在に対して拒否感しか覚えない。
オヤジさんの経歴を知っていることもあり、フツフツと怒りが湧いてくるのを感じた。
「お姉様、まぁまぁの味ですのでお姉様のお口にも辛うじて合うかと思いますわ。大したものではありませんが食べて差し上げても良いのではなく──はうッ!」
ペコン!
「はいチョップ。こらっ! 人様の好意に対してそんな態度は駄目絶対!」
「……お、お姉様にはたかれましたわ!? わたくし何も悪いことはしていな──」
ビシッ!
今度は少しだけ強めにチョップ。
「オヤジさんにありがとうは?」
「わ、わたくし何も──」
「あ・り・が・と・う、は?」
「……あ、ありがとうございます、ですの……」
「うん、よく言えました」
なでなで。
「ふわぁー! し、幸せですの……!」
涙目がすぐに引っ込んでもう笑ってる。
かわいいなぁ……。
妹ってこんなに良いものだったんだなぁ──ってあれ!?
私、もしかしてミナに手を出しちゃってた!?
カッとなったからって命知らず過ぎでしょ私!
原作ミナの本性を思い出してしまいタラリと汗が流れ出てきた。
割と容易く惨殺とかしちゃう系の危険人物がこちらの悪役令嬢さんだった。
「はいよ、どういたしまして、ってな。……ったく、何だよ。リルレイラートの姉のほうはしっかりしているじゃねぇか」
「……いえ、僕も初めて見ましたよ。ライラがまさかミナを嗜めるとは……」
何気にカムイ様のライラ像が酷いことになっていませんか……?
そもそもこのライラって何者なんだろう?
ミナの双子の姉だというのは分かるんだけど、原作に存在しない人であることも確かなわけで……
「なぁ、兄さまよ。あんたは利口だから俺がハイドであることは内心理解しているんだろ? ただ理性的な整理がついていないから否定しているだけでよ」
「……そうですね。きっと僕は、認めるべきなのでしょう」
あ、私が自分という名のライラと向き合っているうちに本題に戻っていた。
原作でもカムイ様は割とあっさり納得したとか書いていた気がするので、この感じですんなり話が進んでいくのかもしれない。
なら、リルレイラート姉妹はおまけみたいなものなので、大人しくアップルパイと紅茶を口にしておこう。
うん! 美味しい! それに良い香り。
……深く考えると訳が分からなくなりそうだったので、一種の逃避行為と言えなくもない。
「おそらく、僕とミナにも多少でしょうが、時間のズレがありました」
わっ! このパイ、りんごの甘みがすっごい出てるのに、果実のサクサク感が消えていないよ!
紅茶も……さわやか!
多分これはダージリンのファーストフラッシュだね! 滅茶苦茶適当だけど。
「ほぅ、兄さまがこっちに来た時にもズレがあったわけかい。となるとリルレイラート家の姉のほうと合わせて、兄さまなら推測がつくってもんか」
「……ええ、そうですね。……ハイド、あなたの言う通りです」
あれ? アップルパイに夢中になっている間に話が決着したっぽい?
カムイ様がオヤジさんのことをハイドさんって呼んでいたよね?
流石は頭と話の回転が早いお二人である。
「兄さまが納得したところでオレの話もしておきたいところなんだが……まぁ、正直長くなるな」
「それならば、先にライラに訊ねておくべきなのでしょうね」
「だな」
二人の視線が私のもとへ集まる。
ついでにミナはさっきからずっと私を見つめていてちょっと怖い。
黒幕系悪役令嬢にもなでなでって有効だったんだね……。
イケメンしかできない奥義だと今の今まで思っていたよ。
って……ん?
今ライラって今、カムイ様が呼ばなかった?
ライラは……そう、何を隠そう私!
急に呼ばれたので程よく混乱している私に、オヤジさんは割とグサッとくる話題を投げかけてくる。
「嬢ちゃん。その服……多分だが某全国チェーン服屋の服だよな? 少なくともあっちの世界の服じゃねぇ事は確かだな?」
はぅ!?
乙女ゲーに資金を回すために安いお店で買っていることをオヤジさんに気付かれていた!?
男の人にこういうのを知られるのって思ったより精神的ダメージが大きい……!
そして滅茶苦茶恥ずかしい!
……今度から百貨店に入っている専門店街で買うことにしよう……うん、そうしよう……。
私を見つめ続ける機械となっていたミナも、久方ぶりに口を開き、
「珍しいお召し物だとは思っておりましたが、この世界のお洋服だったんですのお姉様?」
と爆弾発言。
「ミナも気付いていたの!?」
「お姉様が存在してくださることに比べたら、あまりにも些事なことですもの、訊ねるまでもありませんでしたわ」
サラッと言う。
愛がすっごく重たいよ……。
……あ! そうか!
愛が重いのか!
原作ミナと何が違うのかやっと理解出来た気がする。
喉に突っかかっていた小骨が取れたようなスッキリ感を味わうが、私は今の会話の意味をどうにも理解していなかったようで──
「失礼だと思い僕も訊ねることはしませんでした。しかしながら、ライラ。今あえてお訊ねします」
続くカムイ様の台詞で私は蒼白となる。
「あなたはこの世界のことをどれだけ知っているのですか?」
ツミビの世界に来てから多分一時間足らず、私の正体はすでにバレそうだった。
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