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チュートリアル編(過去)

第十五話『知識共有魔法』

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 ツミビトライクは主人公サヤの視点で物語が描かれている。

 そのためカムイ様、ミナ、オヤジさんことハイドさんは登場した段階ですでに知り合い同士の関係だった。
 三人の再会に該当する場面は回想で軽く触れているのみなので、ツミビファンを自称する私も詳細は把握していない。
 要するにこれは私にとっても未知の場面。

「あら? お姉様のお顔の色が元に戻りましたわね」

 ミナの指摘通り、オヤジさんの登場で私の心は大分落ち着きを取り戻していた。
 オヤジさんは全編に渡って頼りになる大人キャラで、主要人物たちの良き理解者であった。
 特に主人公は彼に助けられることが多く、彼から親身な言葉を受け取ったツミビプレイヤーも多いことだろう。

 私も主人公にシンクロして優しい言葉をかけてもらったタイプなので、変な話だがある意味で心の許せる家族みたいな存在としてオヤジさんを捉えていた。
 非現実的なことが次々と襲来していたので、ホッと出来る人が登場して精神安定に繋がった感じだろうか。

「まったく、とっくの昔に捨てた名前だと思っていたんだが……案外憶えているもんだな」

 オヤジさんが誰に言うわけでもなく呟く。
 そこに込められた感情は、ツミビプレイヤーならなんとなく察することが出来るので、心の奥がチクリとした。

 対してカムイ様は一瞬見せた驚きの感情などなかったように冷静な表情。
 一目だけ私を見たのでドキリとしたけど、私の容態を確認したのだと気付く。
 そう言えば私、風土病を患ったとか思われていたんだっけ?

 ご心配をおかけしたことに対してお辞儀で返すと、微笑を浮かべてくれるあたり本当に王子様。

 彼は再びオヤジさんへと視線を戻し、形の良い口を開いた。

「僕にその話を信じろと言うのですか?」

 一転して堅い声だった。
 受けるオヤジさんは軽く頭をかき、

「疑うのは無理ないわな。オレもこの通り変わり果てちまった。何より互いの時間がえらくズレちまってやがる。……まぁ、こう言うのは論より証拠ってやつだな」

 落ち着いた声で返し、そのまま"力"ある言葉を続けた。

「"コード・クラウド"」

「これは……!?」

 半透明の霧のような白がうっすらと宙を漂う。
 またたく間に霧は広がり、この場に居る全員を包み──と思ったらすぐに霧散する。
 ふと、頭の中にいくつもの本があるような、不思議な感覚が生まれた。

「知識共有魔法さ。兄さまも当然知っているだろ? こいつが知恵の賢人けんじんにしか使えねぇ魔法だってことはな」

 賢人とは通常の魔法では再現できない突然変異的な魔法を行使する者の総称。
 彼らは一様に通常魔法の才能が乏しい代わり、奇跡のような魔法を用いることが可能だった。
 カムイ様の弟であるハイドさんも生まれつき水魔法の才は乏しかったけど、他者に知識を与える魔法を昔から当然のように使うことが出来たという。
 また、賢人自体がその代で多くとも五人居るかどうかの、世界でも極めて貴重な存在であった。

「お姉様お姉様! わたくし高級美顔器を使ってみたいですわ!」

「え? あ、うん」

 カムイ様の警戒の隙を見計らって、ミナが私のそばまでやって来る。
 と言うか魔法の恩恵で最初に調べたことがそれなの!?
 無邪気に話す妹(仮)が心底楽しそうだったし……まあ良いか。
 ハッ!? もしかしてこの気持ち母性だったりする?

 くだらない冗談はともかく、オヤジさんにかけてもらった魔法の効果を確認してみよう。
 ……うん、自然に使えた。
 辞書みたいな感じでスラスラと言葉の意味が分かる。
 頭の中に辞典を置いてくれるような魔法と言われていただけあり、その通りの感触。
 私風に例えるなら、高性能電子辞書が脳内にある感じ?

 検索したいワードを頭の中で浮かべると、瞬時に意味を導き出してくれるのだから魔法ってほんと凄い。
 本音を言えば未知の感覚過ぎてちょっと怖い部分もあったりするけど。
 効果の程は、ファンタジー世界のミナが美顔器という言葉を使えているくらいなので説明の必要はないだろう。

「……日本、科学の発展した世界、魔法の存在しない地……まさかこんなことが……」

 当然のことながらカムイ様にとって知識共有魔法は慣れた魔法である。
 何しろ実の弟がその使い手なのだから。
 オヤジさんへの警戒が緩んだのは、確か知識共有魔法と弟の言葉に真実味が存在していたから、と原作では書かれていたように思う。
 カムイ様が珍しく無防備に目を見開いているのでまず間違いないだろう。

「もっとも、知識共有魔法自体は、あくまでも知識共有の範囲内にしか過ぎないがな。そこに経験なんてものは含まれちゃいねぇし、オレの知らない言葉は登録すらされちゃいねぇ。誤りだってあるだろう。欠点は昔から相変わらずってわけさ」

 オヤジさんは複雑な顔で説明してくれる。
 かなりの無理をしてこの世界で魔法を使えるようになっていたはずだから、苦労がにじみ出ている気がする。
 あるいは私が既プレイ者だからこそ、そう感じてしまうのかな?

「だがまぁ、兄さまたちにゃあ今一番必要なものだろうよ。……どうだ? 置かれている状況はある程度見えてきたかい?」

 冗談を言うように気さくな口調だったが、オヤジさんの瞳は真剣だった。
 カムイ様も同じ瞳をすでに宿しており、静かな声が場に響く。

「……確かにこれは、賢人の行使する魔法に間違いない。そして、僕の知る限り今代の知識魔法の担い手は弟であるハイドのみ、のはずです」

「ははっ、流石は兄さまだな。話が早くて助かるぜ」

 瞳のやりとりだけで二人は通じ合っているように見えた。
 兄弟共に視線から真剣さが失われることはなくて、対称的に、傍らの姉妹二人はすっかり傍観者に徹していた。

 そして、場違いにも思うのは、こっちのミナは空気を読めるようになっているということ。
 私と一緒にカムイ様たちの姿を黙ってうかがっているのが、その証左。

 原作との小さくない差異を感じつつも、カムイ様たちの会話は続いていた。

「しかしながら、あなたが僕の弟ハイド・マイソディエルだとはどうしても思えません。仮にハイドだとしたら何故そのような姿になっているのですか? 明白に僕、いえお父様よりも年上の容姿ではありませんか?」

 カムイ様の指摘は当然のもの。
 ……でも、原作を色々知っている身なので、その言葉は少し残酷に思えてしまう。

 決して平坦ではない道を歩んできたオヤジさんは、表情を変えずに平常の声で、

「急に与えられた知識だけじゃその疑問も当然だろうな」

 オヤジさんの声は平常よりも僅かに疲れていた。
 理由の一端は次の一言に濃縮されている。

「まぁ、簡単な話さ。オレがこの世界に飛ばされたのは今からおよそ四十年ほど前の話になる。この世界のこよみ換算だがな」

「四十、年……!」

 カムイ様は初めて明らかな驚愕を顔に浮かべていた。
 ライラがどうだかは知らないが、カムイ様とハイドさん、ミナ、サヤ、ガルガ、ルウレテイアー姉弟の七名は同じ時間にファンタジー世界から姿を消している。
 そして、その後日本へと姿を現わすことになるのだが、それぞれにタイムラグが存在していた。

 カムイ様の直近後登場扱いのガルガでさえ二週間から一ヶ月後。
 さらにその後のルウレテイアー姉弟にいたってはどれほどだったっけ?
 いずれにしろ、オヤジさんの四十年前という時間は、全登場人物の中でも圧倒的な隔たりだった。

 さらに加えて言うと、プレイヤーが読解出来ることなど賢いカムイ様は当然察しているはずで……それゆえに驚愕の表情へと行きついたのである。

「……?」

 一方、ピンと来ていない様子だったのがお隣のミナさん。
 私を見上げて不思議そうに小首を傾げていた。

 ……ちょこんという様子で素直に可愛いし……。

 この悪役令嬢、普通にヒロイン枠かこのままマスコット枠扱いでもう良いんじゃね? とは私の心の声。

 悪役令嬢に何故か癒しを感じそうになった辺りで、オヤジさんが私たちを見た。
 彼は口元を少しだけ緩めると、



「いい加減立ち話もなんだろ? 続きはこっちで、オレの家で話すとしようぜ。狭い家だがそれはまぁ我慢してくれや」



 そんな提案をしてくれる。



 ──こうして私たちは、ツミビトライクの二大舞台の一つ、雑貨屋ハイドの店の中へと、話の場を移したのだった。





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