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チュートリアル編(過去)
第十四話『年上の弟』
しおりを挟むえ? 嘘? ……マジで?
ほ、本当にこの子がツミビのミナで現実?
……え? え? 意味が分からないッス……。
私は二度目の大混乱をしていた。
……でも。
確かに混乱はしているのだが──
正直"こういった状況"を全く想像したことがなかったか、と問われれば嘘になる。
中学くらいの頃合いに、自分がミナとなってツミビの物語を改変していくような妄想を……その、私は頻繁にしていたわけで……
うわぁー!!
お、思い出すだけでも恥ずかしくなってくる!
痛くて自己中な妄想なんて黒歴史以外の何ものでもない!
悪役顔風情が美少女になる妄想なんてしてしまってごめんなさい! 生きていてほんとすみません!
ジタバタと身もだえそうになりながらも、持ち前の卑屈さで冷静さを何とか取り戻す。
「も、もう一度だけ確認するけど本当にミナなんだよね? 王家所縁の貴族の中でも特に名高いリルレイラート家、そのご令嬢であるミナ・リルレイラート嬢で間違いないんだよね?」
やりこんでいるだけあってこの辺りの設定はソラ。
リルレイラート家辺りくだりでミナの瞳は正常に戻り、見た目上は愛くるしい少女の表情が出来上がる。
ふー……とりあえず病んミナ回避成功かな?
正解とでも言うようにバインと胸を張ってミナが口を開く。
「お姉様ったら、ようやくお目覚めになられましたの? そうですわ! わたくしたちこそがあの! リルレイラート家の麗しき令嬢姉妹なのですわ!」
自信満々に自分のことを麗しいとか言っちゃうの!?
でもそれがツミビのミナらしくもあり、彼女本人であることを証明しているようなものなんだけど……その前に、
「姉妹? と言うか……お姉様?」
お姉様のところで自分のことを指差してみる。
いやいや、そんなまさか。はははっ……
「お姉様、指差しなんてはしたなくてよ? ……でもそうですわよね、お姉様もこの状況に混乱されているのですわ……何しろわたくしたちは誘拐されてしまったのですから!」
……多分、それ誘拐じゃないです。
覚えがある台詞過ぎて、いっそのこと頭痛さえ発生しそうになる。
「鏡、鏡はないの!」
事実確認のため、きょろきょろと鏡っぽいものを探してみる。
閑静な住宅街の中、二階建て一軒家風のお店が目の前にあった。
近づき、ショーウインドウを即席鏡に見立てて、ドキドキしながら自分と向き合う。
私知ってるよ! これって悪役令嬢ものの定番のアレでしょ?
「ってあれ!? これ私だー!?」
ガビーンとする。古い表現が過ぎるけどガビーンとする。
しかも、服装はさっきまで着ていた部屋着と全く一緒で、ファンタジー感なんて皆無だし!
ちくしょー!
「? いったい何を仰っておりますのお姉様は?」
「ち、違うの! 自分がミナではないのは分かっていたけど、ほら! 双子だと言われたら期待するじゃない!? 実際期待しちゃったわよ! まぁいつもの悪役顔しかなかったんですけどね!」
早口でまくし立てた。
期待が裏切られた反動である。
「……クヤクレイジョウですの? 耳慣れない響きですわね?」
はっ! 我に返る。
私の妙に高いテンションに、本物の悪役令嬢さんがハテナマークを浮かべてしまっていた。
「ねぇ、お姉様。その何とか令嬢というのは何ですの? 社交界での新しいお言葉ですの?」
無垢に訊ねられてしまい私は思わず反射で、
「あ、ごめん。ただの寝言だから気にしないで」
「寝言でしたの!? それ以前にまだ寝ていましたのお姉様!?」
適当に返してしまった言葉に『えぇっ!?』と素で驚いているミナの反応がちょっと面白かった。
やっぱりこの子外身はすっごく可愛いよね。
ともかくだ、今は私の置かれた状況について一度考えてみるべきだろう。
驚いてばかりでまともに頭も回っていなかったから、ミナが多少でも混乱している現状がチャンスだった。
私の見ている光景が夢でないとするなら、やはりかなりの高確率で私は悪役令嬢ものの定番に放り込まれてしまったのだと思う。
シンデレラの義姉に始まり今昔の少女漫画の敵役など、悪役に属する女性たちを総称して悪役令嬢、そういった悪役令嬢をメインに据えて描いた作品のことを悪役令嬢もの、さらに私の世代で流行った二次創作が、悪役令嬢へと転生して主人公的なヒロインになっちゃう系統だったので、悪役令嬢は自分の中で転生系がスタンダードに位置している。
原作では存在しないはずの悪役令嬢の姉という変化球であるものの、今体験しているのはまさしく、悪役令嬢ものの定番の流れではないだろうか?
それって要するに、かつての妄想が現実になったってことだよね!?
正直、ワクワクしないはずがない!
大学生になって大人を少し気取っていても私は私、根っこの部分の嗜好が中学の頃から全く変わっていない。
実は今でも……悪役令嬢になってヒーローたちにチヤホヤされたりする妄想とかしてたりします! ごめんなさい!
まぁ、ね……懺悔はともかく、現実的に考えてしまうと色々ヤバイ現状だなぁと思う部分はあるんですよ……でもそれはそれ。
少女の頃から夢見ていた光景が今ここにあるのだから、少しくらい満喫してしまっても罰は当たらないのでないか? そう思ってしまった。
そんな気持ちが固まりつつある時に、その声は不意打ちのように聞こえてくる。
「一体ここは……? ハイドたちは……いえ、今優先すべきは……ライラにミナ、ご無事のようで何よりです」
あ、あわ、あわわわあぁー!!
やわらかな笑顔で王子様ボイスだぁー!?
しかも跪かれたし!?
心臓が口から出ていきそう……。
「カムイ様! カムイ様もいらっしゃいましたのね! お姉様……お姉様! わたくしたち助かりましたのよ!」
喜ぶミナに、絶賛フリーズ中の私。
振り向くと超イケメンが存在していた。
なん、だと……か、カムイ様……だと……!?
金髪さらさらヘアの理想的な長身が、ファンタジー色の強い外套を羽織っている。
そこにうっすらと浮かぶ優しい微笑が私の心臓を早鐘にしてしまった。
……間違いない。間違いないよ!
彼はツミビトライクのメインヒーローをお務めになられているあのカムイ様! それ以外の何者でもない!
長年カムイ様ファンをやっていれば即分かる本物っぷりだった。
憧れの人が悪役令嬢と言葉を交わしている。
それをただボーっと眺める私。
あまりにも恐れ多くて、眺めるだけでも私はお腹いっぱいだった。
「お怪我はありませんかミナ?」
「健常ですわカムイ様」
スカートをちょこんとつまんで挨拶を返すミナ。
ハッと少しだけ正気に返る。
ど、どうしよう……。
ミナがやったような作法とか私知らないよ!?
絶対にありえないだろうけど、一般的な日本人家庭に生まれた普通の悪役顔の女に、お声がけいただいたりなんかしちゃったら成す術なんてない。
そして、こういう時に限って案の定というものはやってくるわけで──
「ライラ、あなたもお身体に異常は……ライラ?」
「う、あ……」
立ち上がったカムイ様にお声がけいただいてしまった!?
ドッドッドッドッと心臓の音が加速する。
こんな状態でまともに言葉なんて出てくるはずもなくて……
「お姉様はさっきから少し寝ぼけていらっしゃるようですの。気付いたら誘拐されていて、こんな見知らぬ場所に居たのですから無理もない話ですわ」
「誘拐、ですか。……なるほど確かにその認識はある意味で正解なのでしょう。しかしながら……いえ、些細なことはともかく、ライラ、多少混乱されているかもしれませんが──」
「ひゃぁッ!?」
自分でもビックリするくらいの大声が出てしまった。
だって、だって! 生カムイ様がその長くて繊細な五本指を私の前に差し出してくれたんですよ!?
しかも、ツミビ本編に勝るとも劣らない美形が私を気遣うように見つめていたのだから……
くぅ! 心臓はアクセルを踏み続けっぱなしになっていた。
「お姉様……? お顔が真っ赤で──はっ!? お風邪! お風邪を召したのね!?」
「……まさか! この見知らぬ地の風土病に感染してしまったのですか!?」
妹(仮)とカムイ様が見当はずれなことを大真面目な顔で言い合っている。
ち、違う……違うの!
自分の心臓の音がうるさ過ぎる以外はいたって健康なのよ私!
私のイケメン対面経験値がゲームの中でしか存在しないから免疫がないだけだけなの!
我ながら悲しくなる経歴を思い出し、いっそのこと告白してしまおうかと血迷い始めたところで──カムイ様の"それ"が視界に飛び込んできた。
「"水よ。清浄なる力をもってこの者の災いを祓え"」
力ある言葉がカムイ様から紡がれていた。
ファンタジー世界の住人にはお馴染みでありながら、現代日本に住む私にとっては初めて触れる非現実的な現象──魔法。
カムイ様の右手が輝く透明な液体を纏っていく。
青系統魔法である浄化の水……で間違いないと思う。
ツミビのテキストでも確か、右手に輝く水が纏われてとか書かれていた覚えがある。
誤解を解くべき場面なのに、奇跡の光景に感動してただただ純粋に言葉が出てこない。
でも──
「くっ……何故魔法が形成されない!? まさかこれもこの地の影響だと言うのですか……?」
カムイ様の右手から透明な液体がすでに失われていた。
陽炎のごとく初めから存在していなかったように手が乾いている。
思い出す。
そうだった。ツミビの冒頭はスキップ機能で飛ばしてしまうからすっかり忘れてしまっていた。
その設定が生きているということはもしかして……
私の考えを読んでいたわけではないのだろうが、タイミングが妙に一致してしまいドキリとした。
「──ああ、そういうこった。この世界じゃあ魔法なんてもんは使うのにも一苦労だぜ?」
年期の入った男性の声が私のすぐ隣で聞こえる。
鏡代わりに使った例のショーウインドウが開き、顔が覗いていた。
この店の店主である年上の男の人だった。
……そう、このお店は……つまり今のタイミングはツミビで言うところの──
「あなたは……?」
唐突に現れた第三者に警戒しながらもカムイ様が訊ねる。
さり気ない動きで自身の背中にミナを隠していた。
羨ましいなぁとは思ったものの、位置取りの関係なのでそこに私が居ないのは仕方がない。
と言うか、その代わりにミナが心配そうな表情を私に向けてくれている。
ありがとう我が妹(仮)よ。
そもそもの話、ここに居るミナって原作よりもすっごく性格良くなってない?
思わず妹として受け入れられるくらいには何だか懐かれている気がするし。
他の女が出てくると必ず悪い顔を浮かべていた"あの"悪役令嬢からはとても想像もつかない善良さだった。
ミナについてあれこれ考えている間にも、カムイ様と男性の会話が成立していく。
「オレか? オレはな──」
窓に視線を戻すと男性が意味ありげな苦笑を浮かべていた。
男性、例えるならラーメン屋台を引いて歩いているようなオヤジさんの姿だ、その壮年過ぎのおじ様はカムイ様に向かってこう答えた。
「ハイド」と。
カムイ様の顔に驚きの色が一瞬だけ浮かぶ。
おそらく反応は承知の上で、オヤジさんは続けて、はっきりと言葉を紡いだのだった。
「ハイド・マイソディエル、言われるまでもないだろうがアケノカムイ・マイソディエルの実の弟さ。──お久しぶりです、兄さま……なんてな」
遙か年上の弟は、実兄に向かってもう一度だけ疲れたような苦笑を投げかけるのだった。
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