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学校生活編1
第十話『ラブレター騒動7』
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「柊さんと仲良くするのはやめたほうが良いよ?」
……うわぁ、フラグ回収早いな……。
移動教室終わりの休憩時間、用を足しに訪れていると、個室から出たところで河野橋涼香さんのグループと遭遇してしまった。
この様子だと、多分一人になるのを見計らった上で、待ち構えられていたよね?
朝以降、あからさまに柊さん、ひーちゃんと話している私に対する、ありがたいご忠告なのだろう。
ひーちゃん自身も高校デビューに失敗したと言っていたが、何のことはない、不幸にもこのカースト上位グループに目をつけられてしまっただけの話。
場の空気を読み『うんうん、だよねー』の一言を発することが出来なかったばかりに、こうして疎外されるのだから、女という生き物はコミュニティ意識が強すぎて、そしてあまりにも罪深い。
……と、琴子時代の友人は言っていた。この辺の機微には疎いので、割と受け売りで話している部分が多い私である。
河野橋さんの言葉に、彼女の取り巻きたちは生き生きと補足を加えていき、
「涼香の言う通りだよ」
「これはリルレイラートさんのことを思って言っているからね?」
「柊さんにあまり良い噂は聞かないよ?」
などと、黄色い声が如何にも深刻な様子を演じて、ズラズラと続いていった。
とりわけ最後の人の台詞にカチンときたものの、ひとまずは冷静を保とう。
こういう場では感情的になったほうが負け……とは女の世界では言えないらしいけど、反論するなら正常な状態が好ましいのは事実だろう。
私は素知らぬ顔で手を洗ってから、後背で発した。
「柊さんとは気が合ってね、今朝友達になったばかりなんだよね~」
手洗い場の鏡には、三人の面白くなさそうな表情が映っている。
対してただ一人、真剣な表情を浮かべているのは河野橋さん。
どうにも冒頭の台詞は本心から述べられていた様子で、尚のこと性質が悪かった
私は鏡でじっくりと女子グループの姿を確認し、手を拭いてから、クルリと振り返る。
「だからね、友達の悪口を言われるのは良い気分はしないし、こうやって言われる筋合いもないように思うんだけど……その辺のところ、あなたたちはどう思う?」
リーダーである河野橋さん、その取り巻きA、B、Cの瞳と自身のそれを合わせていく。
明らかに怯えた色を浮かべたのは取り巻きの三人。
元々虎の威を借るなんとかだったり、数が揃っていなければ無難な台詞しか発言出来ない、原作で言うところのモブキャラなのだ。所詮こんなところだろう。
一方で、やはりこのグループの代表だけは、真に私を案じてくれているような表情を維持し続けていた。
意識して悪役の顔をフル活用したと言うのに、平然としている彼女は、伊達にカースト一位を名乗っているわけではないらしい。
……ところでこのカースト順位って誰が付けているのだろうか? ツミビのシナリオライター?
微妙に脱線し始めた私の思考に、河野橋さんの声が割り込みをしてくる。
「どうして分かってくれないの? 私たちは本当にリルレイラートさんのことを思って言っているんだよ? ……ね?」
最後の念押しは仲間たちに行われたもので、途端に取り巻きたちは息を吹き返して「うんうん」「涼香が正しいよ」「リルレイラートさんはまだ分かっていないから……」などと賛同を示していく。
RPGで言うところの状態回復魔法が振舞われたかのような現金ぶりに、私は一気に面倒くさくなった。
河野橋さんの今の台詞は先ほど取り巻きBから聞いたものと一緒だし、それに即座に同調するノリにも辟易してしまう。胸が重苦しく感じられるので、胸やけを起こしているのかもしれない。
こういうことが多々あるから、私もかつての学生生活では女子グループに馴染むことが出来ず、クラスの余り者として処理されていた。……もっとも、それを自覚したのが卒業後なのだから、自分の鈍いこと鈍いこと。
閑話休題。
授業も直に始まるだろうし、トイレに長居をする趣味もないので、いい加減ここで切り上げることにしよう。
取り巻きを意識の彼方に消し去り、ボス格の河野橋さんだけを見て、私ははっきりと告げる。
「結局のところ、さ。柊さんはグループの空気を読めない爪弾き者だから、私に仲良くするなって言っているのでしょ?」
詰まるところそういう話だった。
具体的な内容に彼女らが触れないのは、女社会では割とあることで、置かれた言葉の裏を類推するのも、コミュニティに所属する上では必須のスキルになる。
そこに関しては文化的な面もあるため特別批判するつもりはないが、ぼかした言い方で他人を責めてくる、いわゆる、ずる賢い輩に関してはまた別の話。
ドストレートに指摘された部分は、彼女らの痛い図星を突いていたのか、気まずそうに、前方の私とは決して視線を合わせようともしてこない。
さしもの河野橋さんも僅かだが狼狽えているようで、視線は斜め下を向いていた。
即座に逆上しないだけ良識はあるのかもしれないな、と思いながらも、ちょうど良い機会なので、棒立ちする彼女たちの間を私は潜り抜けて行く。
次いで、続ける。
「あとね、空気が読めないのは私も一緒なの。だから、お生憎様。柊さんとは今後も彼女さえ許してくれるのであれば、仲良くさせてもらう予定よ。それとね──」
振り向かず、声だけで彼女たちに感情の色を込めた本音を投げつける。
「私の友達を馬鹿にする人ってほんと大嫌いなの。と言うか、人様のそういうことに口出ししてくること自体、バッカじゃないの? って、心底思うわ。……それだけ、じゃあね」
目前の扉を開けて、私は狭苦しい場所を出る。
リノリウムの床が久方ぶりに足元に広がっていた。
「……はぁ」
私、やっちゃったかも……。
あれだけミナに、カースト上位陣とは揉めないよう注意していたのに、いの一番で私がもめ事を起こしてしまうなんて……。
まぁ正直、朝の段階でこの展開は読めていたけど、何だかなぁ。
「お見事ですライラ様」
「わっ!? サヤ居たの!?」
肩を落としてトボトボ歩いていたら、すぐ背後には主人公さん。
トイレから出た直後だったので、ずっとここで待っていたのかもしれない。
肯定するように、
「ライラ様をお一人には出来ません。状況を踏まえて、昨日の話し合いで決まっていたお話でもあります。この時間は私が、僭越ながら、お側に仕えさせていただいております」
そう言えばそんな話になっていたっけ?
黒ローブに狙われた実績のある私なので、自衛のためにも誰かが必ず近く居るようにと、全員から昨日言われていた気がする。
でも、用を足す時は一人で居たいと言うのが私のポリシーなので、ミナサヤには先に教室に戻っているように先ほどお願いしたばかり……だったのだが、サヤのほうがこうして一枚上手だったようだ。
すっかり、私の言葉に従って教室に戻ったんだと思っていた。
ミナのほうは相も変わらずカムイ様が相手をしてくれているのだろう。私以外唯一、妹が弱くなる相手なので必然の予測である。
「はぁ……仕方がないとは言え、立ち聞きは少し悪趣味だよ?」
話し合いの決定事項を守らなかった私に非はあるので、強くは言えないが、頬が少し膨れている自覚はあった。
「申し訳ありません。踏み入っても良かったのですが……ライラ様なら上手く収めてしまうと信じていました」
「上手く収めるどころか、火に油を注いだだけだよ? 私」
信頼を寄せてくれるのは悪い気しないけど、ちょっと過剰評価過ぎるサヤである。
その証明は先ほどの一幕を見るだけでも明白だろう。
でも、サヤは、
「……私であれば、心の底から嬉しく思うお言葉でした。お気持ちを述べられて、相手を黙されるなど私には到底出来ない芸当です。ライラ様には本当に頭が下がる思いです……いつ何時であっても」
うむむ……過剰評価が更に深まってしまった気がする。
や、やめて! そんなキラキラした目で私を見ないで!?
……などと言う冗談はともかくとして、サラにこれだけは話しておこう。
「今のうち謝っておくけどさ。……さっきのに、サヤを巻き込んでしまったかもしれないから、その、ごめん」
出来立てホヤホヤの河野橋さんグループとの確執は、近しい人に伝播する可能性が非常に高い。
だからこそ、私は失敗したと思っていたわけで。
”彼女であれば"よく理解しているはずなのに、サヤは珍しく強気な表情を見せて。
「望むところです。……と言うのは過言でしょうか?」
……まったく、サヤにも困ったものね。
「うん、過言だね。──っと、いけない。早く戻らないとチャイム鳴っちゃうね」
「はい。急ぎましょう」
話題はそこで打ち切り、私とサヤは教室へと戻る。
何だか朝にも似たようなやり取りを見た気もするが、結果として三十秒前までに着席できたのでひとまずオーケイとしようかな?
ちなみに、件の四人組は少し遅刻してきたのだが、老齢の教師の授業だったため、お咎めは皆無であった。
……この辺も計算しているのだったら、本当にやっかいな人を敵に回してしまったのだと思う。
しかも彼女は"同調圧力の魔物さん"とツミビユーザー間では呼ばれているわけで……。名の由来の通りに、その勢力は時間経過と共に増していくことだろう。
暗い先行きを見通してしまって、私は心の中で深いため息をつくのだった。
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