悪役令嬢の姉は異世界転移しない~ツミビトライク・ループ~

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学校生活編1

第九話『ラブレター騒動6』

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*****

「おはよう、ひいらぎさん。今少し話しても大丈夫?」

 登校早々、すでに自席に座っていた柊陽彩ひいろさんに話しかける。
 時刻は七時四十分を回ったところで教室内の人影もまばらだ。
 原作で知っていたものの、彼女がこの時間に居てくれて本当に良かった。
 私の一歩後ろにはサヤも控えている。

 無表情でたたずんでいたミディアムボブの少女は、困ったように私たちへと作り笑いを浮かべると、

「……えーと、さ。最初の時に言ったと思うけど、教室の中であたしに話しかけるのはやめたほうが良いよ?」

「あ、ごめん。迷惑だった?」

 理由は承知済みだけど、こうして彼女と実際に会話するのは初となるので、私はあくまでも初見をよそおった。
 柊さんの言葉尻から察するに、おそらく転校初日にも一度だけ会話を交わしているようである。

「迷惑、ってわけじゃないけど……むしろ迷惑かけるのはあたしのほうって言うか……」

 はっきりしない物言い。
 やはり表情は困ったような作り笑いを浮かべている。

 ……まばらながらも教室内の空気が若干ざわついてきたかな。

 私は気にしないが、長引けば柊さんが更に困ってしまうだろう。

 可能な限り声を抑えて、本命を伝えることにした。

「校舎裏に来てくれる? あなたに大切な話があるの」

 柊さんが大きな目をしばたたかせて、息を呑むのが分かった。
 私とサヤは返答を待たずに、教室を後にして校舎裏へと向かう。

 先ほどの場面が、いわゆる先輩辺りからの『呼び出し』に似た形であったと気付いたのは、この少し後のこと。

 ……悪役令嬢顔の私からの呼び出しなんて、さぞや怖かったことだろうに。──ごめんね! 柊さん!






*****

 校舎裏には当然だけどガルガの血痕なんて残っていなかった。
 昨日はジメジメしていたような気のする場所だけど、今は早朝の清々しさが漂っている。
 それでも日影が作られているのは、流石は校舎裏と言ったところか。
 正門の位置関係で、ここを訪れる生徒は私たち以外皆無のようだった。

「それなりに広いんだから、この土地を上手いこと使っても良いと思うんだけどね。例えば、自転車置き場にするとかさ」

「良いお考えだと思います。……ただ、この場所は何と言うか……死蔵地のように感じられてしまいます。どんな役割を与えても、結局は空き地に戻ってしまう、そんな立地かと」

 なるほど。
 戦闘のプロフェッショナルだけあって、サヤには地形の役割がよく分かるらしい。
 建築上否応なく生まれたデッドスペースがこの校舎裏なのかもしれないな、と思いつつ、内緒のやり取りを行うには最適の立地だと改めて認識した。

「……いらっしゃったようですね」

 雑談としては一言二言程度。
 それほどしか間を空けずに、柊さんが姿を見せてくれる。
 心なしか表情が暗いのは、意図せず呼び出しみたいな形になってしまったからか。
 私が悪役顔でほんとごめん!

 柊さんは会話出来る距離まで接近したと同時に、固い声で、

「……慣れているけどさ、痛くするのだけはやめて欲しいってゆーかね……いやーまさか、転校生にまでヤキを入れられることになるなんて思ってもみなかったよ……」

 などと言われてしまう。

「誤解! 誤解だから!」

 慌てて即否定。
 はなから覚悟完了済みで、そのようなことを報告されるなんて想定外である。
 全力で手を振り、そんな意図はないことを必死にアピールする。
 数秒程度の時間を挟み。
 若干でも私の気持ちは伝わったのか、彼女は目を丸くして。

「え……違うの?」

「もちろん! ヤキなんて入れるつもりは一切ないから!」

 良かった。彼女の誤解は解けたよう──

「お金は二千円しか持ってないけど……」

「わー! 財布を取り出さないで! 変に生々しいからほんとやめて!」

 誤解は一切解けていなかった!
 遠くから『やっちまえーですの! お姉様!』とか聞こえてくるが無視して、さっさと本題を述べてしまうことにする。
 前置きをしても誤解しか生まれない、この悪役顔の罪深さよ。

「……柊さん。私たちはね、柊さんに少し話を聞かせて貰いたいだけで、可能であれば仲良くしたいなぁとも思っているの」

 誠意を伝えるために微笑みも付け加えてみた。

「は、はひっ!」

 あ、あれ? なんで怯えているんだろう……?
 言い方が悪かったのだろうか?
 でも事実として、怯えきった柊さんの姿が目の前に存在しているわけで。
 ……私の心で小さく何かが折れる音が聞こえた。

「……サヤ、チェンジ」

「ええ!? わ、私ですか!?」

 私では柊さんを怖がらせるだけである。
 トボトボとサヤの手にタッチして、私は主人公さんと位置を入れ替わった。
 後は頼んだよ、サヤ!
 挫折を経験した私は、心の中でエールを送った。

 最早涙目まで浮かべている柊さんを見てしまったのか、急に振られたサヤは、ワタワタしながらも覚悟を決める。
 表情をキリッとさせて口を開く主人公さんことサヤ。
 内ポケットから例の便箋びんせんを取り出し、

「この恋文こいぶみは柊さんが書かれたのでしょうか?」

 ストレート!?
 確かに任せたけど、ここまで直球でいくなんて予想外が過ぎるよ!?
 ……思い返してみれば、色々と不器用な生き方をしている子だったことをすっかり失念していた。

 一方の柊さんはと言うと。

「……へ? こいぶみ?」

 意味が分からない様子で、ラブレターと私たちの顔を何度も見比べている。
 そりゃあ、突然ラブレターなんか出されて、あなたが書いたのかと疑われれば誰だって戸惑うだろう。

 ……そうだとしてもこの反応……これはひょっとしなくても──。

 柊さんは何度も私たちとの間に視線を往復させて、やがてラブレターに瞳を落ち着かせたようだ。
 そして、僅かに口元を緩めると、私とサヤの両方を確かに見て、

「……あはは、これを書いたのはあたしじゃないよー。ってゆーかさ、びっくりさせないでよー、もー……」

 と一転して崩した口調で、彼女は胸をなでおろしていた。
 言葉からも様子からも、差出人でないことは明白だろう。
 この段階で用件は済んでしまったが、このまま、はいさようならともいかないのが人間同士の会話というもの。

 彼女の顔は分かりづらいが笑っているようだった。
 元々表情が薄い人ではあるが、雰囲気で感情は意外に分かりやすい。
 本来の性格的には気さくな人なので、誤解さえ解ければ後はすんなりと会話は続いていく。

「ご、ごめんね? 私もサヤも口下手なところがあって、自分でも直さなきゃとは思っているんだけど、なかなかね……」

 私は誤魔化し笑いを浮かべてみた。
 今度は柊さんを怯えさせるような邪悪笑みではなかったようで。

「奇遇だねー。あたしも口下手なのさー。……だから、色々と高校デビューは失敗しちゃってねー、今ではこの通りボッチなわけで……」

 いわゆる彼女はクラスに馴染めていない人、生臭い言い方をするなら、女子たちから居ない人扱いされている人物だった。
 この辺は同調圧力の魔物さんに起因する話でもあるので、今は詳しく思い出そうとも思わないが、後々触れることになる予感はあった。
 何しろ、こうして気さくな柊さんと言葉を交わしてしまったわけだから。

「分かるって言って良いのか分からないけど、私も、ほら? こんな感じで目つきは悪いし、老け顔の如何にも悪役って感じの顔じゃない? だから、クラスの人とは上手く馴染めないことが多くてね」

 ライラではなく琴子時代の話ではあるが、実際に過去に経験したことだった。

「マジでー!? リルレイラートさんは転校初日から上手くやっているなーって、あたしずっと思ってたよ! でもさ、海外の人なんだから顔に関しては、彫りが深いとかってゆーんじゃないの?」

「彫りが深い! そんな上手い言い方が! ……って言うのは半分冗談だけど、クラスメイトと上手くやれていなかったのは本当の話で、少なくとも前の学校ではそんな感じだったよ、私」

「まさかのボッチ仲間とな!? ……えーと、リルレイラートさん……長いからライラっちでも良い?」

「良いよ。私もひーちゃんって呼んでも大丈夫?」

 このあだ名は原作準拠だったりする。

「ひーちゃん! いいねーいいねー! 何だかワクワクしてきたさー」

 弾む弾む。
 似たような境遇だった私と柊さんの会話は自然な流れで広がっていく。
 鬱憤みたいなものが互いに相当溜まっていたのかもしれない。

 すると、音もなく二つの人影が現れて。

「……ライラ。サヤが困っていますよ? それに予鈴の時間まであと僅かです」

「おわっ!? 色男さんが突然現れたし!?」

 ファンタジー世界の人は日本人よりも足音が静かなので、こうしてスッと姿を見せられると結構ビックリするんだよね。
 忍び寄っていたもう一人も、カムイ様の言葉に続き、語り掛けてくる。

「あら? わたくしも居ましてよ? ……お姉様、この庶民はハズレですわね」

「だからそういう言い方しないの。それと、ごめんなさい、サヤ、カムイ様。……ひーちゃん、もう一度だけ聞くけど、この手紙に心当たりはないんだよね?」

 謝罪は本題が終わっても雑談を続けていた私の長話について、後半の質問はひーちゃんに念押しの意味も含めてのものだった。
 彼女は、初めとは打って変わっての気さくな口調で。

「だねー。あたしはそういうものを書いた経験が残念ながらないわけでね……もー! ボッチでも恋がしたいよー!」

「あの、ひーちゃん? 最後のほうで願望が垂れ流しになっているからね? あと、申し訳ないんだけど、この手紙、ラブレターに関しては誰にも言わないで欲しいんだけど、大丈夫かな?」

 ひーちゃんはフッと笑うと。

「ライラっち? あたしを誰だと思っているの? 友達なんて全然居ないから決して秘密は洩れません!」

 とても悲しいことを言われてしまった。
 ミナがボソッと「おいたわしや、ですわ」とか言っていたくらいなので、相当に悲惨を感じさせる光景だったのだろう。
 だけど。

「ねぇ、ひーちゃん。私が友達だと駄目?」

 彼女は瞬きを繰り返し、とても控え目な口調で。

「……あたしで、いいの? ……友達になってくれるのはほんっと~に! 嬉しいけど、さ……クラスの女子から何されるか分かったもんじゃないよ?」

 失礼だろうけど、私は思わず笑ってしまう。
 クラスの異端児として琴子が何年学校生活を過ごしてきたと思っているの?
 ひーちゃんに言うことは出来ないけど、これでも二十年生きていて、つい先日まで大学にまで通っていたんだから。
 はっきりと彼女に自分の意思を伝える。

「友達になったことで他人からどうこう言われる筋合いなんて一切ないと思うよ? それに、私はひーちゃんと友達になりたいって前から思っていたんだよね。だから、私とひーちゃんさえ良ければそれ以外のことは、今回に関してはどうでも良いんだよ。誰かが何かを言ってくるなら私は反論してやるし、無視してくるならこっちだって無視してやる!」

 私の無駄に自信満々な口調に、ひーちゃんはポカンとして。
 やがて。

「……バカだねー、ライラっちは」

 曖昧な表情で彼女は僅かに口元歪めた。

「恥ずかしながら、生きてきてバカじゃなかったことはなかったから私!」

 私からそんな言葉を返された彼女は、無表情の顔にはっきりと笑顔と分かるものを浮かべると。

「──私はひいらぎ陽彩ひかげです。どうか……どうか、これからよろしくお願いします。ライラ・リルレイラートさん!」

 頭を思いっきり下げて、ひーちゃんは私に改めて自己紹介してくれた。
 だから、私も。

「ライラ・リルレイラートです。改めてよろしくね、柊陽彩さん──ううん、ひーちゃん!」

 両手で握手を交わしたら、予鈴がちょうど鳴り響く。
 同時に顔を見合わせて、私とひーちゃんは笑顔で校舎裏から駆け出した。

 何だかお互いの心は通じ合っていて、浮き上がる気持ちを発散するためにも一緒に走りたい心地だったのだ。実際、走っていた。
 普段心の奥底に秘めまくってストレスになっていた想いを爆発させると、どうなるか、それを端的に表している絵面だったのかもしれない。

「お姉様! 待ってくださいまし!」

 ひーちゃん以外を置き去りにしてしまったらしく、ミナの声がすぐ後ろで聞こえた。

 だからここから先は、私の耳に微かに届いた程度の、カムイ様とサヤの会話になる。

「少し妬けますか? サヤ?」

「はい、ほんの少し。……ですから、私も柊さんとお友達になれるよう努力したいと心を決めたところです」

「なるほど。……強くなったのですね、あなたは」

「え?」

「いえ、なんでもありませんよ。さぁ、僕たちもそろそろ──」

 私は束の間だけ足を止めて振り返り、二人に声をかける。

「サヤ、カムイ様。急ぎましょう。遅刻しちゃいますよ?」

 会話を邪魔してしまった自覚はあるが、サヤもカムイ様も動かないで話し込んでしまっていたから、言わないわけにもいかなかった。

「ちょうど今その話をサヤとしていたところです。……行きましょうか?」

「……はい」

 遅れて二人が私たちに追いついて来て、ひーちゃんと共にファタジー組四人は何とか朝礼へと間に合った。
 教室に着いて、皆、何だかおかしい気持ちになってしまったらしく、窓際前列の女子三人は互いに顔を見合わると、ついつい笑い合ってしまう。



 いつの間にか居た鬼畜眼鏡担任に軽く注意されたけど、私たちは晴れやかな気持ちで、今日の学校生活を始めることが出来たのだった。
 ……まぁ、肝心の件が終わっていない以上、明らかにフラグなんだけどさ。






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