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学校生活編1
第六話『ラブレター騒動4』
しおりを挟む「"水よ。清浄なる癒しをこの者に与えよ"」
カムイ様が力ある言葉を唱えた。
途端、ガルガの左手に奇跡はほとばしり、べっとりと付着していた血が固まっていく。
血は薄い皮膚のように傷口を覆った。
かさぶたになる過程を早送りで見ている感じと言えば的確だろうか?
まさしく、これは"魔法"だった。
「……おい、ライラ。魔法は使えねえはずだったんじゃないのかよ?」
癒しの魔法をかけられた当のガルガは、半目を私に向けている。
……いや、そんな目で見られても困ると言うか、嘘はついていないと言うか……。
むしろカムイ様が例外であり、日本へ転移して一ヶ月程度で、初級魔法程度を扱えていること自体おかしいのだ。
原作でもサヤがそのことに驚いていたシーンもあるわけだし。
カムイ様も自覚している部分はあったのか、
「多少でも使えるようになったのは最近の話になります。ですから、この『癒しの水』も未だ不完全です。大人しくしていないと傷が開きますよ、ガルガ?」
「チッ……よく分からねえが、生憎こっちは元からまともに身体は動かねえんだよ」
薄暗闇の中、ガルガの顔をこらして見ると、やはり青白いように見える。
大きな身体は地面に横たわり、完全に脱力していた。
魔法の件はともかくとして、今はガルガの容態に注意していないと。
元はと言えば、私が負わせたに等しい傷なのだ。せめて看病くらいはしないと、一人の人として立つ瀬がない。
「んだよ? その手は?」
ガルガに再び半目を向けられた。
「看病?」
「……意味分からねえ」
看病と言ってもこの場での私はどう考えてもカムイ様の邪魔にしかならないので、とりあえずガルガの右手を握ってみた。
風邪の時にお母さんが手を握ってくれて精神的に安定する、みたいなアプローチ法である。
力が入らないのかガルガから振り掃われるようなことはなかった。
ほんと、ごつごつしていておっきい手だなぁ……。
図太い神経で妙なことを考えてしまう。
カムイ様の声が聞こえてきたので、私は頭を振るい邪念を払った。
「……どうやら失血し過ぎのようですね。貧血症状が出ています。こうなった詳しい経緯を聞きたいところではありますが、まずは助けを呼ぶのが先決でしょう」
カムイ様は自身のケータイを取り出し、番号を呼び出す。
ケータイ越しにニ、三言葉を交わした後。
「赤柱良司を呼びました。五分ほどで車を持ってきてくれるとのことです」
カムイ様の口から出てきたのは意外な人物の名前。
赤柱良司。
生活の基盤を整えてくれたのがオヤジさんだったら、学校へと通えるようにし、戸籍的なアレをコレをしてくれたのが彼になる。
この場面で名前が出てきたことも意外だったけど、何よりもカムイ様と番号を交換していたことがもっと意外だった。
意外と親しかったんですか? と言う質問はあまりにも失礼だったので無難な言葉を口にする。
「良司さんですか? 言われてみれば、車を持っている知り合いってあの人くらいですものね」
「そう言うことですね。サヤとミナにも連絡済みですので、車が来ましたらすぐにでもここから離れましょう」
サヤとミナ?
また唐突に出てきた名前に一瞬疑問が浮かぶが……カムイ様がここに居て、あの二人が居ないという道理はあまりないことを思い出す。
でも、一応は聞いてみよう。
「分かりました。ええと、ミナとサヤも近くに居るのですか?」
「……ライラを探すために、僕たちは三人で学校内を巡っていました」
カムイ様が若干言葉を濁らせるが、私が覚えたのは戸惑いだけだった。
黒ローブに追われていたことは確かだけど、それに関することなら探すという表現は使うだろうか?
そもそもカムイ様たちが先ほどの件を把握しているはずもないだろうし、今一つカムイ様の台詞の意味が読み取れずおうむ返しで返してしまう。
「私を探すため……?」
「はい。……十九時を過ぎてもライラ、あなたは帰って来ませんでした。ですから、何らかのイレギュラーが発生したのではないかと僕たちは判断しました」
「十九時!? ──わっ! 本当だ!?」
ケータイで時刻を確認すると、二十時過ぎ。
辺りが暗いのも納得の時間だった。遠くのほうで街頭もぼんやりと灯っている。
でも、四時……十六時から四時間近くも時間が経っているなんて、一体どういうことなんだろう?
あの黒ローブからそんなにも長い時間を逃げ回っていた記憶はいくら何でもなかった。
「……推測は正解だったようですね。僕が校舎裏を訪れた際、真っ先に結界の気配を薄っすらですが感じ取りました。ほどなくして、結界は崩れ、ライラとガルガが瞬きの間でこの場へと現れた──と言うのがこちらの視点での経緯です」
結界に関しては私もツミビを通じて多少知っている部分がある。
でも、原作ミナが使った結界に、時間の流れが速くなるような効果はなかったような……?
私の浮かべるような疑問に、即答してしまうのがカムイ様という王子様で。
「結界崩壊時に明確な異質さを感じました。あれは、おそらく異空間結界の気配。僕も体感するのは初めてですが、書物に書かれていた通り、通常の結界とは全く異なっている感触と言えるものです。また、異空間結界は別の空間を作り上げてしまうという性質上、その中では時の流れすら異なっていると聞いたことがあります。……ライラの今感じているであろう疑問への答えはこれで事足りますか?」
「は、はい! 流石はカムイ様です!」
私の考えていることなんてまたもや読まれていたらしい。
つまり、異空間結界というもののせいで四時間もの時間が経過してしまったってことかな?
私が何となくで納得していると、すっかり蚊帳の外になっていた人から声が上がる。
「さっきからよく分かんねえことをペラペラ言いやがって。相変わらず性に合わねえ王子だな、おい! それよりもいい加減説明しろよ、ここはどこだ?」
意外に元気そうな声でガルガがカムイ様に訊ねた。
そう言えば、この世界の説明を一切していないことに思い当たる。
魔法を使えないことだけは伝えてあったっけ?
疑問文の多い私とは違い、カムイ様はしっかり赤髪ガルガの質問に答えていて。
「ここは日本と言う島国です。受け入れられないかもしれませんが、僕たちの住む場所とは世界自体が異なっています。そのため、最低限の常識を学ぶまでは不用意な行動は避けるべき場所であるとも言えます」
「……ここが噂の異世界っつーわけかよ。リーフが好みそうなおとぎ話だが……まぁ、何となく納得はしたぜ」
カムイ様の懸念とは裏腹に、ガルガはあっさりと現状を受け入れてしまった様子。
多少メルヘンな面を持つガルガは、ある登場人物とそれなりに交流がある。
彼女と話が合う関係で、彼女経由で異世界とかの単語を知っていたはずだった。
「……そうでしたね。リーフが居ましたか」
あ、カムイ様自らネタバレしちゃった。
リーフの名前が出てきたことでカムイ様がガルガの反応に得心したことが分かる。
ちなみにリーフ・ルウレテイアーの出番は原作通りならまだ先の話になる予定。
「ガルガもある程度納得したようではありますが、この世界の詳細や僕たちの経緯について話さなければならないことは多いでしょう。ですが、それは後に回します。──赤柱良司が到着したようです」
カムイ様が再度電話口で相手と簡単に言葉を交わしてから、少し時間を置いてポケットにケータイを仕舞う。
話した後どこかにもう一度コールしていたっぽい?
「彼の話によれば、教師による学校見回りは二十一時が定例となっているようです。今なら難なく学校から出られるそうですので車に向かいましょう」
頷きかけたところで「あっ」と思い出す。
四時間とか異空間結界のことですっかり意識が逸れてしまっていたが、未だ全員と合流すら出来ていないんだ。
「あの、カムイ様? サヤミナにも連絡してくださったんですよね? まだ来ていないようなんですけど?」
「……はい、僕も今しがた電話を掛けてみましたが不通でした。先ほど連絡した際は校舎裏へすぐに向かうという話でしたが……もしかしたら宿直の教師に見つかったのかもしれませんね」
「あ、さっきの再コールはそれだったんですか。って、先生に見つかったりしたら怒られますよね!? 夜の八時はマズイですって!」
ツミビ世界の日本の学校は意外とホワイト体質で、部活動は十八時までに終了するし、教師陣も十九時には学校を出る。
だからこそ、二十時過ぎという時間は、明らかに学校を閉めている時間で、先生に見つかると確実にお説教となってしまう。
……と言うか、今思い出しちゃったけど、黒ローブに追いかけられたことをカムイ様にまだ説明すらしていなかったよね?
やらなきゃいけないことが次々無秩序に頭へと浮かんできて、何だか思考がごちゃごちゃしてきた。
「その際は素直にこちらから謝罪を入れましょう。ですが、二人を探しに行く前にガルガを車へと運ぶことが最優先です。……そちらの折れたバスターソードも放置とはいかないでしょう」
……あ。
言われてなるほど、明らかな銃刀法違反の品を学校に置いていくわけにはいかない。
幸いにして結界が解けた際に、ガルガが地面に流した血は綺麗さっぱり消えていた。
……暗闇だから見えていない可能性もあるけど、これ以上考えることを増やすとパンクしそうなので、今は考えないことにしておく。
「チッ。クソ王子の世話にこれ以上なるかよ! これくらい立て──クソが……」
「駄目だよ、ガルガ! 安静にしていないと!」
無理やり立ち上がろうとしたガルガだったが、弱っているのか、右手を私が抑えるだけで上体を起こすことすら出来ていない。
ホッとする反面、彼の衰弱具合に一層の心配が湧いてくる。
胸に不安を再び抱き始めたそんな時。
「あれ? 私の電話?」
常にマナーモードである私のケータイが震えているようだ。
取り出すと着信。
「ってサヤからだ!」
噂をすれば何とやら、サヤからの音声通話着信だった。
オヤジさんから念のためにという話で、ツミビ世界では比較的珍しいケータイをミナ以外の近しい人全員が所有していた。
即、通話ボタンを押し、サヤからの電話に出る。
ガルガに抱いた不安は申し訳ないけど後回しにした。……後回しにしてしまうことが多い日だなぁとは自覚しているが、一つ一つ処理していかないと無駄に頭の中を混乱させてしまうことは経験済みだ。
それに、私のせいでミナサヤが先生に怒られているかもと思うと、居ても経ってもいられなかった。
「サヤごめんね、心配かけ──」
『ライラ様! ど、どうしましょう!?』
サヤらしくない大声に、電話口で耳がキーンとする。
本日二度目の耳鳴りだったので、すぐに慣れて、何やら慌てている様子のサヤに問いかける。
意外とこの主人公さんは一度落ち着きを失うとこんな感じで動揺が続くので、聴き手側が冷静に対処してあげないといけないのだ。
「何? 何かあったの、サヤ?」
『わ、私……』
電話の向こうでサヤは暫しの間無言になってしまう。
その間にも、緊迫した空気が伝わってくる。
先生に見つかったとかそういう話の雰囲気ではない。
ここでも嫌な予感を覚えて、私が適当な誤魔化しの言葉を発しようとした、その直前。
サヤは、はっきりと、でも震える声で確かにこう告げたのだ。
『ミナ様を殺めてしまいました……!』
何で!? どうしてそうなるの!?
サヤが絶対に行わないはずのことだったので、私は何より先に突っ込みを入れてしまった。
そして──
***
カチコチと音が鳴る。
チクタクと針は回る。
回る、鳴る。
鳴る、回る。
奏でる音色は戻り続け、やがて音を止める。
絶え間なく針は動き出し、今度は正しい時を刻み始めた。
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