悪役令嬢の姉は異世界転移しない~ツミビトライク・ループ~

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学校生活編1

第四話『ラブレター騒動2』

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*****

「あら? お姉様お帰りなさいませ。何やら暗いお顔ですけれど、何かございましたの?」

「……ちょっとお腹の調子が悪くてね」

「大変ですわ! お薬飲みますの!? 家主から預かっている常備薬がありましてよ! はっ! わたくしの手でなでなでいたしますか!?」

「……ううん、放っておけばそのうち治るよ」

「──ミナ・リルレイラートさん。始業の挨拶を行います。席に戻ってください」

 音もなく担任が教卓の前に立っていた。
 朝のホームルームの時間だった。

「何かありましたら必ずわたくしに仰ってくださいね、お姉様!」

 そう言い残ししぶしぶミナは自分の席に戻って行った。
 ミナが居なくなるのを見計らっていたのか、サヤは振り返り小声で、

「お加減が悪いようでしたら遠慮なく私にも言ってください。出来ることならなんでもいたしますから」

「ありがと。でも、本当に大丈夫だから」

「……はい」

 サヤにやんわりと拒絶の意思を伝える。
 ホームルームは何事もなく淡々と進んでいた。

 ふぅ……。
 胃が痛い。

 ……どうしよう、これ……。

 私の頭の中はホームルームどころの話じゃない。
 目下の大問題、ミナへのラブレターのことでいっぱいだった。

 宛先間違いに気づいた私は、正直物凄いガッカリ感を味わったけど、何とか飲み込むことは出来ていた。
 これでも色々ある人生を送っているのだから。
 切り替えて、本来受け取るはずだったミナに手紙を返そうと思ったところで──胃痛が痛い(この誤用がしっくりくる)。

 よりにもよってこのラブレターはミナ宛て。
 私が読んでしまったこと自体は、ミナであれば許してくれるに違いない。
 だけど問題の本質は"ラブレターをミナに渡して良いのか?"それに尽きる。

 常識的には、そのまま返すのが人道に則しているのだろうが……実のところ"存在している"のである。
 原作乙女ゲームであるところのツミビライクにも、ミナへのラブレターイベントがしっかり存在しているのである。

 全ルートクリア後のおまけイベント扱いではあるが……いや、おまけだからこそミナ救済イベントと思ったユーザーも多かったことだろう。
 しかし蓋を開けてみると、悪役令嬢全開のミナが見られるというだけで、あまり後味の良いイベントではなかった。
 都市伝説でこれがフラグになって、真エンディングに到達出来るとかどうとか言われていたけど、攻略サイトには当然載っていなくて、噂は噂に過ぎないことを知った中学の日の思い出。

 ともかく、このラブレターは例のイベントの可能性が非常に高い。
 私の前では比較的良い子になっているとは言え、ミナはミナ、原作再現をしてしまう確率は五分くらいにはあった。

 したがって『このラブレターをどうしようか?』という話に戻ってくるのだが……

 朝のホームルームが終わり、午前の授業、昼休み、あげくは午後の授業まで全ての時間を悩みまくっていた。

 終業のチャイムの音が鳴り。

 タイムリミット寸前で、私はようやく腹を決めていた。






*****

 ここは日影の多いことで評判の校舎裏。
 心なしかジメジメしている。

 結局、私はミナの代わりに手紙の主に会いに来ていた。
 裏に書いていた宛名に気付かない振りをして『入れる下駄箱が間違っていたから届けてに来たよ』というていで挑む作戦である。
 ミナの下駄箱に入れておけば良いだけでは? とか言われると返す言葉もないが、そこも気付かなかったことにしておく。

 第三者である私がこうして大切な手紙を持っているので、手紙の人には精神的苦痛を負わせてしまう可能性があった。
 だけど、ミナの本当のところを伝えられる機会は今しかない。
 あまり上手くない手であることは承知しているが、これが送り主に一番ダメージの少ない方法だと私は結論付けていた。

 ミナサヤは先に帰らせている。
 その辺は心強いカムイ様に任せて安心なのだったが──

 ……実を言うとカムイ様にお願いした際、小声で「ラブレターですか? 頑張ってくださいね」と言われて肝を冷やしたりしたのがさっきの記憶。
 どうにも朝の登校時に鞄にしまうところを見られていたようなのである。
 動体視力が凄いから、考えてみればカムイ様は誤魔化せないよねぇ……あはは……はぁ。

 すでに私の精神ダメージは限界近くまで来ているのだが、貰った言葉通りに今は頑張るしかないだろう。
 この後、家に帰ったら帰ったで、カムイ様の誤解も解かないといけないわけで……最早ため息しか出ないよ。

 ケータイで時刻を確認すると、ちょうど約束の十六時。
 ちなみにツミビの世界ではケータイがそんなに普及していないから、ネットをやる時はパソコンを使うのが一般的で、こうしてケータイを携帯している学生もそんなに多くなかった。
 この辺りの差異で、ここが元の世界とは違う世界なんだなぁ、と理解したのが昨日の話。

 思考をそんな感じでズラしつつ、無駄にそわそわしながら手紙の主を待ち続けた。

 ……来ないなぁ。
 もしかしたら私が居たから帰ったとか?

 もう一度ケータイを見る。
 十六時ジャスト。
 なんだ、まだ四時になったばかりか……っておかしいでしょ!?

 ケータイをさっき見てから、それなりに待ったはずなのに分単位で時間が進んでいないのはどう考えてもおかしい。

 そう、おかしいんだ。

 変な焦燥感が胸のあたりを圧し潰していく。
 覚えのある感触な気がして、不安だけが膨らんでいくのを感じた。

 ……そうだ、この違和感!
 何か変だと思ったら、無音なんだ!
 運動部の声も、風の音も、喧騒さえも、何一つ聞こえてこない。

 気付いてからはまたたく間だった。

「ちょ……!?」

 黒い風が私の隣を通り過ぎていく。
 危なっ! ギリギリで左に転がる。
 咄嗟とっさに避けていなければ当たっていたよね、今の!?

 黒い風は私の黒髪を数本切り裂き、右耳に物凄い風切り音を残した。
 思わず頭がキーンとする。

「何なの!?」

 黒い風だと思っていたものが動きを止めた。

 それは人影。
 黒いファンタジー外套がいとうを着た誰かが、七歩くらいの先からこちらを見つめている、気がする。
 それなのに、ローブの中身に当たる部分が影で黒塗りされていて顔さえ判別出来なかった。

 頭の中に、ふと浮かぶものがあり、反射的に私は発してしまう。

「まさか灰色の騎士なの!?」

 ツミビトライクには明確な敵キャラが存在している。
 黒幕であり、最恐のラスボスでもあるのが灰色の騎士だった。
 だけど、灰色の騎士の正体は……うん、ない!
 自分で言って何だけど、これに関しては断言する。

 あのミナが私を襲ってくるはずはないのだ。
 というかラスボス化の必須アイテムを私が預かっているし。
 胸元でそれの感触を今も感じた。

 なら、あの黒ローブはいったい何者なのか?
 私と同じく原作には存在しない誰かなのだろうか?

 疑問は尽きないが、目の前で黒い影はまた風となる。
 今度は真正面。
 すぐ傍まで来ているのが理解出来ているのに、避けられない!
 さっきとは格段に速さが違った。あれでも十二分に速かったのに!?

 死の気配がした。

 黒風は私のひたいを正確に狙っていて──

 ガキン!

 金属がぶつかり合うようなキツイ音が耳に響く。

「……あれ……?」

 私の身体何ともない?
 あの風に斬られて、いない?



「──ったくよ、いきなり景色が変わったと思ったらこれかよ?」



 ──それは、久方ぶりに聞く自分以外の人の声だった。

 黒い風は突如現れた人影にその動きを止められていた。
 再度の金属音。
 黒いナイフと大型剣がぶつかり合い、大きく弾ける。

 大柄のその人は勢いのままに、後ろ姿で私の目前までやって来た。

 知っている。
 まさか……。
 まさか!
 この人は……この人は!



「ガルガ!」



 衝動に抗えず彼の名前を呼んでいた。
 そして、その名は間違っていなかったようで──



「よう、ライラ。どうにもクソ厄介な目に遭っているようだな、おい!」




 振り返り、怒鳴りながらも彼の口元は二ッと笑っていた。



 ツミビトライク、ファンタジー組攻略対象が筆頭、ガルガ・レイマットが私の窮地きゅうちにその姿を現わしたのだった。






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