悪役令嬢の姉は異世界転移しない~ツミビトライク・ループ~

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学校生活編1

第一話『転校生四人』

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*****

「ら、ライラ様。教室の扉を開けるのは、その、どちらの世界でも緊張してしまうものですね……」

 分かる。
 凄い分かるけど、いい加減その扉を開けないと教室に入れないよ、サヤ。

「おはよー! リルレイラートさん、ラルネさん。……教室入らないの?」

 真後ろから声を掛けられ、私とサヤは同時にビクリとした。
 振り返ると──同調圧力の魔物さん! ……はツミビユーザー間のあだ名か。
 同級生の河野橋こうのばし涼香すずかさんが挨拶の主だったようだ。

「お、おはよう。河野橋さん、だっけ?」

「わ、すごいー。転校二日目なのにもう私の名前を憶えてくれたの? 嬉しいなー」

 完璧な笑顔で完璧なコミュニケーション能力。
 これがカースト上位陣の実力か……。
 私は戦慄せんりつした。

「こ、河野橋さんだって私とサヤの名前を憶えてくれていたじゃない? ほら、リルレイラートって覚え辛くない?」

「そんなことないよー。それに私が覚えるのは二人だけで、リルレイラートさんとラルネさんは二十人近くも覚えなくちゃいけないでしょう? 帰国子女で日本も不慣れだろうし大変だよね?」

 ま、まぁね……と私は辛うじて返して、隣のサヤを肘でつつく。

「あ……! お、おはようございます! あ、挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。サヤ・ラルネです!」

 最敬礼の位置まで頭を下げてサヤが河野橋さんに挨拶を返す。
 そうそう、カースト上位陣に失礼があったりすると、今後の学校生活が危ぶまれるからね。
 ……元の世界の友人の受け売りで実際のところはあまりよく理解していないのだが。

「ラルネさん、そんなにかしこまらなくても大丈夫だって。ほら、私たち同じクラスになれたわけだし仲良くしたいからね。気楽にいこー、気楽に」

 ちなみにこの学年にクラスは一つしかないが、それを言うのはヤボなのだろう。

「な、なんと優しいお言葉を……こんな私なんかに……」

 ……あちゃー、こりゃ駄目だ。
 ファンタジー世界で叩きつけられた劣等感が、主人公さんにすっかりこびり付いてしまっている。

 主人公さんことサヤは、河野橋さんに軽くなぐさめられながら教室の中へと入って行く。私も後に続いた。

 私とサヤの席は窓際にあるので多少歩くわけなのだが、その道すがら。
 『おはよう! ラルネさん!』『わー、やっぱりラルネさんって美人よね』『はよー! 河野橋さんも一緒なの? 早速仲良し?』『お、おはよう……? り、リルレイラート、さん……?』といくつか声を掛けられる。

 ……はい、最後にあった挨拶からもお察しのように、転校二日目にして私は怖がられています。
 天然美人さんであるサヤへの反応とは正反対のビクビクされっぷりを見せられると多少へこむところもあったりなかったり。

「もう! リルレイラートさんは優しい人なのに、るっちゃんったら……」

「あははは……慣れてるから大丈夫だよ。フォローありがとね、河野橋さん」

 眼光が怖いと言われて数千日を超える私なので慣れっ子ではあるのだ。

「本当のことを言ったまでだよ?」

 如何にも普通と言うようなニュアスで告げられる河野橋さんの言葉は流石だ。
 クラスカースト一位となるとここまで人間が出来るものなのか。
 ゲームの知識だけで知っていたものを、こうして現実、目にしてしまうと、やはり感じ方に大きな差異がある。

 河野橋さんは軽い別れの台詞と共に、サラッとこの場から離れていき、別のグループに合流していた。
 この辺のしなやかさも私は見習うべきかもしれない。

 さて。

「い、一時間目の授業は……一時間目の授業は……一時間目の──」

 私の前列に座るサヤは緊張でバグっているようなので、朝のホームルームまでの時間は手持無沙汰になってしまう。
 サラの様子と私の悪人面が相まって、同調圧力さん以外の人は寄ってこない様子。
 こちらから声をかけて無駄に怖がらせるのもアレだから、折角だしここまでのことを少し整理してみようかな。

 私ライラ・リルレイラートこと琴子ことこ何某なにがしは記憶上の三日ほど前まで、大学二年の春を謳歌おうかしている最中だった。
 あ、謳歌と言っても、大好きな乙女ゲーム『ツミビトライク』を休日に再プレイしていただけなんだけどね。
 そんで、そのツミビトライク、ツミビをプレイしていた私なんだけど、スタッフロール辺りで謎の気持ち悪さに襲われ意識はブラックアウト。
 目を覚ますとツミビの悪役令嬢が居たわけで、私は否応なくツミビの世界の中に入り込んでしまったことを認める他なかった。

 しかも、乙女ゲームの世界で私は、原作には存在しないはずの『悪役令嬢の姉』役になってしまっていた。
 その上、悪役令嬢がおそらくバッドエンドを迎える度に、世界がループしてしまうというおまけ付きで。

 ……自分で言っておいてなんだけど、急展開と意味の分からなさで正気を疑いたくなってくるね……。
 でも実際に起きてしまったものはどうしようもないので、そういうものなのだと今は受け入れるしかない。

 割と波乱万丈な人生を歩みつつあった私であるが、更に予想外は積み重なる。

 なんと、この世界での約一ヶ月分の記憶を私はどうやら失ってしまったようなのだ。
 ゲームに入り込んだ時点では四月の頭のほう、ちょうどツミビのスタート地点だったはずなのに、昨日気付くとゴールデンウィーク前後から始まる共通ルート『学校生活編』に突入していたわけで参ってしまう。

 ツミビトライクは現代日本にファンタジー世界の主人公たちがやってくる物語なわけだが、ファンタジー組が高校へと編入してくるのはゲーム開始から早くても半月、平均で一ヶ月程度の時間が空いている。
 今回のケースで言えば後者で、ゴールデンウィーク過ぎにサヤが転校してくるパターン。それがまさに昨日だった。

 幸か不幸か、転校初日の滅茶苦茶緊張するであろう転校イベントを記憶上はスッ飛ばして、昨日の放課後から人生で二度目の高校二年生がスタートしている。
 豪快過ぎるスキップ機能で、ちょっとだけ泣きたくなったのは内緒の話。

 まぁ、原作知識があるからこそ何とかなっている現状ではあるのだけど。

 ……いや、一点だけ何とかなっていないものがあったか。

 色々と問題自体は多々あるのだが、とりわけ今困っている点、何とかなっていないと言えるものが──私の容姿である。

 生まれてこの方、私は悪役令嬢顔をしていた。
 より分かりやすい例えを持ってくるのならば、シンデレラの義姉みたいな若干老け顔でケバイ感じの女を想像してもらい、さらに眼光をちょちょいと鋭くしてみる感じ。はい、これで私の完成ってわけである。……つらい。

 どうせなんだからさ……ライラになったついでに、美少女とは言わなくても、怖くない顔つきくらいにはして欲しかったよね……。

 もっとも、この顔で二十年間ほど生きてきたので今更整形されても困るのも事実で、実はそこまで気にしているわけではない。
 かつての学校生活のように友達も少しずつ作っていけるだろうと、気持ちも前向きである。

 こんな感じで己を振り返っていたら、教室の前側扉がガラリと開く。

「おはようございます。本日も皆さんにとても喜ばしいニュースを持ってきました」

 無造作ヘアの鬼畜眼鏡担任が教卓の前に立った。
 ざわつく教室内。……実はその喜ばしいニュースに私は心当たりがあるんだよね。

「お静かに。……静かになりましたね」

 鬼畜眼鏡の調教が行き届いているクラスなので、あっと言う間に教室内はシーンとした。
 黙らないと断固としてこの教師は話を進めないのだ。
 見た目と裏腹に、鬼畜と評される程度には独特の厳しさを持つ男性教諭だった。

「今日から新しいクラスメイトが二名加わります。昨日転入してきたリルレイラートさんとラルネさんのお知り合いですが、手続きの関係で本日からの登校となります。──では、マイソディエルさん、リルレイラートさん入ってきてください」

 リルレイラート性がもう一度呼ばれたところで、少しだけ教室内のざわめきが戻ってくる。
 だけど、ほんの一瞬だけのきらめきで、ざわめきはすぐに強い歓声に呑まれた。
 扉が再び開き、二人の生徒が教師の隣に並んだ。
 身長差が大きくてまさに凸凹と言った印象をクラスメイトに与えたことだろう。

「マイソディエルさん、リルレイラートさんの順番で自己紹介をお願いします」

「はい」

 瞬間黄色い声がそこら中から洩れる。
 長身の、たった一言の王子様ボイスで、教室内の女性陣のボルテージは上がっていた。
 鬼畜眼鏡もこの辺りの機微は理解しているのか、特に注意はしないようだ。
 転校生である彼は続ける。

「アケノカムイ・マイソディエルと申します。そちらのライラとサヤとは同郷で、僕も所謂いわゆる帰国子女となります。以前日本に滞在していたのは幼い頃の話になりますので、こちらの常識にはまだまだ不慣れなところが多いです。これから皆様と生活していく中で学び、不勉強を改善していきたいと思っております。また、アケノカムイでは何かと呼びづらいでしょうから、カムイと呼んでいただけましたら嬉しいです。──これから何卒、よろしくお願いいたします」

 綺麗なお辞儀でカムイ様は締める。
 同時に大きな拍手が鳴り響いた。特に女子から。
 ちなみに前方席のサヤは恐る恐ると言った様子で、自己紹介を伺っていた。
 カムイ様は貴族以上の存在である王族なので、彼女にとってはまさに雲の上のお人であり恐縮してしまっても仕方がないところ。
 ……ゲーム開始から一ヶ月近くも経っているのなら、いい加減慣れて欲しいところだけどね。

 拍手が鳴りやんだところで、小柄な二番手が一歩前に出る。
 私とは正反対の可愛さを持ち、サヤとは違った方向性にカテゴライズされる美少女。
 ……今、その美少女にウインクされたんだけど? こら! 真面目にやりなさい。
 はいですの! という幻聴が聞こえたところで、彼女は自己紹介を始めた。

「わたくしはミナ・リルレイラートですわ! お慕い申し上げておりますライラお姉様の双子の妹にあたりますのよ。リルレイラート家の麗しき令嬢姉妹と呼ばれて久しいわたくしとお姉様ですから、同じ場所に居られること自体を下々の者たちは光栄に──え? カムイ様、何ですの? あら、お姉様まで? ……むぐぐっ!」

「そ、そんなわけで日本語がよく分かっていない妹だけどよろしくね~」

 汗だくで私はミナの口を押さえる。
 やるだろうとは思って先んじて注意もしていたのに、本当にやらかすんだもんこの子!
 思わず乱収してミナの自己紹介を無理やり打ち切っていた。

「是非皆さんからも僕たちに日本語をご教示いただけましたら幸いに思います」

 カムイ様からのフォローも飛ぶ。
 流石はツミビの王子様! 空気をしっかりと読んでいる。

 こうして一応の拍手は級友たちから鳴り響くことになり、転校生二人が新たにこのクラスに加わった。



 そんなわけで、この教室に主人公サヤ、悪役令嬢ミナ、メインヒーローカムイ様、原作には存在しないライラの四人が揃うこととなり、ツミビ共通ルートである学校生活編が本格的にスタートしたのだった。






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