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プロローグ

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 黄昏時たそがれどきの空の下、赤の甲冑かっちゅうで全身を染めた騎士が一人。
 素顔を隠し続けてきた仮面は割れ落ち、その素顔が遂にさらされてしまう。

「やはり君だったんだね──サヤ」

「カムイ様……わ、私は……」

 国主の第一後継者であるカムイを守護し続けてきたのが、仮面の赤き騎士だった。
 白日のもとになったサヤの表情は不安に揺れ、武骨な鎧は音を立てて小刻みに震えている。
 今だけを切り取れば、年頃の少女が不釣り合いの鎧を、冗談か何かで着込んでいるようにしか見えない。

 しかしながら、百戦錬磨ひゃくせんれんまで戦い続けた騎士の真実である。

 一生涯正体を明かさず、一人の騎士としてつねを王子の盾として全うすることが誓いであり宿命だった。
 全てを受け入れてしまっていたゆえに、生じる恐怖だったのかもしれない。
 戦闘の死線でも日常の不条理でも感じるのことのなかった感情を、彼女は抱いていた。
 自身を下劣な身であると信じ続けてきたからこそ、目の前の青年に正体を知られてしまうのは何よりも恐ろしいことだったのだ。

 同時に、抱え続けてきた彼女の心の闇が、主君によって払われることもまた……運命だったのかもしれない。

「──ありがとう。この言葉をずっと君に伝えたかった」

 サヤの目の前が途端に歪み出す。

 カムイの優しい口調に、予想していなかった不意の言葉に、先ほどまでの恐怖が嘘のように霧散していく。
 不遇の人生を歩んできた彼女にとって、真摯しんしな言葉は身に慣れない劇薬のようなものであり、瞳からこぼれるものをどうしても抑えきれない。

 サヤの姿を目の当たりにして、王子は切なそうな表情で続ける。

「……そして僕はどうしようもない人間です。君がこんなにも涙を流していると言うのに、その理由を察することも出来ず、ただ……目の前の女性を強く抱きしめたいと願ってしまった……。だからどうか──許して欲しい」

「……ぁ……」

 カムイから求められた強い抱擁ほうよう
 サヤは魔道具である赤い鎧を咄嗟に消す。
 武骨な鎧で彼に傷ついて欲しくない、無意識だった。
 その優しさが結果、カムイの体温を否応なしに自身のそれへと感じさせてしまう。

 異性の長身は、包み込むように彼女を覆っていた。
 サヤの境遇が長い間許してこなかった感触に、感情は大きく乱れていく。
 心の底で願い続けてきた人の温もりを、彼女は遂に知ってしまったのだ。
 瞬間、頭の中は真っ白になり……両の手は思わず彼の少しごつごつした背中に接してしまう。
 自分とは違う香りに包まれ、頭の中が真っ白になった。

 王子は耳元でささやくように、

「──ずっと、好きでした。君を……サヤを、もう二度と僕は手放したくない」

 強く、強すぎるほどにカムイはもう一度彼女を深く抱きしめた。
 決意はすでに言葉として十分すぎるほど彼女に伝わっている。

 もう、逃れられない。

 覚えのないくらい心が溢れ出しそうになり、とても苦しい。
 でも、その苦しさはいつもと違っていて。
 無感情を貫くしかなかったこれまでの苦しみと、明確に何かが異なっていた。
 それはきっと……彼から受け取った心が、今触れ合っている身体が──何よりも暖かったから。

 サヤはゆっくりと受け入れるようにまぶたを閉じていく。
 戸惑いのあった両の手も、カムイの身体に最早ゆだねていた。
 幼い頃から切望していたものが、こんなにもすぐ近くにあったのだと、彼女はようやく理解する。
 二人の速い鼓動の音は、不思議な心地良さを生み出していた。
 それは人生で初めて感じる安息の時間。

 カムイへと刹那せつなに見せたサヤの表情は、心の底からこぼれる笑顔で、流れる一筋の涙が彼への答えだった──。






*****

 おなじみのスタッフロールが流れていく。

「……はぁー」

 久方ぶりの呼吸が洩れた。
 物語に没入し過ぎていたらしい。

「それにしても……ほんと何度見ても良いわよね、ツミビは……」

 中学時代にドはまりし、乙女ゲーム沼に沈むきっかけとなったのがこの『ツミビトライク』だった。
 大学四年生の春の休日、私は当時のハードを引っ張り出してきて、思い出のゲームに再び浸っている真っ最中である。

 内容は逆異世界転移もの? とでも言えば良いのだろうか。
 ファンタジー世界の主人公が、現代日本で同郷だったり現地だったりの登場人物たちとの仲を深めていき、最終的には元の世界に帰還するかしないかを選ぶお話。
 ノベルゲームであるため、当然マルチエンディングなんだけど、その中でも特に私一押しのルートと言えるのが──

「なんと言ってもカムイ様ルートよね!」

 一人でうんうん頷いてしまう。
 メインヒーローであるカムイ様ルートのエンディングの結末は、たった今描かれた通りの王道純愛もの。
 人生で初めてクリアしたルートでもあるため、一際思い出深いシナリオでもある。

 このルートはスタッフロールが終わってからも結構長いエピローグが続いており、黒幕との最終決戦から恋人になった二人のその後も見られたりするので、乙女ゲーム界隈からの評価も高い。
 ただ、赤き騎士の正体バレ辺りのクライマックスは文句なしなのだが、エピローグ部分に関してだけは個人的に胸が痛むから……若干苦手というのが正直なところ。

 それと言うのも、

「悪役令嬢に少し救いが無さすぎるんだよね……」

 役割上仕方がないのだが、黒幕である悪役令嬢の最期は中々に悲惨なことになっている。
 元をたどればカムイ様を本気で好きになったからこそ歪んでしまったわけで、ある意味で彼女の想いは真摯しんしだった。そこに僅かでも救いが欲しかった、と大学二年の今でも思う。
 ……ううん、それは建前か。本音は私の事情によるものが大きい。

 率直に言えば、私は典型的な悪役令嬢顔だった。

 老け顔で目つきが悪く、背もそこそこ高い。
 十代初期に乙女ゲーへと傾注けいちゅうしてしまった理由がこの容姿なので、我ながら倒錯した感情だなとはよく思う。
 もっとも、ツミビトライクの悪役令嬢さんの容姿に関しては──

「ってあれ? あー! もしかしてフリーズしちゃった!?」

 自身の乙女ゲー起源を思い出し、しみじみしていたら、スタッフロールが途中で止まっていた。
 エンディング曲もブツリと途切れてしまっている。
 大分古いハードでディスク自体も数えきれないくらい再生していたから、いよいよ限界だったのかもしれない。

「はぁ……ある程度覚悟はしていたけど、ツミビは移植されていないんだよねえ……。これはオークションに張り付いて買い直さないといけないかも」

 独り言を呟きながら内心ガックリと頭を抱える。
 アルバイト本数を増やそうかなぁと思考が行きついたところで──不意に視界が揺れた。

「やばっ……」

 いきなりクラッときてしまったらしい。
 比喩ではなく本当に頭を抱えてしまう。
 貧血? 寝不足?
 あ、カムイ様ルートを休憩なしでぶっ続けプレイしちゃったのが原因かも。

「う、ぁ……」

 いやいや! 自業自得とは言え、本当にやばいって!
 世界がぐるぐる回っていて目もまともに開けていられないし!
 何なのこの強烈な眩暈めまいは!?
 もしかして私死んじゃうの!?
 そう思えるくらいには、今までの人生で覚えのない、強すぎる眩暈なんですけど!

 ああだこうだ考えている間にも、過去最大級の気持ち悪さが襲ってくる。



 吐き気が限界点を超えるよりも先に、意識はブツリとブラックアウトしてしまい……私は──






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