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今時の座敷わらし

1、黒い涙にハンカチを

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『化粧は女の矛盾むじゅんなのよ』

 いつだったか、姉さんが名言っぽく言い放った言葉である。
 当時は『また変なことを言っているな』程度の感想だったが、最近では一理あると姉を再評価中。

 高校に入学して、小中学校の固定メンバーが散り散りとなった春。
 別れがあれば出会いもあるもので、クラスメイトの九割くらいが新しい顔となっている。
 見知らぬ人の中に放り込まれた転校生の気持ちを今日も疑似体験しながら、馴染みきれていないクラスで、朝のホームルームまでの時間を自席で静かに過ごす。

「それでさ、鮮花あざかがまた男を変えていてさー」

「マジで!? 今年入って二桁いくじゃん!」

「マジウケるし」

 クラスメイトたちの多彩な雑談響く教室の中、やや高い音量で一つの会話が耳に入ってくる。
 和音わおんという珍しい苗字の恩恵から窓際最後列に配置された僕とは対称側、最前列の席、明るい髪色の女子生徒三人組が世間話に盛り上がっていた。
 ジッと見つめるのも盗み聞くのも失礼に当たるので、視線は窓の外、意識は自分の内へとズラす。今日も快晴だ。

 ブレザーを着崩した先ほどの三人組は、大雑把な分類でギャルと呼ばれているらしい。
 見た目の派手さから周囲一席分がきっちり空席となっていたが、その実、入学一週間で特に問題行動と言えるものは目にしていない。
 精々が生活指導の先生に濃い目の化粧を注意をされていた程度で──校則で化粧は特別禁止はされていない、授業にも毎回出席している。

 単なるクラスメイトに過ぎない自身であるためそれくらいしか知る部分はないのだが、悪い人たちではないと僕は勝手にもくしていた。
 友人から伝え聞いたギャルのイメージからすると彼女たちは畏怖いふの対象。しかしながら、実際に伝わってくる印象は正反対に属する善良さであり、他の生徒と何ら変わらない普通の女子高生であることがここ数日で判明しかけている。
 要するに、ギャルという言葉に僕は偏見を抱いてしまっていたということだろう。

 自分の未熟さに不甲斐なさを感じると同時に、これが化粧による女性の盾なのだとも実感してしまう。
 強い印象を与える化粧は他社との隔たりを生んでしまうが、そのおかげで現状彼女たちに踏み込んでいくやからも存在しない。もしかしたら女子高生が持ち得る最高の盾なのかもしれない。

「あ、壱多いちたくーん! おはよー!」

 そんな思考に沈んでいたら、不意に小学校以前からの幼馴染がやって来た。

「おはよう。瀬戸内せとうちさん」 

 黒髪ロングでナチュラルメイクの一見すると清楚系の女子に挨拶を返す。

「もー、元気ないぞ~。朝から黄昏たそがれているようじゃ駄目なんだよ?」

 覇気が足りなかったのか、彼女は分かりやすく頬を膨らましてから、諭すような台詞を掛けてくる。
 僕はひと瞬間だけ返答に迷い、それでも何とか言葉を見つけて「……善処します」と返した。

「うんうん、元気だして行こー! ──あ! 守久もりひさくん、おはよー! げんきー?」

 明るさ振りまいて他のクラスメイトの元へ幼馴染は去って行く。
 まるで一過性の嵐であった。
 ……内面を下手に知っているからか、やはり瀬戸内さんは苦手である。

 最前列のギャルな女子たちの化粧が"盾"ならば、きっと彼女のそれは"矛"なのだ。

 姉の名言への理解を、また一つ深められた気がした朝の日の出来事だった。






 同じ日の放課後。
 学校を探索していたら、校舎裏で号泣している女子を発見してしまう。

 まだ訪れていない場所に行ってみようと、気まぐれを起こしたのが悪かったのだと思う。
 泣いている異性は苦手であるし、見知らぬ相手であるのも気まずさを高める。

 このまま回れ右するのが正解なのだろうが──。

「……ひっぐ……ぐすっ……ずびっ……!」

 五十メートル走出来るくらいの距離が離れているのに、嗚咽が聞こえてくる。
 親の教育が良かったので、ハンカチとティッシュは常備していた。
 気はとても重く、なけなしの勇気を振り絞る必要はあったが……足は何とか動いてくれる。

「あの……もしよろしければ」

 ハンカチとポケットティッシュの両方を、泣いている女子生徒に提示してみた。
 掛けた僕の声に、彼女はおそらく反射的に振り返る。

 黒髪がふわりと舞った。

 今時珍しい黒髪姫カット……いや、長めのおかっぱだろうか?
 頭一つ小さいその女子生徒は、マスカラが流れてしまったのか目を真っ黒にしていた。
 ウォータープルーフでなかったか、それさえ崩すほどの涙だったのか。
 幼少の頃自身が泣きさけんだ記憶を思い出し、心が小さく痛むのを感じた。

「怪我をされているのでしたら、保健室の先生を呼んできますが必要ですか?」

 外傷はないように見えるが、あの嗚咽の声量だ。怪我を負っている可能性は捨てきれない。
 メイクの崩れで表情は読めなかったが、多分ポカンとしている。
 そして、黒髪女子はブンブンと頭を振り出した。
 ……良かった、ひとまず怪我ではないようだ。

「分かりました。……ええと、傷の保護にも使えますし、そのまま捨ててしまっても良いので、こちらを使ってもらえると個人的には助かります」

 割と頑張って頭の中で考えた台詞をそのまま発言してみる。
 傷の保護と加えたのは配慮のつもりだったが、どうにも彼女は言葉の通りに解釈してしまったようで。

「ち、ちがっ……! ふ、ふられ……た、だけ……です……!」

 嗚咽の残った声だったので、はっきりとは聞こえなかったが僕の耳にはこう聞こえた。
 ……そうか、フラれてしまったから泣いていたのか。
 恋愛感情には疎いが、失恋はとても辛いと有名である。

「お節介をしてしまい申し訳ありません。でも、怪我をしていなくて本当に、良かったです」

 泣いていた時の姿勢のまま彼女の両手は徒手となっていたので、そこにハンカチとティッシュを置いて、僕は「では、失礼します」と回れ右をする。
 後背に黒髪女子が声を掛けたような気がしたが、失恋の心情を察して、僕は早足で校舎裏から去って行った。

 ……やっぱり泣いている異性は苦手だ。

 どんな言葉をかけて良いのか分からなくなるし、実際に上手く掛けられなかった。

 でも、せめて。

 ──多少なりとも、あのハンカチが彼女の役に立てたのなら……心から嬉しく思う。






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