黒の少女と弟子の俺

まるまじろ

文字の大きさ
上 下
29 / 32

第29話・最後の選択

しおりを挟む
 僅かに残っていた夕陽の赤い光を背に立つユキの姿を見た俺は、夢か幻でも見ているのかと思った。そしてこの時の自分の複雑な感情を、俺は上手く表現できる自信は無かった。
 それでもあえてその溢れていた強い感情を口にするとしたら、それは驚きの感情だったと思う。
 俺がこのエオスに生まれて過ごして来た中で、驚いた出来事はいくつもあった。
 しかしその全てを含めたとしても、今ほど驚いた事は無い。だって死んだはずの大切な人が、こうして俺達の目の前に立っているんだから。
 死んだ者は甦りはしない――それは世界に居る誰もが知っている真実で、覆しようがない現実だ。なのに俺はその真実と現実を越えた光景を見ているんだから、驚かないわけがない。

「エリオス。大丈夫?」

 俺達に近付いて来たユキは心配そうな表情を見せると、腰を落として俺へ声を掛けてきた。

「……本当に、本当に君はユキなのか?」
「私がユキじゃなかったら、ここに居る私はいったい何だって言うの? エリオスは私と離れたほんの少しの間で、私の顔を忘れたとでも言うのかしら?」

 そのもの言いは確かに俺のよく知っているユキそのもので、どこにも彼女がユキじゃないと疑う余地は無い。だがそれでも、俺の中にある信じられないと言う思いは強かった。
 でも、これは紛れもない現実で、ユキはちゃんと俺の目の前に存在しているのだ。

「……忘れたりするわけない。だってユキは俺の大切な人で、大事な師匠なんだから……」
「エリオス……ありがとう。ライトヒーリング」

 俺の言葉に優しく微笑むと、ユキは右手を俺へ向けて魔法を使った。
 そしてユキの右手から優しく淡い白い光が放たれると、俺を襲っていた痛みがどんどん和らいでいく。

「どお? 少しは痛みが引いたかしら?」
「凄い……さっきまであんなに痛みがあったのに……ユキ、いつの間に回復魔法を使える様になったんだ?」
「私だってエリオス達と離れてから遊んでたわけじゃないのよ? それに回復魔法はこれから絶対に必要になるから、その為の修行もしてたのよ」
「ユキ! 生きてたならどうして私達に何も伝えなかったのよっ! ユキが死んだって知った私やお兄ちゃんが、どれだけ悲しくて悔しい思いをしたと思ってるのっ!!」
「……ごめんなさい、ティア。私の仇を討とうと必死になってくれていたあなた達の事は、私も遠くから見てた。でも、アイツの正体を探る為に、私はどうしても表に姿を現すわけにはいかなかったの。だから今回の件は、全部私が悪かったと思う。ごめんなさい……」

 ユキは最後にもう一度謝罪の言葉を口にすると、深々と俺とティアに向かって頭を下げた。

「ううっ……ユキッ! 良かった。生きてて本当に良かったよぉ……」
「ティア……」

 頭を下げていたユキがその頭を上げると、ティアは感極まったかの様にしてユキに飛び付いて喜んだ。
 もちろん俺もティアみたいに飛び付いて喜びたい気持ちはあったけど、その役目はティアに任せておく事にする。

「エリオス。ティア。色々と迷惑をかけたけど、あなた達が表立って動いてくれていたおかげで、私はアイツの正体やディスペルマジックの対応策も知る事ができた。本当に感謝するわ。だからあとの事は、私に任せてくれるかしら?」
「もちろん。だってそれが、ユキがモンスタースレイヤーになった理由なんだからさ」
「お兄ちゃんをあんな目に遭わせたんだから、本当は私がアイツを叩き潰したいんだけど、ここはユキに譲っておくよ。だからユキ、義兄おにい義兄さんの仇をしっかりと討って来るといいよ」
「ありがとう」

 俺達に向かって一言そう言うと、ユキはホワイトローズスコールによってもがき苦しんでいたライゼリアの方へと身体を向けた。

「グウウウ……ユキ、キサマはあの時、確かに殺したはず! どうして生きているんだ!!」
「ライゼリア兄さんが殺したと思っていたのは、私そっくりに作った人形に幻視の魔法を施していた物よ。それにしても、まさかライゼリア兄さんがラファエル兄さんを殺したダークドラゴンだとは思ってもいませんでした。ラファエル兄さんはライゼリア兄さんにもとても優しかったのに、どうしてあんな事をしたんですか?」
「ふんっ。何が優しかっただ! 兄貴は自分より劣ると言われ続けていた俺を、哀れんで優しくする振りをしていただけだっ! 本心では俺を馬鹿にしてたんだ! あの両親や周りの奴等の様になっ!」
「それは違います! ラファエル兄さんはいつも言っていました! 『ライゼリアは俺と違ってとても才があるけど、真面目で人の言葉を聞き過ぎるから、親や周りの言葉に潰されてしまわないか心配だ』って。ラファエル兄さんはいつもそうやって、ライゼリア兄さんの心配してたんです!」
「そんなの嘘だっ!!」
「嘘じゃありません! どうして実の兄の事を信じてあげられないんですか!」
「うるさいっ! 実の両親が俺をゴミ屑の様に扱っていたんだ。だから兄貴も同じはずなんだっ!」
「……ではそれが、お父様やお母様を殺した理由なんですか?」
「そのとおりだ! あんな奴等、俺に殺されて当然だ! もちろん兄貴もなっ!」

 その言葉を聞いたユキは、頭を深く俯かせた。
 ユキの後方に居る俺にはその表情を伺い知る事はできないけど、きっと凄く悲しい表情をしているんじゃないかと思う。何だかんだと言っても、ライゼリアは家族なんだから。

「……ライゼリア兄さん。今まで犯した罪を償ってもらえませんか? 人として。でなければ私は、モンスタースレイヤーとしてライゼリア兄さんを討つ事になります」

 悲しそうに。それでいてはっきりと力強くユキはそう言った。
 それはユキの中にあった、家族としての最後の情だったのかもしれない。

「上等じゃねえか! 今度こそお前を本当にあの世へ送ってやるよっ!」
「ライゼリア兄さん……残念です…………。私はモンスタースレイヤー! ユキ・ホワイトスノー! 多くの命に仇なすモンスターを狩る者! 私はモンスタースレイヤーとして、多くの命を奪い取ったお前を討つ!!」

 自分の中にある情や迷いを振り払うかの様にして力強くそう言ったユキは、ダークドラゴンとなったライゼリアを前に身構えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

スキルを得られない特殊体質の少年。祠を直したらユニークスキルもらえた(なんで??)

屯神 焔
ファンタジー
 魔法が存在し、魔物が跋扈し、人々が剣を磨き戦う世界、『ミリオン』  この世界では自身の強さ、もしくは弱さを知られる『ステータス』が存在する。  そして、どんな人でも、亜人でも、動物でも、魔物でも、生まれつきスキルを授かる。  それは、平凡か希少か、1つか2つ以上か、そういった差はあれ不変の理だ。  しかし、この物語の主人公、ギル・フィオネットは、スキルを授からなかった。  正確には、どんなスキルも得られない体質だったのだ。  そんな彼は、田舎の小さな村で生まれ暮らしていた。  スキルを得られない体質の彼を、村は温かく迎え・・・はしなかった。  迫害はしなかったが、かといって歓迎もしなかった。  父親は彼の体質を知るや否や雲隠れし、母は長年の無理がたたり病気で亡くなった。  一人残された彼は、安い賃金で雑用をこなし、その日暮らしを続けていた。  そんな彼の唯一の日課は、村のはずれにある古びた小さな祠の掃除である。  毎日毎日、少しずつ、汚れをふき取り、欠けてしまった所を何とか直した。  そんなある日。  『ありがとう。君のおかげで私はここに取り残されずに済んだ。これは、せめてものお礼だ。君の好きなようにしてくれてかまわない。本当に、今までありがとう。』  「・・・・・・え?」  祠に宿っていた、太古の時代を支配していた古代龍が、感謝の言葉と祠とともに消えていった。  「祠が消えた?」  彼は、朝起きたばかりで寝ぼけていたため、最後の「ありがとう」しか聞こえていなかった。  「ま、いっか。」  この日から、彼の生活は一変する。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...