黒の少女と弟子の俺

まるまじろ

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第9話・少年の決意

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 どんな強者にも弱点はある。遥か昔からエオスに伝わる言葉だが、それは現在においても変わる事が無い真実だ。
 なぜなら世界の希望であり、多くの命に仇なす存在であるモンスターを駆逐する存在である絶対強者、モンスタースレイヤーの称号を持つ天才少女2人が、揃いも揃ってもう5日もベッドの上で苦しみの声を上げているのだから。

「師匠、大丈夫ですか?」
「お兄ちゃん……私はもう、ダメかもしれない……」

 陽も沈んだ夜。
 ベッドの上で弱々しい声を上げながら涙目になるティア。その弱気な発言は、いつもの#天真爛漫__てんしんらんまん__で元気なティアらしくなくて心配になる。

「何を言ってるんですかっ!? しっかりして下さい! 師匠!!」
「お兄ちゃん……これが最期になるかもしれないから、私をぎゅっと抱き締めてほしいな……」
「師匠……」

 俺は弱々しい声でそんな事を言うティアを見つめる。
 こんなに弱ったティアの声を聞くのは、俺がモンスタースレイヤーになる為の修行を始める前に風邪をひいた時以来だ。

「はあっ……ティア、茶番はそこまでにしておきなさい。エリオスが心配してるでしょ? ゴホゴホッ!」
「ちょっと! もう少しでお兄ちゃんが私をぎゅっと抱き締めてくれることろだったのに! 邪魔しないでよねっ! ゴホゴホッ!」
「あなたが下らない事をしてエリオスを困らせてるからいけないんでしょ? ゴホゴホッ!」
「下らなくなんてないもん! 私は真剣なんだもん! お兄ちゃんにぎゅっとしてほしいんだもんっ! ゴホゴホッ!」
「まったく……こんな時にまでお兄ちゃんお兄ちゃん。とんだ甘えん坊ね。ゴホゴホッ!」
「私は甘えん坊じゃないもんっ!! ゴホゴホッ!」
「「ふうっ……」」

 お互いに言いたい事を言い合うと、2人は力尽きた様にして大人しくなった。
 俺はそんな2人の額に乗せていた小さなタオルを手に取り、それをテーブルの上に置いてある水を溜めた木製の桶に浸け、水が垂れない程度に絞ってから再び2人の額へと乗せた。

「ユキ、大丈夫?」
「ありがとう。大丈夫よ。この子の茶番を聞いてる時以外はね」
「だから茶番じゃなくて、真剣なんだって言ってるでしょ?」
「はいはい。分かったから大人しく寝てなさい。それじゃあ治るものも治らないわよ?」
「そうですよ、師匠。このままだとまた熱が上がりますよ?」
「お兄ちゃんが私をぎゅっと抱き締めてくれたら治ると思うんだけどなあ」
「ははっ。そんな事で風邪が治れば誰も苦労はしませんよ。お願いですから大人しく寝てて下さい」
「ぶぅー、お兄ちゃんの馬鹿っ! にぶちん大王っ!」

 ティアはそう言うといじけてしまったらしく、頭まで掛け布団を被ってしまった。
 モンスタースレイヤーとしてはとても優秀なのに、相変わらずそれ以外ではお子様な面が多い。しかもそれは、ユキと行動を共にする様になってから更に顕著けんちょになった気がする。

「あなたも大変ね」
「もう慣れたよ。俺が八歳の頃からずっと一緒に居るわけだし」
「なるほど。それでエリオスにべったりなわけね」
「ははっ。さて、俺はちょっと薬屋に行って来るけど、2人共、何か買って来て欲しい物とかある?」
「お兄ちゃんが欲しいっ!!」
「師匠、俺はお店に売ってませんよ。ちゃんと買える物にして下さい」
「ちぇっ……それじゃあ、イチゴをお願いしよっかな。うんと甘いやつ」
「了解です。ユキは何かある?」
「私は別にいいわ」
「病気の時くらいは遠慮しなくてもいいんだよ? ほら、欲しい物を言ってごらん」
「……分かったわ。それなら、何か甘いフルーツをお願いするわ。品はエリオスに任せるから」
「了解。それじゃあ行って来ます」

 俺はベッドに横たわる2人に見送られ、夜の街に出て薬屋を目指した。
 約1週間ほど前からだが、この街では風邪が流行り始め、今も爆発的に患者が増えている。こういった事はエオスではたまにある事だが、それでもここまで酷い流行を見るのは初めてだ。
 しかしその原因は分かっている。風邪の特効薬として使われる仙草せんそうムーンティアーが採取できないからだ。
 ムーンティアーはそれ一つで100人分の風邪特効薬となる仙草で、花、茎、葉、根、ありとあらゆる部分が薬になる貴重な薬草だ。しかしその効果の高さに比例するくらいに入手難易度が高く、ある程度の高さがある山の山頂付近の開けた場所でしか成長しない。
 しかもムーンティアーが採取できる高さの山は、今のところどの街も結界外にしかない。つまりムーンティアーを採取するには、モンスターの生息範囲に踏み込まなければいけないのだ。
 そんなムーンティアーの採取は、通常とても熟練した護衛とモンスタースレイヤーを連れて行くんだけど、今回はタイミングが悪い事にムーンティアーが切れる頃に風邪が恐ろしい勢いで流行ってしまい、モンスタースレイヤーを含めた戦力となる者達のほとんどが病に侵されてしまった。それが今の爆発的風邪の流行を後押ししたとも言える。
 幸いにも俺はまだ風邪に侵されてはいないが、俺だっていつまで元気で居られるかは分からない。その事がとてつもなく不安だ。
 そして薬が無いと分かっていながらも薬屋へと向かった俺は、そこで仙草ムーンティアーを採取する為のパーティー募集をしているのを見かけた。

 ――見習いモンスタースレイヤーでも参加可能か……。

 普通ならムーンティアーの採取には相当な実力を持つ人を連れて行くはずなのに、見習いモンスタースレイヤーでも参加可能って事は、今回の事態が相当に切羽詰まってるって事だと思う。
 しかし、今の街の状況を考えれば、そうせざるを得ないのも分かる。だってこのまま患者が増え続ければ街が機能不全に陥り、みんなの生活そのものが破綻してしまうのだから。
 この前代未聞の事態を前に、俺は1人のモンスタースレイヤー見習いとしてこの仙草ムーンティアー採取作戦に参加する事を心に決めた。
 そしてパーティー募集をしている人に詳しい作戦の内容を聞き、その後でティアとユキがご所望していたフルーツを買って宿屋へと戻った。

「――私は反対だよ。お兄ちゃん」

 宿屋へと戻って2人にフルーツを食べさせた後、俺は今回のムーンティアー採取作戦に参加したいという意志を2人に伝えた。しっかりと師匠であるティアとユキに了承を取っておきたかったからだ。
 しかし俺の話が終わった瞬間、ティアはすぐにその事に反対の意を示した。

「どうしてですか? 師匠」
「反対するのは当然だよ」
「だからどうしてです? 俺の実力が不足してるからですか?」
「そんな事は無い! でも、反対する最大の理由は、その作戦にモンスタースレイヤーが1人も参加していない事だよ」
「だからそれはさっき言ったじゃないですか。この街に今の時点で滞在しているモンスタースレイヤーは、師匠とユキを含めた3人しか居ないんです。しかもその全員が風邪に侵されているんですから、今回の場合は仕方がないんですよ」
「それでも駄目っ! 危険だと分かっている場所にお兄ちゃんを向かわせるわけにはいかないもん!」
「だったら師匠やユキ、街の人達はどうするんですか!? このまま放っておけって言うんですか!?」
「そんな事は言ってないもん!」
「言ってるのと同じじゃないですか!」
「2人共、ちょっと落ち着きなさい」
「落ち着けるわけないじゃないっ! ユキだってお兄ちゃんを行かせる事に反対でしょ?」
「……私は行かせてもいいと思うわ」
「ど、どうして!?」

 ユキの口にした言葉に対し、ティアは驚きの表情を見せた。きっとユキは自分の意見に賛成してくれると思っていたんだろう。

「よく考えなさい。現状でモンスタースレイヤーは誰も動けない。街には多くの患者が溢れている。それを止めるには誰かがムーンティアーを採りに行かなければいけない。だったらこの判断は、今の時点では最善の手でしょ。これ以上時間をかければ、まだ動ける戦力すら風邪で動けなくなる可能性だってあるんだから」
「そ、それはそうだけど……だったら私が一緒に行くよ! それなら――」
「止めておきなさい。仮に私かティアのどちらかが付いて行ったとしても、今の状態ではまともに戦えないわ。むしろみんなの足を引っ張る可能性が高い」
「そんな事ないもん! 私がお兄ちゃんの足を引っ張るなんて!」
「冷静になりなさい。いい? モンスタースレイヤーの称号を持つ私達は、他の見習いモンスタースレイヤーも含めた信頼の象徴なの。みんな強いモンスタースレイヤーが居るからこそ、安心して戦える。もちろんモンスタースレイヤーが居るからと言って絶対に安全で安心とは言えないけど、モンスタースレイヤーが居るか居ないかでは心中がまったく違う。普段の私達ならともかく、病気で集中力を欠いた今の私達では、守れる命も取りこぼすかもしれないのよ?」
「で、でも、それでもお兄ちゃんが……」
「はあっ……あなたはエリオスが簡単にやられてしまう様な柔な修行をしてきたの? 言っておくけど、私は違うわよ? 私はあたなよりもエリオスに修行をつけた期間は短いけど、エリオスがいつどんな時でもモンスターと戦って帰って来れる様な修行をしてきたわ」
「わ、私だってそうだもん!!」
「だったら自分が育ててきた弟子を信じなさい」
「ううっ…………分かったよ。でも、無茶はしちゃ駄目だよ? お兄ちゃん」
「はいっ! 俺、絶対に仙草ムーンティアーを持って帰ります! だから待ってて下さい。師匠」
「エリオス。無茶と無謀は勇気とは言わないからね? そのあたりはしっかりと覚えておきなさい」
「うん。分かったよ、ユキ」

 こうして2人の許可を得た俺は、明日のお昼から始まる仙草ムーンティアー採取作戦に参加する事になった。
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