黒の少女と弟子の俺

まるまじろ

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第3話・黒の少女と白の少女

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 雑技団の人達をモンスターの群れから助け出した翌日の早朝。
 俺は部屋の中で聞こえる物音で目を覚ました。

「んん……」
「あっ、起こしちゃった? ごめんね、お兄ちゃん」
「いや、それはいいんですけど、こんな朝早くからどうしたんですか?」
「ちょっと昨日モンスターと戦った平原まで行こうと思って」
「えっ? 何でですか? まさか、またモンスターが出現したとか?」
「ううん、違うよ。目的はこれ」

 そう言うとティアは両手を握り合わせて祈る様なポーズをとった。
 そしてそれを見た俺は、すぐにティアのしようとしている事を理解した。

「なるほど。雑技団の人が雇っていた人達の鎮魂ちんこんですか」
「うん。護衛の人達がどんな人達かは知らないけど、雑技団の人達を守る為にモンスターと戦った立派な勇者だから、せめて鎮魂はしてあげたいんだ」
「そうですよね……師匠、俺もその鎮魂に付き合せて下さい」
「うん。それじゃあ、一緒に行こう」
「はいっ!」

 俺は返事をしながら素早くベッドから下り立ち、出掛ける準備を始めた。
 そして準備を終えた俺とティアは街の商店で死者に手向ける花と酒を買い、その足で昨日の平原へと向かった。

「――お兄ちゃん、何か見つかった?」
「いいえ。確かこっちの方だったと思うんですけどね。別の場所に居るのかな?」

 昨日モンスターと戦った平原に辿り着いた俺達は、そこから護衛の人が戦っていたと思われる岩場の方へと向かい、その遺体を探していた。しかし、所々に戦いの爪痕らしきものやモンスターの死骸はあるが、戦っていたであろう護衛の人達の遺体は1人として見つからない。
 そこで俺達は二手に別れ、再び護衛の人達の遺体を探し始めた。
 そして二手に別れてからしばらく捜索をしていたけど、結局1人の遺体も発見する事ができず、俺はその事に疑問を抱き始めていた。

「おかしいな……何で1人も見つからないんだ?」

 戦いの爪痕はしっかりと残っているのに、肝心の人の姿が無い。
 モンスターは基本的に人を食べたりする種は少ないので、殺されても遺体が残っている場合がほとんどだ。だから今回の様に、身に付けていた装備はおろか、遺体すら見つからないという事はほとんど無い。
 それにここまでにあったモンスターの死骸を見る限りは、どれも人を食べるタイプではなかったから、この状況はどう考えても変だ。
 そんな事を思いながらも捜索を続けていると、岩場地帯から少し離れた場所にある森の中から、リーン、リーンと、軽く涼やかな鐘の音が聞こえてきた。
 その音を聞いた俺は、もしかしたら生き残った人が居るのかもしれないと思い、急いでその音がする方へと向かった。
 しかし、鳴り響く鐘の音を頼りに辿り着いた場所で見たのは、1人の真っ白なドレスをまとった白銀ロングヘアーの少女だけで、背を向けているその少女が静かに鳴らす鐘の先には、十字架が立てられた複数のお墓があった。

「あのっ――」
「静かに。鎮魂の最中よ」

 こちらを振り向く事なくそう言う少女。俺はその言葉に黙って従い、彼女の鎮魂が終わるのを待つ事にした。
 そして何度目になるか分からない鐘の音がピタリと止まると、その少女は手に持っていた小さな鐘を腰に下げていた袋に仕舞い、静かにこちらへと振り返った。
 幼い風貌ながらも整った顔立ちに銀色の瞳。その少女の雰囲気はどことなく高い品位を感じさせ、同時にティアの様な力強い何かを感じさせる。

「あなたは誰? こんな所まで何をしに来たの?」
「あ、いや、俺はこの先の岩場地帯でモンスターと戦っていたはずの人達を捜していたんです」
「そう。だったらそこに居るわよ」

 白服の少女はそう言うと、静かに視線を墓の方へと向けた。

「やっぱりそうでしたか……」
「あなた、この人達の仲間?」
「あ、いえ、この方々とは何の面識もありません」
「だったらどうして捜していたの?」
「実は――」

 俺は白服の少女に昨日の事や、なぜ護衛の人達を捜していたのかを掻い摘んで説明した。

「そう。あなたは鎮魂の為にこの人達を捜していたのね」
「はい。そういう事です」
「ふーん」

 俺の話を聞き終わると、白服の少女は何やら興味深そうな物でも見る様にしながら俺の周りをぐるぐると回り始めた。

「あ、あの、何か?」
「……あなたさっき、話の中で『モンスタースレイヤーを目指してる』って言ってたわよね?」
「はい。そうですけど」
「だったらちょうど良いわ。あなたを私の弟子にしてあげる」
「はい?」
「だから、あなたを私の弟子にしてあげるって言ったの。光栄に思いなさい」
「いやあの、どういう事ですか? さっぱり事情が飲み込めないんですが?」
「そういえば、まだ自己紹介をしていなかったわね。私の名前はユキ・ホワイトスノー。モンスタースレイヤーの称号を持つ者で、ちまたでは『白薔薇姫しろばらひめ』とか、『ホワイトプリンセス』とか呼ばれているわ」
「えっ!? 貴方があの白薔薇姫なんですか!?」
「ええ」

 目の前に居る少女があの白薔薇姫だった事は素直に驚いた。なぜなら彼女は、ティアに次いで歴代二番目の早さでモンスタースレイヤーの称号を得た人物として有名だからだ。
 しかもモンスタースレイヤーの称号を得たのはティアと同じ七歳の頃で、その称号を得た早さはティアと僅か一週間しか開きがない事も聞いている。まさにティアと同じ様に、天才に位置するモンスタースレイヤーなのは間違い無い。

「えっとあの……かの有名な白薔薇姫にそう言っていただけるのは嬉しいんですが、どうして俺なんかを弟子にしようと?」
「澄んでいたからよ」
「えっ?」
「あなたの瞳が今まで見て来た人達の中で2番目に澄んでいたからよ。だから私の弟子に相応しいと思った。それだけの事よ」
「は、はあ。なるほど……」

 なるほどとは言ったものの、実際は何も分かっていない。
 それにしても、白薔薇姫は色々と不思議な人だとか噂では聞いていたけど、その噂どおりに不思議な人だ。

「私からの説明は終わったわ。次はあなたの名前を聞かせて」
「あ、はい。俺の名前はエリオス・マイクシュタイナーといいます」
「そう。それじゃあエリオス、今日からあなたは私の弟子よ」
「あ、いや、その事なんですが、実は――」
「お兄ちゃん? こんな所で何をしてるのかな?」

 背後から聞こえてきたその声に、俺の身体はビクッと震えた。
 そして恐る恐る後ろを振り向くと、そこには凄まじく冷たい笑顔を浮かべたティアの姿があった。

「どこにも姿が見えないから必死で捜してたのに、お兄ちゃんはこんな所で女の子と密会してたの? 隠れてイチャイチャしてたの?」
「い、いや、違うんですよ! 俺はちゃんと捜索をしてました! そしたらこちらに居るユキさんに出会ったんですよ! ねっ! そうですよねっ!」
「ええ、確かにそのとおりよ。そしてたった今、エリオスは私の弟子になったの」

 そう言って俺の左腕を両手で抱き包む白薔薇姫。
 俺はその大胆な行動に思わずドキッとしてしまった。

「ちょっと! お兄ちゃんに何してるの!? 離れてよっ!」

 その様子を見たティアはいよいよ冷静さを保つ事ができなくなったらしく、怒りの声を上げながら俺達に近付き、俺と白薔薇姫を引き離した。

「何をするの?」
「はっきり言っておきますけど、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんで私の弟子なのっ! だから変なちょっかいを出さないでっ!」
「私はこれでもモンスタースレイヤーの称号を持っているわ。だから弟子を持つ事は義務だし、だからエリオスを弟子にしたの、だから邪魔をしないでちょうだい」
「私だってモンスタースレイヤーの称号を持ってますぅー! だからお兄ちゃんは私の弟子なんですぅー!! だからお兄ちゃんはあなたの弟子になんかならないんですぅー!!!」
「いいえ。エリオスは私が初めて弟子にしてもいいと思った人だから、絶対に私の弟子として育てるわ」
「だからそれは私の役目だって言ってるでしょっ!」
「だったらあなた、その役目を私に譲りなさい。私だったらあなたよりも遥かに良い指導をしてあげられるから」
「なにおー! それなら私の方が絶対に上手く教えられるんだからっ!」

 俺を間に挟んで始まったこのやり取りは、まさに小さな子供の喧嘩と呼ぶに相応しい。
 そしてこの小さな少女達の喧嘩はそれからお昼を迎えるまで続き、死んでいった者達に向けての騒がしい鎮魂となった。
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