【完結】少女は勇者の隣で"王子様"として生きる

望田望

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●始まりの終わり

出陣式のその後(エピローグ)

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 出陣式の日の夜ご飯は、行軍中なのにかなり豪華だった。

 しかも自分たちで準備する必要もなく、僕らは車内でお喋りして待っているだけ。

 外からは忙しそうな声や音がしていて、散々技術を叩きこまれてきた身としては、むしろ居たたまれなくて何度か外へ出て手伝おうとしてしまった。

 窓を開けて声を掛けるたびに「兵士たちが不用意に緊張してしまうから」という理由で拒否されてしまったけど。

 テーブルに並んでいるのは切れば肉汁溢れる厚いビーフに、具沢山のスープ、柔らかいパン。野菜や薬草を中心にしたサラダにはスパイスと油を使ったソースが掛かっているし、鳥の卵を使った料理も出てきた。

 なんと仕上げには果物のソルベ付き。

 旅も序盤だし新鮮な食材を使い切りたい気持ちも分かるけど、想像以上の歓待ぶりに怖気づいてしまう。

 行軍にはしっかりと調理専門の兵士がいるのだし、無駄にしているわけではないだろうけど正直に言えば嬉しくはない。

「これ、何のための訓練だったのかなって思っちゃいますよね」
「それ僕も思ってた」
「いざというときのための訓練だから、技術は使わないに越したことないけどな」
「あれは、やりすぎ」

 結局、セナの言葉が全てを物語っていた。

 どれだけ僕らが過酷な訓練を受けていたのかを言って回りたい。勇者というだけで、聖女や賢者、その付き添いと言うだけで、かなり色々と背負わされていたわけだ。

 だって、下働きを請け負っている兵士はどう見たって余り慣れていない。

 下手をしたら薬草の区別すら危うい気配を見せている。

 暫く外を眺めていたけど、僕が無言でみんなを振り返ると、同じような顔で黙って頷いてくれたのでそっと窓を閉める。気持ちは一緒だ。

「美味しいですね……」
「危機感薄れるよね……」

 周囲の思惑は分からないけど、この豪華さは僕らを持て余してしている部分もあるんだろうな。ずっと続けるつもりなら、折を見て食事の内容を変えるように言ってみるべきかもしれない。


 その晩はその場で就寝となった。テーブルを挟んで、天井に備え付けられているベッドを下ろす。

 兵士たちがテントで野営する中、僕らは車内のさらにベッドの上。

 寝具なんかはふわふわとした上質な素材だったので「ちょっとした旅行気分だね」なんて話してみたりした。実際にそんな考えの人なんて当然一人もいないから、要は皮肉なんだけどね。

 思いがけず恵まれているものだから、みんな自棄になっている。

 行軍中の備品や食料については各士院に一任されているから、もしかしたら僕らは団長たちにお飾りだと思われているのかもしれない。

「わたし、バカにされるの、嫌い」
「セナ、落ち着こう? ね?」
「それなりに主張してきたつもりだったんだけどな。甘かったか……?」
「ヒダカもまさか変な考え起こさないよね?」

 セナだけなら暴走で済むのに、ヒダカが絡むと効率よく目的を達成するから質が悪い。まだそこまで本気でどうこうする段階じゃないよね? とエルゥと一緒に二人を宥める。

「とにかく! 明日も早いし、そろそろ寝よう?」
「そうですね! ルメルさん、ヒダカさん、お休みなさい」
「ああ、お休み」
「お休み、二人とも」
「おやすみ」

 挨拶を済ませると、女性陣は後部座席に下がった。

 僕らは他愛のない話をしながらベッドに横になった。

 周囲は静かで、クック、クックと夜の鳥の鳴き声が大きく聞こえる。

 奇襲でもない限りは、絶命の大峡谷までの道のりは毎日こんな感じになるのかな。昼は移動。夜は予定地での野営。

 警備のために閉められた左右の窓。唯一外を感じられるのは小さく取ってある天窓だけだ。

 覗く星々を見逃したくなくて、右に左に頭を動かす。

 すると、ヒダカもモゾモゾと体を動かしていることに気付いた。

「眠れないのか?」

 できればまだ二人きりで話をしたくはなかったけど、仕方なく返事をする。

「うん……。そうだね。さすがに緊張したかな」
「まあ、それもそうか」

 だからもう寝ようよ、と言う前にまたヒダカが口を開いた。

「俺もだ。でも、期待も大きい。やっとここまできたなって感じ」
「……長かった?」
「ああ、俺にとっては長かった。やっとだ」
「そうなんだ」
「ああ」

 そこで、お互い一度言葉を失った。

 やけに感慨深い様子が印象に残る。“勇者”としてだけじゃなく“主人公”としての気苦労もあるのかな。

 もう、語り部の僕には関係ない話かもしれないけど。

 彼の真意なんて分からないよ。ただ、これ以上は考えたくない。期待したくないんだ。

「じゃあ、ス」
「なあ、ルメル。俺、やっと前に進めるんだ」

 中々話を終わらせてくれない。肝心な話はしてくれないのに。

 体を外側へ向けて、もう眠いのだと訴えかける。

「見ててくれよな? 俺を。今まで見たいに!」

 拒否なんて考えもしていない。そんな言葉にきっと僕の瞳はグラグラと揺れていた。

 分かってるのに。

 この言葉はきっとただの執着なのに。

「スラオーリに感謝を」

 問いかけには答えずに、今度こそ話しを切り上げた。

「え、あ、ああ。スラオーリに勝利を」
「お休み、ヒダカ」
「お休み、ルメル」

 何も。何も無かった。僕とヒダカの関係は変わらず、彼の好意は友情のまま。

 そうじゃなかったとしても、そうだったとしても。

 僕の中ではそれが事実。そうするしか方法がない。

 これが物語だと言うのなら、きっと今日が全ての始まりなのに。僕の話は終わってしまった。

 僕はこれから“勇者”のとなりで“王子様”を演じ続けなきゃいけない。

 きっとそれは一生続いていくんだろうから、いつか遠くへ行きたいとすら思ってるんだ。

 戦う前から逃げる計画なんて情けないけど、もうこれが精一杯。

 大丈夫。心を真っ新にするのは慣れてるから。

 目的が戻っただけ。だから、大丈夫。


 見上げた空には色とりどりの星が輝いている。

 君と見た星はいつも綺麗だった。特別なものだったのに、きっともうあれ以上に綺麗な星空を見られる日は来ないのかもしれない。

 ただそれが悲しくて、辛くて、私は最後と決めて少しだけ泣いた。
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