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●ダンスパーティー

勇者の事情①

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 もうずっと、ルメルだけを見ている。

 俺の名前はエイデン・ヒダカ・ヘンリット。前の国でも割と珍しい名前だったけど、この国ではさらに珍しくなった。“ゲーム”では“ハーフの設定”だったらしい。ヒダカは漢字で“飛鷹”と書くのだそうだ。

 この国に来る前に住んでいたのは国土の広い国だったと記憶している。

 来てすぐのは、エルゥ、セナ、フィア、ルメルので神試合に勝った。とにかく前だけを見ていた。生きるのに必死で、周りからどう思われているのかとか、自分が誰をどう思っているのかなんて考える余裕もなかった。

 だから、ルメルの秘密に気付きもしなかった。こんなに大切だってことにも、あいつがいなくなってから気付いた。

 だからやり直した。

 やり直す権利をもらったから。


 ***


 ルメルが“ゲーム”の存在を知ったらしい。

 端末に届いたあいつからの文章を読んだとき、体が固まってしまってどうしても返信までに時間がかかった。

 こんなに真剣に向き合っているのに、誤魔化す以外の選択肢を持っていないことが情けない。フォローしようとしても、言外に「言わなくてもいいよ」って顔をされると、前の失敗を思い出して話すのが怖くなってしまう。

 今は結論を出さないでいるけど、絶対にそのままにするつもりはない。そのためにも、まずは状況を知る必要がある。

 この状態を作った相手の心当たりは一人しかいない。

 連絡先を知らないので、仕方なく俺は変身魔法を使って外出の用意をする。

 黒髪は赤く、青い目は金色に。目的地が特殊なので今日は特に念入りに変えた。顔だけじゃなく髪型と髪色を変えて、体型も微妙に変えた。

 服装はよく外出のときに着るものじゃなく、隠し持っていたお忍び用。最も世の中に流通している生地で作られた、最もよく見かけるシャツとジレとズボンの組み合わせ。敢えて中古品店で買ったものだから街中にもうまく溶け込むことができる。

 途中で護衛を置き去りにして、向かう先は中央エリアの端っこだ。

 ここで言う中央エリアというのは通称で、高級店や富裕層のエリアを指す。

 首都は中央議事堂を中心にエリア分けされているけど、そこから真っすぐ続く一番大きい道がコナト大通りで、他にも主に富裕層が使う魔導車専用の道が二本ある。その三本には比較的大きな店や流行の店、富裕層御用達の高級店などが並んでいる。

 それ以外にも二本の道があって、こちらは商業エリアや一般市民の住居エリアまで枝分かれしながら続いている。魔導車用に整備された道と歩行者用の道が交ざっていて、沿道には趣味人が通う個人店や、少し珍しい商品を扱う店などが並んでいる。

 そして、その珍しい店が並ぶ一角。横道を入って通りを一本超えた先に目的地がある。

 三階建ての、少し裕福な者が住んでいるのだろう集合住宅の一階の角部屋。

 当然アポなしでの訪問だ。毎回約束や予約などしないで訪問しているけど外れを引いたことはない。その理由が“勇者だから”なのか“他の何か”なのかは分からないし、この行動がどこまで“ゲーム”に沿っているかも不明だ。

 それでも玄関のベルを押せば、すぐに返事があった。

 静かに扉が開いて、一人の男が現れる。歳は今年で五十くらいになるそうだ。黒い髪に黒い目をしている。

「これはこれは、お久しぶりです。本日はどのようなご用向きで?」
「分かっているんじゃないのか?」

 微かに睨むと、男――預言者――はそっと苦笑した。

「ルメルに何を話した?」
「ルメルさんは貴方に何を?」
「質問しているのはこちらだ」
「これは失礼しました。まずはどうぞ中へ」

 男に付いて室内に入ると、そこは外観からは想像できないほど広い空間が広がっている。

 それもそのはずだ。この階層は外側こそ別の人間が住んでいるように装ってあるけど、丸々この男の家なのだから。

 会う相手によって伝える部屋番号を変えているらしい。角部屋を知っているのは、俺やロレンゼンさんなどの個人的に話をしたいと感じた相手だけなのだ、と以前言っていた。本当かどうかなんてどうでもいい。ただ俺のことを俺以上に知っている男と一対一で話す機会がある。それだけで充分だ。

 家の広さに対して控えめな部屋に通される。向かい合わせのソファーが四脚とローテーブルが一つ。窓がないことから、密談向けの応接室なんだろう。俺がこの男と個人的に話すのはいつもこの部屋だ。

 扉が対面で二つあって、一つは玄関からこの部屋に続く道筋に。もう一つはどうやらこの男の個人的な空間に繋がっているらしい。

 ロレンゼンさん以外のフサロアスの人間と訪れたときは、もっと広くて豪華な部屋だったけど扉は一つだけだった。外扉は一番手前の部屋だったし、あれはきっと金持ち専用の目くらましだ。

 ソファーに座って待っていると、友人に出すような質素な木のトレーに茶器と茶菓子を乗せて現れた。

「どうぞ。大したものではありませんが」
「いい。それより」
「はい、分かっております」

「なんであいつに教えた?」
「出過ぎた真似をしてすみませんでした」
「何を言ったのかと、何故言ったのかを知りたい」

「この世界が“ゲーム”であること。貴方が“主人公”であること。聖女様たちと恋愛をすることなどを。あの……私は一般市民です。勇者様に睨まれるのは恐ろしいのですが……」
「睨まれるようなことをした自覚はあるんだろう?」

「はい。しかし、懸念点が出てきたため、仕方なく」
「どういうことだ?」
「一つ、思い出したことがございます――」

 男の話を要約すると、俺が目的を達成するに当たって障害になっていたルメルの問題の一つに、具体的な解決策があることを思い出したと言うのだ。

 それが解決してしまうと、神試合の前に俺の目的が達成できてしまうかもしれない。さらにルメルはすでに解決策を知っているはずだと。

 しかしそれが“ゲーム”として正しいかどうかが分からないそうだ。何故なら、“ゲーム”には障害が付き物。この問題が早々に解決すると本筋から外れてしまうのではないか、と。

 もしそうなった場合、西側が負けるかもしれない危険性すらあると、それが不安なのだと言った。

「勇者様にとって、負けてしまうことは本意ではないかと判断しました」
「俺に一言もなく会いに行った理由にしては弱いな」
「西側の敗戦は”ルート変更”になりますので、ルメル様に予定外の行動を取られるのは得策じゃないと思った次第です。勝手な行動をして、申し訳ありませんでした。ですが、貴方に止められるのは避けたかったのです」

 男が静かに頭を下げる。

 彼なりに考えた結果の行動だということは理解できた。俺に不利益なことはしないことは知っている。

 この男と初めて会ってから、もう五年以上が経つ。向こうからしたらまだ数ヶ月かもしれないけどな。


 俺は、もう四回も俺の人生をやり直しているんだから。
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