【完結】少女は勇者の隣で"王子様"として生きる

望田望

文字の大きさ
上 下
48 / 54
●ダンスパーティー

思い出と現実

しおりを挟む
「ヒダカはさ、自分の生い立ちを恨んだことはある?」

 いつだったかな。まだあの事件が起こってヒダカが落ち着いた辺り、天啓が降りる少し前。二人きりのお酒の席で勢いに任せて聞いたことがある。

 ヒダカは傾けていたグラスを下ろすと、僕を見て考えるような素振りを見せた。

「ある。何回もある。時期によってはずっと恨んでたこともあるな」
「まあ、そりゃあそうだよね」

「知ってるだろうけど、正直言い出したらキリが無いだろう? 両親のことは余り分からない上に、この国に来る前のことも曖昧。やっとグランパたちのところで落ち着いたと思ったら“勇者様”だ。その後も好き勝手に振り回されて、思った通りになんかいかない。本気でふざけんな! 何で俺ばっかり! って思っていたよ」

 僕は無言で頷いて続きを待つ。

「でも、変わらないんだよなあ。騒ごうが怒ろうが、待っているだけじゃ自分に都合の良い展開なんて中々こない」
「そうだね……」
「一発逆転を狙って、逃げたり無視したり色々したけど何も変わらない。やけくそになって他人に当たったりもしたしな?」

 意味ありげにこちらを見るので、初めて会ったときのことを思い出す。確かに、あの頃のヒダカは本当に性格が悪かった。ニマッと笑うと申し訳なさそうに苦笑される。

「きっと俺は可哀想って言われてもいい生い立ちだし、多分、今この世界で一番に面倒な立場だ。でもある日ふと気づいたんだ。努力すれば道を開くことができるんだって。それが許される環境にいるんだって。それだけでも相当恵まれているんだって。――色んな人に会えば会うほど、努力しても何一つ変えられない状況に追いやられている人はたくさんいるって知った。だから、今でも恨んでいるし納得はしてない。でも……なんだろうな。受け入れてやってる。そんな感じだな」

「そっか」
「それに」
「それに?」

「俺には努力する理由がある。目的がある。それを叶えるためなら、頑張れる。ルメル。俺は西の国を勝利に導く。それが役目なんだと思っている。でも、その後は俺の自由だ。俺は俺の欲しい物を全力で取りに行く。そのために今まで頑張ってきた」
「ぅん……」

 ヒダカの右手が僕の右腕を掴む。力強い瞳に気圧される。彼の覚悟が伝わるようで、唾を飲み込むこと以外にできなかった。

「でも、段々タイムリミットが近づいているみたいなんだ。そろそろ失敗できなくなってきている。だから……」
「ヒダカ?」

 タイムリミットってどういう意味? 言っている意味がよく分からない。そう言いたかったけど、どこを見ているのか分からない目に、有無を言わせない勢いを感じて名前だけ呼んで口を閉じた。

 僕の戸惑いに気付いたのだろう。あからさまにハッとした顔をした。

「ああ……、だから、そう。俺、頑張るから。ちゃんと付いてきてくれよな」
「それは、勿論……。僕は君の側近なんでしょ?」
「親友で幼馴染でもあるな。あとは好敵手とかか?」

 満足そうに言われる。

「そうやって聞くと盛りだくさんだね。一つくらい減らしてもいいくらい」
「何言ってるんだ。まだ足りないだろ」
「えぇ? これ以上何を入れるの。欲張りだね」

 一体他にどんな関係があるというのか。クスクスと笑っていると、思っていた以上に真剣な瞳がこちらを見た。

「あるだろ? 他にも」
「ひだか……?」

 頭に一言浮かんで、すぐに打ち消した。余りに可能性の低い希望だ。

 でも、もし血の契約さえなんとかなったなら……。

「俺は、絶対に手に入れるからな」

 ジッと見つめられて期待に胸が高鳴る。もし、もし。万が一。

 でも――。

 一番にエルゥの顔が浮かぶ。次にセナ。妹たちに、ヒダカに好意を寄せるたくさんの人たち。

 あり得るのかな。みんなじゃなくて、私が選ばれることが、あり得るの……?

 目で縋るように見上げたら、応えるように頷かれた。


 ***


 自室の手入れがされた照明の光で、艶のある黒いジャケットが光る。共布のパンツに白いシャツ。ウェストコートはフサロアスの刺繍が入った本家筋にだけ許されたシルバーアッシュ。タイは参列者共通の白。

 セナとは違って、十日前には仕立て上がっていた今夜開催されるダンスパーティーの装いだ。

 毎回着る服は似たり寄ったりだ。女性と違って男性の服装は型が決まっていて幅が狭い。唯一今までと違うのは、耳に付けている大きなシルバーの耳飾りくらいだろうか。

 これは成人した独身男性が付けることが習わしとなっている装飾品だ。

 つまらない風習としては、右耳は意中の人や決まった相手がいますと言う意味で、左耳がその逆という意味がある。ヒダカもずっと左耳に付けていた。僕が付けるのも当然左耳だ。

 耳の輪に被せるようにシルバーの飾りを付ける。透かしの入った銀細工が耳の外側を覆って耳たぶまで続く。涙型の紫色の鉱石は気に入って付けてもらったものだ。誰もこの意味に気付くことはないと思う。僕の中のヒダカのイメージの色。彼の髪は黒いし、瞳は青い。だから基本的に彼の色は青が多い。

 でも、たまに光に当たると彼の髪は微かに紫色に見えることがある。それに気づいてからは、ずっと僕の中の彼は紫色だ。

 抵抗のように長さを保っていたもみ上げ部分の髪も、今日は後ろに撫でつけているから耳が良く見える。軽く顎を鏡に付きだすと、小さく揺れる涙型の紫。

「ふふ」

 何だか笑えてきてしまって声が出た。思っていたよりも素直に笑顔になっていた。

 着替えを手伝っていた使用人がチラッとこちらを見てすぐに仕事に戻る。僕も横目で見てすぐに視線を戻した。

 出発前の最後の確認として姿見の前で全体を見る。

 背の低い細身の体。精々十六歳くらいの体だ。

 人間族は各種族の中でも小柄な方だから、僕くらいの成人男性が全くいないわけではないけどやっぱり数は少ない。ヒダカやヴェニーに比べればどうしても小柄で頼りなく映るだろう。

 もし本当に男であったなら、シルバーアッシュの髪色をしていなければ誰も相手なんてしてくれなかったに違いない。

 最後に正面を向いてみる。胸元のチーフ、白いカフス、磨かれた黒い靴。

 どれも僕に合わせて誂えたのだから、我ながらよく似合っている。

 それなのに、どうしても違和感が消えない。もう何度も見た姿なのに。

「ルメル様、お時間です」
「……分かった」

 使用人が時間通りに声をかける。余計なことは何一つ言わない。この家はまだ変わらない。

 部屋を出て廊下を歩くと、数人の使用人が頭を下げる。形ばかりの礼だけど、昔はこんなこともされなかった。僕が神試合から帰ってきたときには、兄によってもっと変わっていることを願うばかりだ。

 玄関前に用意してある魔導車に乗り込んで早々に家を出る。

 僕はこれでも立派な成人男性だから、パートナーを迎えに行かなければいけない。

 でもきっと、妹をパートナーに選んだヒダカが二人を迎えにくる姿を見たくなかっただけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

処理中です...