【完結】少女は勇者の隣で"王子様"として生きる

望田望

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●閑話休題 ダンスパーティーに向けて

ドレス選び

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 発端はセナの一言だった。

「パーティー? なに、それ?」

 その場にいたのはエルゥとバイレアルト教授とヴェニーと僕。背筋に冷や汗が垂れた。嫌な予感しかしない。

「セナ……? パーティーの準備とか……」
「準備?」

 なんと純粋な顔をするのか。何も知りませんと言いそうな顔で首を傾げるセナを見て、すぐに教授の顔を見た。ダンスパーティー自体は去年から決まっていた行事だ。セナはともかく教授が知らないはずはない。

「プロフェッサー……?」
「私は色々忙しい身だからねぇ」

 視線を逸らして手元の資料を読むフリをしている。

 この人一回でいいから現行犯で捕まえたい。罪状? 少なくとも僕は色々被ってる。

「言い訳はいりません」

 冷たい声が出てしまう。

 昔に比べたら僕も遠慮がなくなった。最初の頃のヒダカが見たら「人のこと言えないじゃん!」なんて言ってきそう。

「頼んでいいよね?」
「はぁ……。初めからそう言ってください」
「ルメル君! 無謀だ!」
「ヴェニー?」
「悪いとは思うけど、言わせてもらうよ。一人でキリセナのパーティーの準備をするのは無謀だ。止めた方がいい」
「想像は付いてるつもりだけど?」

 研究以外は無精なセナのことだ。何から何までされるがままだろう。

「多分、君が思っているより大変だ。あの子を採寸に連れて行くのも一苦労なら、それ以外にも布選びなどもあって、毎回誰もやりたがらないんだよ。だから、プロフェッサーはわざと知らないフリをしている」
「ううん?」

 情報の真偽を確認するために、まだ目線を合わせようとしない教授の顔を見る。彼は例の胡散臭い笑顔でエルゥに顔を向けた。

「ルメルだけじゃない。エルウアもいるから大丈夫でしょう?」
「え! わた、私ですか!」

 エルゥが焦ったような顔で自分を指差す。彼女の普段の洋服は教会の関係者らしく白を基調とした質素なものが多い。パーティーでも基本的にシンプルな白いドレスのみだ。

「プロフェッサー、悪いことは言いません。専門家に頼みましょう」
「キリセナがそれで逃げなければ、の話だねぇ」

 ヴェニーの提案にも呑気に答えている。僕はため息を付いた。

「……今まではどうしてたんですか?」
「弟子たち総出で取り掛かっていたよ。今回もそうなるかなぁって思ってる」

 自称魔王様の満面の笑み。

「今回は出陣式前の大事なパーティーですけど、それで大丈夫なのですよね?」
「それだよねぇ」
「危機感持ちましょう?」
「だから、ほら。早めに君たちに声を掛けているんだろう?」

 そうだった。教授は僕の性別や身体年齢についても知っているらしいし、公式な場での知識があることも気付いている。

「……最新の研究結果を」
「頑張るね」

 交換条件を出した。

 固有魔法の研究進度は日進月歩だ。いつ血の契約の解除に役立つ情報が出るか分からない。

 わざわざ教授に頼むのは、専門的な論文を僕一人で理解するのは大変だからだ。素直に言うなら解説が欲しい。

「いつかは終わらせるつもりですから」
「いいよ。それで君の気が済むのなら」

 教授はどこか憐れむような目で僕を見ていた。


 そうして僕らはいつもセナのドレスを仕立ててくれる店を訪れている。

 逃げるかと思われた彼女は、エルゥと僕の必死の形相に分かり難く引き攣った表情で頷いた。彼女なりに信頼されているようで少し嬉しい。

 闇夜の全てを表す漆黒。青空のような。そう、まるで“勇者様”の瞳のような水色。瑞々しい果実のようなオレンジとピンク。

 そんな煌めくドレスの海に溺れそうだ。

「エルゥは着てみたいドレスとかないの?」

 オシャレに疎いエルゥと、門外漢のヴェニーと、詳しいなんて言えない僕。微妙に会話がなくて気まずくなったから聞いてみた。

 ちなみに、ヴェニーは僕らだけで行かせることを不憫に思って付いてきてくれている。

「そ、そうですね……」

 控えめに目をあちらこちらに飛ばしている。興味津々といった様子につい笑ってしまった。

「そうだなぁ。ドレスは決まってるなら、この髪飾りくらいなら何も言われないんじゃないかな? どう?」

 それは薄い白のレースを花に見立てて四枚重ねてあって、朝露のような形の石が三つ垂れて揺れている。中央にはやっぱり白の石が控えめに添えられて清楚な雰囲気だ。

 耳の上の辺りに沿えてあげると、鏡を見つめてそっと頬を染めている。

 可愛い。

 なんだか急にやる気が出てきてしまった。

 最近の流行りなんかは分からないけど、恥ずかしくないようにセナを仕立ててみせよう!

 内心で拳を握りしめていると、奥から疲れ切った様子でセナが出てきた。

「終わ、った……」

 まるでやり切ったような顔をしているけど、まだ採寸をしただけだ。

「セナ、疲れてるところ悪いけど、これから布を決めてデザインを決めて、仮縫いから本縫いがあって、小物に髪型、靴、化粧。まだまだすることはいっぱいある、けど……。分かった、分かったから。とにかくそこに座ってて。とりあえず今日は僕がする」

 これ以上私に何かさせる気か! と瞳で訴えられたので、ソファーに座らせてお茶を出してもらう。

 僕は誰がどんな布を選んでいるかの情報を聞きながら、特に妹たちと似ないように意識してテーラーと話し合う。

 ある程度絞り込んだら、こんなときでも魔力端末で研究資料を集めているセナの顔を上げさせて色味を合わせた。

 色白のセナにはこっちの色よりこっちかな。とか小柄だからスカートにボリュームを出したいな、とか。あれもこれもと話している内に、気付いたらセナは寝ているし、エルゥもうつらうつらとしていた。

「ご、ごめんみんな……!」

 焦って謝ったけど、心の中は達成感でいっぱいだ。今日は布とデザインまでが決まった。

 た、楽しかった……!

 女性ものの服の話をすることなんてここ八年くらいずっとなかったから、こんなに楽しいんだってことを忘れてた。

 そう言えば僕は劇団の裏方になりたかったんだよなぁ。

 満たされたため息をつく。

「終わったのかい?」

 眠っている二人を気遣ってか、珍しく静かに問いかけられてドキッとする。本を開いて腰かけている様子が、華やかな空間でやたら絵になっている。この人、黙っていれば本当に綺麗なんだな。

「もうこんな時間だったんだね。僕が夢中になっちゃって……。二人のこと、ありがとう」
「お礼を言うのは僕の方だろう? キリセナといい、プロフェッサーといい、本当にいつもありがとう」
「ふふ。それは受け取っておくよ」
「そうしてくれ」

「暇だったでしょ? 付き合わせてごめん」
「構わないさ。楽しそうなルメル君を見られただけで来た甲斐があったよ」
「ぇ、ぁ……」
「あ! いや! すまない! 変な意味じゃあないんだ! 忘れてくれ!」

 つまり、本心からそう思ったってことなのかな。そっちの方がよっぽど照れてしまう。

 ヴェニーのことは嫌いじゃない。むしろ好きな部類だ。だからこそ邪見にもできなくて微妙な空気が流れてしまう。せっせと片付けをしてくれている下働きの少女たちを眺める。

「そ、そうだ! ルメル君は誰をダンスパーティーに誘うんだい?」

 妙案だ! とばかりにヴェニーが声を張る。

 こういうところ、不器用な人だなぁ。もっといい人が見つかればいいのにって思うのは傲慢かな。

 苦笑して話に乗っかる。

「そうだね、僕は毎回エルゥかセナを誘ってるんだけど、今回は……」
「何か問題でもあるのかい?」
「うん……。ちょっと、どうなるかは分からないかもしれない」

 ヒダカが二人以外を誘うとなると、僕がどちらかだけを誘うわけにもいかない。勇者を差し置いて僕ごときが聖女や賢者と? と考える人はそれなりにいる。

「なら……」
「ヴェニー?」
「二人で柱となるのはどうだい?」

 柱、と言うのはダンスを踊らない男性のことだ。踊らないと言えば聞こえはいいけど、相手がいないか誘うこともできなかった人を指すので、つまり蔑称だ。自分からなりたがる人はそういない。

「なんでそんな……」
「頼まれて何度かパートナーがいたこともあったのだけど……」

 踊ったことが全くないわけではないらしい。

「苦手なの? でも、ベストスコアがそれじゃあ色々言われるでしょ? お誘いも多そうなのに」
「結局最後は柱になるのだったら、最初から一人の方が気楽だと思わないかい?」

 ダンスパーティーのパートナーは最初のダンス以外は自由に選べる。基本的には男側から誘うものの、女側が誘うこともあるし、子供であれば性別に関係なくダンスすることもある。

「せっかくのお誘いだけど、それには乗れないなぁ」

 フサロアス当主筋の次男がダンスの一つもしないわけにはいかない。

「そうだな、すまない」

 大して残念そうにも聞こえない声だった。ヴェニーが立ち上がる。
 あちらこちらに散らばっていた布や装飾品は綺麗に片付いていた。

「本当は……」
「ヴェニー?」

 彼の視線の先には見本用に意匠の凝らされたドレスが飾ってある。彼が何といいたかったのか分かった気がして、僕は苦く笑い返した。
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