【完結】少女は勇者の隣で"王子様"として生きる

望田望

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●勇者の帰還

新しい今日②

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 そうして少し複雑そうな顔をしたヒダカを連れて、急遽勇者パーティーの四人で酒場に来ている。

 エルゥとセナは僕たちによっていきなり午後の予定をキャンセルさせられたのに、文句の一つも言わなかった。

「ヒダカさん、おじいさんとおばあさん、良かったですね」
「美味しい物、食べるといい。元気に、なる」

 満面の笑顔のエルゥと相変わらず表情金の動かないセナに囲まれて、ヒダカは何だかんだと嬉しそうだった。

 酒場では隅のテーブル席に座った。柱があって余り目立たない場所だ。お店には何も言っていないし全員が変身魔法を使っているのに、店員には僕たちだってバレてるような気がする。なんだかすごく親切なんだ。やたら料理もサービスされるし、まだ成人してないエルゥの前には絶対にお酒が置かれない徹底ぶりだ。

 たまに使う店だからかもしれないし、三人の隠し切れない存在感のようなものからなのかもしれない。

「ふふ」
「ルメル? どうした?」

 隣に座るヒダカが不思議そうな顔をする。

「ううん。なんでもない」

 特別待遇に三人が気付いてないらしいのも面白い。お店側もそっとしておいてくれているし、黙っていることにした。

「ヒダカ、これ、食べて」

 乾杯すると、すぐにセナが一口だけ食べた肉の塊の乗った皿をヒダカに押し出した。切り分けたとは言え食べかけだ。人によっては失礼なわけだけど、彼女からしたら一口食べて美味しかった料理をヒダカに食べて欲しかったのだ。ヒダカもそれが分かっているので、笑いながら皿を受け取っている。

 これが美味しい、こっちも食べて。そう言えば来月にはダンスパーティーがあるよね、この前の魔法の訓練で一般兵を怖がらせてしまった。等々、思いつく限りの楽しい話題を選んでみんなで話す。

 料理も並んで場も温まってきた頃、正面に座っていたエルゥがこそっと話しかけてきた。

「ルメルさん! ヒダカさん、元気になりましたね」
「そうだね。まだ空元気なのかもしれないけどね」
「昨日、どんなお話をしたんですか?」
「どんな、って……」

 そこまで話してふと、星明りだけの中で抱き合ったことを思い出した。少し伸びてしまったシルバーアッシュの髪で隠れた耳の縁が熱い。

 僕はつい、口に入れていたトマトを刺したフォークを咥えたまま歯を立ててしまった。ガチン、と音がする。

 ついでに、視線を下に下してしまったのがいけなかったらしい。目の前から「きゃぁ!」と歓喜の声が響いた。

「エルゥ……?」
「何かあったんですか! ヒダカさんが、何かしたんですか!」

 爛々と輝く瞳が僕を捕らえる。え? なに? この子どうしたの?

「そんな、なにも……なにも、ないよ……」

 嘘は得意だけど、エルゥとセナには余り通じないらしい。知らず知らずのうちに小さなくなってしまった声を聞いて、彼女は更に気分が高揚したようだ。

「なにが! あったんですかっ……!」

 身を乗り出してジッと目を見てくる。僕としても、ずっと一人で抱えているには心臓が持たなくなりそうだったので、逃げようがなかった。

 わざわざ椅子を隣に移動させてきたエルゥは、期待に輝く顔を隠す気もないようだ。

 渋々なフリをしながら、昨日あったことをかいつまんで話した。ただ、ヒダカに言った言葉だけは言わなかった。あれはヒダカだけに知っていた欲しかったから。

 エルゥは頬をポワッと染めて両手を添えた。

「素敵です……。星明りだけの室内、抱き合う二人、確かめ合う絆……」

 うっとりとしている。何がそんなに気に入ったのか分からない。

 呆気に取られていると、頭に大きな手が乗ってきた。

「エルゥ、こいつ、今日は二日酔いなんだ。ほどほどにしておいてやって?」
「ふふ、そんなに飲んだんですか?」

 ムッとして掌をどかして真剣な表情を意識する。

「ヒダカが、ね? 僕は付き合わされたの。エルゥ、セナ。二人ともヒダカと飲むときは気を付けてね? 自分も飲むけど、人にも飲ませたがるところがあるから」
「人聞きが悪い。別に酒癖は悪くないだろ?」
「そういう問題じゃないんだよねぇ」

 エルゥが元の場所に戻りながら僕らの飲み物をジッと見つめる。

「昨日も飲んで、今も飲んで大丈夫なんですか?」
「俺は平気だな。慣れだよ、慣れ」
「君、僕と一つしか違わないのに慣れすぎじゃない? 僕はほどほどにしておくよ」

 呆れたため息を落とすと、ヒダカにニヤッと笑われた。

 これ、もしかして挑発されてる?

 乗ったら最後、潰されるかもしれない。少し悔しかったけど勝負から逃げることにした。さっきから黙っているセナに話かける。

「そう言えば、セナも飲めるようになったばかりだったよね? 少しは慣れた?」

 僕の言葉にヒダカとエルゥもセナを見る。彼女は黙々と料理を食べている、ように見えて延々とマメと麦の炒め料理からマメを取り出していた。取り皿にはマメだけが小さな山となって乗っている。

「セナ……?」
「おい、これ……」
「セナ……? 大丈夫?」

 一気に雲行きが怪しくなった。

 セナってもしかして……。

「お酒、弱いの?」
「私、セナが飲んでるの初めて見るので分からないです……」
「俺も、かな」
「僕も、セナと飲むの、これが初めて」

 三人で顔を見合わせた。

「セナ、セナ?」

 エルゥがそっとセナの肩を揺する。

「んぅ?」

 やっと反応したと思ったら声はやたらと幼く、その目は半分閉じていて、頬はほんのりと赤く染まっている。

「セナ……?」
「ね、むい」

 僕の呼びかけにそう答えて、ストンとエルゥの膝の上に体を横たえた。すぐに聞こえてくるスゥスゥと言う息遣い。

 中腰になっていた僕は、同じように立ち上がっていたヒダカと目を合わせる。二人そろってセナを覗き込んだ。

「これ、大丈夫かな?」
「顔色悪くないし、大丈夫だろ。もしかして、こいつ今日初めて飲むんじゃないか?」
「すごく慣れた感じで注文してたけどね……」
「そう言えば、セナからお酒の話は聞いたことないですね……」

 全員で同時にため息をついてしまった。

「ふふ」

 エルゥと僕は顔を見合わせて笑う。

「楽しいですね」
「うん、だね」
「クッ、ハハ! だな」

 ヒダカが笑った。

「ヒダカ……」
「ヒダカさん……」
「ん? どうした? 二人とも」
「ううん。何でも?」

 チラッと見たエルゥと目が合ったので軽く頷き合う。

 きっともうヒダカは大丈夫だ。気分が上向きになる。

「話してばかりでほとんど食べてなかった! ヒダカ、そのお肉取ってくれる?」

 眠ってしまった賢者様ご推薦のお肉を食べてみようか、とテーブルの上に手を伸ばした。
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