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●閑話休題 僕の周りのひとたち
僕の周りのひとたち①
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ジュージューと何かが焼ける音がする。遠くからでも分かる音と鼻をくすぐる香辛料の匂い。今日のバイレアルト邸の庭は実に賑やかだ。
目の前には広いテーブルがいくつも並んでいて、その上にはすでに料理されたマリネやピザ、サラダが並ぶ。端の方では匂いの元である肉料理が焼かれている。先ほどからのいい匂いは珍味であるロンリと、ブラックペッパー、塩などを混ぜたオリジナルのものだそうだ。
僕らはほんの少しだけオシャレをして、キリセナの家に招かれている。
名目上は、勇者パーティーの交流会だそうだ。聞いたときはまだ本格的に決まってはいないのにと思ったけど、本当はセナが行軍訓練を修了したことへの慰労会を兼ねているらしいと風の噂で聞いた。どれだけ過保護なのかとヒダカと二人で顔を引き攣らせたけど、ヴェニーに今までの苦労を聞かされて納得もした。
バイレアルト教授は“勇者様”が現れてから、すぐにキリセナへ訓練に行くように勧め始めていたらしい。でも、当然彼女の首が縦に動くことはなく、褒めて怒って宥めて透かして、最終的には罠に嵌めてでも行かせようとしたそうだ。しかし、キリセナもしたくないことは梃子でも動かぬ所存だったそうで、知らんぷりを付きとおし、罠には逃亡を繰り返し、お手上げ状態だ。
エルゥと仲良くなってからは、彼女の基礎教育が進むのを待っていたらしい。さすがのセナも彼女と一緒ならば、と渋々ながら頷いたところに、渡りに船とばかりに僕らが参加したらしい。やっぱり利用されていた、と苦く思うものの、これも勇者様のためならば仕方ないのかもしれない。
「ルメル、これ、飲む?」
「ありがとう、セナ。それビーフ?」
「ん。おいしい」
セナが食べているロンリと焼いたビーフの組み合わせは彼女の好きな食べ物なのだそうだ。結局、セナに特別甘いのは隠せないし、隠す気もないのかもしれない。ヒダカの好きなピザがある辺りに、弟子に平等にしようと言う気持ちは感じ取れるけど。
「ルメル君! 桃は好きかい?」
「ヴェニー。うん? 好きだよ?」
「なら、これを。桃とハムのサラダだ。美味しいから、よかったら食べてくれ」
ヴェニーが小分けに盛った皿を持って来て差し出してくる。彼は、あれ以来僕と二人きりにはならないようにしてくれている、ような気がする。僕が気にするからなのか、彼が気にするからなのかは分からないけど、正直ありがたい。
隣でセナの表情が固まった。余り表情が変わらないのにここまで分かりやすいとなると、本当にヴェニーが苦手なようだ。
「そう言えば、あのサルはどうなったの?」
行軍訓練後、サルは仮契約を結んだヴェニーが連れ帰った。あれから暫く経つから、そろそろ今後の扱いが決まっている頃だろう。
「保護施設に引き取ってもらうことになった。代わりの魔導士が現れるかどうかは分からないが、天寿を全うできる準備は整ったと言っていいだろう」
「そっか」
「ああ」
そのまま何となく無言で眺めて、せっかくなので桃とハムのサラダを食べる。塩気と桃の甘味が丁度いい。
「ほんとだ、美味しい」
「今日はプロフェッサーお気に入りの料理人を呼んでいるからな。他の料理も期待していい」
「そっか。ありがとう」
「いや、喜んでくれたなら嬉しい」
ヴェニーが本当に嬉しそうに笑う。繊細そうな見た目が、人間族特有の美形だ。この人、僕のこと好きなのか……。そのことが不思議で、いまだにこの感情をどう整理したらいいのか分からない。
ぼうっと見つめていると、段々とヴェニーの顔が赤らんでいく。
「ヴェニー?」
「いや、その。そんなに、見ないで、欲しい。困る」
「へ……?」
つられて僕の頬にも熱が上がりそうになった途端に、左腕を思い切り下に引かれて顔をそちらに向ける。
「お肉、もっと、食べよ」
「セナ?」
そのまま腕を引っ張られる。チラッとヴェニーを見ると、彼は赤くなった顔で苦笑したまま「行っておいで」とばかりに僕らに手を振っている。
「セナ、もしかして助けてくれたの?」
「ルメルと、お肉食べたかった、だけ」
「ありがとう」
本音がどこにあるのか分からかったけど、助かったのは事実だったから、お礼を言った。
ガーデンパーティーと呼ぶには少し庶民的なこの会には、なんと兄が参加している。今はバイレアルト教授とヒダカと三人で話し込んでいるので邪魔をするつもりはないけど、早く話をしたくてソワソワとしている自分を隠すのに苦労する。
彼は今年、高等教育を終えてフサロアス家に戻ってきているものの、まだ二人きりで話す機会はもらえていない。お互いに忙しくしていること、僕がヒダカの家にばかり行っていることも理由だけど、家の中では他の人間の目が厳しくて、まともに話せないのが現状だ。
横目で見た兄の周りには、すでに次に話をしようと狙っている魔導士たちが控えている。もうしばらく様子を見ることにして、お肉を焼いている鉄板の前に行く。
「この匂いはズルいね……」
近づくと、食欲をそそる匂いが胃を刺激する。食事は質や量よりも誰と食べるかを優先したいんだけど、美味しそうな物は美味しそうなことに変わりない。
「キリセナ様! ルメル様! ちょうど焼けましたよ!」
料理人がナイフでカットした肉を皿に盛りつけ、飾りの葉を乗せて僕らに差し出してくる。サラダの乗った皿を手近なテーブルに乗せると、両手で受け取った。
「うわー!」
お肉は内側が薄っすらと赤く、程よく肉汁が溢れてきている。さっそくフォークを伸ばして口に入れる。お肉の脂と味が香辛料と絡まって舌の上で溶けるようだ。
「美味しいっ……!」
「ん、美味しい」
セナと二人、目を見て頷き合う。料理人が満足そうな顔をして胸を張っている。
「これ、止まらなくなるなぁ」
「いっぱいある、から」
「そうだね。いっぱい食べちゃおう! でも、そろそろエルゥに持って行ってあげる?」
僕の提案にセナが薄っすらと口元を上げて頷く。
セナとエルゥが一緒にいないのには理由がある。
今日の主催者がバイレアルト教授であることもあって、庭にいるのはほとんどが魔導士と彼の弟子たちだ。他に招待されているのは僕らの教授たちくらいで、つまり、みんな賢者は見慣れているけど聖女には興味津々なんだ。
始めは僕のところにも固有魔法について話を聞きに来る人がいっぱいいたけど、これでも元首相の子供を十年近くやっているので、こういう場でのあしらい方は上手い方だ。適当に相手をしてさっさと散ってもらった。
結果、エルゥの元に人が集まってしまったのだ。本当はヒダカや兄と話をしたくても話しかけられずにいるだけの人も加わっているかもしれない。
何とか助け出そうとセナが右往左往していたのは、見ていてかなり可愛かった。
一際大きな人垣を見る。助けようにも話しかける隙もないほどだった質問責めも少し落ち着いているだろうし、もういい加減潮時だ。
僕らは両手にエルゥの分の皿を持って集団になってしまった彼女の所へ向かった。
目の前には広いテーブルがいくつも並んでいて、その上にはすでに料理されたマリネやピザ、サラダが並ぶ。端の方では匂いの元である肉料理が焼かれている。先ほどからのいい匂いは珍味であるロンリと、ブラックペッパー、塩などを混ぜたオリジナルのものだそうだ。
僕らはほんの少しだけオシャレをして、キリセナの家に招かれている。
名目上は、勇者パーティーの交流会だそうだ。聞いたときはまだ本格的に決まってはいないのにと思ったけど、本当はセナが行軍訓練を修了したことへの慰労会を兼ねているらしいと風の噂で聞いた。どれだけ過保護なのかとヒダカと二人で顔を引き攣らせたけど、ヴェニーに今までの苦労を聞かされて納得もした。
バイレアルト教授は“勇者様”が現れてから、すぐにキリセナへ訓練に行くように勧め始めていたらしい。でも、当然彼女の首が縦に動くことはなく、褒めて怒って宥めて透かして、最終的には罠に嵌めてでも行かせようとしたそうだ。しかし、キリセナもしたくないことは梃子でも動かぬ所存だったそうで、知らんぷりを付きとおし、罠には逃亡を繰り返し、お手上げ状態だ。
エルゥと仲良くなってからは、彼女の基礎教育が進むのを待っていたらしい。さすがのセナも彼女と一緒ならば、と渋々ながら頷いたところに、渡りに船とばかりに僕らが参加したらしい。やっぱり利用されていた、と苦く思うものの、これも勇者様のためならば仕方ないのかもしれない。
「ルメル、これ、飲む?」
「ありがとう、セナ。それビーフ?」
「ん。おいしい」
セナが食べているロンリと焼いたビーフの組み合わせは彼女の好きな食べ物なのだそうだ。結局、セナに特別甘いのは隠せないし、隠す気もないのかもしれない。ヒダカの好きなピザがある辺りに、弟子に平等にしようと言う気持ちは感じ取れるけど。
「ルメル君! 桃は好きかい?」
「ヴェニー。うん? 好きだよ?」
「なら、これを。桃とハムのサラダだ。美味しいから、よかったら食べてくれ」
ヴェニーが小分けに盛った皿を持って来て差し出してくる。彼は、あれ以来僕と二人きりにはならないようにしてくれている、ような気がする。僕が気にするからなのか、彼が気にするからなのかは分からないけど、正直ありがたい。
隣でセナの表情が固まった。余り表情が変わらないのにここまで分かりやすいとなると、本当にヴェニーが苦手なようだ。
「そう言えば、あのサルはどうなったの?」
行軍訓練後、サルは仮契約を結んだヴェニーが連れ帰った。あれから暫く経つから、そろそろ今後の扱いが決まっている頃だろう。
「保護施設に引き取ってもらうことになった。代わりの魔導士が現れるかどうかは分からないが、天寿を全うできる準備は整ったと言っていいだろう」
「そっか」
「ああ」
そのまま何となく無言で眺めて、せっかくなので桃とハムのサラダを食べる。塩気と桃の甘味が丁度いい。
「ほんとだ、美味しい」
「今日はプロフェッサーお気に入りの料理人を呼んでいるからな。他の料理も期待していい」
「そっか。ありがとう」
「いや、喜んでくれたなら嬉しい」
ヴェニーが本当に嬉しそうに笑う。繊細そうな見た目が、人間族特有の美形だ。この人、僕のこと好きなのか……。そのことが不思議で、いまだにこの感情をどう整理したらいいのか分からない。
ぼうっと見つめていると、段々とヴェニーの顔が赤らんでいく。
「ヴェニー?」
「いや、その。そんなに、見ないで、欲しい。困る」
「へ……?」
つられて僕の頬にも熱が上がりそうになった途端に、左腕を思い切り下に引かれて顔をそちらに向ける。
「お肉、もっと、食べよ」
「セナ?」
そのまま腕を引っ張られる。チラッとヴェニーを見ると、彼は赤くなった顔で苦笑したまま「行っておいで」とばかりに僕らに手を振っている。
「セナ、もしかして助けてくれたの?」
「ルメルと、お肉食べたかった、だけ」
「ありがとう」
本音がどこにあるのか分からかったけど、助かったのは事実だったから、お礼を言った。
ガーデンパーティーと呼ぶには少し庶民的なこの会には、なんと兄が参加している。今はバイレアルト教授とヒダカと三人で話し込んでいるので邪魔をするつもりはないけど、早く話をしたくてソワソワとしている自分を隠すのに苦労する。
彼は今年、高等教育を終えてフサロアス家に戻ってきているものの、まだ二人きりで話す機会はもらえていない。お互いに忙しくしていること、僕がヒダカの家にばかり行っていることも理由だけど、家の中では他の人間の目が厳しくて、まともに話せないのが現状だ。
横目で見た兄の周りには、すでに次に話をしようと狙っている魔導士たちが控えている。もうしばらく様子を見ることにして、お肉を焼いている鉄板の前に行く。
「この匂いはズルいね……」
近づくと、食欲をそそる匂いが胃を刺激する。食事は質や量よりも誰と食べるかを優先したいんだけど、美味しそうな物は美味しそうなことに変わりない。
「キリセナ様! ルメル様! ちょうど焼けましたよ!」
料理人がナイフでカットした肉を皿に盛りつけ、飾りの葉を乗せて僕らに差し出してくる。サラダの乗った皿を手近なテーブルに乗せると、両手で受け取った。
「うわー!」
お肉は内側が薄っすらと赤く、程よく肉汁が溢れてきている。さっそくフォークを伸ばして口に入れる。お肉の脂と味が香辛料と絡まって舌の上で溶けるようだ。
「美味しいっ……!」
「ん、美味しい」
セナと二人、目を見て頷き合う。料理人が満足そうな顔をして胸を張っている。
「これ、止まらなくなるなぁ」
「いっぱいある、から」
「そうだね。いっぱい食べちゃおう! でも、そろそろエルゥに持って行ってあげる?」
僕の提案にセナが薄っすらと口元を上げて頷く。
セナとエルゥが一緒にいないのには理由がある。
今日の主催者がバイレアルト教授であることもあって、庭にいるのはほとんどが魔導士と彼の弟子たちだ。他に招待されているのは僕らの教授たちくらいで、つまり、みんな賢者は見慣れているけど聖女には興味津々なんだ。
始めは僕のところにも固有魔法について話を聞きに来る人がいっぱいいたけど、これでも元首相の子供を十年近くやっているので、こういう場でのあしらい方は上手い方だ。適当に相手をしてさっさと散ってもらった。
結果、エルゥの元に人が集まってしまったのだ。本当はヒダカや兄と話をしたくても話しかけられずにいるだけの人も加わっているかもしれない。
何とか助け出そうとセナが右往左往していたのは、見ていてかなり可愛かった。
一際大きな人垣を見る。助けようにも話しかける隙もないほどだった質問責めも少し落ち着いているだろうし、もういい加減潮時だ。
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