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●行軍訓練

勇者パーティー②

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「……なに?」
「一仕事終わったみたいな顔してるけどな、お前の返事を聞いてない」

 三対の瞳がジッと僕を見つめてくる。それなりに感動的な流れだったのだから、流されてくれてもいいのに。この三人、結構譲らないところがあるのかもしれない。

「僕、は……。状況次第かな、って……」
「ルメルさん!」

 エルゥが珍しく鋭い目線で見てきた。ついしどろもどろに言葉を返す。

「エルゥ、ごめん。……でも僕は」
「ルメルさんもパーティーですよ! エイデン様にはルメルさんが必要です。だから、私たちと一緒に頑張ってくれませんか? ルメルさんがいてくれたら、とても心強いです」
「エルゥ……」
「固有魔法」
「セナ?」
「わたしの、研究論文、見る?」

 衝撃。

 セナは自分の論文を見せることを余り好まないし、論文自体をそんなに書きたがらない。そのセナが。固有魔法の論文を。

「見たい」

 ほとんど反射で答えていた。固有魔法の原理が分かれば、もしかしたら血の契約の解除も可能かもしれない。そんな微かな希望が頭を掠める。

「なら、パーティー、入って」

 当然そうなるのは分かっていても、セナの研究結果はとても魅力的だ。喉からぐうと音がしそうだ。つまり、まだチェックメイトではない。

「あのね、みんなが僕を入れたいって思ってくれるのは嬉しいんだけど、僕じゃ実力不足だと」
「ルメル」
「……ひだか……」

 僕は恐る恐る正面を見た。ヒダカは地面にしゃがみ込んだままこちらを見ていたかと思えば、膝を支えに頬杖をついてそっぽを向く。そして、またこちらを見る。その流れを僕はジッと眺めた。ゆったりとした動作が、逆に逃がす気はないと言っているようだ。

 頬杖を解くと、片膝を付いてヒダカが口を開いた。

「俺と一緒に神試合で戦って欲しい」
「ヒダカ……」

「お前は自分の戦力を低く見てるみたいだけど、俺はそうは思わない。固有魔法のお陰もあるだろうけど、それだって才能だ。お前は誰よりも固有魔法を上手く扱ってるし、努力もしてる。分かってるだろ? この国のトップクラスの兵士でもお前に敵わない者も出てきてる。その年齢でそれだけ実力があれば、三年後は間違いなくすごい剣士になれる」

 何も言えずに激しく瞬いた。胸が熱い。なんだろう、この気持ちは、この感情は。ハッハッと段々呼吸すら荒くなってきた。隠すように胸を抑えて縮こまる。

「ありがとう……ヒダカ。嬉しいよ。でもね、僕の強さはここまでだよ」
「そんなこと」
「分かるんだ。これ以上は強くなれない」
「どうしてそんなこ」
「だって!」

 僕はこれ以上成長できないのだ!
 魔力も筋力も当り前に体の成長と共に強くなっていく。成人していればその差は才能や努力によって違うのだろうけど、成長途中の僕が弱いままなのは仕方ない。仕方ないけど、これ以上は役には立たない。そんなこと言えないから、一度口を閉じる。

「――だってね。僕、君と会ったときから一センチも背が伸びてないんだ。多分、もう伸びない。筋力も、期待できないよ。だから」
「だから、俺にお前を諦めろって言ってんのかよ?」
「ヒダカ」
「いいか、一つだけ言っとく。俺が、お前を諦めることは絶対ない。何があってもだ」
「ひだか」
「頼むよ、ルメル。俺たちと一緒に来てくれ。お前が必要だ」

 ヒダカが右手を僕に差し伸べるのを眺める。どうしよう。どうしたらいい? 彼らと進む道は、きっと楽しいに違いない。でもこの先自分の能力の低さに何もかも嫌になるかもしれない。ヒダカを監視するためには必要なポジションだ。フサロアス家はもろ手を挙げて喜ぶだろう。断ったと知れたら、また嫌味を言われるのは目に見えている。

 どうしよう。どうしようで頭がいっぱいになってしまった。完全に固まった僕をどう思ったのか、エルゥが肩にそっと手を置くと、もう片方の手で、いつの間にか硬く握りしめてしまっていた指を開かされる。

「エルゥ?」

 呼びかければ、大きなピンク色の瞳がなだらかに細くなった。

「ルメルさん、大丈夫です」
「エルゥ、ごめん。でも、僕は冷静に考えて答えを出してるつもりだよ」
「そうですね。ルメルさんがいつも冷静でいようと頑張ってるの、少しは知ってます」
「頑張って、る?」
「ルメル、分かりやすい」
「分かりやすい? 僕が?」
「ルメルさんは、いつもエイデン様のことを考えて、いっぱい頑張ってます」
「たまには、わがまま、言うべき」

 エルゥとセナが口々に僕を解き明かす。頑張ってる? 僕は、頑張っていたの? ポカンと口を開けて二人を見る。

「そうですよ! ルメルさん! したいようにしてもいいと思います。今もほら、行きたいって顔してます。私たちと一緒にいたいって。ヒダカさんの隣にいたいって。そんな顔してると思います。……って、知ったかぶりしてごめんなさいっ!」

 途中まで女神スラオーリの加護があるのではないかと思わせるほど慈悲深い顔をしていたのに、すぐに勢いよく手を離して慌て出した。

「会って三か月も経ってない相手に言われるくらいに、お前は俺といたいって思ってるってことだろ?」

 極め付きに、ヒダカ本人が本心を言い当ててくる。

 みんな、仕方ないなぁって言いたそうな顔をしている。それは僕の役どころじゃないの? なんて思ってるのに、悪くないなんて、ちょっと嬉しいと思っているなんて、そう思う自分がいるなんて、知らなかった。

 真剣に見つめてくる三人の、ともだち。そう、友達。僕の、友達が、僕にしたいようにしていいよって言ってくれている。僕なんかが、側にいてもいいって言ってくれている。世界のためにいるようなすごい三人が、――何よりヒダカが。

 契約だって、今の彼なら西側を捨てることはそうそうないような気もする。難しく考えることはないのかもしれない。そんな紙切れみたいな言い訳を表面にペタッと貼る。

 ふと肩の上から荷物が降りたような気がした。

「ふっ、」
「ルメル?」

 まんじりともせずこちらを見るみんなの様子が何とも言えず、そう。

「かわいい」

 つい口に出てしまった言葉に怒られるかもしれないと思いながらも、僕は久しぶりに心から笑った気がした。
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