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第二章 ゲームの始まり

勇者とフサロアス家

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 そういった経緯もあって、女性陣の第一行軍訓練と僕らの第四行軍訓練を兼ねた野外活動が二週間後に決まった。魔法学の授業後に一通りの説明が終わると、勉強部屋の白板に説明される訓練の日程と手元の仕様書を見比べる。

 今回、彼女たちは初の野外活動だけど早くから事前通知が行われた。やっぱり僕たちのときがイレギュラーだったのだ。それだけ教授にとって僕が、もしくはフサロアス家の行動に目を光らせているのだろう。

「何か質問はありますか?」

 前に立って説明していた兵士が尋ねる。無言でキリセナが手を上げた。

「……父も、行く?」
「キリセナ。外ではプロフェッサーと呼ぶように言っているでしょう? 今回、私は行きません。目的地はサピリルの森ですが、魔法訓練はしません。つまり生活魔法以外は使用禁止だということです」

 キリセナがカクカクと静かに震え出した。そっと身を乗り出して横顔を見ると目を見開いて衝撃に耐えかねている様子だ。気になってエルウアの方も見てみる。彼女は心配そうにキリセナを見ていた。仲がいいな、と思って最後にヒダカを見た。興味なさそうに手元の資料を眺めていた。僕はそっと資料を閉じると、次の授業に備えて教本の準備を始めた。

「エイデン、君たちはもうチームなのですから、もう少し周りに興味を持ちましょうね。エルウア、人の心配をしている余裕はないですよ? ルメル、諦めないで下さい。君が頼りですよ。キリセナ、頑張りなさい」

 教授がまるで他人事のように諭した。実際、他所事なのだから気楽なものだろう。返事を返したのはエルウアだけだった。

「プロフェッサー、そろそろ次の授業が始まります」
「もうそんな時間ですか。それでは各自、準備を進めておいてください。キリセナ、僕の代わりにヴェニーが引率で行きますよ」

 その言葉に、とうとうキリセナの目が遠くを見つめた。今にも泡を吹いて倒れてしまいそうで、さすがに心配になる。

「エルゥ、わたし、行きたくない……」
「セナ、頑張ろう! ヴェニーさんだってそんなに悪い人じゃないんだから! ね!」

 ヴェニー・ロペツはキリセナの兄弟子に当たる人だったと記憶している。“そんなに”悪い人じゃないというのは誉め言葉じゃない気がするから、純粋に気が合わないのか、教授並みに素敵な性格をしているのかのどちらかだろうか。

 部屋を後にする教授と兵士を見送ると、ヒダカが声をかけてきた。

「ルメル」
「なに……?」
「お前、これでも合同訓練するべきだったと思ってる?」

 言葉に詰まった。実際、少し後悔はしている。でも、

「すべきじゃなかったとは言いたくないなぁ」
「まあ、それはそうだろうけど、俺は面倒臭い」
「ここまで酷いとは思ってなかったと言うか、でも、今行軍訓練しておかないと、後で困るのは多分ヒダカだよ」
「それだよなぁ……」

 ヒダカは「何でこんなのがチームなんだよ」とブツブツ呟いている。愚痴が出ている内は多分まだ大丈夫だ。多分。

 扉をノックする音がする。次の授業の教授が来たのだ。

「ほら、次は歴史だよ。気合入れて」
「はぁ、分かってるよ」
「はぁい、授業始めますよー! エルウア、キリセナ、今日も可愛いわね。私の授業楽しんでいってね」

 急に明るい声で入ってきたのが僕たちの歴史の教授で、陰で生き字引とまで呼ばれている女性だ。彼女の名前バレリエ教授。御年百八十歳、くらい。正確な歳は忘れてしまったらしい。本当に忘れたのかそういうことになっているのかは知らないし、知らなくていいと思う。

 何でも祖先に龍族がいるらしく、老いることなくこの歳まで元気なのだそうだ。龍族は数が少なく、繁殖能力がない。正確にはないのではなく、ほぼ繁殖できない。「行為自体はできるから、楽しみ放題ね」と奔放な言葉を言われたときには苦笑するしかなかった。ヒダカは真っ赤になって怒っていたけど。

 それにしてもどうやって他の種族と龍族との間に子供ができたのか。そちらの方が謎でもある。

「今日も可愛い女の子に授業ができて幸せだわ~。ルメルも可愛いけど、やっぱり女の子よね!」

 そして彼女はものすごく女の子が好きだ。毎回似たような言葉を言われるたびに、複雑な気持ちになる。これで僕が女の子だと知ったらどうなるのだろう? と考えたこともある。あり得ないことだけど。

「さあ、今日は前回の続きから。キリセナ、復習よ。何を学んだかしら?」
「歴四二一年、天使族の生き残りと反政府軍が結託し、政府軍と衝突。内戦へと発展。当初、政府軍が優勢と見なされていたものの、家督を継いだばかりだったフェルドマン家の長男が裏切ったことにより、政府軍が敗走」

「いいわね。さすがだわ。何一つ間違わずに覚えている。三人とも、キリセナを見習っちゃダメよ~? この子は少し覚え方が特殊なの。私だって同じようにはできないわ。ということで、今日も分かりやすい歴史の授業ね」

 白板に大きな地図を広げると、その上に当時の陣営を表す可愛らしいマスコットが貼られていく。

 バレリエ教授はよく言っている。「私の独断と偏見だけどね、歴史って言うのは記号として覚えるか、物語として記憶に刻むかのどちらかが効果的だと思ってるのよ」と。そして僕たちにはストーリーとして、キリセナには記号として覚えさせてくれるから、とても優秀な人なのだと思う。

「前回同様にこの地図を使っていくわよ。この時点で政府軍が優勢だったけど、弱小であってもフェルドマン家が動いたことによって……」

 教授がマスコットを反政府軍側に動かすと、守られていた場所に空白ができた。

「関所が一個崩れた……」
「そうよ、エルウア。フェルドマン家の新しい当主は自陣が裏切れば関所が一つ空いてしまう事を知っていたの。でも、裏切った。詳しいいきさつは残っていないのだけど、一説よると政府軍に恨みを持っていたとも言われているわね。彼には幼いころからの婚約者がいたの。でも彼女は美しくて、政府の偉い人からも求婚されていた。それを振り切って結婚したことで、かなり苦しい状況に置かれていたそうなのよね。そして、最終的に彼女は殺されてしまうの」
「えっ!」
「逆恨みですか?」

 エルウアが両手を口元に当てて眉をしかめる。僕の問いに教授は首を左右に振った。

「史実では事故だとされているわ。でも、その可能性も高いわね。まあ、そんなわけで、キリセナ。歴四二一年、フェルドマン家が反政府軍につき、戦況が一変。政府軍は敗走したの。これはスラオーリ歴でも珍しい例ね。個人の動きでここまで影響が出ることはそんなにはないもの。そうね、相手が勇者でもない限りね」

「プロフェッサー」
「何かしら、エイデン」
「プロフェッサーは勇者歴にも詳しいですが、先々代の勇者が出るのはこの頃ですよね? 内戦している場合じゃないのではないですか?」
「あら~! よく予習しているわね! そうよ。政府軍が敗走してすぐ、当然反政府軍は攻勢をかけるのだけど、ここで天啓が降りてしまうのよ」
「ああ、だから……」

 僕が納得したように頷くと、教授が華麗なウィンクをしてきた。無意識に口から乾いた笑いが落ちる。

「そう。勇者の天啓が降りたことで一時休戦となってしまい、結果的に政府軍が勝つことになるの。反政府軍の中には内戦を続けようとする人も多かったのだけど……。エイデン、先々代の勇者の排出国はどこ?」
「東の国です」
「その通りよ~! 私の生徒たちが優秀で困っちゃう!」

 教授が喜びを堪えるように体をうねらせる。僕とヒダカは焦点をずらし、エルウアは苦笑する。キリセナに至っては教本から目を上げもしない。

「んもう。みんな反応がつまらないわ。とにかく、東の国に出てしまったことで、一致団結するしか道が無くなってしまったのよ」

 この国にはスラオーリ歴と勇者歴の二つが存在する。どちらも歴史の授業として必須科目で、二つは重ねて覚える必要がある。スラオーリ歴はその名の通り、この国の成り立ちから現在までの歴史だ。

 一方、勇者歴は勇者が出た時代のものだけだけど、その量はスラオーリ歴に劣らない。何せ、教本には歴代勇者の好んだ食べ物まで残っているのだ。ヒダカもいずれここに載るのかと思うと少し同情する。個人情報が筒抜けだ。

「プロフェッサー」
「あら、今日は質問が多いわね、どうぞ。エイデン」
「勇者歴は予習したのですけど、聞いてもいいですか?」
「勿論。何でも聞いて?」
「どうして、勇者はフサロアス家の人間と婚姻を結んでいないのですか?」

「なるほど。両歴をちゃんと予習しているようね。歴代勇者の全てを説明するのは難しいのだけど、一つは勇者が神試合の際に命を落としている場合。一つはその時代にフサロアス家が覇権を握っていない場合。一つは勇者に思い人がいた場合。最後の一つはフサロアス家と婚姻したものの、子供ができずに離縁した場合なの」

「離縁?」
「ルメル、エイデン。気を悪くしないで欲しいのだけど、フサロアス家が求めているのは両者の血を受け継ぐ子供だったのよ」
「それは、いい。でも、じゃあフサロアス家と勇者とでは子供ができなかった、ってことですか?」

 首を左右に振りながら、呆然とヒダカが呟く。

「婚姻の事実は複数あるにも関わらず、子供は一人もいないの。ただの一人も」

 ヒダカがなんでこんな質問したのかは分からなかったけど、自分が酷くショックを受けたのだけは確かだった。
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