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●閑話休題 チュートリアル
サピリルの森③
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初日は簡単な復習とサピリルの森の中枢への徒歩移動でほとんどの時間が終わった。森と名前が付くくらいなので、最初こそ整備されていた道もすぐにガタガタと揺れて魔導車が入るのは難しくなったのだ。
僕らは前後を教授と剣士三人、護衛三人に挟まれて移動した。パンや干し肉など、最低限の食べ物はすぐに出て来たし、護衛もヒダカの専属の人たちだ。まるで思い付きのようにスタートした野外活動は事前からちゃんと準備されていたというわけだ。
しかも到着した場所には自然をうまく活用した、蔦や木でできた見事な小屋があった。魔導士たちが研修で使用するために建造された、かなり有名な施設だそうだ。
「本当は野宿でもよかったのですけどねぇ」
教授は残念そうに言った。
「では本格的な訓練に入ります。サピリルの森では私の許可なく刃物を使うことを禁じます。獲物の確保も、果物などの採集も基本は全て魔法を使ってください。まずは食事の準備をして、片付け、その後は自由時間としますが、就寝は二十二時。起床は六時とします。剣士と護衛の方々は、解体以外はこの子たちの身に危険が及ばない限りは手を出さないようにお願いしますね。簡単な荷物運びもダメです。全て自分たちでするように。いいですね?」
「はい!」
「いい返事です。キリセナもこのくらい素直だといいのですけどねぇ」
その後は森に入って獲物を仕留め、食べられる草や薬草、果物を採取した。獲物を仕留めるのはかなり苦労した。ただ殺せばいいわけではないからだ。できるだけ可食部を傷めないようにするにはどんな魔法で、どの程度の威力がいいのかを試行錯誤した。
でも初日にまともに食べられたのは果物と薬草のサラダとパン、干し肉だけだった。なんとか罠にかかった川魚は人数分に足りず、護衛と剣士に優先して配られてしまった。僕が仕留めた小さな獲物は解体を間違えて食べられなくなり、ヒダカが仕留めた分は魔力コントロールを間違えて黒焦げとなったからだ。
全く“勇者様”に求めるものが多すぎる。動物の解体まで求められるとは思っていなかった。僕は巻き込まれているだけとは言え、少し可哀想だ。
夕食後の自由時間、訓練用の広場で僕らは地面に寝転がった。
「足りない……」
「剣の訓練、しないと……」
「……だな。よっし! コレ食べよう」
「テーマの実だ。いつの間に……。でも、それじゃあね」
テーマの実と言うのは腹持ちがよく栄養満点で、どんな気候でも育ちやすいので子供のおやつなどに出されるポピュラーな果物だ。ただ、今ヒダカが手にしているのはまだ青みが強かったから、かなり渋いはずだ。
「だから、そんなときのための魔法だろ?」
ヒダカが悪巧みをするような顔をする。
「どうする気?」
「熟させるんだよ」
「え? どうやって……。って、待って。まさか僕?」
「そ」
【時間操作の固有魔法】
主にフサロアス家の血筋に現れる珍しい固有魔法。本人の体感速度を上昇させ、獣人族ですら追い付けないほどのスピードで行動することを可能にする。状況によっては他者を同じ体感速度にすることは可能だが、基本的には付与することはできないとされている。
「って書いてあるよね? ここに!」
僕は魔導書の一部を丁寧に読み上げてヒダカに迫った。確かに触れている人の時間感覚を操作することはできるけど、絶対に物には通用しないのだ。
「だから、時間操作したまま食べればいいんじゃないかと思って」
「ん? んん?」
「いいから、試しにやってみようぜ? ダメなら諦めてそのまま訓練すればいいんだし」
「えー……。どうなっても知らないよ?」
「やってみないと分からないだろうが。だから、えっと、手、繋ぐ……?」
「え? あ、うん……」
なんだろう。手を繋ぐだけだ。分かってるのに、すごく緊張してしまう。大丈夫。男の子同士なんだから。思い切って出された左手の先を指先でキュッと握った。
「え?」
「あ、その……」
何してんの僕は! こんな握り方、普通しない! いたたまれなくて耳が熱い。掴んでいる指先がプルプルと震えてきた。
「ご、ごめ……」
スルッと震える手を静かに離されて、何故かショックを受けた。
「ヒダ」
「ちゃんと握れよ」
「……うん」
すぐにしっかりと手を握り直されて心がポカポカした。手を握ってるだけなのに、どうしてこんなに心臓が煩いんだろう。
「じゃあ」
「おう」
固有魔法は詠唱を必要としない。だからこそ、それを持っているだけで生きていくのがとても有利になる。人によっては形として好きな言葉を使う人もいるらしいけど、僕はその辺は合理的にしたいと考えている。
「いいよ。食べてみる?」
「周りが動いてないから、使ってるの分からないな」
「はは、確かに。あ、暫く使わないと熟さない?」
「今ってどのくらい?」
「うーん? 余りその辺の意識してないんだよね。多分五倍くらい」
「五倍……。今思ったんだけど」
「すごい嫌な予感」
「これ何時間か、かかるんじゃないか?」
「そうだよ! 普通に考えたらそうだよ!」
「ルメルだって乗ってただろ!」
「だって、お腹空いてたんだもん!」
さっさと魔法を解除してヒダカに食ってかかる。あれだけ動いた後じゃ、僕だって夕食足りなかったんだ。食べ物のためなら試してみようって気になる。空腹は嫌いなんだから仕方ないじゃないか。
結局その日の夜は、騒ぎに気付いた護衛の人がパンと干し肉を差し入れてくれて、僕らは何とか剣の訓練を終わらせることができた。
僕らは前後を教授と剣士三人、護衛三人に挟まれて移動した。パンや干し肉など、最低限の食べ物はすぐに出て来たし、護衛もヒダカの専属の人たちだ。まるで思い付きのようにスタートした野外活動は事前からちゃんと準備されていたというわけだ。
しかも到着した場所には自然をうまく活用した、蔦や木でできた見事な小屋があった。魔導士たちが研修で使用するために建造された、かなり有名な施設だそうだ。
「本当は野宿でもよかったのですけどねぇ」
教授は残念そうに言った。
「では本格的な訓練に入ります。サピリルの森では私の許可なく刃物を使うことを禁じます。獲物の確保も、果物などの採集も基本は全て魔法を使ってください。まずは食事の準備をして、片付け、その後は自由時間としますが、就寝は二十二時。起床は六時とします。剣士と護衛の方々は、解体以外はこの子たちの身に危険が及ばない限りは手を出さないようにお願いしますね。簡単な荷物運びもダメです。全て自分たちでするように。いいですね?」
「はい!」
「いい返事です。キリセナもこのくらい素直だといいのですけどねぇ」
その後は森に入って獲物を仕留め、食べられる草や薬草、果物を採取した。獲物を仕留めるのはかなり苦労した。ただ殺せばいいわけではないからだ。できるだけ可食部を傷めないようにするにはどんな魔法で、どの程度の威力がいいのかを試行錯誤した。
でも初日にまともに食べられたのは果物と薬草のサラダとパン、干し肉だけだった。なんとか罠にかかった川魚は人数分に足りず、護衛と剣士に優先して配られてしまった。僕が仕留めた小さな獲物は解体を間違えて食べられなくなり、ヒダカが仕留めた分は魔力コントロールを間違えて黒焦げとなったからだ。
全く“勇者様”に求めるものが多すぎる。動物の解体まで求められるとは思っていなかった。僕は巻き込まれているだけとは言え、少し可哀想だ。
夕食後の自由時間、訓練用の広場で僕らは地面に寝転がった。
「足りない……」
「剣の訓練、しないと……」
「……だな。よっし! コレ食べよう」
「テーマの実だ。いつの間に……。でも、それじゃあね」
テーマの実と言うのは腹持ちがよく栄養満点で、どんな気候でも育ちやすいので子供のおやつなどに出されるポピュラーな果物だ。ただ、今ヒダカが手にしているのはまだ青みが強かったから、かなり渋いはずだ。
「だから、そんなときのための魔法だろ?」
ヒダカが悪巧みをするような顔をする。
「どうする気?」
「熟させるんだよ」
「え? どうやって……。って、待って。まさか僕?」
「そ」
【時間操作の固有魔法】
主にフサロアス家の血筋に現れる珍しい固有魔法。本人の体感速度を上昇させ、獣人族ですら追い付けないほどのスピードで行動することを可能にする。状況によっては他者を同じ体感速度にすることは可能だが、基本的には付与することはできないとされている。
「って書いてあるよね? ここに!」
僕は魔導書の一部を丁寧に読み上げてヒダカに迫った。確かに触れている人の時間感覚を操作することはできるけど、絶対に物には通用しないのだ。
「だから、時間操作したまま食べればいいんじゃないかと思って」
「ん? んん?」
「いいから、試しにやってみようぜ? ダメなら諦めてそのまま訓練すればいいんだし」
「えー……。どうなっても知らないよ?」
「やってみないと分からないだろうが。だから、えっと、手、繋ぐ……?」
「え? あ、うん……」
なんだろう。手を繋ぐだけだ。分かってるのに、すごく緊張してしまう。大丈夫。男の子同士なんだから。思い切って出された左手の先を指先でキュッと握った。
「え?」
「あ、その……」
何してんの僕は! こんな握り方、普通しない! いたたまれなくて耳が熱い。掴んでいる指先がプルプルと震えてきた。
「ご、ごめ……」
スルッと震える手を静かに離されて、何故かショックを受けた。
「ヒダ」
「ちゃんと握れよ」
「……うん」
すぐにしっかりと手を握り直されて心がポカポカした。手を握ってるだけなのに、どうしてこんなに心臓が煩いんだろう。
「じゃあ」
「おう」
固有魔法は詠唱を必要としない。だからこそ、それを持っているだけで生きていくのがとても有利になる。人によっては形として好きな言葉を使う人もいるらしいけど、僕はその辺は合理的にしたいと考えている。
「いいよ。食べてみる?」
「周りが動いてないから、使ってるの分からないな」
「はは、確かに。あ、暫く使わないと熟さない?」
「今ってどのくらい?」
「うーん? 余りその辺の意識してないんだよね。多分五倍くらい」
「五倍……。今思ったんだけど」
「すごい嫌な予感」
「これ何時間か、かかるんじゃないか?」
「そうだよ! 普通に考えたらそうだよ!」
「ルメルだって乗ってただろ!」
「だって、お腹空いてたんだもん!」
さっさと魔法を解除してヒダカに食ってかかる。あれだけ動いた後じゃ、僕だって夕食足りなかったんだ。食べ物のためなら試してみようって気になる。空腹は嫌いなんだから仕方ないじゃないか。
結局その日の夜は、騒ぎに気付いた護衛の人がパンと干し肉を差し入れてくれて、僕らは何とか剣の訓練を終わらせることができた。
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