【完結】少女は勇者の隣で"王子様"として生きる

望田望

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第一章 序盤は語られることはない

勇者 エイデン・ヒダカ・ヘンリット①

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 “勇者様”が現れる。最初に告げたのは、国お抱えの有名な占い師たちだったそうだ。

「勇者様が降臨されます。場所は西の国、王都内。十代前半の少年です」

 この結果が出たとき、きっと一族の人間はこの世の春とばかりに喜んだに違いない。“勇者様”の出現は毎回不定期だ。決まった年数を開けて現れるわけではない。だからこそ、女神スラオーリの気まぐれなのではないかと言う人が多く、唯一神を信仰する強い理由にもなっている。

 女神スラオーリが勇者を選んだとき、世界に大きな地震が起こり、その後も色々なところで天災が起こる。それは絶命の大峡谷が塞がるための地形の変化で起こると言われている。そして全種族は天啓を受ける。”勇者様”が誰なのかと。

 ならば何故わざわざ占い師に頼ってまで“勇者様”の存在を確認するのかと言うと、いち早く抱え込むことで自国を、さらに言えば一族を有利にさせるためだ。東と西。どちらの国を助けるかは“勇者様”の自由意思なのだから。

 縛り付けては反抗されてしまうかもしれない。緩めればかどわかされるかもしれない。適度な距離感と褒美をチラつかせることが重要だった、のだけど――。

「ドロップですって……?」
「なんてことだ」
「よりによって……!」

 占い師の指示に従って探すこと半年。今代の“勇者様”が無事に見つかった。でも、彼はドロップだったのだ。

「ドロップじゃあ、愛国心に期待できないじゃない!」
「前代未聞だ……女神様はなぜドロップに……」

 私は後で知った話だけど、”勇者様“を留めるためにかなり頭を捻ったらしい。十三歳という年齢的にお金も地位も権力も色事も興味は薄く、家族や国への気持ちもどの程度持っているのか分からない。なまじ私たちより発展しているだろう元の世界の記憶がある分、こちらの常識が通用しない部分もある。

「ならば、こちらから信用できる人間を与えるしかないでしょう。締め付けすぎない程度に、その都度対処していきましょう」

 その一言により、スパイとして白羽の矢が立ったのが私だった。


「いいですか、ルメル・フサロアス。貴方は一年前に見つかった前首相の次男。貴方に望むのは最低でも神試合が始まるとされている六年後まで、勇者様が我が国に味方し続けてくれるように促し、本人だけではなく周辺にも異変がないか監視することです。頼みましたよ」

「はい。承知しています。あの……、兄さんの就任はいつ頃ですか?」
「あの子はまだ十六歳よ? 気が早いわ。契約は絶対なのだから、然るべきタイミングで就任式を行います」
「分かりました」
「それでは行きますよ」
「はい」

 私とシャリアは魔導車から降りて大きなお屋敷の門戸をくぐる。“勇者様”は他の人間が簡単に手出しできないように、すでに一族の人間の養子となっている。名目上は私と彼は従兄同士だ。

「きっと、学校も家族も生活も変わって混乱しているだろうから、その隙に付け込むといいかもしれないわね」

 シャリエはここ数ヶ月で見慣れた、嫌なくらい綺麗な顔で笑っていた。
 私は心の扉を閉じるように目を閉じた。私は、いや僕は今から前首相の次男として振る舞わなきゃいけない。

 扉が開かれて“勇者様”が現れる。すぐに立ち上がって微笑んでみせる。

「初めまして、ルメル・フサロアスと言います。よろしく」

 先手必勝だ。相手をじっくりと観察するためにもまずは抜かりなく笑顔で挨拶をした。

“勇者様”は真っ黒な髪によく見ると薄っすらと青い瞳をしていた。歳は僕より一つ上だというから、身長は少しだけ高いように見える。興味なさそうな無表情でこちらを見ていた。

「ね、名前、教えてよ。僕のことはルメルって呼んで!」
「エイデン・ヒダカ・ヘンリット」

 名前だけをぶっきらぼうに言う。聞いていた話と違わないだろうか? かなり警戒されているような気がする。

「名前、長いんだね。何て呼べばいい?」

 劇団にいた頃に仕込まれた営業スマイルを浮かべてみた。有効な自信があったけど、これはダメだ。彼はこちらに興味の欠片もくれやしない。

「エイデン、せっかくだからルメルと遊んでいらっしゃい」

 彼を引き取った一族の女が柔らかい笑みを浮かべて体よく僕たちを追い出した。

「ねえ、どこ行くの? 君の部屋? それとも庭とか? それで、なんて呼んだらいい?」
「あ、この絵、君なんだね。よく描けてる。ここに来たときに描いてもらったの?」
「広いね、ここ。僕の家も結構広いんだよ! 今度遊びにきてよ。書斎には結構な量の本があってね」
「それから――」

 短くはない廊下を早足で進む彼の後をこちらも早足で追いかける。一方的に話しかけて話題を引き出そうとしてみるけど、彼は一言も話さないし、こちらを見ようともしなかった。未だに何て呼べばいいのかも答えてもらえてない。西の国の味方をさせろと言われたけど、すでに相当嫌そうじゃない? 大丈夫なの? これ?

「あ、ねぇ! エイデン! あの花! うちにも咲いてるよ! トイワだよね! ここのは大きいね! 大きいトイワは土がよくないと咲かないんだよ? 知って」
「……さい」
「え?」
「うるさいっ!」
「エイデン……」
「名前で呼ぶな! お前と仲良くなる気はない! さっさと帰れ!」

 先を歩いていたエイデンが勢いよく振り返ってこちらを見た。まるで憎んでいるような顔で睨んでくる。僕が一体何をしたと言うのだ。そうは思うけど、エイデンの剣幕に二の句が継げない。

「何してんだよ。帰れよ」
「僕だけで帰ることなんて、できないよ……」
「じゃあ、あの女に泣きついてさっさと帰れ! 二度とオレの前にくるな!」

 それだけ言うと踵を返してどこかへ行ってしまった。空に浮いてしまった右手をゆるゆると下ろす。大きな庭に面した渡り廊下に一人。使用人の気配すら感じられない。貼り付けていた笑顔が引き攣った。

 こんなところに放置するとかどういうこと! どうやって帰れというのか。帰り道など分からないのに。そもそも“勇者様”があんな状態だなんて聞いていない。あれと仲良くなれと言うのだろうか。血の契約まで使って、大人のすることは理解できない。

 それでも、これが自分の使命だ。兄妹たちのためにも、何よりも自分のために一回怒鳴られたくらいで引き下がるわけにはいかない。記憶を頼りに来た道を戻って、やっとのことで出会えた使用人に連れられてシャリエがいる部屋へと戻った。

 一人で戻ってきた僕を見て、一族の二人は分かりやすく落胆と軽蔑の目でこちらを見て来た。それに無言で耐える。言い返す言葉を僕は持ってない。ただ、メラメラと胸の奥が燃えている気がした。気持ちの名前が分からなくて苛々する。

「まあ、最初はこんなものでしょう。仕方ありません。今日のところは帰りましょう」
「今度はこちらから参りますわ」
「そうですね。よろしくお願いするわ。ルメル、行きますよ」
「……はい」
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