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第一章 序盤は語られることはない
出陣式(プロローグ)
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「勇者様! 勇者様ー!」
「スラオーリに勝利を! スラオーリに豊穣を!」
怒涛のように襲い掛かる期待の波の中を泳ぐように、僕は黒髪の青年の後ろを堂々と付いて行く。いたるところから「勇者様! 勇者様!」と掛け声が響いて、魔法を使っているわけでもないのに地面が揺れそうだ。もしかしたら、みんな知らずに魔力を使ってしまっているかもしれない。そうでもなきゃ、これだけの熱気、熱量の説明がつかない。
出陣のデモンストレーションとして、国から支給された武具を身に着けて中央議事堂から商業エリアまでの長く続くコナト大通りを行く。沿道には大人、子供、獣人族、悪魔族、人間族がいて、国民の全てが集まっていると言ってもいいくらいにたくさんだ。両脇に立ち並ぶ民家や店舗の二階や三階、屋根の上まで人で埋め尽くされていて“勇者様”への期待の大きさを実感した。
みんなの“勇者様”は葦毛の馬に跨り、ずっと観衆に手を振っている。それだけで若い人は興奮して卒倒してしまいそうだ。実際に倒れ込んでしまっている人を目の端に捉えたりもした。勿論、付き従う僕も他のみんなも同じように手を振る。首相の弟である僕が青毛の愛馬に乗って二番手で、その後ろから屋根のない魔導車に乗った女性陣の順番だ。
「ルメル様ー!」
「本当にルメル様は聡明そうだ」
少ないながらも僕の名前も聞こえてくる。総じて好意的な言葉でホッとする。主役はやっぱり“勇者様”なので否定的な意見がないだけマシだ。それでも失望なんてされたくないので、品と威厳を失わないように背筋を伸ばして手を振る。
僕は子供の頃から人の目に触れる生活をしていたから多少は慣れているけど、他のみんな、特に女性陣はそろそろ貼り付けた笑顔に限界がくるころ。にこやかに手を振るだけなのに、これが意外と疲れるのだ。横目で見た先に各士団長と大型の魔導車が見えて来た。長かった出陣のパレードもそろそろ終わりをむかえる。
これから僕らは戦いに向かう。定められた運命に逆らうことなく。
特注の大型魔導車に乗り込んでからも大通りを離れるまでは気が抜けなかった。窓を閉めることは許されなかったので、引き攣った笑みを浮かべながらたまに手を振った。沿道はまだまだ人で溢れていて正直言ってきりがない。道が三股に分かれるタイミングで護衛剣士の一人に声をかけた。
「そろそろ窓を閉めます。あとはお願いします」
「え、いや、しかし……」
「初日から疲労を溜めるわけにはいきません。よろしくお願いします」
僕はかなり強引に話を締めくくった。そうでもしないと、仲間の精神が保ちそうにない。ガシャッと頑丈な音を立てて手近な窓を閉めると、窓際に座っていた仲間たちもそそくさと窓を閉めた。
「はぁ……」
「疲れたぁ」
「もうやだ……」
「長かったね」
「いきなり本番でこの距離はキツイ」
ぼやきながらズルズルと背もたれに背中と頭を預けているのが今代の“勇者様”だ。
珍しい黒髪によく見ると青い瞳をした背の高い優男。名前をエイデン・ヒダカ・ヘンリットと言う。
その正面で耳の下でお団子にした金髪を壁に押し付けて「腕が固まりそうだよ……」と半泣きになっているのが通称”聖女様”のエルウア・マイグソンだ。大きなピンク色の瞳をウルウルと潤ませている姿からは想像も付かないけど、国教であるオリア教の教皇が認めた光魔法の使い手だ。
そしてこの魔導車には“賢者様”も乗っている。彼女は不思議に煌めくシルバーグリーンの長い髪を解いて、いつの間にかエルウアの膝の上に頭を乗せて小さな体を横たえている。キリセナ・バイレアルト。魔法学の天才と言われて育ち、前代未聞の大幅な詠唱短縮を成し遂げた、正に“賢者様”だ。
人々は言う。「我が国には勇者も聖女も賢者もいる」と。
そんな、そうそうたるメンバーの中で僕だけが見劣りしているのは知っている。それを誰かがくみ取ったのか、付いた異名が“王子様”。僕だけ能力面の名前じゃないのは仕方ない。小さい頃から努力はしてきたけど、三人に比べたらそりゃあ平凡だ。
我が国の期待の星たちに“王子様”こと僕、ルメル・フサロアスを入れた四人が勇者パーティーだ。
「みんな、何か飲む?」
「ありがとうございます、ルメルさん。オレンジジュースとかってお願いできますか?」
「いいな、それ。俺も頼む」
「……わたしも」
「僕も飲もうかな」
立ち上がって魔導車の中央に向かう。そこには簡易キッチンがあって、簡単な料理ならできるようになっている。貯蔵庫も付いているし、貯水もしてあるから蛇口からは水が出る。ついでに隣にはトイレもあるし、最後尾には女性陣のベッドルームがある。男性陣のベッドは今みんながいる場所の椅子を変形させるそうだ。なんとも至れり尽くせりだ。
「へぇ、冷えてる」
貯蔵庫には氷結の魔法がかかっていた。この魔法は対象を冷やし続ける効果があるものの、時間とともに消えてしまうので一定時間が過ぎたら魔法をかけ直さないといけない。扉の外に表示してある数字は恐らく残りの冷却時間だ。
「キャンパーってすごい……」
このキャンパーはヒダカの提案で出来上がった。彼はドロップなので、たまに思いもしないような便利な知識を披露することがある。
女神の落とし物とは、この世界とは別の世界から来た人たちのことを言う。その世界には人間族しかいないらしく、大体が子供の頃にやってきて前の世界のことはほとんど忘れてしまうそうだ。
ヒダカも例外ではなく、この国に来たのは人間族の八歳くらいの頃だったと言っていた。覚えていたのは名前と生活や会話に必要な知識、それから学校で習った授業の内容くらいだったそうだ。前に家族の記憶がないのは寂しくないかと聞いたことがあるけど「ここではここの家族がいるから気にしない」とずいぶんドライな返事が返ってきたっけ。
でも、ドロップたちは不意に昔の記憶を思い出す。そうした昔の記憶が僕たちの生活を豊かにしたのは間違いない。魔導車の原案も、今は普通に流通している魔力端末もドロップたちがもたらした知識から作られたものだ。彼らの記憶の在り処は今でも分からないけど、普段は奥底に眠っているのかもしれない。
グラスにオレンジジュースを入れてトレーに乗せて運ぶ。キャンパーはスプリングが効いるらしく、びっくりするくらいに揺れが少ないから飲み物を運んでも零す心配がない。
「セナ、後で氷結をかけてもらいたいんだけど……ちょっと、気を抜きすぎだね?」
みんなのところに戻ると、セナことキリセナは賢者用のローブを床に脱ぎ捨てて、靴まで脱いでエルウアの腰に両腕を巻き付けていた。
「そんなことない。わたし頑張ったもの。少しくらい癒されたっていいはず」
「セナァ、お腹に顔押し付けるのやめてぇ」
「オレンジジュース持ってきたから、エルゥを解放してあげなよ」
「癒しか……いいな。ルメル、俺も癒しが欲しい」
「なんで僕なの。セナかエルゥにしなよ」
「俺はルメルがいい」
拗ねたようにヒダカが唇を尖らせる。かわい、くない。かわいいなんて思いたくないんだよ。年を考えて行動してほしい。天井を仰いで大きなため息をつくと、ジュースを乗せたトレーをテーブルに置き、ヒダカの隣に腰掛ける。
「仕方ないな……。ほら」
「ルメルはヒダカに甘い」
「特権だな」
「偉そうに言うことじゃないよね」
「ほんとのことだからな」
僕の言葉なんてまるでどうでもよさそうだ。ちゃっかり者の勇者と賢者のせいで膝枕が二つ出来上がってしまった。膝の重みが気にならないと言えば嘘だし、ドキドキとうるさい心臓も持て余している。それでも僕は”首相の弟”だし、ヒダカがヒダカである限り、このポカポカしたり、カッカとしている温かく熱い何かは見ないフリをする以外の選択肢なんてない。
オレンジジュースが冷えていて美味しい。凝り固まった右肩をくるくると回して背もたれに背中を預けた。慣れているとは言っても、僕だって疲れているんだ。ここから絶命の大峡谷まではまだまだ時間がかかる。自国にいるしばらくの間は束の間の平和を味わったっていいよね。
「あの、私は誰かに癒してもらえるんでしょうか……?」
「あ……」
エルゥのしょげた呟きに三人でしまった、と言う顔をした。
この世界は唯一神スラオーリによって創られた。彼女は世界を二つに分け、間に巨大な谷を置いた。彼女は谷深くに住み、そこを中心にして西側に悪魔族、人間族、獣人族を。東側に精霊族、龍族、天使族をそれぞれ住まわせた。二つの国は交わることなく、それぞれが自国を女神の国と名乗っていた。
あるときのことだ。彼女は地上にたった一人だけ勇者を遣わせ、谷をふさいだ。そしてこう言った。
「我の愛しき子らよ。我にそなたらの強さを見せよ。勝者には豊穣と恒久と多幸を。敗者には天災と暫定と劣等を与える」
人々は、神試合に向けて我先にと勇者を求めた。初めの戦いは西側が勝った。次は東側だった。何度も何度も二国は争った。そして最初の戦いが伝承になったころ、新たな勇者が世界に現れた。
長い歴史で初めてのドロップの勇者だった。
セナはいつの間にか眠ってしまったようだった。エルゥとヒダカが和やかに夕飯について話している。ヒダカはまだ僕が膝枕をしたままなのに、よく平気だな。昔から心臓の強いところがあるのは、きっと勇者としては優秀な要素なのだろう。
小さく窓を開いて外の様子を見る。さすがに声援は聞こえなくなったけど、まだ沿道にはちらほらと近辺の住民が出てきていた。それだけ僕らが期待されているということだ。
負けられない。国のために、なによりも自分自身のために。この戦いさえ生きて終えることができれば、僕は、ううん、きっと私はヒダカの元を離れて自分の人生を歩めるのだから。
「スラオーリに勝利を! スラオーリに豊穣を!」
怒涛のように襲い掛かる期待の波の中を泳ぐように、僕は黒髪の青年の後ろを堂々と付いて行く。いたるところから「勇者様! 勇者様!」と掛け声が響いて、魔法を使っているわけでもないのに地面が揺れそうだ。もしかしたら、みんな知らずに魔力を使ってしまっているかもしれない。そうでもなきゃ、これだけの熱気、熱量の説明がつかない。
出陣のデモンストレーションとして、国から支給された武具を身に着けて中央議事堂から商業エリアまでの長く続くコナト大通りを行く。沿道には大人、子供、獣人族、悪魔族、人間族がいて、国民の全てが集まっていると言ってもいいくらいにたくさんだ。両脇に立ち並ぶ民家や店舗の二階や三階、屋根の上まで人で埋め尽くされていて“勇者様”への期待の大きさを実感した。
みんなの“勇者様”は葦毛の馬に跨り、ずっと観衆に手を振っている。それだけで若い人は興奮して卒倒してしまいそうだ。実際に倒れ込んでしまっている人を目の端に捉えたりもした。勿論、付き従う僕も他のみんなも同じように手を振る。首相の弟である僕が青毛の愛馬に乗って二番手で、その後ろから屋根のない魔導車に乗った女性陣の順番だ。
「ルメル様ー!」
「本当にルメル様は聡明そうだ」
少ないながらも僕の名前も聞こえてくる。総じて好意的な言葉でホッとする。主役はやっぱり“勇者様”なので否定的な意見がないだけマシだ。それでも失望なんてされたくないので、品と威厳を失わないように背筋を伸ばして手を振る。
僕は子供の頃から人の目に触れる生活をしていたから多少は慣れているけど、他のみんな、特に女性陣はそろそろ貼り付けた笑顔に限界がくるころ。にこやかに手を振るだけなのに、これが意外と疲れるのだ。横目で見た先に各士団長と大型の魔導車が見えて来た。長かった出陣のパレードもそろそろ終わりをむかえる。
これから僕らは戦いに向かう。定められた運命に逆らうことなく。
特注の大型魔導車に乗り込んでからも大通りを離れるまでは気が抜けなかった。窓を閉めることは許されなかったので、引き攣った笑みを浮かべながらたまに手を振った。沿道はまだまだ人で溢れていて正直言ってきりがない。道が三股に分かれるタイミングで護衛剣士の一人に声をかけた。
「そろそろ窓を閉めます。あとはお願いします」
「え、いや、しかし……」
「初日から疲労を溜めるわけにはいきません。よろしくお願いします」
僕はかなり強引に話を締めくくった。そうでもしないと、仲間の精神が保ちそうにない。ガシャッと頑丈な音を立てて手近な窓を閉めると、窓際に座っていた仲間たちもそそくさと窓を閉めた。
「はぁ……」
「疲れたぁ」
「もうやだ……」
「長かったね」
「いきなり本番でこの距離はキツイ」
ぼやきながらズルズルと背もたれに背中と頭を預けているのが今代の“勇者様”だ。
珍しい黒髪によく見ると青い瞳をした背の高い優男。名前をエイデン・ヒダカ・ヘンリットと言う。
その正面で耳の下でお団子にした金髪を壁に押し付けて「腕が固まりそうだよ……」と半泣きになっているのが通称”聖女様”のエルウア・マイグソンだ。大きなピンク色の瞳をウルウルと潤ませている姿からは想像も付かないけど、国教であるオリア教の教皇が認めた光魔法の使い手だ。
そしてこの魔導車には“賢者様”も乗っている。彼女は不思議に煌めくシルバーグリーンの長い髪を解いて、いつの間にかエルウアの膝の上に頭を乗せて小さな体を横たえている。キリセナ・バイレアルト。魔法学の天才と言われて育ち、前代未聞の大幅な詠唱短縮を成し遂げた、正に“賢者様”だ。
人々は言う。「我が国には勇者も聖女も賢者もいる」と。
そんな、そうそうたるメンバーの中で僕だけが見劣りしているのは知っている。それを誰かがくみ取ったのか、付いた異名が“王子様”。僕だけ能力面の名前じゃないのは仕方ない。小さい頃から努力はしてきたけど、三人に比べたらそりゃあ平凡だ。
我が国の期待の星たちに“王子様”こと僕、ルメル・フサロアスを入れた四人が勇者パーティーだ。
「みんな、何か飲む?」
「ありがとうございます、ルメルさん。オレンジジュースとかってお願いできますか?」
「いいな、それ。俺も頼む」
「……わたしも」
「僕も飲もうかな」
立ち上がって魔導車の中央に向かう。そこには簡易キッチンがあって、簡単な料理ならできるようになっている。貯蔵庫も付いているし、貯水もしてあるから蛇口からは水が出る。ついでに隣にはトイレもあるし、最後尾には女性陣のベッドルームがある。男性陣のベッドは今みんながいる場所の椅子を変形させるそうだ。なんとも至れり尽くせりだ。
「へぇ、冷えてる」
貯蔵庫には氷結の魔法がかかっていた。この魔法は対象を冷やし続ける効果があるものの、時間とともに消えてしまうので一定時間が過ぎたら魔法をかけ直さないといけない。扉の外に表示してある数字は恐らく残りの冷却時間だ。
「キャンパーってすごい……」
このキャンパーはヒダカの提案で出来上がった。彼はドロップなので、たまに思いもしないような便利な知識を披露することがある。
女神の落とし物とは、この世界とは別の世界から来た人たちのことを言う。その世界には人間族しかいないらしく、大体が子供の頃にやってきて前の世界のことはほとんど忘れてしまうそうだ。
ヒダカも例外ではなく、この国に来たのは人間族の八歳くらいの頃だったと言っていた。覚えていたのは名前と生活や会話に必要な知識、それから学校で習った授業の内容くらいだったそうだ。前に家族の記憶がないのは寂しくないかと聞いたことがあるけど「ここではここの家族がいるから気にしない」とずいぶんドライな返事が返ってきたっけ。
でも、ドロップたちは不意に昔の記憶を思い出す。そうした昔の記憶が僕たちの生活を豊かにしたのは間違いない。魔導車の原案も、今は普通に流通している魔力端末もドロップたちがもたらした知識から作られたものだ。彼らの記憶の在り処は今でも分からないけど、普段は奥底に眠っているのかもしれない。
グラスにオレンジジュースを入れてトレーに乗せて運ぶ。キャンパーはスプリングが効いるらしく、びっくりするくらいに揺れが少ないから飲み物を運んでも零す心配がない。
「セナ、後で氷結をかけてもらいたいんだけど……ちょっと、気を抜きすぎだね?」
みんなのところに戻ると、セナことキリセナは賢者用のローブを床に脱ぎ捨てて、靴まで脱いでエルウアの腰に両腕を巻き付けていた。
「そんなことない。わたし頑張ったもの。少しくらい癒されたっていいはず」
「セナァ、お腹に顔押し付けるのやめてぇ」
「オレンジジュース持ってきたから、エルゥを解放してあげなよ」
「癒しか……いいな。ルメル、俺も癒しが欲しい」
「なんで僕なの。セナかエルゥにしなよ」
「俺はルメルがいい」
拗ねたようにヒダカが唇を尖らせる。かわい、くない。かわいいなんて思いたくないんだよ。年を考えて行動してほしい。天井を仰いで大きなため息をつくと、ジュースを乗せたトレーをテーブルに置き、ヒダカの隣に腰掛ける。
「仕方ないな……。ほら」
「ルメルはヒダカに甘い」
「特権だな」
「偉そうに言うことじゃないよね」
「ほんとのことだからな」
僕の言葉なんてまるでどうでもよさそうだ。ちゃっかり者の勇者と賢者のせいで膝枕が二つ出来上がってしまった。膝の重みが気にならないと言えば嘘だし、ドキドキとうるさい心臓も持て余している。それでも僕は”首相の弟”だし、ヒダカがヒダカである限り、このポカポカしたり、カッカとしている温かく熱い何かは見ないフリをする以外の選択肢なんてない。
オレンジジュースが冷えていて美味しい。凝り固まった右肩をくるくると回して背もたれに背中を預けた。慣れているとは言っても、僕だって疲れているんだ。ここから絶命の大峡谷まではまだまだ時間がかかる。自国にいるしばらくの間は束の間の平和を味わったっていいよね。
「あの、私は誰かに癒してもらえるんでしょうか……?」
「あ……」
エルゥのしょげた呟きに三人でしまった、と言う顔をした。
この世界は唯一神スラオーリによって創られた。彼女は世界を二つに分け、間に巨大な谷を置いた。彼女は谷深くに住み、そこを中心にして西側に悪魔族、人間族、獣人族を。東側に精霊族、龍族、天使族をそれぞれ住まわせた。二つの国は交わることなく、それぞれが自国を女神の国と名乗っていた。
あるときのことだ。彼女は地上にたった一人だけ勇者を遣わせ、谷をふさいだ。そしてこう言った。
「我の愛しき子らよ。我にそなたらの強さを見せよ。勝者には豊穣と恒久と多幸を。敗者には天災と暫定と劣等を与える」
人々は、神試合に向けて我先にと勇者を求めた。初めの戦いは西側が勝った。次は東側だった。何度も何度も二国は争った。そして最初の戦いが伝承になったころ、新たな勇者が世界に現れた。
長い歴史で初めてのドロップの勇者だった。
セナはいつの間にか眠ってしまったようだった。エルゥとヒダカが和やかに夕飯について話している。ヒダカはまだ僕が膝枕をしたままなのに、よく平気だな。昔から心臓の強いところがあるのは、きっと勇者としては優秀な要素なのだろう。
小さく窓を開いて外の様子を見る。さすがに声援は聞こえなくなったけど、まだ沿道にはちらほらと近辺の住民が出てきていた。それだけ僕らが期待されているということだ。
負けられない。国のために、なによりも自分自身のために。この戦いさえ生きて終えることができれば、僕は、ううん、きっと私はヒダカの元を離れて自分の人生を歩めるのだから。
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