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人間になった日
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2回目の人生ではそんな願いが届いたのか人間として生まれ変わることができた。
武士である松月鋼之助の次男としてこの世に生まれた。
「松月小太郎。お前の名だよ。」
なんの因果か私の幼名は以前の貴方がつけてくれた名前だった。
幼き頃は何も覚えていなかったからこのまま平凡に時間が過ぎそこそこの幸せを享受しながら生きていくことだろうと思っていた。
「小太郎!こちらだ!」
「待ってよ!兄上!」
前に走るのは兄である春千代。年齢は私の5つ上だった。幼き頃から武士の家である私たち兄弟は乗馬・刀の扱いを教えてもらっていた。
「私はな、小太郎。松月家を大きな家にしたいのだ!父上や母上にもその姿を見せたい!お前も一緒に鍛錬をして一緒に強くなっていこうな!」
兄は強く優しい人間だった。
「私も兄上のように強くなりたいです!」
「では、鍛錬だ!一緒に行くぞ!」
大きな声で笑いかける兄を追いかけながら山を駆け回り、木の棒で刀を見立てて私たちは鍛錬に励んでいた。
そんな幸せも長く続かなかった。私が7つになるころだっただろうか。大凶作の年が訪れていた。周りの家も家族が心中しなくてもよいように口減らしのために家族を売ったり、捨てるものもいた。
武士である我が松月家でも同様だった。夜深いころに父上と母上が何度も話しているのを厠に行く途中にたまたま聞いてしまった。
「長男の春千代は絶対に離さない。となると小春を…。」
小春とは私の最近生まれたばかりの妹だ。小春は生まれて間もない。親と引き離すにはあまりにも残酷だろう。どんな状況になるかなんて…誰が考えてもわかる。幼い私にも…。
「いけませぬ。小春はまだ幼く、守らねばなりませぬ。」
いきなり会話に割って入った私を父と母は驚いたように見ていた。
「子供が大人の会話に入るものではない!さがれ!」
父上は苛立ったように大きな声を上げる。母上はバツが悪そうに眼をそむけた。
「しかし…!」
「では、お前が死ぬか?それとも売りに出そうか。」
突然反抗の意を示した私に矛先を向ける。こういえば私が引き下がると思ったのだろう。
…
「もう、あれには関わるでない。」
「でも、小太郎は私がいないと死んでしまいます。」
委縮し、震えている手。男の怒鳴り声。作物の不作による飢饉。
「それをこちらに渡しなさい。お前は優しい子だから家族を殺せないだろう。お前がそれをかばうのなら一家の者が死ぬのだ。」
…
これは運命だ。前世の記憶の蓋が開いたように次々と思い出した。何故、私は忘れていたのだろう。今の私ならこの状況を変えられるではないか。
「小春はこの家においてください。私が出ていきましょう。父上、兄上と小春ならば生きていけると、生かすと約束してください。ならば、私は松月の姓も小太郎の名も捨てましょう。」
家族からはいきなり自我が強くなった私を気味悪がったのか、飢饉のための口減らしとして私を捨てることを同意した。
「父上、母上この年になるまで育てていただきありがとうございました。兄上と小春には私は川にでも流されて死んだと伝えてください。真の事を知ると2人にいやな思いを残すことになってしまうので。」
父上と母上は了承して最後の情けか親の気持ちが残っていたのか猶予を3日くれた。
「兄上!今日も鍛錬をお願いします!」
最後の日まで残り3日ということもあり兄上と過ごすことができる昨日まで当たり前のように享受していた幸せを噛みしめる。力も入るものだ。
「小太郎!良い気迫だ!どんどん打ち込んで来い!」
この日は日が暮れるまで一緒に刀を持ち、野山を駆け回った。
「今日のお前はなんか変だな。」
図星を突かれた私は慌てて取り繕う。
「いつも通りですよ。いつもより鍛錬をしたせいか、さすがに疲れましたが…。兄上も年齢を考えるとこうして私の鍛錬を見てくれるわけではないと思ったら無性に寂しくなってしまったのです。」
我ながら良い言い訳だろう。本音も少し混ざっているが…。
「…そうか。そうか。兄冥利に尽きるというものだ。小太郎と小春は必ず私が守って見せるからな。父上も母上も全て。」
そういう兄上の言葉に嘘偽りは微塵もなく心の底からの気持ちが伝わる。
私はこう言ってくれる兄上の気持ちに背いて家を出ようとしているのだ。チクリと胸が痛む。この優しい兄上に罪の意識を背負わせるわけにはいかない。
「兄上は優しいですね。」
そんな兄上が大好きです。その言葉は口には出さなかった。出せなかった。
「そんなこと兄として当たり前だからな!今は家としては小さいが必ず家を大きくしてもっと幸せになるんだ。小太郎お前の力も必要だ。小春もいるからな。」
「…ええ。そうですね。」
夕焼けに照らされた兄上は一層逞しく見えた。
(兄上がいるから小春は大丈夫だ…。)
別れまではあっという間だった。
兄弟が寝静まった夜更け、父と母に見送られ私は家を出た。
「小太郎…。お前は名も捨てたのだな。お前はこれから松月の名も小太郎とも名乗ることは許さぬ。そして二度と私たちの前に姿を見せることもあってはならぬ。良いな。」
くぎを刺すように父は言う。母だった人は目も合わせない。何も声をかけることもない。仮にも産んだ子供だろうがと思ったが最後はこうもあっさりとしているのだろうか。
「では、約束を違えることなきよう。私の望みはそれだけですので。」
最後の別れの日には久しぶりに雨が降り、死んだことにするには十分な言い訳ができるほどの天候だった。
武士である松月鋼之助の次男としてこの世に生まれた。
「松月小太郎。お前の名だよ。」
なんの因果か私の幼名は以前の貴方がつけてくれた名前だった。
幼き頃は何も覚えていなかったからこのまま平凡に時間が過ぎそこそこの幸せを享受しながら生きていくことだろうと思っていた。
「小太郎!こちらだ!」
「待ってよ!兄上!」
前に走るのは兄である春千代。年齢は私の5つ上だった。幼き頃から武士の家である私たち兄弟は乗馬・刀の扱いを教えてもらっていた。
「私はな、小太郎。松月家を大きな家にしたいのだ!父上や母上にもその姿を見せたい!お前も一緒に鍛錬をして一緒に強くなっていこうな!」
兄は強く優しい人間だった。
「私も兄上のように強くなりたいです!」
「では、鍛錬だ!一緒に行くぞ!」
大きな声で笑いかける兄を追いかけながら山を駆け回り、木の棒で刀を見立てて私たちは鍛錬に励んでいた。
そんな幸せも長く続かなかった。私が7つになるころだっただろうか。大凶作の年が訪れていた。周りの家も家族が心中しなくてもよいように口減らしのために家族を売ったり、捨てるものもいた。
武士である我が松月家でも同様だった。夜深いころに父上と母上が何度も話しているのを厠に行く途中にたまたま聞いてしまった。
「長男の春千代は絶対に離さない。となると小春を…。」
小春とは私の最近生まれたばかりの妹だ。小春は生まれて間もない。親と引き離すにはあまりにも残酷だろう。どんな状況になるかなんて…誰が考えてもわかる。幼い私にも…。
「いけませぬ。小春はまだ幼く、守らねばなりませぬ。」
いきなり会話に割って入った私を父と母は驚いたように見ていた。
「子供が大人の会話に入るものではない!さがれ!」
父上は苛立ったように大きな声を上げる。母上はバツが悪そうに眼をそむけた。
「しかし…!」
「では、お前が死ぬか?それとも売りに出そうか。」
突然反抗の意を示した私に矛先を向ける。こういえば私が引き下がると思ったのだろう。
…
「もう、あれには関わるでない。」
「でも、小太郎は私がいないと死んでしまいます。」
委縮し、震えている手。男の怒鳴り声。作物の不作による飢饉。
「それをこちらに渡しなさい。お前は優しい子だから家族を殺せないだろう。お前がそれをかばうのなら一家の者が死ぬのだ。」
…
これは運命だ。前世の記憶の蓋が開いたように次々と思い出した。何故、私は忘れていたのだろう。今の私ならこの状況を変えられるではないか。
「小春はこの家においてください。私が出ていきましょう。父上、兄上と小春ならば生きていけると、生かすと約束してください。ならば、私は松月の姓も小太郎の名も捨てましょう。」
家族からはいきなり自我が強くなった私を気味悪がったのか、飢饉のための口減らしとして私を捨てることを同意した。
「父上、母上この年になるまで育てていただきありがとうございました。兄上と小春には私は川にでも流されて死んだと伝えてください。真の事を知ると2人にいやな思いを残すことになってしまうので。」
父上と母上は了承して最後の情けか親の気持ちが残っていたのか猶予を3日くれた。
「兄上!今日も鍛錬をお願いします!」
最後の日まで残り3日ということもあり兄上と過ごすことができる昨日まで当たり前のように享受していた幸せを噛みしめる。力も入るものだ。
「小太郎!良い気迫だ!どんどん打ち込んで来い!」
この日は日が暮れるまで一緒に刀を持ち、野山を駆け回った。
「今日のお前はなんか変だな。」
図星を突かれた私は慌てて取り繕う。
「いつも通りですよ。いつもより鍛錬をしたせいか、さすがに疲れましたが…。兄上も年齢を考えるとこうして私の鍛錬を見てくれるわけではないと思ったら無性に寂しくなってしまったのです。」
我ながら良い言い訳だろう。本音も少し混ざっているが…。
「…そうか。そうか。兄冥利に尽きるというものだ。小太郎と小春は必ず私が守って見せるからな。父上も母上も全て。」
そういう兄上の言葉に嘘偽りは微塵もなく心の底からの気持ちが伝わる。
私はこう言ってくれる兄上の気持ちに背いて家を出ようとしているのだ。チクリと胸が痛む。この優しい兄上に罪の意識を背負わせるわけにはいかない。
「兄上は優しいですね。」
そんな兄上が大好きです。その言葉は口には出さなかった。出せなかった。
「そんなこと兄として当たり前だからな!今は家としては小さいが必ず家を大きくしてもっと幸せになるんだ。小太郎お前の力も必要だ。小春もいるからな。」
「…ええ。そうですね。」
夕焼けに照らされた兄上は一層逞しく見えた。
(兄上がいるから小春は大丈夫だ…。)
別れまではあっという間だった。
兄弟が寝静まった夜更け、父と母に見送られ私は家を出た。
「小太郎…。お前は名も捨てたのだな。お前はこれから松月の名も小太郎とも名乗ることは許さぬ。そして二度と私たちの前に姿を見せることもあってはならぬ。良いな。」
くぎを刺すように父は言う。母だった人は目も合わせない。何も声をかけることもない。仮にも産んだ子供だろうがと思ったが最後はこうもあっさりとしているのだろうか。
「では、約束を違えることなきよう。私の望みはそれだけですので。」
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