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今日は、今までと変わらないいつも通りの日だった。少し加えるならば、金曜日で浮かれていた節はある。でも、違ったのはそれだけで、朝、迎えに来たジュンといつも通り仲良く登校した。彼は、毎朝僕の家に来て、一緒に登校する唯一の親友だ。クラスこそ違うけど、でも、小学校から同じで、お互い知らないことはないくらいの仲だった。うまくいってない時でも、ジュンがいれば立ち直れた。ジュンは僕にとびきり優しくて、そして僕を絶対に責めたりしなかった。今朝宿題を忘れて、先生に怒られた時だって、「千佳ちゃんがちゃんとやってたの知ってるよ。たまたま忘れちゃっただけなんだから、気にすることないよ」と、僕が女の子だったら一瞬で恋に落ちそうな甘い笑顔を僕に向けた。
僕が嬉しそうだと、ジュンはもっと嬉しそうにする。僕が悲しそうだと、ジュンはもっと悲しむし、悲しませたのは何?って、なぜかすごく怒る。僕だってそうだ。ジュンにはいつも笑っててほしいし、というか、一緒に笑ってたい。友人と楽しい時間を共有するのは、とても居心地がいいものだから。
だから、僕は帰り道、ジュンに打ち明けたんだ。つい昨日、彼女ができたってことを。相手は、僕がいつも気にかけてた後輩で、彼女から告白された時、本当に嬉しかった。ジュンもきっと、喜んでくれると思った。
「本当にいい子でさ、ああ、ジュンにも紹介したいな。きっと仲良くなれるよ」
そう言った時、ジュンは立ち止まった。
「……ああ、いや……」
そう言って、すぐに歩き出したけど、なにかに締め付けられてるような、でも、どこか、怒っているような、そんな危うさを彼に感じた。
それから、ぴたりとジュンが喋らなくなって、僕もどうしたらいいのかわからなくて、ただ必死に会話をしようと努力した。
「あー、やっと土曜日がくるね。実は僕、映画のチケットをとっててさ。見たことないシリーズなんだけど、彼女が毎年必ず見てるって言うから、頑張ろうと思って。ジュンはなにか予定あるの?」
「…………千佳ちゃん。今日、このまま俺の家来てくれない?」
やっと口を開いたと思ったら、ジュンから出たのは思いもよらない言葉だった。
「え?あぁ、いいよ。でも俺、泊まるのは無理だよ。明日は朝早いし…」
そう、明日は念願の初デートだ。まさか遅刻するなんてことは絶対に許されない。
「うん。わかってるよ。大丈夫」
やけに落ち着いたジュンの声色に、さっきまでの沈黙はいったいなんだったんだろうと思ったが、でも、いつも通りならそれでいい、と大して気にもしなかった。
僕は制服のまま、自宅に帰らずにジュンの家に直行した。
ジュンの家は相変わらず綺麗で、大きくて、そして静かだった。小学校のときからそうだ。両親ともが経営者でジュンは家ではほとんど1人だった。僕も彼の親を数えるほどしか見たことがない。そのせいか、昔のジュンは、いつもどこか影をもっていて、滅多に笑わない子だった。小学生のとき同じクラスになったことがきっかけでジュンと仲良くなれたけど、それでも、最初の方は全く心を開いてもらえなかった。今でもジュンは明るい性格とは言えないが、僕にはずいぶん打ち解けてくれた。ただ、千佳“ちゃん”と呼ばれるのは、少し恥ずかしいけど。
「はい、ホットココア。千佳ちゃん好みにちゃんと甘くしといたから」
僕の前に、白い湯気がほわほわとのぼっていく出来立てのココアを置いた。
「ん、ありがとう。ジュンの淹れてくれるココア、本当美味しいんだよね。やっぱり、コップが違うからかな」
緻密な花模様が描かれた、いかにも高級そうなマグカップを眺めながら言った。
「容器は関係ないよ。ただいつも、心を込めてるだけ。それに今日は、隠し味を入れたから、もっと美味しく感じると思うよ」
えーなんだよそれー、と笑いながら僕はそれをごくごくと飲み干した。いつも通りの優しい味だった。
バーカウンターのようなところで、お互い飲み物を片手に他愛もない会話をした。さっきすぐに飲み干してしまったせいで、僕はすでに、三杯目のホットココアだった。
「それで、その時、鍵忘れたことに気づいてさ。慌てて部室に戻ったんだけど、もう閉まってて。あの時は本当にもう家に帰れないと思ったよ」
「はは、千佳ちゃんは抜けてるもんなあ。こうして、のこのこ俺の家に来ちゃうぐらいだし」
え?どういうこと?と言った瞬間、僕は得体の知れない熱に襲われた。どこからかわからない、ただ自分の触れたことがないような内側から、奥深くから、じわじわと熱がのぼってくる。ぞわぞわと鳥肌が止まらない。
「…ぅっ……あっ………」
カウンターに頭をうずめて、わけのわからない熱に耐える。
「千佳ちゃん。ねえ、千佳ちゃん。まだ寝ないで。こっち向いて」
隣から伸ばされた手に、ぐいと頭を向けられて、蒸気した頬をぺちぺちと叩かれた。そのささいな衝撃にさえもぞわっとし、また震えてしまう。焦点の合わない目でぼーっとジュンを見つめていると、不意にその顔が近付いてきた。
「うあ……んっ……ふ、あうぅ……」
優しく掬うように入ってきた舌が口内を巡る。歯列を丁寧になぞって、上顎をちろちろと舐められると、快感がぶわっと吹き出した。熱い。どうしようもなく身体が熱い。次第にふわふわとしていく思考のなか、僕はただ、さっきジュンに言われたことを守ろうと、必死に意識を繋ぎ止めていた。くちゅくちゅという音が静かな屋敷に響く。やがて、舌の感覚がなくなってきた頃、あったかいジュンの舌べろが引き抜かれた。
「千佳ちゃん。絶対に幸せにするから。だから、俺のお嫁さんになって」
遠のく意識のなか、懇願するような彼の言葉が、心地よく頭に響いていた。
僕が嬉しそうだと、ジュンはもっと嬉しそうにする。僕が悲しそうだと、ジュンはもっと悲しむし、悲しませたのは何?って、なぜかすごく怒る。僕だってそうだ。ジュンにはいつも笑っててほしいし、というか、一緒に笑ってたい。友人と楽しい時間を共有するのは、とても居心地がいいものだから。
だから、僕は帰り道、ジュンに打ち明けたんだ。つい昨日、彼女ができたってことを。相手は、僕がいつも気にかけてた後輩で、彼女から告白された時、本当に嬉しかった。ジュンもきっと、喜んでくれると思った。
「本当にいい子でさ、ああ、ジュンにも紹介したいな。きっと仲良くなれるよ」
そう言った時、ジュンは立ち止まった。
「……ああ、いや……」
そう言って、すぐに歩き出したけど、なにかに締め付けられてるような、でも、どこか、怒っているような、そんな危うさを彼に感じた。
それから、ぴたりとジュンが喋らなくなって、僕もどうしたらいいのかわからなくて、ただ必死に会話をしようと努力した。
「あー、やっと土曜日がくるね。実は僕、映画のチケットをとっててさ。見たことないシリーズなんだけど、彼女が毎年必ず見てるって言うから、頑張ろうと思って。ジュンはなにか予定あるの?」
「…………千佳ちゃん。今日、このまま俺の家来てくれない?」
やっと口を開いたと思ったら、ジュンから出たのは思いもよらない言葉だった。
「え?あぁ、いいよ。でも俺、泊まるのは無理だよ。明日は朝早いし…」
そう、明日は念願の初デートだ。まさか遅刻するなんてことは絶対に許されない。
「うん。わかってるよ。大丈夫」
やけに落ち着いたジュンの声色に、さっきまでの沈黙はいったいなんだったんだろうと思ったが、でも、いつも通りならそれでいい、と大して気にもしなかった。
僕は制服のまま、自宅に帰らずにジュンの家に直行した。
ジュンの家は相変わらず綺麗で、大きくて、そして静かだった。小学校のときからそうだ。両親ともが経営者でジュンは家ではほとんど1人だった。僕も彼の親を数えるほどしか見たことがない。そのせいか、昔のジュンは、いつもどこか影をもっていて、滅多に笑わない子だった。小学生のとき同じクラスになったことがきっかけでジュンと仲良くなれたけど、それでも、最初の方は全く心を開いてもらえなかった。今でもジュンは明るい性格とは言えないが、僕にはずいぶん打ち解けてくれた。ただ、千佳“ちゃん”と呼ばれるのは、少し恥ずかしいけど。
「はい、ホットココア。千佳ちゃん好みにちゃんと甘くしといたから」
僕の前に、白い湯気がほわほわとのぼっていく出来立てのココアを置いた。
「ん、ありがとう。ジュンの淹れてくれるココア、本当美味しいんだよね。やっぱり、コップが違うからかな」
緻密な花模様が描かれた、いかにも高級そうなマグカップを眺めながら言った。
「容器は関係ないよ。ただいつも、心を込めてるだけ。それに今日は、隠し味を入れたから、もっと美味しく感じると思うよ」
えーなんだよそれー、と笑いながら僕はそれをごくごくと飲み干した。いつも通りの優しい味だった。
バーカウンターのようなところで、お互い飲み物を片手に他愛もない会話をした。さっきすぐに飲み干してしまったせいで、僕はすでに、三杯目のホットココアだった。
「それで、その時、鍵忘れたことに気づいてさ。慌てて部室に戻ったんだけど、もう閉まってて。あの時は本当にもう家に帰れないと思ったよ」
「はは、千佳ちゃんは抜けてるもんなあ。こうして、のこのこ俺の家に来ちゃうぐらいだし」
え?どういうこと?と言った瞬間、僕は得体の知れない熱に襲われた。どこからかわからない、ただ自分の触れたことがないような内側から、奥深くから、じわじわと熱がのぼってくる。ぞわぞわと鳥肌が止まらない。
「…ぅっ……あっ………」
カウンターに頭をうずめて、わけのわからない熱に耐える。
「千佳ちゃん。ねえ、千佳ちゃん。まだ寝ないで。こっち向いて」
隣から伸ばされた手に、ぐいと頭を向けられて、蒸気した頬をぺちぺちと叩かれた。そのささいな衝撃にさえもぞわっとし、また震えてしまう。焦点の合わない目でぼーっとジュンを見つめていると、不意にその顔が近付いてきた。
「うあ……んっ……ふ、あうぅ……」
優しく掬うように入ってきた舌が口内を巡る。歯列を丁寧になぞって、上顎をちろちろと舐められると、快感がぶわっと吹き出した。熱い。どうしようもなく身体が熱い。次第にふわふわとしていく思考のなか、僕はただ、さっきジュンに言われたことを守ろうと、必死に意識を繋ぎ止めていた。くちゅくちゅという音が静かな屋敷に響く。やがて、舌の感覚がなくなってきた頃、あったかいジュンの舌べろが引き抜かれた。
「千佳ちゃん。絶対に幸せにするから。だから、俺のお嫁さんになって」
遠のく意識のなか、懇願するような彼の言葉が、心地よく頭に響いていた。
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