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第三幕
㉖ 殿下。最後の最後で台無しです!
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全てが終わると、帝城の中庭に静寂と夜が戻ってきた。
「な、何が起こったんだ?」
「私に聞かないでくださいよ……」
クララはカスパルにぞんざいに答えると、まるで赤子のように放心してうずくまっているアウグストと死人の群れに埋もれたアマーリアを呆然と見つめた。
「とにかく、終わったのは確かみたいです――うひゃう!」
「なんだ、クララ。素っ頓狂な声をうあぉう!」
クララの声につられるように取り押さえていた老婆に目をやったカルパスは、老婆の時よりもさらに年老いたようにしか見えない少女の姿に思わず飛びすさった。
「アウグスト様? シルヴィアは勤めを果たしましたわ? アウグスト様?」
干からびた唇をパリパリと剥がしながら、ローランよりも年下の老婆がアウグストに躙り寄る。そして、そっと寄り添うと少しだけ精気を取り戻して本来あるべき姿に近づいた。
ゆさゆさとまるで幼子のようにアウグストを揺さぶるシルヴィアの姿には、以前のようなローランに対する敵意も権力に対する執着も感じられなかった。
ただ、一心にひたすらに抜け殻のようなアウグストを揺さぶっている。
「……シルヴィア?」
「あら、お義姉さま。旦那様が起きないの?」
舌っ足らずな言葉に年相応の知性は感じられない。
「あの老婆は誰だ?」
「伯爵の婚約者であり……私の義妹ですわ」
「義妹だと? いや、どうみてもそんな年齢には」
「伯爵に精気を捧げすぎたのです、きっと」
2人の間に何があったのかは分からない。だが、確実に言えることはもうシルヴィアはアウグストから離れて生きることは出来ないということだった。
ああやって、寄り添っているうちはアウグストから漏れ出る精気と魔力で長らえることは出来るだろう。そうやって、少しづつ少しづつ返して貰う以外に道は無い。
「伯爵はこれから、多くの方に負債を支払わねばなりません。生きているうちも、死んで後も」
それが理というものだ。
何人たりとも、対価無しには何かを為しえない。死んでチャラになるというものではないのだ。ローランにしてもレオンハルトにしても、その事には変わりは無い。
ただ違うのは、これからにおいてその意思があるということだ。
そうして、わずかに多く代価を払えば、わずかだけこの地は豊かになる。
(ですが――まだまだ、至りませんね)
ローランは少し離れたところで、静かに死人たちに道を作っている皇帝とヒルデガルドを見つめて、少し笑った。
死人を縛る呪いを殺し、その魂を浄化したまでは良かったが、そこから先の道を示す余力までは無かった。
帝冠継承候補者の争いから結界を張って貴族達を護っていた皇帝とヒルデガルドは、続けて死人さえも治める帝国の主として、彼らの望む行く先へと導いていた。
ある者は暫く地に留まり子孫を見守り、ある者は輪廻の輪に戻る。
昇天の儀を終えると、皇帝はレオンハルトの額に収まっている霊台を満足そうに眺めた。
「帝冠継承候補者よ。どうだ? それは重たかろう?」
「御意に」
まだまだ重くなるぞ、という言外の言葉にレオンハルトは傍らの翠の髪の少女に目を向けた。
「その重さを知らずに奪おうとしても、とうてい持ちきれるものではありません。まして、支配しようなどと」
ヒルデガルドは己が命を奪った死者に嬲られるアマーリエと壊れてしまったアウグストに冷たい視線を向けた。
ヒルデガルドの目にはアマーリエの内なる景色が見えていた。彼女は彼女が手をかけた死人達の死の瞬間を追体験し続けていた。
その人数の分だけ、その人数の死人が満足するまで、ずっとずっとその瞬間が続くのだ。
「心しなさい、帝冠継承候補者よ。残りの6つ、決して軽くはありませんよ?」
レオンハルトにというよりも、背後に控える残りの2人の帝冠継承候補者に向けてヒルデガルドはそう語った。
「ただ、休息は必要ですね」
緊張が解け、ふらりと体制を崩したローランを慌てて支えるレオンハルトを見て、ヒルデガルドは柔らかい笑みを浮かべた。
せっかくの2人の晴れ姿も、今やすっかりズタボロだった。
特にローランの脇腹からはじっとりとした血が滲んでいる。今はまだギリギリ気力が勝っているが、いつ気を失ってもおかしくないほど体力と魔力を共に消耗しているのが見て取れた。
「陛下。お許しをいただければ、我らはここで」
「良かろう。退席を許す」
一礼と共にローランを抱きかかえたまま、レオンハルトはゆっくりと歩き出した。
「殿下? 歩けますから!?」
「じっとしてろ。これで子供扱いはさせん」
自慢げなレオンハルトとローランの声が夜の帳に隠され、消えていく。やがて2人の姿がすっかり見えなくなった時――派手に何かがすっころぶ音が聞こえてきた。
「ここで戻りますか、殿下!? 台無しです!」だの「ふ、不可抗力だ!」などの声に何が起こったのかを悟ったクララとカスパルが慌ててすっ飛んでいく。
それを機に主役不在の夜会は、そのままお開きとなった。
三々五々に散っていった貴族達は夜も更けるまで噂話に興じたが、その中心はもちろん不在の2人の話題だった。
「な、何が起こったんだ?」
「私に聞かないでくださいよ……」
クララはカスパルにぞんざいに答えると、まるで赤子のように放心してうずくまっているアウグストと死人の群れに埋もれたアマーリアを呆然と見つめた。
「とにかく、終わったのは確かみたいです――うひゃう!」
「なんだ、クララ。素っ頓狂な声をうあぉう!」
クララの声につられるように取り押さえていた老婆に目をやったカルパスは、老婆の時よりもさらに年老いたようにしか見えない少女の姿に思わず飛びすさった。
「アウグスト様? シルヴィアは勤めを果たしましたわ? アウグスト様?」
干からびた唇をパリパリと剥がしながら、ローランよりも年下の老婆がアウグストに躙り寄る。そして、そっと寄り添うと少しだけ精気を取り戻して本来あるべき姿に近づいた。
ゆさゆさとまるで幼子のようにアウグストを揺さぶるシルヴィアの姿には、以前のようなローランに対する敵意も権力に対する執着も感じられなかった。
ただ、一心にひたすらに抜け殻のようなアウグストを揺さぶっている。
「……シルヴィア?」
「あら、お義姉さま。旦那様が起きないの?」
舌っ足らずな言葉に年相応の知性は感じられない。
「あの老婆は誰だ?」
「伯爵の婚約者であり……私の義妹ですわ」
「義妹だと? いや、どうみてもそんな年齢には」
「伯爵に精気を捧げすぎたのです、きっと」
2人の間に何があったのかは分からない。だが、確実に言えることはもうシルヴィアはアウグストから離れて生きることは出来ないということだった。
ああやって、寄り添っているうちはアウグストから漏れ出る精気と魔力で長らえることは出来るだろう。そうやって、少しづつ少しづつ返して貰う以外に道は無い。
「伯爵はこれから、多くの方に負債を支払わねばなりません。生きているうちも、死んで後も」
それが理というものだ。
何人たりとも、対価無しには何かを為しえない。死んでチャラになるというものではないのだ。ローランにしてもレオンハルトにしても、その事には変わりは無い。
ただ違うのは、これからにおいてその意思があるということだ。
そうして、わずかに多く代価を払えば、わずかだけこの地は豊かになる。
(ですが――まだまだ、至りませんね)
ローランは少し離れたところで、静かに死人たちに道を作っている皇帝とヒルデガルドを見つめて、少し笑った。
死人を縛る呪いを殺し、その魂を浄化したまでは良かったが、そこから先の道を示す余力までは無かった。
帝冠継承候補者の争いから結界を張って貴族達を護っていた皇帝とヒルデガルドは、続けて死人さえも治める帝国の主として、彼らの望む行く先へと導いていた。
ある者は暫く地に留まり子孫を見守り、ある者は輪廻の輪に戻る。
昇天の儀を終えると、皇帝はレオンハルトの額に収まっている霊台を満足そうに眺めた。
「帝冠継承候補者よ。どうだ? それは重たかろう?」
「御意に」
まだまだ重くなるぞ、という言外の言葉にレオンハルトは傍らの翠の髪の少女に目を向けた。
「その重さを知らずに奪おうとしても、とうてい持ちきれるものではありません。まして、支配しようなどと」
ヒルデガルドは己が命を奪った死者に嬲られるアマーリエと壊れてしまったアウグストに冷たい視線を向けた。
ヒルデガルドの目にはアマーリエの内なる景色が見えていた。彼女は彼女が手をかけた死人達の死の瞬間を追体験し続けていた。
その人数の分だけ、その人数の死人が満足するまで、ずっとずっとその瞬間が続くのだ。
「心しなさい、帝冠継承候補者よ。残りの6つ、決して軽くはありませんよ?」
レオンハルトにというよりも、背後に控える残りの2人の帝冠継承候補者に向けてヒルデガルドはそう語った。
「ただ、休息は必要ですね」
緊張が解け、ふらりと体制を崩したローランを慌てて支えるレオンハルトを見て、ヒルデガルドは柔らかい笑みを浮かべた。
せっかくの2人の晴れ姿も、今やすっかりズタボロだった。
特にローランの脇腹からはじっとりとした血が滲んでいる。今はまだギリギリ気力が勝っているが、いつ気を失ってもおかしくないほど体力と魔力を共に消耗しているのが見て取れた。
「陛下。お許しをいただければ、我らはここで」
「良かろう。退席を許す」
一礼と共にローランを抱きかかえたまま、レオンハルトはゆっくりと歩き出した。
「殿下? 歩けますから!?」
「じっとしてろ。これで子供扱いはさせん」
自慢げなレオンハルトとローランの声が夜の帳に隠され、消えていく。やがて2人の姿がすっかり見えなくなった時――派手に何かがすっころぶ音が聞こえてきた。
「ここで戻りますか、殿下!? 台無しです!」だの「ふ、不可抗力だ!」などの声に何が起こったのかを悟ったクララとカスパルが慌ててすっ飛んでいく。
それを機に主役不在の夜会は、そのままお開きとなった。
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