牢獄から始める、ちょっぴりガメツイ宮廷呪術師生活 ~冤罪に婚約破棄。貴族は面倒くさすぎるので、慎みは投げ捨ててこれからはがっつり稼ぎます~

八朔ゆきの

文字の大きさ
上 下
67 / 68
第三幕

㉖ 殿下。最後の最後で台無しです!

しおりを挟む
 全てが終わると、帝城の中庭に静寂と夜が戻ってきた。
 
「な、何が起こったんだ?」
「私に聞かないでくださいよ……」
 
 クララはカスパルにぞんざいに答えると、まるで赤子のように放心してうずくまっているアウグストと死人の群れに埋もれたアマーリアを呆然と見つめた。

「とにかく、終わったのは確かみたいです――うひゃう!」
「なんだ、クララ。素っ頓狂な声をうあぉう!」
 
 クララの声につられるように取り押さえていた老婆に目をやったカルパスは、老婆の時よりもさらに年老いたようにしか見えない少女の姿に思わず飛びすさった。
 
「アウグスト様? シルヴィアは勤めを果たしましたわ? アウグスト様?」
 
 干からびた唇をパリパリと剥がしながら、ローランよりも年下の老婆がアウグストに躙り寄る。そして、そっと寄り添うと少しだけ精気を取り戻して本来あるべき姿に近づいた。
 ゆさゆさとまるで幼子のようにアウグストを揺さぶるシルヴィアの姿には、以前のようなローランに対する敵意も権力に対する執着も感じられなかった。
 
 ただ、一心にひたすらに抜け殻のようなアウグストを揺さぶっている。
 
「……シルヴィア?」
「あら、お義姉さま。旦那様が起きないの?」
 
 舌っ足らずな言葉に年相応の知性は感じられない。
 
「あの老婆は誰だ?」
「伯爵の婚約者であり……私の義妹ですわ」
「義妹だと? いや、どうみてもそんな年齢には」
「伯爵に精気を捧げすぎたのです、きっと」
 
 2人の間に何があったのかは分からない。だが、確実に言えることはもうシルヴィアはアウグストから離れて生きることは出来ないということだった。
 ああやって、寄り添っているうちはアウグストから漏れ出る精気と魔力で長らえることは出来るだろう。そうやって、少しづつ少しづつ返して貰う以外に道は無い。
 
「伯爵はこれから、多くの方に負債を支払わねばなりません。生きているうちも、死んで後も」
 
 それが理というものだ。
 
 何人たりとも、対価無しには何かを為しえない。死んでチャラになるというものではないのだ。ローランにしてもレオンハルトにしても、その事には変わりは無い。
 ただ違うのは、これからにおいてその意思があるということだ。
 そうして、わずかに多く代価を払えば、わずかだけこの地は豊かになる。
 
(ですが――まだまだ、至りませんね)
 
 ローランは少し離れたところで、静かに死人たちに道を作っている皇帝とヒルデガルドを見つめて、少し笑った。
 死人を縛る呪いを殺し、その魂を浄化したまでは良かったが、そこから先の道を示す余力までは無かった。
 帝冠継承候補者の争いから結界を張って貴族達を護っていた皇帝とヒルデガルドは、続けて死人さえも治める帝国の主として、彼らの望む行く先へと導いていた。
 ある者は暫く地に留まり子孫を見守り、ある者は輪廻の輪に戻る。
 昇天の儀を終えると、皇帝はレオンハルトの額に収まっている霊台を満足そうに眺めた。
 
「帝冠継承候補者よ。どうだ? それは重たかろう?」
「御意に」
 
 まだまだ重くなるぞ、という言外の言葉にレオンハルトは傍らの翠の髪の少女に目を向けた。
 
「その重さを知らずに奪おうとしても、とうてい持ちきれるものではありません。まして、支配しようなどと」
 
 ヒルデガルドは己が命を奪った死者に嬲られるアマーリエと壊れてしまったアウグストに冷たい視線を向けた。
 ヒルデガルドの目にはアマーリエの内なる景色が見えていた。彼女は彼女が手をかけた死人達の死の瞬間を追体験し続けていた。
 その人数の分だけ、その人数の死人が満足するまで、ずっとずっとその瞬間が続くのだ。
 
「心しなさい、帝冠継承候補者よ。残りの6つ、決して軽くはありませんよ?」
 
 レオンハルトにというよりも、背後に控える残りの2人の帝冠継承候補者に向けてヒルデガルドはそう語った。
 
「ただ、休息は必要ですね」

 緊張が解け、ふらりと体制を崩したローランを慌てて支えるレオンハルトを見て、ヒルデガルドは柔らかい笑みを浮かべた。
 
 せっかくの2人の晴れ姿も、今やすっかりズタボロだった。
 
 特にローランの脇腹からはじっとりとした血が滲んでいる。今はまだギリギリ気力が勝っているが、いつ気を失ってもおかしくないほど体力と魔力を共に消耗しているのが見て取れた。

「陛下。お許しをいただければ、我らはここで」
「良かろう。退席を許す」

 一礼と共にローランを抱きかかえたまま、レオンハルトはゆっくりと歩き出した。

「殿下? 歩けますから!?」
「じっとしてろ。これで子供扱いはさせん」

 自慢げなレオンハルトとローランの声が夜の帳に隠され、消えていく。やがて2人の姿がすっかり見えなくなった時――派手に何かがすっころぶ音が聞こえてきた。

「ここで戻りますか、殿下!? 台無しです!」だの「ふ、不可抗力だ!」などの声に何が起こったのかを悟ったクララとカスパルが慌ててすっ飛んでいく。

 それを機に主役不在の夜会は、そのままお開きとなった。
 三々五々に散っていった貴族達は夜も更けるまで噂話に興じたが、その中心はもちろん不在の2人の話題だった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

思わず呆れる婚約破棄

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある国のとある夜会、その場にて、その国の王子が婚約破棄を言い渡した。 だがしかし、その内容がずさんというか、あまりにもひどいというか……呆れるしかない。 余りにもひどい内容に、思わず誰もが呆れてしまうのであった。 ……ネタバレのような気がする。しかし、良い紹介分が思いつかなかった。 よくあるざまぁ系婚約破棄物ですが、第3者視点よりお送りいたします。

婚前交渉は命懸け

章槻雅希
ファンタジー
伯爵令嬢ロスヴィータは婚約者スヴェンに婚約破棄を突きつけられた。 よくあるパターンの義妹による略奪だ。 しかし、スヴェンの発言により、それは家庭内の問題では収まらなくなる。 よくある婚約破棄&姉妹による略奪もので「え、貴族令嬢の貞操観念とか、どうなってんの?」と思ったので、極端なパターンを書いてみました。ご都合主義なチート魔法と魔道具が出てきますし、制度も深く設定してないのでおかしな点があると思います。 ここまで厳しく取り締まるなんてことはないでしょうが、普通は姉妹の婚約者寝取ったら修道院行きか勘当だよなぁと思います。花嫁入替してそのまま貴族夫人とか有り得ない、結婚させるにしても何らかのペナルティは与えるよなぁと思ったので。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿しています。

その国が滅びたのは

志位斗 茂家波
ファンタジー
3年前、ある事件が起こるその時まで、その国は栄えていた。 だがしかし、その事件以降あっという間に落ちぶれたが、一体どういうことなのだろうか? それは、考え無しの婚約破棄によるものであったそうだ。 息抜き用婚約破棄物。全6話+オマケの予定。 作者の「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹が登場。というか、これをそっちの乗せたほうが良いんじゃないかと思い中。 誤字脱字があるかもしれません。ないように頑張ってますが、御指摘や改良点があれば受け付けます。

婚約破棄された私と、仲の良い友人達のお茶会

もふっとしたクリームパン
ファンタジー
国名や主人公たちの名前も決まってないふわっとした世界観です。書きたいとこだけ書きました。一応、ざまぁものですが、厳しいざまぁではないです。誰も不幸にはなりませんのであしからず。本編は女主人公視点です。*前編+中編+後編の三話と、メモ書き+おまけ、で完結。*カクヨム様にも投稿してます。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...