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第三幕
⑱ それぐらいの意地ぐらいは張らせてくださいまし、と小さな声で彼女は言った。
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丘の麓にたどり着くと、死人の群れはピタリと歩みを止めた。
まるで見えない壁か崖でもあるかのようにな死人たちの振る舞いに、レオンハルトはようやく短い旅の終わりが近づいていることを悟った。
ここから先は禁域なのだろう。
丘を登り切れば、そこには証を携えた皇帝の霊とローランが待っているはずだ。
右と左。いずれを選ぶべきかの答えはとっくに出ている。
ただ、その答えでローランを説得するのは骨が折れる仕事に違い無い。
だが、他に選択肢を思いつけない以上、他に方法は無かった。
一歩一歩、噛みしめるように歩を進める。
ようやく、丘の頂にたどり着いたところでレオンハルトは想像していたものとはまるで違う様子に思わず目を瞬いた。
そこには帝冠を額に嵌めた皇帝の霊と真っ向から睨み合うローランの姿があった。
「そなた、自分が何を言っているのか理解しておるのか? そんなことをすれば呪いは行き場を失い全てお主に流れ込む。互いに矛盾する呪いはそなたの魂を縛るのだぞ!?」
「私とて呪術師の端くれでございます。想像はついてございますとも」
「であれば、あまりに危険な賭けということも理解出来ようが!」
帝冠を嵌めた老人の叫ぶ声はもはや悲鳴に近かった。
対するローランの様子もただ事では無い。
鬼気迫るとでもいう気迫が漲っている。
「ローラン? それと……そちらは霊台に宿る皇帝陛下とお見受け致しましたが、いかがいたしましたか」
何が起こっているのかさっぱりワケが分からない。
首を捻りつつ、そう尋ねたレオンハルトに老いた皇帝の霊は救いを見つけたとばかりに絶叫した。
「や、やっと来おったか! そちからもコレを説得せい! 頑固すぎて、儂の手には負えぬのだ!」
※ ※ ※
ようやくたどり着いた霊台を前に、レオンハルトはムッツリとした顔でうなり声をあげていた。
「……ローラン。俺はここでお前を説得しなければと思っていたのだが。まさか逆に説得されるとはな。が、俺はそんな危地にお前を晒すつもりはないぞ」
「危地というほどの危地ではございませんわ、殿下。これがたった1つの冴えたやり方というものでございます。どの道、今後も試練に挑むのであればさして変わりはございません」
「ずっと、これよ。お前の魔術師じゃろう。お前がどうにかせい」
ローランの提案はとてもシンプルだった。
要するに皇帝たちから示された選択に従わずに、ローランがその手で持ってレオンハルトに霊台を授けるというものだ。
この場合、行き場を失った呪いは全てローランに還っていく。
のみならず、互いに矛盾する呪いは彼女の魂の中で荒れ狂う。
ローランが呪いに耐えきれば、互いに食い合い綺麗さっぱり消滅する。
確かにある種の運命を定められる本来の選択肢に比べれば後腐れは無い。
だが、耐えきれなければ呪いは彼女を死しても逃れられない枷で縛り上げる。
「殿下。殿下がどちらの答えを選ぼうとしたかはローランは聞きませぬ。ですが、どちらにせよ……殿下の意思がねじ曲げられるのは私としては困るのです」
レオンハルトの表情を見たローランは少し考えた末に自身の望みを口にした。
「なぜじゃ」
レオンハルトの代わりに問うたのは皇帝だった。
「なぜならば、殿下と私の契約は互いに自由な意思でこそ成立するからですわ。試練だか呪いだか知りませんが、横入りは許せません。であれば、この呪いに私が耐えれば良いだけのこと。それぐらいの意地は張らしてくださいまし」
「ローラン。それではお前が一方的に損をするだけではないか。それはおかしくないか?」
レオンハルトの疑問に皇帝が深く頷く。
「殿下や陛下からみれば、私が横入でございましょう。であれば対価は必要です。それを支払うだけのことですわ。それでももし、対価がすぎるというのであれば……1つだけお釣りと思ってお聞きくださいませ」
ローランはかなり珍しく、少し照れたような顔でレオンハルトからそっぽを向いたままで小さな声で囁いた。
「私が呪いに打ち勝つまで、少しだけで良いので見守ってくださいませ」
レオンハルトは2人の視線を受け止めたまま、思考に沈んだ。
たしかに危険な賭けとなるだろう。
しかも、賭けるのは自分では無くローランの魂だ。
だが、右にせよ左にせよローランの意思に反して彼女の行動が定まるというのは、きっと彼女にとってはそれ以上に耐えられないことに違い無い。
どちらを選んでも、ローランの魂は危機に陥るのだ。
それに気がつけば、あとはレオンハルト自身の覚悟を己に問うだけだった。
であれば——
考えた末にローランに向かってゆっくりと頷いた。
「たまには俺が売る側というのも面白い話だな。良いだろう。俺の決意を売ってやろう」
むろん、冗談だったが聞いた方はそうとは取らなかったらしい。
それとも、やはりこれも冗談だったのだろうか?
「ええ、殿下。良いお取引が出来てローランは満足でございます」
とはにかんだように微笑んで見せたのだった。
まるで見えない壁か崖でもあるかのようにな死人たちの振る舞いに、レオンハルトはようやく短い旅の終わりが近づいていることを悟った。
ここから先は禁域なのだろう。
丘を登り切れば、そこには証を携えた皇帝の霊とローランが待っているはずだ。
右と左。いずれを選ぶべきかの答えはとっくに出ている。
ただ、その答えでローランを説得するのは骨が折れる仕事に違い無い。
だが、他に選択肢を思いつけない以上、他に方法は無かった。
一歩一歩、噛みしめるように歩を進める。
ようやく、丘の頂にたどり着いたところでレオンハルトは想像していたものとはまるで違う様子に思わず目を瞬いた。
そこには帝冠を額に嵌めた皇帝の霊と真っ向から睨み合うローランの姿があった。
「そなた、自分が何を言っているのか理解しておるのか? そんなことをすれば呪いは行き場を失い全てお主に流れ込む。互いに矛盾する呪いはそなたの魂を縛るのだぞ!?」
「私とて呪術師の端くれでございます。想像はついてございますとも」
「であれば、あまりに危険な賭けということも理解出来ようが!」
帝冠を嵌めた老人の叫ぶ声はもはや悲鳴に近かった。
対するローランの様子もただ事では無い。
鬼気迫るとでもいう気迫が漲っている。
「ローラン? それと……そちらは霊台に宿る皇帝陛下とお見受け致しましたが、いかがいたしましたか」
何が起こっているのかさっぱりワケが分からない。
首を捻りつつ、そう尋ねたレオンハルトに老いた皇帝の霊は救いを見つけたとばかりに絶叫した。
「や、やっと来おったか! そちからもコレを説得せい! 頑固すぎて、儂の手には負えぬのだ!」
※ ※ ※
ようやくたどり着いた霊台を前に、レオンハルトはムッツリとした顔でうなり声をあげていた。
「……ローラン。俺はここでお前を説得しなければと思っていたのだが。まさか逆に説得されるとはな。が、俺はそんな危地にお前を晒すつもりはないぞ」
「危地というほどの危地ではございませんわ、殿下。これがたった1つの冴えたやり方というものでございます。どの道、今後も試練に挑むのであればさして変わりはございません」
「ずっと、これよ。お前の魔術師じゃろう。お前がどうにかせい」
ローランの提案はとてもシンプルだった。
要するに皇帝たちから示された選択に従わずに、ローランがその手で持ってレオンハルトに霊台を授けるというものだ。
この場合、行き場を失った呪いは全てローランに還っていく。
のみならず、互いに矛盾する呪いは彼女の魂の中で荒れ狂う。
ローランが呪いに耐えきれば、互いに食い合い綺麗さっぱり消滅する。
確かにある種の運命を定められる本来の選択肢に比べれば後腐れは無い。
だが、耐えきれなければ呪いは彼女を死しても逃れられない枷で縛り上げる。
「殿下。殿下がどちらの答えを選ぼうとしたかはローランは聞きませぬ。ですが、どちらにせよ……殿下の意思がねじ曲げられるのは私としては困るのです」
レオンハルトの表情を見たローランは少し考えた末に自身の望みを口にした。
「なぜじゃ」
レオンハルトの代わりに問うたのは皇帝だった。
「なぜならば、殿下と私の契約は互いに自由な意思でこそ成立するからですわ。試練だか呪いだか知りませんが、横入りは許せません。であれば、この呪いに私が耐えれば良いだけのこと。それぐらいの意地は張らしてくださいまし」
「ローラン。それではお前が一方的に損をするだけではないか。それはおかしくないか?」
レオンハルトの疑問に皇帝が深く頷く。
「殿下や陛下からみれば、私が横入でございましょう。であれば対価は必要です。それを支払うだけのことですわ。それでももし、対価がすぎるというのであれば……1つだけお釣りと思ってお聞きくださいませ」
ローランはかなり珍しく、少し照れたような顔でレオンハルトからそっぽを向いたままで小さな声で囁いた。
「私が呪いに打ち勝つまで、少しだけで良いので見守ってくださいませ」
レオンハルトは2人の視線を受け止めたまま、思考に沈んだ。
たしかに危険な賭けとなるだろう。
しかも、賭けるのは自分では無くローランの魂だ。
だが、右にせよ左にせよローランの意思に反して彼女の行動が定まるというのは、きっと彼女にとってはそれ以上に耐えられないことに違い無い。
どちらを選んでも、ローランの魂は危機に陥るのだ。
それに気がつけば、あとはレオンハルト自身の覚悟を己に問うだけだった。
であれば——
考えた末にローランに向かってゆっくりと頷いた。
「たまには俺が売る側というのも面白い話だな。良いだろう。俺の決意を売ってやろう」
むろん、冗談だったが聞いた方はそうとは取らなかったらしい。
それとも、やはりこれも冗談だったのだろうか?
「ええ、殿下。良いお取引が出来てローランは満足でございます」
とはにかんだように微笑んで見せたのだった。
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