58 / 68
第三幕
⑰ 私からもご提案をさせてくださいまし、陛下
しおりを挟む
目を開けて、最初に見えたのはずっと遠くで蠢く死人の群れだった。
「あれは……殿下?」
死人達を率いるように、小さな炭火のような光がチロチロと瞬きながらゆっくりと進んでくる。
その光の正体に気がついたローランは、共に手を重ね試練に挑んだ少年が一足先にそれをくぐり抜けたのだと感じ取った。
(ヒルデガルド様は歴代の皇帝から、呪いと霊台を授かると仰っていましたが)
果たして、どんな呪いを受けたのだろうか。
それとも、まだこれからなのだろうか。
そんなことを思っていると、不意に背後から嗄れた声をかけられた。
「まだ、これからじゃよ。帝冠継承候補者の魔術師よ」
老いてはいるが張りがある声だった。
思わず振り向けば、そこには見覚えのある帝冠を被った1人の老人が剣を杖代わりにじっとローランを見つめている。
霊台に宿るという過去の皇帝たち、そのうちの1人に違い無かった。
思わず、拝跪して臣下の礼を示そうとすると、皇帝の霊は鷹揚にローランを引き留めた。
「拝跪は良い。すでに儂は皇帝ではないからな。それに異国の者が儂に跪く道理もなかろう。そなたは儂の民では無いからの」
『この国の民では無い』
その言葉に不思議な疎外感を覚える。
そんな自分に幾ばくかの戸惑いを感じるローランをよそに皇帝は剣に身体を預けたまま、じっと遠くの灯火を見つめながら言った。
「さて。帝冠継承候補者は心を定めたようだ。であれば、魔術師よ。そなたも心を定めねばならぬ」
「殿下が心を?」
さよう、と皇帝は頷くとスッと死人の群れを指さした。
「死者も生者も等しく率い、やがてはこの国から呪いを打ち祓って見せると。そう、友の姿を借りた5代様に語りおった」
「アーベル様のお姿をでございますか。いささか趣味が悪うございますよ」
ローランにとっては会ったこともない元・元婚約者でしかないが、レオンハルトにとっては無くてはならない存在だったはずだ。
それはきっと、未だに思い出にしてしまうことの出来ないローランにとっての母にも似た存在だっただろう。
その姿をとってレオンハルトを試した、と聞けばさすがに愉快ではいられない。
不敬も不遜も放り投げて、思わず睨みつけると皇帝は軽く肩を竦めてみせた。
「そんな事は百も承知よ。が、必要なことであった」
失ったはずの親しい者の前で自分の心を偽ることは難しい。たとえ、それが偽物であったとしても母の姿の前で偽りを語る自身はローランには無い。
きっと、それはレオンハルトも同じだろう。
「出来れば翻意して欲しかったのだがな。皮肉なものだ。帝冠に相応しいと思えば思うほど、帝冠から遠ざけたくなる」
そう語る皇帝の目つきは帝冠継承候補者を見定める裁定者というよりも、孫を気遣う老爺のように見えた。
「魔術師よ。そなたの主はこの国より呪いを打ち祓うために帝冠を望み、我ら10名の魂はそれを是とした。故に我らが魂の宿る霊台をそなたに預ける。そなたの手から帝冠継承候補者に授けるが良い」
そう言った皇帝が差し出したのは、簡素というよりも質素という言葉の方がよく似合いそうな額冠だった。
何の飾りも無く、ただの輪っかでしかない。
「これが霊台、ですの?」
「今はこんなモノだがな。徐々にこうなる」
と皇帝は自らの額を指さした。徐々にというのは証を重ねればということだろう。
言われてみれば、確かに帝冠の最も土台にあたるパーツのようだった。
さあ、とローランは霊台を手に取った。見た目に反し確かに帝冠の一部と呼ぶに相応しい呪力が秘められているのを感じる。
そして、霊台の内側では秘められた呪力の中を泳ぐように呪いが蠢いているのを感じ取ることが出来た。
「呪いはそなたの魔力を通じて、帝冠継承候補者へと流れ込む。帝冠継承候補者が右手で帝冠を受ければ孤の呪いが。左手で受ければ比翼の呪いが。どちらを選ぶかはあやつ次第。じゃが、証と共に呪いを授けるのはそなたの役目だ」
孤というのは、つまりレオンハルト1人で歩む道ということだろう。誰も巻き込まない代わりに誰とも何も分かち合うことは無い。
比翼というのは、その逆。おそらくローランと一蓮托生の道だ。比翼の言葉通り、片方が失われれば墜落する。
帝冠継承候補者はそのどちらかから選ぶ権利はあるが、そこから外れることは許されない。それはあくまでも帝冠継承候補者が試練を受ける立場である以上、当然と言えば当然の契約だ。
だが、その契約には魔術師は含まれていない。
魔術師は契約の中に組み込まれているのに、あくまでも帝冠継承候補者の一部として見なされている。
なのに、呪いだけは自分がかけろと皇帝は言っているのだった。
それが最初から定められた役割であると。
(それは少し――)
業腹だった。
「陛下。つかぬことをお伺いいたしますが、どちらの手も選ばない場合はどうなりますの?」
「何? そなた、何を考えておる?」
「そう、たとえば殿下の手を煩わせること無く私が殿下に戴冠させて差し上げれば呪いはどこへ行くのか? ということでございます」
思いがけぬことを訊かれたというように、皇帝の霊はローランをマジマジと見つめると慌てたように頭を振った。
「待て。それはならん。あくまでも選ぶのは帝冠継承候補者じゃ。そなたではない」
「ええ。ご選択は殿下にお任せいたしますわ。ただ、私は――もう1つの選択肢をご提案させていただくだけです」
「あれは……殿下?」
死人達を率いるように、小さな炭火のような光がチロチロと瞬きながらゆっくりと進んでくる。
その光の正体に気がついたローランは、共に手を重ね試練に挑んだ少年が一足先にそれをくぐり抜けたのだと感じ取った。
(ヒルデガルド様は歴代の皇帝から、呪いと霊台を授かると仰っていましたが)
果たして、どんな呪いを受けたのだろうか。
それとも、まだこれからなのだろうか。
そんなことを思っていると、不意に背後から嗄れた声をかけられた。
「まだ、これからじゃよ。帝冠継承候補者の魔術師よ」
老いてはいるが張りがある声だった。
思わず振り向けば、そこには見覚えのある帝冠を被った1人の老人が剣を杖代わりにじっとローランを見つめている。
霊台に宿るという過去の皇帝たち、そのうちの1人に違い無かった。
思わず、拝跪して臣下の礼を示そうとすると、皇帝の霊は鷹揚にローランを引き留めた。
「拝跪は良い。すでに儂は皇帝ではないからな。それに異国の者が儂に跪く道理もなかろう。そなたは儂の民では無いからの」
『この国の民では無い』
その言葉に不思議な疎外感を覚える。
そんな自分に幾ばくかの戸惑いを感じるローランをよそに皇帝は剣に身体を預けたまま、じっと遠くの灯火を見つめながら言った。
「さて。帝冠継承候補者は心を定めたようだ。であれば、魔術師よ。そなたも心を定めねばならぬ」
「殿下が心を?」
さよう、と皇帝は頷くとスッと死人の群れを指さした。
「死者も生者も等しく率い、やがてはこの国から呪いを打ち祓って見せると。そう、友の姿を借りた5代様に語りおった」
「アーベル様のお姿をでございますか。いささか趣味が悪うございますよ」
ローランにとっては会ったこともない元・元婚約者でしかないが、レオンハルトにとっては無くてはならない存在だったはずだ。
それはきっと、未だに思い出にしてしまうことの出来ないローランにとっての母にも似た存在だっただろう。
その姿をとってレオンハルトを試した、と聞けばさすがに愉快ではいられない。
不敬も不遜も放り投げて、思わず睨みつけると皇帝は軽く肩を竦めてみせた。
「そんな事は百も承知よ。が、必要なことであった」
失ったはずの親しい者の前で自分の心を偽ることは難しい。たとえ、それが偽物であったとしても母の姿の前で偽りを語る自身はローランには無い。
きっと、それはレオンハルトも同じだろう。
「出来れば翻意して欲しかったのだがな。皮肉なものだ。帝冠に相応しいと思えば思うほど、帝冠から遠ざけたくなる」
そう語る皇帝の目つきは帝冠継承候補者を見定める裁定者というよりも、孫を気遣う老爺のように見えた。
「魔術師よ。そなたの主はこの国より呪いを打ち祓うために帝冠を望み、我ら10名の魂はそれを是とした。故に我らが魂の宿る霊台をそなたに預ける。そなたの手から帝冠継承候補者に授けるが良い」
そう言った皇帝が差し出したのは、簡素というよりも質素という言葉の方がよく似合いそうな額冠だった。
何の飾りも無く、ただの輪っかでしかない。
「これが霊台、ですの?」
「今はこんなモノだがな。徐々にこうなる」
と皇帝は自らの額を指さした。徐々にというのは証を重ねればということだろう。
言われてみれば、確かに帝冠の最も土台にあたるパーツのようだった。
さあ、とローランは霊台を手に取った。見た目に反し確かに帝冠の一部と呼ぶに相応しい呪力が秘められているのを感じる。
そして、霊台の内側では秘められた呪力の中を泳ぐように呪いが蠢いているのを感じ取ることが出来た。
「呪いはそなたの魔力を通じて、帝冠継承候補者へと流れ込む。帝冠継承候補者が右手で帝冠を受ければ孤の呪いが。左手で受ければ比翼の呪いが。どちらを選ぶかはあやつ次第。じゃが、証と共に呪いを授けるのはそなたの役目だ」
孤というのは、つまりレオンハルト1人で歩む道ということだろう。誰も巻き込まない代わりに誰とも何も分かち合うことは無い。
比翼というのは、その逆。おそらくローランと一蓮托生の道だ。比翼の言葉通り、片方が失われれば墜落する。
帝冠継承候補者はそのどちらかから選ぶ権利はあるが、そこから外れることは許されない。それはあくまでも帝冠継承候補者が試練を受ける立場である以上、当然と言えば当然の契約だ。
だが、その契約には魔術師は含まれていない。
魔術師は契約の中に組み込まれているのに、あくまでも帝冠継承候補者の一部として見なされている。
なのに、呪いだけは自分がかけろと皇帝は言っているのだった。
それが最初から定められた役割であると。
(それは少し――)
業腹だった。
「陛下。つかぬことをお伺いいたしますが、どちらの手も選ばない場合はどうなりますの?」
「何? そなた、何を考えておる?」
「そう、たとえば殿下の手を煩わせること無く私が殿下に戴冠させて差し上げれば呪いはどこへ行くのか? ということでございます」
思いがけぬことを訊かれたというように、皇帝の霊はローランをマジマジと見つめると慌てたように頭を振った。
「待て。それはならん。あくまでも選ぶのは帝冠継承候補者じゃ。そなたではない」
「ええ。ご選択は殿下にお任せいたしますわ。ただ、私は――もう1つの選択肢をご提案させていただくだけです」
1
お気に入りに追加
1,376
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
家の全仕事を請け負っていた私ですが「無能はいらない!」と追放されました。
水垣するめ
恋愛
主人公のミア・スコットは幼い頃から家の仕事をさせられていた。
兄と妹が優秀すぎたため、ミアは「無能」とレッテルが貼られていた。
しかし幼い頃から仕事を行ってきたミアは仕事の腕が鍛えられ、とても優秀になっていた。
それは公爵家の仕事を一人で回せるくらいに。
だが最初からミアを見下している両親や兄と妹はそれには気づかない。
そしてある日、とうとうミアを家から追い出してしまう。
自由になったミアは人生を謳歌し始める。
それと対象的に、ミアを追放したスコット家は仕事が回らなくなり没落していく……。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!
ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。
貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。
実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。
嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。
そして告げられたのは。
「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」
理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。
…はずだったが。
「やった!自由だ!」
夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。
これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが…
これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。
生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。
縁を切ったはずが…
「生活費を負担してちょうだい」
「可愛い妹の為でしょ?」
手のひらを返すのだった。
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる