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第三幕
⑮ 殿下、とうとう始まりますのね
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「此酒妙味遍満虚空祭——」
シンっと静まり返った試練の間に、ローランの唱える異国の呪言が響いていた。
東方の呪術独特の歩法を繰り返し、呪力を練り上げ呪符へと流す。
「諸神道祭諸霊等満福——」
びっしりと汗を浮かべながら、ローランが呪力を込める度に呪符がはらりと舞い落ち呪力が一筋の流れとなって、転移門へと吸い込まれていく。
(まだ、もう少しかかりそうですね。殿下はそろそろ、陛下に奏上を始めているころでしょうか?)
転移門に呪力を満たしながら、ローランは一世一代の晴れ舞台に立っているレオンハルトの姿を想像して、クスリと笑みをこぼした。
(この目で見られなかったのは残念ですけど、また機会もございましょう)
慰霊祭2日目のこの日は、午前にレオンハルトの表彰と第1の試練の解放が予定されていた。この時に皇帝に試練の解放を願うレオンハルトの勇姿がハイライトというわけだ。
本当ならばローランも同席する予定となっていたのだが、皇帝の鶴の一言で降って沸いた予定変更のためにそうもいかなくなっていた。
午後から始まる1の試練に備えて、転移門に魔力を満たしていつでも試練堂へと赴けるようにする必要が生じたのだ。
常ならば数日かけてゆっくりと満たすべき魔力の量である。
呪符で呪力を増幅させているとはいえ、なかなか満たせる量では無い。
はらりと1枚の呪符がまた剥がれ落ちた。残りの呪符は2枚。
門の魔力が満たされれば、扉は自ずと開かれる。
皇帝の筆頭魔術師ヒルデガルドからはそう聞かされていた。
(それにしても……とても陛下と同年代とは思えない方でしたわね)
遠目に見ても美しい人だとは思っていたが、この部屋で間近に接したときは心底驚かされた。皇帝と同年代どころか、その娘と言われた方が自然に感じるほど若々しかったのだ。
さらに1枚が剥がれ落ち、魔力が門に満たされる。
そして、最後の1枚に呪力を込める。あとは最後に一押しするだけだ。
その時に備えて、呼吸を整えていると、ほどなくコツコツという2つの足音が聞こえてきた。
「待たせた。どうだ?」
案の定、廊下の暗がりから姿を見せたのは公子の礼装に身を包んだレオンハルトとヒルデガルドだった。
「いつでも。すでに準備は整ってございますわ」
「解った。こちらもいつでも大丈夫だ——皇帝の魔術師殿。まだ、予定された時間には間があるようだが。いかがしたものだろうか」
レオンハルトの言葉にヒルデガルドは少し考えてから、頷いた。
「そうですね。早く終わる分には問題ないでしょう。陛下の御名において、これよりカルンブンクルス公国帝冠継承候補者レオンハルトに1の試練を解放いたします」
誰に聞かせるでもなく、厳かに宣言するとヒルデガルドはローランに門を開くように促した。
「開門いたします」
ローランは印を組み、最後の呪力を呪符に流し込んだ。
はらりと最後の1枚が剥がれ落ち、門を開くに十分な魔力が満たされる。
まるで見えない従者に押し開けられるように、ゆっくりと扉が開いていく。
その先に見えているのは、明らかに別の場所の別の景色だった。
「それでは、参りましょう」
ヒルデガルドを先頭にレオンハルトとローランはついに試練堂へ足を踏み入れた。
※ ※ ※
そこは想像していたよりも、ずっと質素な場所だった。
部屋というよりも、石室と言った方がしっくりとくる。
壁も床も天井も粗く削り取りられた剥き出しの岩肌のままで、とくに磨かれてもいなければ飾り立てられてもいない。
ただ、広さだけは1000人の兵士が隊列を組んでも十分なほどに広い。
「ここが試練堂です。ここであなた方は1の試練を受けるわけですが、勘違いしてはなりません」
「と、申されますと?」
「無事に歴代の皇帝の霊から試練の証を授かったとしても、そこで試練が終わるわけではないのです」
レオンハルトの疑問にヒルデガルドは静かに告げた。
「霊台と引き換えに代償——すなわち呪いを受けねばなりません。その呪いに打ち勝って初めて、証の主となるのです」
「つまり、そこまで含めて試練ということですのね?」
ローランの言葉にヒルデガルドは良く出来ましたとばかりに微笑んでみせた。
「そのとおり、試練堂は試練を突破する場ではないのです。試練を授かる場なのです。1の試練では帝冠の土台となる霊台を授けられるでしょう。この霊台を他の帝冠継承候補者から守りつつ、呪いに打ち勝たねばなりません」
ヒルデガルドの言葉には、かつての自分と重ね合わせているような懐古と忠告の両方の響きが含まれていた。
「帝冠継承候補者レオンハルト。そのただ1人の魔術師ローラン。すでに十分に覚悟をもって、この場に立っていることかと思います。ですが、改めて問いましょう」
ヒルデガルドは十分に間を置くと、強く杖を床に打ち付けた。
鋭い音が石室に響き渡る。
2人が鋭い音に身じろぎもしないことを確認してから、言葉を続ける。
「第1の試練に挑まんと望むならば、その手を重ね合わせなさい。そして、強く強く望み瞼を閉ざしなさい。再び瞼を開いた時、試練が始まります」
レオンハルトが真っ直ぐにローランに手の平を差し出す。
「ローラン、行くぞ」
「ええ、殿下。お任せくださいまし」
そして、ローランはレオンハルトの手を握り返し瞼を閉ざした。
「ヘプトアーキーの皇帝たちよ、照覧あれ。今代皇帝の名において、新たな呪いの継承者を御身に委ねます。霊台に眠る皇帝たちよ。その身を委ねるに値する継承者であれば、霊台を授け賜え」
ぐらりと並行感覚が失われる。
ゆっくりと再び瞼を開けたとき、ローランとレオンハルトは異界に身を置いていることを知った。
シンっと静まり返った試練の間に、ローランの唱える異国の呪言が響いていた。
東方の呪術独特の歩法を繰り返し、呪力を練り上げ呪符へと流す。
「諸神道祭諸霊等満福——」
びっしりと汗を浮かべながら、ローランが呪力を込める度に呪符がはらりと舞い落ち呪力が一筋の流れとなって、転移門へと吸い込まれていく。
(まだ、もう少しかかりそうですね。殿下はそろそろ、陛下に奏上を始めているころでしょうか?)
転移門に呪力を満たしながら、ローランは一世一代の晴れ舞台に立っているレオンハルトの姿を想像して、クスリと笑みをこぼした。
(この目で見られなかったのは残念ですけど、また機会もございましょう)
慰霊祭2日目のこの日は、午前にレオンハルトの表彰と第1の試練の解放が予定されていた。この時に皇帝に試練の解放を願うレオンハルトの勇姿がハイライトというわけだ。
本当ならばローランも同席する予定となっていたのだが、皇帝の鶴の一言で降って沸いた予定変更のためにそうもいかなくなっていた。
午後から始まる1の試練に備えて、転移門に魔力を満たしていつでも試練堂へと赴けるようにする必要が生じたのだ。
常ならば数日かけてゆっくりと満たすべき魔力の量である。
呪符で呪力を増幅させているとはいえ、なかなか満たせる量では無い。
はらりと1枚の呪符がまた剥がれ落ちた。残りの呪符は2枚。
門の魔力が満たされれば、扉は自ずと開かれる。
皇帝の筆頭魔術師ヒルデガルドからはそう聞かされていた。
(それにしても……とても陛下と同年代とは思えない方でしたわね)
遠目に見ても美しい人だとは思っていたが、この部屋で間近に接したときは心底驚かされた。皇帝と同年代どころか、その娘と言われた方が自然に感じるほど若々しかったのだ。
さらに1枚が剥がれ落ち、魔力が門に満たされる。
そして、最後の1枚に呪力を込める。あとは最後に一押しするだけだ。
その時に備えて、呼吸を整えていると、ほどなくコツコツという2つの足音が聞こえてきた。
「待たせた。どうだ?」
案の定、廊下の暗がりから姿を見せたのは公子の礼装に身を包んだレオンハルトとヒルデガルドだった。
「いつでも。すでに準備は整ってございますわ」
「解った。こちらもいつでも大丈夫だ——皇帝の魔術師殿。まだ、予定された時間には間があるようだが。いかがしたものだろうか」
レオンハルトの言葉にヒルデガルドは少し考えてから、頷いた。
「そうですね。早く終わる分には問題ないでしょう。陛下の御名において、これよりカルンブンクルス公国帝冠継承候補者レオンハルトに1の試練を解放いたします」
誰に聞かせるでもなく、厳かに宣言するとヒルデガルドはローランに門を開くように促した。
「開門いたします」
ローランは印を組み、最後の呪力を呪符に流し込んだ。
はらりと最後の1枚が剥がれ落ち、門を開くに十分な魔力が満たされる。
まるで見えない従者に押し開けられるように、ゆっくりと扉が開いていく。
その先に見えているのは、明らかに別の場所の別の景色だった。
「それでは、参りましょう」
ヒルデガルドを先頭にレオンハルトとローランはついに試練堂へ足を踏み入れた。
※ ※ ※
そこは想像していたよりも、ずっと質素な場所だった。
部屋というよりも、石室と言った方がしっくりとくる。
壁も床も天井も粗く削り取りられた剥き出しの岩肌のままで、とくに磨かれてもいなければ飾り立てられてもいない。
ただ、広さだけは1000人の兵士が隊列を組んでも十分なほどに広い。
「ここが試練堂です。ここであなた方は1の試練を受けるわけですが、勘違いしてはなりません」
「と、申されますと?」
「無事に歴代の皇帝の霊から試練の証を授かったとしても、そこで試練が終わるわけではないのです」
レオンハルトの疑問にヒルデガルドは静かに告げた。
「霊台と引き換えに代償——すなわち呪いを受けねばなりません。その呪いに打ち勝って初めて、証の主となるのです」
「つまり、そこまで含めて試練ということですのね?」
ローランの言葉にヒルデガルドは良く出来ましたとばかりに微笑んでみせた。
「そのとおり、試練堂は試練を突破する場ではないのです。試練を授かる場なのです。1の試練では帝冠の土台となる霊台を授けられるでしょう。この霊台を他の帝冠継承候補者から守りつつ、呪いに打ち勝たねばなりません」
ヒルデガルドの言葉には、かつての自分と重ね合わせているような懐古と忠告の両方の響きが含まれていた。
「帝冠継承候補者レオンハルト。そのただ1人の魔術師ローラン。すでに十分に覚悟をもって、この場に立っていることかと思います。ですが、改めて問いましょう」
ヒルデガルドは十分に間を置くと、強く杖を床に打ち付けた。
鋭い音が石室に響き渡る。
2人が鋭い音に身じろぎもしないことを確認してから、言葉を続ける。
「第1の試練に挑まんと望むならば、その手を重ね合わせなさい。そして、強く強く望み瞼を閉ざしなさい。再び瞼を開いた時、試練が始まります」
レオンハルトが真っ直ぐにローランに手の平を差し出す。
「ローラン、行くぞ」
「ええ、殿下。お任せくださいまし」
そして、ローランはレオンハルトの手を握り返し瞼を閉ざした。
「ヘプトアーキーの皇帝たちよ、照覧あれ。今代皇帝の名において、新たな呪いの継承者を御身に委ねます。霊台に眠る皇帝たちよ。その身を委ねるに値する継承者であれば、霊台を授け賜え」
ぐらりと並行感覚が失われる。
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